EPISODE351:非情の刺客・害毒のアサッシン
健とヤンが戦いを始めた頃のことだ。健の父・明雄の戦友である青いサングラスの壮年男性――神田ニシキは、東京都内に立つとあるビルを訪れていた。
巨大企業である葛城コンツェルン、その本社ビルだ。地上35F建て、地下3F建てとなっている。社内18Fにあるサロンで、神田は警視庁シェイド対策課の村上翔一と、黒いヒゲを蓄えた壮年の男性――葛城コンツェルン会長の葛城剛三と対談していた。
「警部補から警視になったのかー。何はともあれ昇進おめでとう」
「いえいえありがとうございます……。八年前に神田さんに助けていただけなかったら、今の僕はいなかったと思っています」
「そうか、妻が戦いで傷を負ってからもう八年も経ったのだな……」
「辛い戦いだった。オレたちがもっとしっかりしていれば明雄は命を落とさなかったし、エリーゼも負傷しなくて済んだのに……」
悲喜こもごもに語らう、三人の男たち。村上は八年前にシェイドに襲われたところを当時の神田ら『光の矢』によって救われた。
神田は当時仲間だったエリーゼを守りきれずに負傷させ、エスパーをやめさせてしまったことと、東條明雄を戦死させてしまったことにに負い目を感じていた。
剛三もまた、複雑な顔をしてこの八年間を回想している――。エリーゼに代わってエスパーとしての力を娘・あずみに受け継がせたことから、彼女に辛い思いをさせてしまっているのではないか? と、悔やんでもいた。
「――剛三さん、あずみちゃんはエリーゼからエスパーとしての力を受け継いで辛い思いなんかしちゃいませんよ。むしろお母さんから託された希望を潰えないように日々努力している」
「え? か、神田さん……もしや私の心の中を覗かれましたか」
「オレの『千里眼』は何でも見通してしまいますからね」
「はははっ」
神田の特殊能力は、文字通りすべてを見通す『千里眼』。人が何を考えているかわかるし、見えないものも見える。
便利なようで恐ろしい能力だ。事実、これによって大いに苦しんだ時期も神田にはあった。
「葛城会長のご息女であるあずみさんにはこちらも何度か世話になっておりますが、あの人は本当に立派な方だ。上っ面だけでなく中身も上品で、何より美しい。将来有望ですよあずみさんは」
「はっはっはっはっ。そう言っていただけて私も鼻が高い」
「へへへ。……さて、話を変えるが……今後『光の矢』を全面的にバックアップしてくれるというのは本当なのかな、村上さん」
「はい。僕も葛城会長も、あなた方ならびに東條健くんたちには惜しみ無く協力致します」
「既に神田さんやあずみたちの支援に私財を投入することも決めてあります」
「それはとてもありがたい! 真の平和をもたらすためにもデミスの使徒は今度こそ倒さなくてはならないからね……」
「いえいえ。元はといえば、シェイド対策課は『光の矢』を継ぐべくして設立されたものですから。ならば本家に協力しなくては申し訳が立ちますまい」
剛三、村上の口からシェイド対策課と葛城コンツェルンの両者が『光の矢』へ惜しまず協力をするということが告げられた。
更に村上の口からはシェイド対策課が設立された理由も明かされた。これにて会合はおひらき――。
と、なるはずだった。
「ぬわーーーーすっ!」
「なんだ!?」
サロンの出入り口から警備員の悲鳴が聴こえた。三人が様子を見に行くとそこには散乱した瓦礫やガラス片と血を流して倒れている警備員の姿が――。
近くには所謂『糸目』という目付きをした若い男性がムチを携えて佇んでいる。突如起こった大惨事に肝を冷やしながらも、神田と村上は剛三をかばうように前に立つ。
「……おやおや。そちらから出向いてくださるとは、こちらからお伺いする手間が省けた」
「貴様か! こんなむごいことをしたのは!」
村上は拳銃を構え、神田はライフルを構えてそれぞれ銃口を糸目の男に向ける。糸目の男は不敵に微笑み、こう言う。
「ええ。そちらから先に暴力を振るってこられたのでね。力の差をいやというほど思い知らせて差し上げました」
「き、貴様……」
銃口を向けたまま歯ぎしりする、神田と村上。
――よく見ると糸目の男は青黒い髪をしていて左目には青い電子スクリーンらしき機械をつけており、五体には白と黒を基調としたプロテクターをまとっている。裁判官と書物を模したような外見だ。
