EPISODE358:スマイル0円、刺客は終焉
百貨店内のヤクドナルド、そこの入口にみゆきは背もたれていた。健を待ち、携帯電話を触って退屈そうにしながら。
最後に電話をかけてからもう何分経ったか、最後にメールを送ってからもう何分経ったか。一向に返答なし。まさか言い出しっぺにも関わらず気が変わって、ディナーの約束を放棄したのか?
仮にそうなら、少しでも期待した自分がバカだった。これ以上待ってても来ないのなら帰ってやろう。――と、さえ、みゆきは考えていた。
「ちょりーっす!」
「もー、遅いじゃんか。何してたのよっ」
「ごめんごめん」
「ったくー」
やがて健がやってきて少しふざけた態度でみゆきに接し、みゆきは腕を組み頬を膨らませた。
が、彼女は当然大人なのでその場で機嫌を直し健と一緒にカウンターへ向かう。
「いらっしゃいませ! ご注文は?」
にこやかな営業スマイルを浮かべている女性店員に面して、二人はメニューを見て即興で食べたいものを思い付く。そして二人そろって、こう言った。
「クォーターバーガーチーズのセット、ドリンクはジンジャーエールで!」
「あたし、てりやきヤックチキンセットで。ドリンクはコーヒーで」
二人の注文は以上だ。このセットだけでも結構な量だ。正直健康にはあまり良くないがすぐに食べられて空腹も満たせるならちょうどいい。
ファーストフードというのはそういうものだ。もしフレッシュな野菜も求める場合人々はヤクドナルドではなく、たいていキスバーガーへ行く。そこならば野菜も摂れるしヤクドナルドに負けないくらいバリエーションも豊かだ。
「健くんさあ、今日はなんで誘ってくれたの?」
「別に? みゆきとおしゃべりしたかっただけさ」
「うそー。なんか理由あるでしょ」
「ないない」
全体的に見て中のほうの席で談話しながら二人はディナーの時間を始めた。
「そうだ、習い事のほうはどう?」
「空手のこと? それなら護身程度には出来るようになったわ」
「よかったじゃん。それなら自分で自分の身を守れるよ」
「えへへ」
「けどもしシェイドと戦うならもっと力をつけなきゃな」
「えー」
などと、ジョークも交えながら二人はハンバーガーやポテトに食らいつく。戦いの日々が続く中でこういう時間は貴重なので、出来るだけとっておかなくては気が悪くなる。
「そーゆー健くんは最近どうなの」
「実はー……ひそひそ」
大きな声じゃ言えないことだったので健は、みゆきの耳元でひっそりと呟く。聞き終えてからみゆきは動揺したかまばたきを何度も繰り返し、唇の形も整えられずに椅子から立った。
「そ、それホント〜〜〜〜!?」
「わぁっ!?」
みゆきが突然大声を出してしまったため健は肩がひきつり目玉が飛び出した。周りの客も同じく腰を抜かした。
「しっ、声がでかい」
「ごめんっ♪」
人差し指を鼻の前に持ってきて、困り顔で健はみゆきに注意を促す。かなりヒヤヒヤしていた。
「まあ、あのことについてはみんなにバレちゃったけどバイトはクビにされたわけじゃないから安心して」
「はーい」
「さ、早く食べなきゃディナーが冷めちゃうぜ」
二人ともひとまず落ち着き、ディナーを楽しむことを先決した。健がみゆきに耳打ちしたのは、市役所がデミスの使徒のヤンに襲撃されて健の正体が皆に知られた件についてだ。
軽く陽気な口調で接してはいるが、もしデミスの使徒との戦いが本格化したら働いている場合ではなくなってしまう。健自身、そうなったときの覚悟はできてはいる。だが、みゆきや家族、親しい人々の前に生きて帰ってこられるかどうかは――定かではない。
