EPISODE36:とばりにお任せ♪
――浪岡。黒ずくめの服装をまとい、炎の中から現れたその姿はまさしく、地獄の悪鬼。腹立たしいことに、やつはこちらを見下し鼻にもかけていない。
「我らセンチネルズが独自に改造処置を施したシェイドはもう見ていただけたかな? 愚劣な虫ケラどもよ!」
「ああ……"最悪〟だったよッ!!」
「そりゃ、残念だなぁ!」
いきり立った不破が穂先を突き立て突進。だが、浪岡は一瞬の間にそれを見切って回避する。
浪岡の掌から炎の渦が巻き起こり、不破を焼き付くしながら空へと打ち上げる。打ち付けられ、地面へ横たわる不破へ追い討ちをかけるように踏みつける。
「あきらめろ。貴様はどうあがいても私には勝てない!」
「ヘッ、どうだかな……」
浪岡の左手が燃えた。狙いは無論、今踏みつけている不破だ。
こいつは逃げられない。簡単に消し炭にできる。本気で相手してやるまでもない。隙を突いた健が剣を振るも、刹那、浪岡は振り向きその攻撃を腕で弾く。
「背後をとったつもりだったのかな?」
「くっ……!」
「残念だが、外野に用はない。失せろ小僧」
健をあっさりと上空へ放り投げると、火の玉を打ち上げ爆破。2メートルほど先へ落とす。そこには、カエルの改造シェイドが爪を突き立て待ちかねていた。すぐに起き上がり、こちらも身構えてスカルフロッグとの戦闘に挑む。
地面に拳を打ち付ければ衝撃波を起こし、時にはアゴを砕かん勢いのアッパーも繰り出す。厚い鉄板も紙のように切り裂くその爪も脅威的だ。極めつけは俊敏な動き。勝てるのか? いや――勝ってみせる、絶対に! 振り下ろされた爪を盾で弾き、ひるんだ相手を斬って斬って斬りまくる。幸い相手は、動きこそ俊敏なものの耐久性はそれほどでもなかった。
「ゲゲゲ……ゲロオオォ!!」
突然の巻き返しに驚き、怒る。電線を引きちぎり、その真ん中に立って電流をありったけ浴びる。
パワーを存分に『充電』したスカルフロッグは、電線を離すと仕返しとばかりに健への反撃を開始。縦横無尽に跳ね回り、その挙句に巨大なエネルギー弾を放出。
「こんなもの!」
だが、健はそれを一刀両断。爆風をも切り抜け、怖じ気づいた改造シェイドを何度も斬りつける。横たわった改造シェイドに、健はとどめを刺すべく剣を天に立てて力を溜める。
「とどめだぁ!!」
「グエエエエェッ!?」
衝撃波を伴うジャンプ斬り、その威力に耐えきれなかった改造シェイドことスカルフロッグはあえなく爆散。あるものはその光景を見て喜び、あるものは憤り――。
「バカな……、我が無敵の布陣が! なぜ破れた!?」
「ざまあねえな……。あのカエルの特性でオレを無力化して、お前はあいつをその間にじっくり焼き殺すつもりだったんだろう? だが、お前は自分の力を過信しすぎた。あいつをナメすぎたんだ。あいつはオメーが思ってるよりずっとつえぇぜ」
怒る浪岡、笑う不破。怒り心頭の浪岡は不破を拾い上げると、その首をつかんで力強く握りしめる。腕が燃え、その火の手は不破にも上がる。
焼け焦げた不破を投げ捨てると、怒りでそれなりに端正な顔を自ら崩しながら健を指差す。
「まあいい、今日のところは見逃してやる。だが、次はこうはいかんぞ!!」
「待てっ! 浪岡ッ!」
斬りかかるも、浪岡は目前で炎の中へと消えてしまう。
倒せたかもしれないのに、と、地面に突っ伏していた不破は悔やんだ。己の力不足か、それともなくしたはずの甘さが抜けきっていなかったのか? 物事には必ず何らかの理由がある。今回の件とて同じだ。どうすれば、解決できるのだろう。同じように、健もあまり不破の役に立てなかった事を呪っていた。
「……逃げられちまった。こうなりゃ、直接アジトを叩きに行った方が早いかもしれないな」
「それより、不破さんは治療を受けた方がいいんじゃ?」
健が、またも重傷を負った不破の肩を持つ。それも普通にではなく、重たそうに。
どこまでもぎこちなく足を引きずり、とばりを介抱しているアルヴィーのもとへ。不破をドサッと下ろすと、『やっと解放された』と言わんばかりに健は大きく伸びをした。
「おお、戻ったか。少し心配しておったぞ」
「二人とも、相当やられちゃったわね」
戦っている間はずっと緊迫した表情だった彼女らは、無事に戻ってきたという安堵から少し笑顔になっていた。とばりから家で疲れを癒していくように言われ、健とアルヴィーは目を輝かせた。無理もない、あの豪邸に再びお邪魔させてもらえるのだから。あのセレブリティな優越感に再び浸れる以上、文句など言えない。その一方で、とばりの家になど上がったことがない不破は不気味な研究所を連想したらしく、皆がとばり宅の話題で盛り上がる中でひとり怯えていた。
少し歩き、とばりの豪華な研究所兼自宅へ到着。あまりのスケールの大きさに不破も思わず息を呑み、同時にホッとした。よかった、自分の予想とまったく違っていて。
「イデデデデ! し、しみるゥ!」
「安静にして。もっと痛くなるわよ」
リビングを借り、救急箱を持ってきてもらう。背中の傷に消毒液を染み込ませたティッシュをポンポンと当てられ、悶絶。他にも患部に湿布やでかいばんそうこうを貼ってもらったり、包帯もサービスで巻いてもらったりと至れり尽くせりだ。一度ぐるぐる巻きにされてミイラのような姿になったが。
