EPISODE360:支配したがるパペッティア
「はっはっは! いい気味だな」
どこかの廃工場にて、天井からワイヤーで吊し上げた健を見上げた左近は呟く。部屋の奥には、みゆきが腕に縄を縛り付けられていた。
眉をしかめて左近をにらんで、左近が健をいいようにいたぶらんとしていることを快く思っていない。
「もうやめて、これ以上健くんを苦しめないで」
「そうはいかない。こいつには散々侮辱されたからな、仕返しはたっぷりしてやらないと……なあ!」
みゆきの叫びを意に介さず、健を吊るしているワイヤーのひとつを引っ張ってもがき苦しむ健の体を下げる。苦痛に喘ぐ顔と叫びが痛々しい。
「本当ならすぐバラバラにしているところをこうやってじわじわ痛め付けるだけで済んでいるんだ、おれに感謝しろ」
「っ……あいつ……」
健くんを助けたい。彼の力になりたい。しかし今は縄で縛り付けられていて手が出せない。
縄さえほどければ、機転を利かせることが出来たら愛する彼を救えるのに。ここへ彼女は己の無力さを恥じて、悔やんだ。
「さてと、おれはこれから上に途中経過を報告する。もしおかしなマネをしでかしたら、お前から先に殺してやるからな。おとなしくしてろよ」
報告ついでに外の空気を吸いに行くつもりか、あくびをして左近は廃工場の外に出る。
目を離した。その間に縄をほどけたら健くんを助けられるかもしれない。みゆきは知恵を絞り縄を解く方法を考えた。
手首を著しく傷付けることになるが、周囲に置かれているコンテナやドラム缶の角に何度も縄を打ち付ければ――やがてはほどける。まずはこれだ。勇気を出してみゆきはそれを実行に移した。
「みゆき何やってんだ、そんなことしたら手が」
「ほかにッ、方法があるッ?」
「わかった、そこまで言うなら止めない」
やはりというべきか健からは止められたが構わずみゆきは縄を角に打ち付けた。
何度も何度も。傷付いて血を流そうが、お構い無く。やがてほどけた。
「あいたた……、やったわ! 縄がほどけた!」
「おお!」
「次は健くんだけど……」
闇の糸で縛られている健を見てみゆきは首をかしげる。迷っている暇はない。それはわかりきったことだが何かいい案はないものか――?
「方法ならあることはある」
「ホント?」
「いま僕を縛ってる闇の糸を切ることだ。でも、さっき鉄も寸断するって左近が言ってたからただ鋭いものを突きつけるだけじゃダメだ。尖ったものを投げて跳ね返る角度を見つけてそこで反射を繰り返して当てたらいけるかも」
「いつもの剣は?」
策を練る中、健が顔をみゆきの反対方向に向ける。そこでは粗雑な机の上に押収されたエーテルセイバーとヘッダーシールド、携帯電話が乗せられていた。
自信過剰に振る舞ってはいたが、健から取り上げる際にはその重量の前に苦労したに違いない。腰が砕ける寸前までに行くくらいには。
「……アレは僕以外は持てない、しかも重いよ」
「じゃあ……携帯でアルヴィーさんか警察呼ぶ?」
「そりゃまずいよ。電話してるところ左近に見つかったら一巻の終わりだ」
「そっか……」
みゆきは手首の痛みを我慢して何か尖ったものがないか辺りを探す。
自分だけ左近に見つからないように逃げ出して助けを呼んだほうがいいのかもしれないが天井から吊るされた彼を放ってはおけない。
いったん天窓から射し込む月の光に照らされた健の姿と彼を吊るしている闇の糸を見て、みゆきは決意を固める。健はそれを凛々しい表情で見守った。
「無謀かもしれない。だけど……さっき健くんが言ってた方法でやるしかない」
健とみゆきが逆境から抜け出す方法を模索している最中のことだ。