ベルトには銀色の四つに割れた地球のエンブレム。――彼は恐らく、いや、100%デミスの使徒だ。
「お初にお目にかかります。わたしはデミスの使徒・シルバークラス、『白と黒のはざまに立つ審判者』駿河と申します。ちなみに元検事です、以後お見知りおきを」
糸目の男――駿河は名乗りを上げ、微笑む。村上と神田は容赦せずに発砲するが、駿河はムチをしならせ銃弾をはたき落とした。
「早い!」
「くそ、精度が悪かったか……?」
「ふふふ……。わたしの、いや組織の邪魔をするような輩には裁きを下さなくては」
顔を険しくする神田ら三人に対し、駿河は不敵に笑う。駿河は目をカッと開き、その紫の瞳で神田に狙いを定めると左手を天にかざした。
「――裁きの秤ッ」
「なんだ!?」
突如周りの景色が変わり、神田たちは巨大な天秤と炎が真っ赤に燃え盛る空間へと連れてこられた。
「いかに些細なものでも罪は罪。罪を犯したものは裁かれなくてはならない。フンッ!」
「ウグァァ」
駿河は左手をかざして神田から――魂を抜き取り、巨大な天秤にかけた。
「これなるは『裁きの秤』。罪人の魂をかけてその罪の重さを測るためのもの」
「罪人だと……」
「そうだ、あなたはかつて仲間とともに八年前の光魔大戦で我らデミスの使徒に属する多くのエスパーたちを倒しその命を奪った!」
「あ、ああそれか……。オレも出来れば命を奪いたくはなかったが、正義のためだ。油断すればオレも死んでいた……」
魂から情報を読み取ったか、駿河は魂を抜き取られ自由に動けない神田を精神的に責める。
「この世の中ひとり殺せば人殺し、百人殺せば英雄と言われることもあるそうですが、あなたは英雄などではない! 罪人だ!」
「クッ……」
「よってあなたには、神に代わってわたしが制裁を下しましょう」
執拗に言葉で責め、ムチで痛め付けながら駿河は神田を追い詰める。目を覆いたくなる光景だ。村上と剛三が神田の無事を祈る中、駿河はムチを投げ捨て、代わりに書物を取り出してページをめくり、裁きを下すための――鉄槌を召喚した。
「さあ罪人よ、己の罪を悔い改めながら死ね!」
鉄槌を振り上げて叫ぶ駿河、目を伏せる神田。目を閉じて苦い顔をする村上と剛三。神田の魂が乗せられた巨大天秤は下へと傾き、神田に鉄槌が下され命中。神田は悲痛な叫びを上げて吹っ飛び、ほかの二人が立つ後ろの方向へ叩き付けられた。神田の魂はひび割れ、陰りが見えたもののまだ砕かれてはいない――。
「……さすがに『光の矢』の一員というだけはありますね。そう簡単には砕けないか」
目をつむり、苦虫を噛み潰したような顔をする駿河。「……まあいいでしょう。次は、あなた方の番だ」と、駿河はムチの先端を村上と剛三に向けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、健はヤンとの戦いを続けていた。振るわれたカギ爪――デビルネイルを盾で弾き、怯んだ隙を突いて反撃。
縁石にぶつかった、しかし起き上がって口から流れた血を拭き取った。
「ケーッ、何のプロテクターもまとわずにここまでやるとは……」
少しダメージを受けたようだが、ヤンはへっちゃらのようで薄ら笑いする。
「しかぁし! そんな攻撃俺様がまとっている『エンドテクター』には微塵も効かぬわァ!」
「強がってるだけじゃないの!?」
「強がりではなーい!」
ヤンはすばやい身のこなしで飛び回り、壁に張り付いたりして健を翻弄。追撃しようとした健に手裏剣を投げつけて牽制する。
ちなみにエンドテクターとは暗黒エネルギーの結晶体――ダークマターなどで作られており、装着したエスパーの全能力を更に引き出し、高める効果を持つ。
ただし装備できるのは悪の心を持ったもののみ。デミスの使徒のメンバーの共通装備だ。
「ギャハハハ! こっちだよー、けけけけけ」
「くそー、すばしっこい」
壁に張り付きながら動き回り、高いところから健を嘲る。かと思えばヤンは地上に飛び降りて、カギ爪を突き立てて着地。
「ノキサスプルーム!!」
「くッ!」
ヤンは地面に突き立てた爪を振り上げると同時に、地中から猛毒の液体を噴出させる。健は盾で身を守るが、ヤンは卑怯にも背後から健を突き飛ばしガードを崩した!
