EPISODE359:傷付け合う操り人形(マリオネット)
誰が何をしたのかは知らないが胸騒ぎがする。このままでは街は火の海になってしまうだろう。逃げ惑う人々をかき分けて、健は街を駆ける。
また戦いに赴こうとしている彼を放っておけないみゆきはそのうしろを健気に、必死に追いかける。――いた。街で暴れまわって騒ぎを起こしている元凶であろう人物が。
「デミスの使徒!」
「やっとおでましか東條健! 貴様がなかなか姿を見せないから何もかも蹂躙し尽くしてやろうとしていたところよ!」
ああいう知的ではないやり方は好みではないが、効果はあった!
ようやく現れたターゲットを前に左近はいかにも悪らしい笑いを浮かべ、網縄を投げる要領で闇の糸を投げつける。
左近の放った糸をかわし、健はエーテルセイバーを装着。伸ばされた闇の糸に斬撃を放ち切り裂く。
「闇之糸暗殺術秘伝・八方塞がり」
「くっ」
左近が闇の糸をクモの巣のごとく張り巡らせ健の周囲をあっという間に取り囲む。これでは迂闊に身動きが取れない。
「ハッハハハ! どうだ、これでお前はクモの糸でがんじがらめになった虫ケラ同然!!」
「た、健くん」
普通ならここで太刀打ち出来ずに終わるところ。しかし健は違った、なぜなら彼にはこの逆境を乗り越える『策』があるからだ。
焦ることなく落ち着いて、それでありながら迅速に赤い炎のオーブをエーテルセイバーにセットする。さすれば紅蓮の炎が周囲に燃え広がり健を取り込まんとした闇の糸をすべて焼き尽くした。健は凛とした表情のまま眉ひとつ動かさない。その瞳の中には強い意志が、体の中には正義の血がたぎっている。
「う! な、なにい!?」
「なんのこれしき!!」
「あ、あちィ! クソがぁぁぁぁ!!」
「てい!」
更に指先から伸ばした糸にも飛び火し、左近は焦燥感を覚え火を消そうとして挙動も表情も慌ただしくなった。そこに健が一太刀、からの蹴りとコブシを叩き込む。みゆきはただ食い入るように健の勝利を願って戦いを見守る――。
「ぐぅっ……ハァ、ハァ」
「観念しろ左近。こんな非道いことしてまで世界を終わらせようだなんてお前ら、どうかしてるんじゃあないのか」
「ふん、バカめ! おれたちは間違ってなどいない! すべては各々が望む新たな世界のためよ!」
「なにィ!」
「それに腕力では貴様が上だが技術ならばおれのほうが圧倒的だ!」
「む!」
雄叫びを上げて左近は闇の糸を近くにあった車に巻き付け、それをあたかもヨーヨーでも振り回すかのように持ち上げて、振り上げた。
この攻撃はヤツにとって必殺の刃となるにちがいない。灼熱の炎を宿した剣を掲げて健の目はしっかりと振り上げられた車を捉える。
「貴様にこれと同じマネが出来るかあ!」
「ディヤ゛ァァ!!」
健は目の前に振り下ろされた車を一刀両断。爆発が起き、左近にとってそれは予想外だったかあっけにとられ、みゆきは身を守ろうと物陰に隠れた。
「ば、バカな……し、信じられん……!」
「待てッ」
左近は苦虫を噛み潰した顔をして電柱に闇の糸を巻き付け、大ジャンプ。逃げるつもりか、しかし逃がしはしない。これ以上被害を拡大させないためにも……。
健がそうやって左近を追跡していると左近は立体駐車場へと逃げ込んだ。すぐさまオーブを炎属性から風を司る緑色のオーブに交換し、健はジャンプして空中を浮遊。空中でダッシュして左近が逃げ込んだ方向へ突入。
「それで逃げたつもりか!?」
とっくに巻いたはずの健があっさりと追い付いたのを見て左近は目を丸くした。
一方、追いかけてきたみゆきはその間必死で立体駐車場内の階段を駆け上がっていた。
「な……? こ、このせっかち小僧が、もっと街をメチャクチャにしてからお前を苦しめてやろうと思っていたのに」
「僕ひとりを倒すのにそこまでするなんて冗談じゃない!」
「やかましいわ! 貴様らを始末するためなら、選ばれなかった連中が何忍犠牲になろうがどーでもいい! 死ねえぇ〜〜い!」
健を葬ってやろうと、左近は闇の糸を今度はムチのごとく振り回し始める。
一発肩にかすり傷が出来るも直後に健は真空波を巻き起こし闇の糸ごと左近を切り刻む。
これ以上戦いを長引かせては危険だと判断した健は加速を始め、ハイスピードで畳み掛ける戦法を取った。
「フン! 空を飛んできた次は不破ライや烏丸元基の二番煎じか、なめやがって。対策なら既にしてある」
左近はにやけた顔で左目につけたスクリーンのスイッチを押して、計測。健がどこを走っているかを割り出そうと試みる。
「そこだなァ!」
健の位置を特定するのに時間はかからなかった。左近は勝ち誇った顔になってその方角にパンチを入れる。が、いない。
「なにい……?」
「僕ならここだ!」
健は左近の斜め後ろにおり、そこから鋭い回し蹴りをぶちこみ蹴っ飛ばした。コンクリートの柱に叩きつけられた左近はゆっくりと崩れ落ち膝を突く。
それでも左近は歯ぎしりなどしてまだ殺意を向けている。剣を携えてにらむ健、両者一歩も譲らない。
そうしている間にもみゆきは階段を上がりきって、聴こえてきた声や音を頼りに健を探し出す。やがてついに見つけた。大声を上げて彼女はこう叫ぶ。
「健くん!!」