とばりにいじられる不破の滑稽な姿は、他の二人には大ウケだ。腹を抱えてケラケラと笑い、時には拍手喝采も起こった。いじっていたとばりも雨のような拍手を送った。一方で不破は怒った。少しおちょくられただけで怒るほど沸点が低い、その生真面目な性質ゆえのことだった。しかし、怒りに身を任せ暴れようとすると体が――とくに骨がきしむ。暴れかけたせいで余計に苦しみ、余計に笑われる羽目になった。短気は損気とは、まさにこのことだろう。
「そういえば……とばりさん」
「なにかしら?」
「あの剣と盾調べてみて、何か分かったこととかありましたか?」
彼もアルヴィーも、あの二つのことをすべて知っているわけではない。
というのも、彼はアルヴィーから渡されただけ。アルヴィーはたまたま持っていたものを健に渡しただけ。そんな謎だらけな、どこの馬の骨とも、ましてやどこの店で売れ残った骨董品かも分からないそれの謎解きを、彼女に預けるという形で丸投げしてしまったのが気がかりだった。だが、優れた科学者である彼女にもこの謎が解けるかは定かでは――。
「それなら安心して。謎はすべて解けたっ!」
心配せずとも、謎は解けていたようだ。みな大いに喜び、その場で歓声が上がった。お灸をすえている不破を除いて。
「アレはやっぱり、古代に作られたオーパーツだったみたい。詳しくはこの資料を見てちょうだい」
とばりから手渡された資料。それを受け取り覗き込むと、元々所持していたアルヴィーも知らなかった事実が書かれていた。
「伝承によれば、かつて怪物から世界を救った戦士が使っていたらしいわ」
「す、すごい……そうだったのか」
目からウロコの事実、ただ感心するしか他はない。動揺ぎみの健は、何度も資料に目を通していた。
アルヴィーも健よりは冷静に、何度か見返していた。この怪物はシェイドの前身――つまり自分の祖先にあたるのではないか、戦士とはエスパーの前身なのではないか。だが自分は、古来よりずっと生きてきた。日本で徳川家康が天下を取ったり、太平洋戦争で大勢死者が出るよりもずっと前からだ。
しかし、こんなことは身に覚えがない。我らシェイドは長寿、中には伝承のルーツとなった者もいるほどだ。自分も例外ではない。言い伝えの戦士の時代には自分は既に生を受けていたし、確かに存在していたはず。なのに、何故その時代の記憶がないのだろう? 他の歴史上の出来事はすべてこの目で見てきた。すべて覚えているはずなのに。何かがおかしい――。そう考察しながら。
「でね、オーブだっけ? あのビー玉みたいなヤツだけど、アレは属性の力を凝縮したものみたい」
「でも今あるのは、炎と氷だけなんですよね。まさか、他のもあったりするんですか? でもそんなうまい話、あるわけないや」
「あれれ〜? そんなこと言っちゃっていいのかしら。ないものは作ればいいじゃない」
ないものは作ればいい――とはいうが、何の根拠もなしにどうやって作るというのか。
『適当にやれば何とかなる』で済めばいいのだが、そういう問題ではない。任せきりにしていいのか? 不安で仕方がない。
「もしかして心配してるでしょ?」
「だ、だって、未知の技術の結晶でしょ? そんなものをどうやって……」
「……のう、健。何がそんなに不安なのだ?」
不安がる健を、アルヴィーがなだめた。
「作ってもらえ、少なくともとばり殿はその気だ。だからお主も、とばり殿を無理に引き止めてはいかん」
「アルヴィーさんもそう言ってるじゃない。あたしもできるだけ努力するから……ね?」
決心がついたか、健が首を縦に振った。そんな彼に微笑みながら手を差し伸べ、拍手を求める。
「今後もどうかよろしくお願いします!」
「こちらこそっ!」
とばりの微笑が、心のこもった満面の笑みに変わった。
やはり笑顔はいいものだ、見ていると自分も笑顔になって力が沸いてくる――。ちょっぴり嬉しくなった。今日はもう遅いので、泊めてもらえることとなった。まさか、この豪邸で一晩だけとはいえ泊めさせてもらえるとは。この前の恩返しなのかもしれない。
「たわけが!!」
センチネルズ本部にて。浪岡が憤慨し、炎で部下に八つ当たりする。その対象となったのは緑川と、シェイドの改造を担当した研究員だ。
「申し訳ございません。不破ライの無力化を前提に強化改造を行え、という指示があったものですから……」
「先を見越した設計もできないのか、このクズが!」
怒りの治まらない浪岡が舌打ちし、緑川に追い討ちをかける。
「何をヘラヘラしている。貴様も同罪だ! この役立たずが!!」
「す、すみません。次からはちゃんと……オオォォッ!」
浪岡が手を震わせると、火柱が研究員を飲み込んで焼き尽くしてしまった。ちょうど隣にいた緑川は、その非情さに戦慄を覚える。
「無能はいらん。必要なのは有能な人材だけだ……」
冷静な口ぶりの浪岡だが、未だに心の中では怒りが煮えたぎっていた。
それを察知したか、緑川の体の震えは止まらない。逆らえば殺される。今、この状態で余計な口出しをすれば確実に自分も死ぬ。まったく、恐ろしい方についてきてしまったものだ。自分の不幸を呪いたい。
「緑川!」
「は、はい。なんでしょう?」
「我らの崇高なる思想を理解できぬウジ虫どもに、もっと私の恐ろしさを思い知らせねばならん。次がヤツらの最期だ。フハハハハハハハハハハハッ!!」