EPISODE371:撤退とマリエルの策略
「ま、まさか、クライスト様ほどの方が来てくださるとは! これでもう安心だあ!」
リッキィにとどめを刺さんとしていた健たちの前に立ちはだかったシルバークラスの男――クライスト。
ベルトの銀色のバックルや言動を見れば言葉に出さなくてもわかる。彼はリッキィなどよりも遥かに格上だと。
「東條健に市村正史、それにアルビノドラグーン……。噂に聞いた通りなかなかにおもしろい力を持っているようだ」
「くッ」
クライストはサポーターアイを使い、穏やかに健たちを分析。まり子のオーラも感じ取り一瞬いぶかしがったが、「いや……気のせいか……」と、気には留めなかった。
「……さて。本来ならば君らを早急に駆逐すべきところだが、今はリッキィを連れて帰ることが先決。また会いまみえよう」
「待てッ! クライスト!!」
健はクライストに飛び蹴りを、市村は一段階のみチャージしたビームを放つもクライストは左手をかざして地中から速やかに水晶の壁を発生させ攻撃を遮断。更に壁が分裂して弾丸となり、健と市村に直撃し玉砕する。
その間にクライストらは姿を消し、一同はまんまと敵の退却を許してしまうこととなった。クライストと自分たちとの間にある実力の差に、健はただ唖然とするしかない。
「まったく技が通じなかった。あれがシルバークラスの実力なのか……」
「これは推測だがあやつはそのシルバークラスの中でも一、二を争う強さだろう。そんな気がしてならない」
敵が戦略的に撤退した以上、長居していても仕方がない。乗り物好きならばジャンボジェットが飛び立つところでも見てからにしたいところだが、
あいにく彼らはそんなものにはあまり興味がなかったため神戸空港を出て、メリケンパークオリエンタルホテル付近の公園に移動。
陽の光を反射して輝いている水面と神戸の美しい街並み、その象徴ともいえるポートタワーを見ながら健ら三人は市村に事情の説明をはじめた。なお、まり子はクモから人の姿に戻っている。
「パワードテクター……ほうか、とばりはん俺らのためにそういうもんまで作ってくれとったんやな」
「まだ開発中らしいがな。でも完成すれば私たちにとって大きな助けとなるだろう」
アルヴィーが腕を組みながらパワードテクターは鋭意開発中であることを市村に告げる。
「そうなんですよ。今後敵と戦う際に切り札として――」
「敵ってデミスの使徒やろ?」
「ご存知だったんで?」
「まーな。デミスについては前に神田のオッサンや伊東から聞いとったし、あのリッキィとかいうアホタレとも一回戦ったことあんねん」
「知ってたんだあ……」
市村は、仕事柄日本各地を転々と回って商いを行っている。その過程で神田や伊東英機と出会って事情を聞いていたようだ。
「――ところで伊東さんからも聞いたっていうのは?」
「あー、あいつしばらくフリーやったがシェイド対策課に雇われたらしくてな。この前会うたけど、報酬はいいし世界を守るっちゅう仕事もやりがいがありそうで悪くない言うとってたわ」
「なるほどー、そうでしたか……」
伊東英機――彼は金で雇われて働く傭兵であり、いまやエスパーたちの間では『西の狂犬』と呼ばれるようにまでなっていた。
かつては新藤剛志率いる自警団『近江の矛』に雇われ不破や市村と一戦交えたこともあったが、現在はシェイド対策課及び『光の矢』に雇われているようだ。
「ねえたこ焼き屋さん、もしデミスの使徒との戦いに協力してもらえたら嬉しいんだけど、どう? いま忙しい?」
「僕からもお願いします。市村さんの力が必要なんです」
まり子と健の真摯な態度からの協力要請を受けて、市村は目をつむり柄にもなくキザに笑ってみた。
「水くさいこと言うなや。俺とおたくらとの仲でっしゃろ〜?」
「えっ」
「そない不思議そうな顔せんと。今まで通り助け合いまひょ」
「ありがとうございますっ!!」
少々荒っぽいがカラッとした男である市村は快く健たちからの協力要請を承諾、手を取り合った。
それまでおとなしく出ていた健が突然満面の笑みで手を握って来たので、市村はもちろん端から見ていたアルヴィーとまり子もこれには驚かされた。いまやふたりは頼れる戦友同士、かつて市村のほうが健に対し一方的にライバル意識を抱いていたとは思えない。
「イッチー! こんなとこにおったーん!?」
「アズサ!」
そこへ一同を見つけたアズサが手を振ってから駆け寄った。
「アズサさんっ」
「みなさんお久しぶりー。ウチな、神戸で遊ぶがてらイッチーの商売手伝っててん」