「みゆき!?」
ようやくみゆきの存在に気付いた健は振り返って、ここまでつけてきたみゆきの姿を目の当たりにする。
同時に健の気もそちらへ向いたため危うくやられそうだった左近は、「ホッ」と安堵の息を吐いた。
「やめてよ、そうやって何でもひとりで背負い込もうとするの!」
「なに言ってんだ、こんなところにいたら危ないぞ! 早く逃げろ!」
「イヤ! 少しは自分を大切にしてよ!」
「わかってるさ! 自分の命を大切にしなきゃいけないことぐらい! けど今はほかの人の命を守るほうが大切だ!」
みゆきと話している間にも攻撃の手を休めない左近はワイヤーを振り回して健に襲いかかる。
左近の攻撃をいなしながら訴えかけるみゆきへ対し、健はハッキリと己の意思を伝えた。
可憐な見た目に反して、なかなか心では認めないみゆきもこれには感銘し、唇を噛みしめた。
「わかったら早く……逃げろ!」
「健くん……」
ところが、だ! 健が気を抜いた一瞬を突いた左近は雄叫びと共に健へワイヤーによるムチ打ちとキックを浴びせ、健をダウンさせた。
みゆきはショックのあまり口を塞ぐ。血走った目付きをして左近は下卑た笑みを浮かべる。
「ケケケいい機会だァ……! 利用させてもらうぜ、バカなお嬢さんよお!」
「ひっ、な……なんなの……?」
「闇之糸暗殺術秘伝・スポイラーマリオネット!」
左近の指先でひしめく闇の糸が見えなくなった。かと思えばみゆきの全身に糸が巻き付けられたような感触が走る。
体の自由が利かない! まるで天井から糸に吊るされた操り人形のように――!
「き……貴様、みゆきに何をした」
「フヘヘヘ! これぞおれの真骨頂にして禁じ手『スポイラーマリオネット』! 相手を自分の意思とは関係なく、おれの意のままに操ることが出来るのさ!」
起き上がった健に飛び込んでくる、見えない糸で無理矢理に操られんとしているみゆきの姿。勝ち誇る左近の笑いが健を刺激し、怒らせた。
「左近……許さん!!」
「おれを守れ!」
スポイラーマリオネットによってみゆきの体が彼女の意思とは関係なく動かされ、盾にされた。それは健の行く手を阻み、攻撃を止めさせた。
「く、汚いぞ。これでは手が出せない」
「た……健、くん……」
「フヘヘヘ、おれを侮辱した罰だ。お前も食らえー!」
「う!?」
やがて、リベンジに燃えていた左近の手により攻撃をためらう健にも見えない操りの糸――スポイラーマリオネットが絡み付いた。
体から自由が奪われ、己の意思とは関係なく腕が剣を振りかざそうとしている――。左近は、糸を巻き付けた二人を両手で操って体をぶつけ合わせあるいは壁や柱に衝突させた。左近はそれでも飽き足らず二人を無理矢理対峙させ、ほくそ笑む。
「クワハハハハハ!! さあ大切なもの同士傷付け合え! 首を絞め合え!」
(い、嫌だ。剣を振りたくない。みゆきを傷付けたくはない)
(た、健くん……あたし、あなたを傷付けたくない。あなたに傷つけられたくない)
「抵抗しても無駄だ! お前らの体は|お前らの意思と関係なく《・・・・・・・・・・・》動かせるのだからな! 死ね! 殺し合えッ!! クワーッハーッハハハハハハハハハ!!」
狂気じみた笑いを上げながら左近は二人の体を操り、殺し合わせようと画策。
健はみゆきを傷付けまいと剣を振ることを恐れ抵抗、その印に腕が、いや全身が震えている。みゆきは操りの糸によって体が健に掴みかかろうとしており、それを抵抗して抑えている。
精神力が弱い相手ならばすぐにでも首を絞め合うだろうに彼らはそうもいかない。
なかなか思い通りにならない二人に業を煮やした左近は舌打ちし、健にかけていたスポイラーマリオネットを解除。代わりに闇の糸を絡み付けて拘束した。みゆきは叫ぼうとしたが、声も手も届かなかった。
「ちいっ女々しいガキめ! そんなに自分の手で女を殺したくないのか、お前のような臆病者は……」
健の全身に絡み付いた黒い闇の糸が健を衰弱させる。腕に力は入らなくなり、視界はぼやけ、音もだんだん聴こえなくなっていく――。
思い通りに動けずもがくみゆきの前で、左近は身動きが取れなくなった健を踏みつけ、背中を蹴り――執拗にいたぶり出した。
健の背中から激痛が伝わってうめき声を上げ、挙げ句血ヘドまで吐き出した。苦痛に喘ぐ表情がなんとも惨たらしい――。
「こうしてやるううううううううううううぅぅーーーーッ!!」
「や……やめて、もうやめてぇ!!」
「うるさい! メス犬は黙ってろぉ!!」
半狂乱しながら健をいたぶり続ける左近を止めようと叫ぶみゆき、
彼女の声が耳障りだったか左近は血走った目で振り向き唸りながら彼女をコンクリートの床に叩きつけた。
仕上げに健の体に闇の糸を更にきつく食い込ませ全身から血を噴き出させる。周囲に健の鮮血が飛び散り、恨み深い左近の怒りがようやく静まった。――かに見えたが、ヤツはまだ唸っていた。
「いくらあがこうと無駄だ。お前らの体はおれのもの。二度と抵抗出来ないようになぶり殺しにしてやる……」
気を失った二人を連れて左近は電灯に照らされた窓の影に潜り込み、どこかに消えた。
外からその様子を一羽のハヤブサが目撃し、飛び去っていった。