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都内某所のパーキングエリア。フードコートの隅に怪しげなグループが屯している。ひとりはニット帽に黒い長袖のシャツにジーパン姿の、赤毛の長髪。あとの二人は白いロングコートにタイトスカートを穿いた女性と、ジャケットの下に網シャツを着て下に迷彩柄のズボンを穿いた男性だ。三人ともサングラスを着けている。
「左近、ヤツを取り逃がしたのがそんなに悔しいか」
「くっ……」
「まあコーヒーでも飲んで落ち着けよ」
舌打ちする左近をなだめ(あるいは神経を逆撫でし)、ジャケットを着た金髪の男性――ロギアはブラックコーヒーを少し口にした。隣ではマリエルが優雅に紅茶を飲んでいる。
「お前のやり方は自分の能力を熟知していてスマートだし、なかなかに理知的だ。しかしまどろっこしい」
「では何かいい策があるとでも?」
「そうね――たとえば、彼の大切な人を傷付けて、ズタズタにするとか?」
「ヤツの、東條健の大切な人というのは……」
質問という名の口答えを続ける左近に対してマリエルは口を閉ざし、風月みゆきが写っている写真を手渡して彼女を指差した。
サングラス越しの冷たい視線と無言の圧力が左近にかけられる――。もし一言でも余計なことを口走れば次は無いだろう。
「その女を痛め付けるか、もしくは街で暴れてヤツを誘き出すかだ。親しい人々を傷付ければお人好しなヤツのことだ、必ず怒る。怒ったヤツはすこぶる強いがそれを逆手に取るんだな。もっともこういう知的ではないやり方はお前には合わないかもしれないが……」
「ほほう……」
アゴに指を当てて食い入るようにロギアの話を聞く、左近。しかし顔を近付けすぎたのが祟ってマリエルから煙たがられ頬をはたかれた。
「とにかくそういった方法を使え、もし気に入らなければ自分のやりたいようにやれ」
「はっ」
「東條健を倒せばあなたは確実に昇進できるわ。ゴールドクラスになるのも夢じゃないわよ」
「おれが、ブロンズから……ゴールドに……!」
東條健を倒せば昇進も夢ではない。次の戦いには昇進がかかっているとなれば、左近が奮い立つのも至極当たり前だ。
しかしマリエルから見つめられると一転、恐怖が彼の中に走った。
「どうしたの。もしゴールドクラスになれたら私たちと対等な口が聞けるようになるのよ?」
「う……」
マリエルの口調そのものは優しい。しかしその裏には左近を恐怖させ言葉を失わせるにはふさわしいほどの冷酷さと威圧感が含まれていた。
「……じゃ、せいぜい頑張ってみなさい」
「……は、はいっ」
「俺たちのポリシーは現地集合、現地解散。外部で会合を行うときは私服、だ。いい知らせを期待しているぞ」
コーヒーを飲み干した左近が席を外す。左近が去りロギアとマリエルも去るまで、フードコート内には言葉に出来ないほど異様な空気が漂っていたという。
◆◇◆◇◆◇◆◇
場所は変わり、京都の街中。左近は瞬間的にエンドテクターを装着し、左目に青色をした電子スクリーンのような機械をつけた。
スイッチを押してターゲットの居場所を探し出し、特定。スクリーンにはヤクドナルドで談笑中の健とみゆきの姿が映し出され、左近はほくそ笑んだ。
「見つけたぜぇ……」
左近が来ているとは知らず、健とみゆきは談笑中。和気あいあいとしていたその空気を引き裂くように、爆音と悲鳴が響く。
「なんだ? とにかく行かなくちゃ」
「ちょっ、待ってよ!」
健は百貨店内のヤクドナルドから外へと飛び出す。みゆきは必死にそのあとを追いかけて行く。その間にも左近は自慢のワイヤー・闇の糸を振り回し周囲のものをズタズタに切り裂き、あるいは巻きつけて放り投げては破壊を繰り返していた。
「はははははははっ! 早く出てこい東條健ぅ!」