外の空気を吸うことも兼ねて廃工場の外に出た左近は、左目につけた青い電子スクリーンのような機械のスイッチを押して――報告相手であるロギアの電子映像をプロジェクションした。
「作戦は進んでいるか左近」
「はい。ちょうど東條健と女を捕らえたところです」
「ブロンズクラスにしては上出来だ。あとは二人を始末するだけ、お前は本当に昇進できるかもしれんな?」
「ありがたいお言葉……。では、引き続き作戦を遂行いたします」
「健闘を祈る」
途中経過の報告を終えた左近は通信を切って、にやけた顔で中へ戻ろうとしていた。今頃あの女はアワでも吹いて気絶しているだろう。
エスパーでもないただの人間を縛るのに闇の糸を使う必要はない。ただのロープで十分だった。
それに闇の糸は下手に動くと体が輪切りとなる危険な代物であり自分以外にはまず使いこなせないし、相手の能力を弱体化させる効果もある。おまけに鉄の塊もバターのように切断できる鋭さだ。
東條健には親切にそのことを教えてやったし、暴れて抜け出す体力も残ってはいないだろう。あの風月みゆきとかいう女もあきらめてるはず。
完璧だ。我ながらこんな完璧な作戦を立案してしまった自分が恐ろしい。助言をくださったロギア様とマリエル様には感謝してもしきれない。でもマリエル様はちょっぴりコワイが。
――と、うぬぼれながら戻った彼が見たものは悪い意味で予想外のものであった。
「な、なにい!?」
にやけた顔が一気に青ざめた。無理もない、捕らえたはずの健は眉をひそめた表情で剣と盾を携えており風月みゆきのほうは手首を傷付けながらも彼に寄り添っていたのだから。開いた口が塞がらない。アゴが外れて地面に着くのも時間の問題だ。
「バカな、こんなことはありえない。闇の糸は鉄の塊をバター同然に切り刻むことが出来るのだぞ。それをどうやって……」
「フフッ、みゆきが助けてくれたのさ。この尖った石を拾って、これが反射する角度を見つけて何度も反射させてから糸を切断するだけの力をつけて、僕を縛っていた闇の糸をちょん切ってさ。ちょっとムチャな方法だったけどね」
「えっへん!」
「それに僕はしぶとい男だから!」
「そんなむちゃくちゃな理屈があるか!?」
「こういうむちゃくちゃな理論は言ったもん勝ちなんだよ。お前もそう思ってるだろ?」
尖った石を左手に持った健が言うように、みゆきが彼を救ったのだ。彼が思い付いた方法を試した末に。
みゆきは胸を張って、自信満々な顔――いわゆるドヤ顔で笑った。健は自分が拘束から抜け出した経緯を語ったときから、少しかっこつけて悪い顔をしている。左近は「ぐぬぬ……」と歯ぎしりして悔しがる。
「うげえっ」
更に窓ガラスをぶち破って白髪の女性が現れた。女性は背が高くワインレッドのコートを着ている。瞳孔は縦に鋭く赤い。美しい容姿だがその手甲は武骨な龍のそれ――そう、アルヴィーだ。
健とみゆきは大いに喜び、左近は冷や汗をかいて引いた。
「アルヴィー!」
「話は影の中から聞かせてもらった。お主の悪事ももはやこれまでだ」
「さあ、どうする。しっぽ巻いて逃げるか?」
並び立つ健とアルヴィー、二人のうしろに隠れるみゆき。左近は歯ぎしりするが、苦笑いを浮かべながら健を指差す。汗も流していて見苦しいことこの上ない。
「バカめ、大事なことを忘れているようだな。お前は縛り付けたものの能力を下げる闇の糸に長時間縛り付けられていたのだぞ! 今の衰弱しきった貴様がおれに太刀打ちできると思うのか!」
「――全然弱ってないけど?」
「きょ、虚勢を張っても無駄だぜ!」
「虚勢張ってんのはソッチだろ?」
