EPISODE353:超えてはならない一線
時は遡り、健が逆転しヤンを追い込んでいたそのとき――。葛城コンツェルン本社ビルでは、冷酷な笑みを浮かべた駿河が神田を地に沈め、残った村上と剛三をも手にかけんとしていた。
「本来裁かれるべき者どもに限ってのうのうと生き延びて、反省のかけらもなくまた罪を犯す。わたしはそういうのがこの世で一番嫌いでね――。法で裁かれぬ者を裁く、それがわたしに課せられた使命、いや『天命』なのだ」
「『天命』だって? おたく、頭おかしいんじゃないの?」
「いいやわたしは間違ってなどいない。おかしいのはむしろあなた方だ」
ムチを引き絞って鳴らし、村上の反論にも耳を傾けず駿河は二人に歩み寄る。その冷酷な目は次に二人のうちどちらの魂を天秤にかけるべきか狙いを定めている。
「さて、魂は砕けなかったものの神田ニシキは精神・肉体ともにもうボロボロ。残ったあなた方はエスパーでもなんでもないただの人間――。何も天秤にかけなくてもこのムチで打つ続ければそれだけで死に至るでしょう」
かけ声とともに駿河はムチ――『ベンジェンス』で村上と剛三を打つ。しかし気が変わったか、手を止めて書物のページをめくり出した。
書物には村上の罪状が記されている。にわかには信じがたいが、それもそのはず。これは駿河が自身の独断と偏見で罪だと判断した事象を記したファイルなのだから。
「ほう……村上翔一、あなたは警官でありながらかつて自身が立案した無茶な作戦で多くの部下を死に追いやっていたそうで」
「っ!」
「それだけではない。最高機密のことを部下のひとりに教えなかったばかりに彼女を苦しませた」
「それは機密保持のためで――」
「言語道断! たとえ犯した罪が些細なものであれ罪人は裁かなくてはならない!」
うろたえる村上から魂が抜き取られ、それは巨大天秤にかけられた。天秤は傾いて、駿河は村上を裁くためにまた鉄槌を持ち出した。
「やめてくれ、村上警視はなにもしていない!」
「お前は有罪――よって死刑だ!」
剛三の言葉に駿河は聞く耳持たず鉄槌を振り上げた。しかし寸でのところ一発の銃弾が駿河の右肩を撃ち抜いた。駿河は目を見開き、右肩を押さえる。
村上の魂は村上に戻り、村上と剛三ならびに駿河は銃弾が撃たれた方角へ視線を向ける。――神田だ。魂をズタズタにされていながらも命からがら立ち上がって、ライフルから一発かましたのだ。肩で息をしつつも皮肉な笑いを浮かべる神田を見た、駿河は眉をひそめる。
「か……神田……なぜ立ち上がれる!」
「法で裁けない相手を自分で裁く。別に悪い考えじゃない。だがお前はたったひとつだけ重大なミスを犯している。その考えを持っていながら仕える相手と組織を間違えたってことだ!」
考えは悪くないが仕える相手を間違えていると指摘されて、駿河はいきり立ちムチを激しく打ち付ける。
しかし神田は難なくかわし、駿河に何発かライフルの弾を撃ち込む。エンドテクターをまとっているからダメージが軽減されたものの、もしエンドテクターが無ければ大惨事になっていたに違いない。
「トゥルーアイズ・バニッシュ!」
「ううっ。な……なんだこの光はァ!?」
背後に翼を生やした一つ目の怪物のようなシェイドが現れると神田はライフルの銃口にエネルギーを集中させ、最大限へ達すると同時に解放。
無数のまばゆい閃光と同時に強力な波動が放たれて駿河を、いや彼と同時に背後の巨大天秤を打ち砕く!
「うああああああああああああああああ!?」
そのまま炎が燃え盛る空間は消滅し、駿河の体は葛城コンツェルン本社ビルの壁をぶち抜いて18Fと同じ高さから落下。
神田は傷付いた体と魂にムチ打ってビル外壁に開いた穴から飛び出して、ジャンプを繰り返しながら駿河を追った。
こうしちゃいられない……! と、村上と剛三も急いで彼のあとを追う。ただし飛び降りるのではなく、エレベーターと階段を駆使して。
「はあ……はあ……」
先ほどの大技――トゥルーアイズ・バニッシュを受けた駿河のエンドテクターにはびっしりと亀裂が入っていた。
なんとか湾岸の道路まで逃げ延びたもののこれは早急に修復せねば! しかしそう都合よくはいかないらしく、死に損ないの神田がすぐそこにまで迫ってきていた。
「逃げ場は無いぞ! 駿河、お前が暴走して周囲の人々に見境なく間違った正義を振りかざす前に――オレが力ずくでもお前を止めてやる!」
啖呵を切った神田が再び、トゥルーアイズ・バニッシュを繰り出す準備をする。ライフルの銃口にエネルギーが集中し、背後には一つ目の怪物のようなシェイド――トゥルーアイが姿を現した。駿河は低く唸り、額から冷や汗を流す。
「くっ、まずい……。あんな技もう一度受けたらわたしは今度こそ光に呑まれて消滅してしまう! そんなことがあってなるものか!」
トゥルーアイズ・バニッシュが放たれ光の波動が眼前にまで迫った一瞬の間に、駿河は地面のタイルの隙間に入って「退却ッ」した。
直後、それを媒介にしてスターゲイズイレイザーを放つには質が悪すぎたか、神田のライフルは砕け散った。駿河を逃したことに負い目を感じた神田は唇を噛みしめて海を見つめる――。
「神田さん!」
「村上さんに葛城会長!」
そこに村上と剛三が大慌てで駆け込んだ。共に息を乱しており、神田からは困り顔で心配された。
「あ……あの駿河ってやつは?」
「逃げられた。当たる寸前に瞬間移動でもしたに違いねえ」
「そうでしたか……」
「出来れば一気に倒したほうがよかったよな。けど命まで奪われちゃ村上さんは困るだろう」
「手がつけられないような凶悪犯でなければ銃殺などしたくありません」
殺すべきだったか、という神田の質問に対して村上は普段は隠している心中を吐露した。間に合うならば罪を償わせたい、という意志が強いのだ。
それを剛三は見守っていた。――やがて、村上の懐でスマートフォンが着信音を鳴らした。気持ちを切り替え村上は電話に応答する。
「はいもしもし。不破か、なんだって? そうか、アレが必要なときかもしれないな。忘れずに持ってけよ、じゃあな」
ここで補足しておくと、村上が不破に言っているアレとはヤンを逮捕する際に使われた特殊手錠『アンチアビリティカフス』だ。
そして、村上は電話を切り、神田と剛三のほうを向いた。
「……今日は助けていただきありがとうございました。さて、僕は本庁に戻りますので」
「神田さん、もしよければ本社ビルの修復を手伝っていただけますかな」
村上が立ち去った。彼を見送ってから剛三は神田に修復工事の手伝いを申し込んだ。神田は快く引き受けたので、剛三は「では、先に行ってお待ちしております」とだけ告げて、葛城コンツェルン本社へ戻った。
「……デミスの使徒め、お前らの好きにはさせないぞ。明雄やかつての仲間たちのためにも」
デミスの使徒の野望を阻止することを誓った神田は、剛三が待つ葛城コンツェルン本社に向かった。