「やっぱり仲いいんだねー♪」
「いやあそれほどでも。へへへ」
「……で、いつ結婚するの?」
「まりちゃんそーいうこと言わないのっ!」
アズサも交えて会話を交わす中でまり子がいらないことを言った瞬間に、健はすばやくまり子の口をふさいだ。
「やーすみません、まりちゃんてば意外と口悪くて」
「ええて、ええて。ほんじゃぁ、みんなで神戸観光の続きと行こか?」
「「「「「おー」」」」」
かくして、市村とアズサも加わっての神戸観光が幕を開けた。
――距離を置いたところで、公園の柵に羽根を休めている一羽のハヤブサが彼らを見守っていた。
背後からひとりの女性が姿を現し、予期せぬ来客に戸惑うハヤブサの近くに座る。
「デミスの使徒が幅を利かせてるっつうのに世の中のんきなもんだよねぇ。頼りになんのは警察かあの子たちぐらいだってのに、遊びに出かけちゃったみたいだし」
ウェットスーツの上にフード付きの上着を羽織った、紺色の髪に琥珀色の瞳をした女性がひとりごち海を見つめる。
――いや、正確には独り言ではなかった。近くに止まっているハヤブサに語りかけていたのだ。
「あたしらもおちおち様子を見てる場合じゃないと思うよー、夕夏?」
ウェットスーツの女から夕夏と呼ばれたハヤブサは柵から離れ、体を光らせると徐々に――人の姿形に戻っていく。
ハヤブサの姿から茶色の髪を上げたメガネの女性に戻った夕夏を見て、ウェットスーツの女は口笛を吹き不敵に笑った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃デミスの使徒本部には、クライストがリッキィや二体のメカ生命体を伴い帰還していた。ロギアは不在であり、幹部の中で本部にいたのはマリエルと首魁のダークマスターだけだ。
「お帰りなさいクライスト、それとリッキィ」
「ダークマスター様、マリエル様。ヤツらの実力がいかほどのものか、この目でしかと見定めて参りました」
「報告ご苦労であった。デルタ、サイ、そばへ来い」
「「ハッ」」
クライストの報告を聞き届けたダークマスターは懐に二体のメカ生命体を呼び寄せる。
邪眼を模した仮面越しにダークマスターはリッキィを見つめ、リッキィは威圧感と恐怖からか怯える。
「リッキィよ」
「はっ、はいダークマスター様」
「そこから動くな!」
リッキィが、マリエルが、クライストが、ダークマスターのドスの利いた声と殺気立っている仕草に気をひかれ目を見開く。ただ、驚き恐怖しているのはリッキィだけであり、ほかの二人は「面白いものが見られそうだ」と思っていたようである。ダークマスターの指先から放たれた光線はリッキィの体――に、ついていた子グモを焼き殺した。
「ひ、ひいいいィ……あら、あれれ?」
「怯えるな。お前の体に密かに取りついていた虫ケラを焼き殺しただけだ」
ダークマスターから彼が蛮行に出た理由の説明を受け、リッキィは胸をなでおろす。だがもし、次に失敗すれば彼は今度こそリッキィを粛清するだろう。
「お前にはまだ働いてもらわねばならぬ。ゆっくり体を休めておけぃ」
「ははぁ〜〜ッ! ありがたき幸せェ!」
ダークマスターに怯えつつもその心遣いに、リッキィは感謝しつつひれ伏す。
「で、お前の立てた二重作戦はどうなっている?」
「――東條健たちこそ討伐できませんでしたが、リッキィが時間を稼いでくれたおかげで別動隊は今頃警察に壊滅的な被害を与えているかと」
マリエルはダークマスターの御前でひざまずき見上げながら、自身が立案した作戦の途中経過を報告。その穏やかだが冷酷で威圧的な笑みと口調はリッキィらを緊迫させた。
「ほう……」
「そもそも私の目的は最初から東條健たちではなく、彼らと同じかそれ以上に我々の妨げになるであろう警察のシェイド対策課――それを殲滅することにあったのですから」
「フッフッフッ、さすがはマリエル。お前の冷酷さ・非情さにはこの私でさえも驚かされてばかりだ」
「いえいえ……あっはっはっはっ」
笑い合うダークマスターとマリエル。そこに隠された非情さにリッキィはただただ震えて冷や汗を流し、クライストはポーカーフェイスで涼しげに膝を突いたままだ。
「――で、別動隊のメンバーは?」
「榊をリーダーとして、ロギアの下から出向させていただいた石河くんを部下につけて向かわせております」
「榊と石河か……なるほど。そのふたりにかかればシェイド対策課の殲滅も時間の問題だろうな」
ダークマスターがこの作戦が成功すると断定したところで、マリエルは血も涙もないような微笑みを浮かべた。