「観念せい三下が」
健とアルヴィーに虚勢を張っていると看破された、左近は頭に血管が浮き出るほどいきり立つ。指先から闇の糸を垂らし、怒鳴った。
「ええーーーーいこのハエどもめがああああーーーーッ! 全員まとめてサイコロステーキにしてくれるわあああああああ!!」
「来たぞ!!」
怒りに燃える左近は闇の糸を無数のムチのごとくしならせそれを健たちに叩きつける。
身構えてムチを断ち切ろうとした健だが彼をよそにすかさず、アルヴィーは息を吸い込んで――口から青い炎を吐き出しムチを焼き尽くす。
火移りを恐れた左近はあわてふためき燃えている闇の糸を切り離すが、健はその隙を突いて突撃。左近を突き飛ばした。左近は顔面から『火気厳禁』と書かれたドラム缶に衝突。
バトルフィールドが廃工場の外に飛び出したところで、左近は仏頂面で闇の糸をドラム缶に巻き付けて投げた。中からオイルが漏れ出し辺りに飛び散る。あっさりとかわした健はこれをチャンスと見て、エーテルセイバーに炎のオーブをセットした。
「燃えろーっ」
「うが!? わっ、わっ、わああああああ!」
健が炎の剣を振り回し、手から火の玉を放ったことでオイルに引火し、左近は激しい爆発に見舞われた。
せっかくのチャンスを逃さずに盾による殴打と斬撃、キックといった積極的な追撃を加え、健は左近に著しいダメージを与えた。
「調子に乗るなクソガキがあ! 闇之糸暗殺術・防壁縫い!」
左近は縦に闇の糸を張り巡らせていくつもの防壁を作り出し、攻めの姿勢を崩さない健の行く手を阻む。
健は一瞬眉をひそめるが、すぐに落ち着いてその場で対策を練った。頭の回転を早くして。
「どうだ、迂闊に近付けば体が細切れとなるぞ」
「そうかな?」
健は左近にそう言い放ちオーブを青い氷のオーブと交換。周囲に輝くほどの超低温の冷気が発生し、闇の糸で作られた防壁がことごとく凍り付いた。
「げえっ!?」
「フッ!!」
健は空気中の水分を凍らせて、滑走。すれ違いざまに左近を攻撃し凍らせた防壁も粉々に打ち砕いた。更にアルヴィーが割り込んで爪を振り上げ叩きつける。左近は木の幹へ吹っ飛ばされた。
「お主もなかなかの腕前のようだが健と私は伊達に一年間戦ってきたわけではない。相手を間違えたな、左近とやら」
「ぐえーーっ、こうなったらやはり……」
クールな表情で左近に告げるアルヴィー。起き上がり首を縦に振った左近はみゆきをにらみ、彼女をズタズタに切り刻んでやろうと闇の糸を伸ばした。
「やはりあの女からバラすべきだった!!」
「きゃっ!?」
あわや闇の糸に絡めとられ絶命寸前、というところにアルヴィーがスクリューのように高速で回転しながら突入。みゆきを狙った闇の糸をすべて切った。してやったり、という顔でアルヴィーは着地。
「なんだとぉ!?」
「隙あり!」
左近がアルヴィーに気を取られている隙を突いて、健が斬撃とキックを叩き込む。盾で殴打して追撃を加えると相手に膝を突かせた。
「今の状況で長期戦は危険だ。健、白き光を使え!」
「待ってました!」
アルヴィーの体が光り出して髪は黄金色に、瞳が碧色に変わった。同時に彼女の手から健の手に白金色に輝く光のオーブが手渡され、健はそれをエーテルセイバーにセットした。
「あ、あいつ何をする気だ……?」
「白き光よ、眠れる力を呼び覚ませ!」
エーテルセイバーとヘッダーシールドがまばゆい光を放つと、それぞれ形を変えて豪華絢爛な装飾が施された剣と盾となった。
更に健の髪が黄金色に変わり、勢いよく黄金色の鎧が装着されていく。エンペラーソードとミラーシールド、エンペラーアーマーを身に付けた勇者の誕生だ!