「食らえハザードスクラッチ!」
「うわああああ〜〜っ」
デビルネイルが連続で振りかざされ健を何度も切り裂く! 健は地面に張り倒され、しかし起き上がり、エーテルセイバーに雷のオーブをセット。
健の周囲に激しい稲妻が降り注ぎ、それはヤンに当たってしびれさせた。薄い金色に輝くエーテルセイバーを手にして健はヤンに斬りかかる。
まずい、やられる――! と、焦ったヤンは高いところの壁に張り付いて攻撃を避けようとするが、健は剣先から稲妻を放ちヤンを攻撃。ヤンを地面のタイルの上に落とした。
「ち、ちきしょう! 俺のほうがパワーもスピードも上なのに!」
両手を振り上げて飛びかかるヤン、健はヤンの攻撃を横っ飛びで回避。
「そういえばブロンズクラスとか言ってたな! 上にシルバーとかゴールドとかプラチナとかいるんだろ、だったらお前なんか三下だ!」
「て、てめー俺が気にしてることを! コノヤローッ!」
更にデビルネイルの振り下ろしとサマーソルトキックを斬撃で打ち払い、稲妻をまとった剣で連続斬りを叩き込んでヤンをダウンさせた。
「ふぎぃーーっ」
「命までとるつもりはない。負けを認めておとなしく消えるんだ」
「負けを認めろだとォ〜? やなこった!」
軽いフットワークを駆使してヤンは健へ接近。健は攻撃を打ち払い、ヤンは舌打ちして距離を置いた。
「東條サーン!」
「東條くん、どこー!?」
そのときだ、健を探しているケニーと浅田の声が聴こえてきた。足音も近い。
――まずい。今ここで彼らを巻き込むわけにはいかない。健は二人の避難を優先し、ヤンから離れようとする。
だがケニーと浅田は、既に健のすぐ近くに来てしまっていた――。瓦礫などが散らかる中で目と目が合い、互いに冷や汗を流す。
「Why? と、東條サン、コレハイッタイ……」
「浅田さん……か、係長……」
「まさか、東條くんエスパーだったの!?」
驚きを隠しきれずうろたえ、或いは叫ぶケニーと浅田。健が両手に持っているのは本物の武器で、コスプレなんかではないことは彼らでもわかる。
それに身体中が傷だらけなのも見ればなおさら、だ。
「詳しい話はあとです、だから早く安全なところへ!」
「おーーっとそうはさせないよ!」
二人に近寄り避難を促そうとした健だが、寸前でヤンが割り込み健の前に立ちはだかる。次にヤンは二人の喉元にデビルネイルをあてがった。
「ギャハハハハハハッ! 動くなあ! 動いたらこいつらの首を掻ききるぜぇ!」
「! や、ヤン……貴様汚いぞ!」
「戦いに汚ェもきれいもあるかよぉ! ギャハハハハハ!!」
人質を取られ健は迂闊に手を出せないし、一歩も動けない。
本来なら人質であるケニーと浅田ごとヤンを攻撃したほうがいいのだろうが――健にはそれが正しいとは思えなかった。
「東條サン! ミーと浅田サンのコトはイイから、コイツヤっツケてクレェ!」
「そうしなきゃあなたが死んじゃうんだよ!」
迫る死への恐怖に震え上がりつつも、ケニーと浅田は自分たちに構わずヤンを討てと訴える。
だが健には二人を切り捨てるようなことは出来ない――。対するヤンは「いい気味だ」と言わんばかりににやつき、憎たらしい表情で健を嘲っている。
「さあどうするよ、さあ!?」
「……!」