「な、なん……だと……!?」
「覚悟はいいか小悪党!」
「へっ、無駄にキラキラしやがって! そんな金メッキの鎧の前に屈するおれではないわ!」
「この輝きはメッキじゃないぜ!」
未だに強がる左近へ剣を振って衝撃波を放つ健。左近は目を丸くするが、怯まずに指先から闇の糸を出した。
「闇之糸暗殺術、八方塞がりィィ!」
「見切った!」
『八方塞がり』を見切った健は独楽のように高速で回転しながら包囲網を抜け出し、左近に目玉を飛び出させた上、高速の回転斬りをすれ違いざまに何度も浴びせた。
切れ味は鋭く、左近の体を覆うエンドテクターの各部が次々に破壊されていく! 左近はうめき声を上げて、無様に地べたへ伏せた。
「く……本当にメッキじゃないっていうのかあ!」
怒鳴りながら健に向かって走り出す左近。一刻も早く決着を着けてしまおうと思い立った健は瞬時に急所を狙おうと――装甲が薄い腹部へ正拳突きをぶちかました。
「そこだ!!」
「あぐぅ!?」
正拳突きを食らった左近が表情を歪め血ヘドを吐く。とどめと言わんばかりに健はエンペラーソードへ力を込めた。その姿にはもはや、敵にくれてやる慈悲など一片も見当たらない。
「破邪閃光斬り!!」
「うぎゃぴいいいいィ〜〜〜〜ッ!!」
白き閃光の刃が悪を打ち砕く! 左近のエンドテクターは全壊し、左近の体は大きく吹っ飛んでガラクタの山に飛び込んだ。
身を守るものが無くなった左近には何も残されていない。そんな彼に追い討ちをかけるかのように木陰から左近を狙ってしなやかな糸が飛ばされ、左近に巻き付く。
糸を飛ばしたのは足元まで届きそうな長い髪を生やした青いコートの女性であり、青みを帯びた緑色の瞳が妖しく光っている。自らがクモの糸で絡め取った左近を踏みつけて、にんまりと笑った。
「助っ人がひとりだけだと思った?」
「ちょ、ちょっとご都合じゃないですかねぇ……」
「別にいいじゃん……よッ」
左近を捕らえた女性――本来の姿となった糸居まり子は左近に踵を落として失神させた。
「まりちゃんも来てたのか!」
「悪いヤツはシメといたから。手錠持ってるんだっけ、持ってたらこいつにかけて」
ほどなく、左近を追って健たちが現れた。アルヴィー以外はまり子が来ていたことに驚いていたようだ。
もう帰りたい気分の健は懐からアンチアビリティカフスを取り出し左近の手にかけた。
「ふぅー、ちょっと油断してた。ブロンズクラスであれなら今後は……」
「健お兄ちゃんならなんとかできるんじゃない? さっ、帰りましょ♪」
かくして、闇の糸を操る操り人形師の魔の手から解放された健とみゆきは助っ人二人の引率のもと帰路についた。アンチアビリティカフスをかけられた左近を木の幹に吊るして――。
【デミスの使徒紳士録 #2】
◆【暗闇より糸引く策略家】 左近
◆階級:ブロンズクラス
◆所属:なし。黒を基調とするエンドテクターをまとう者はどの派閥にも属さないのだ。
◇黒と紫を基調とするザトウムシ型のエンドテクター【ハーベストメンギア】を装着する赤い長髪の男。やや老け顔。ヤンが失敗したため彼に代わって送り込まれ、健の命を執拗に狙う。
技能派で己の能力を熟知しており、武器とするワイヤー【闇の糸】は敵の能力を弱体化させ、衰弱させきった末にバラバラにしてしまう。
その高い技術力はやがて相手に闇の糸を巻きつけて殺すだけではなく、思うがままに操る力まで身につけた。
それゆえのプライドか相手に弱みを見せることを嫌っており、戦闘では陰険さやサディスティックかつ狂気的な面を見せ、健を捕らえあと一歩というところまで追い詰めたが……?
◇技:闇之糸流暗殺術・スポイラーマリオネット、闇之糸流暗殺術・防壁縫い、闇之糸流暗殺術・八方塞がり