EPISODE348:休息と戦いの火種
それから数日が経過――。バイトを終えた健はアルヴィーとまり子を連れ、みゆきが働いているファミレス――トワイライトを訪れていた。
いつも世話になっている二人への感謝の気持ちを込めて、食事へ誘ったというわけだ。窓際の外の景色が一望出来る席に腰かけて、三人は談笑している。いや、三人だけではない。注文を取りに来たみゆきも加えれば四人だ。
「へぇ。そんなことがあったんだ、おもしろーい」
「でしょ? 敬太郎のやつカッコよくストライク取ろうとしてそのまま滑って自分がレーンに突っ込んじゃってちゃってさ、従業員まで呼んで大騒ぎになっちゃったんだよ。本ッ当にヒヤヒヤさせられたんだから!」
「えーっ!」
「聞けば聞くほど笑うしかない話だの」
「やー、これが結構シャレにならないんだぜ? 今でこそ笑えるけどね、ぷぷぷっ」
健は、どうやらこの数日の間に高校時代の友人たちとボウリング場まで遊びに行っていたようだ。
話の中に出てきた敬太郎――本名、新山敬太郎もそのひとりである。ちなみに言うまでもないことだが彼は突然起きたハプニングから無事に生還している。
「そうだ、あたしあれから空手習うことにしたの」
「お! 空手か、いいんじゃない? 護身程度でも習う価値はあると思うよ」
「私も健に同感だ。武術を習うのはエスパーにならなくてもシェイドから身を守れる方法だからの」
「えへへ」
空手を習い始めたことを告げるみゆき。エスパーにはならず、彼女なりにシェイドから身を守る方法を見つけられた――ということで、健ら三人からも好印象だ。
「風月さーん、しゃべってないで注文お伺いしてよ!」
「あっ、はい! ……ご注文はお決まりになられましたか?」
先輩のウェートレスから注意を受けたみゆきは、咳払いをして首を縦に振るなどしてスイッチを切り替えると三人に注文を伺う。
「お好み焼き風チキンカツ丼!」
「私はエビフライハンバーグセットを」
「わたしミックスグリルで」
注文はそれぞれ、健が期間限定メニューを、アルヴィーとまり子は通常のメニューだ。
お好み焼き風チキンカツ丼は――かつおぶしや紅しょうがなどが乗っていて、もちろんソースやマヨネーズもかけられている。きっとそんなメニューだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
場所は変わり、空に暗雲立ち込めるとある研究所――。轟く雷鳴がより不穏な空気を掻き立てる。
研究所の内部、その奥に邪眼を模した仮面を着けた黒いローブの男が機械を触っている。周囲の設備は最先端の科学技術が使われており、全体的にメカニカルだ。
不気味な培養槽も並んでいる。そこになにかを叫ぶ仮面をつけた金色の長髪の青年が入ってきた。黄色と黒を基調としたジャケットを着ており、ベルトには四つに割れた地球の形をした金色のバックルがついていた。
隣には哀しみの仮面をつけた藍色と白を基調としたコートの女性がついており、ベルトには同様のバックルが見られる。
「我が主闇のエスパー様――」
「『砂の王子』か? 私のことはダークマスターと呼べとこの前言ったではないか」
ひざまずく『砂の王子』は催促を受け、咳払いして「……失礼いたしました、ダークマスター様」と訂正。
待機していたデルタゴーレムがそこの場に現れ、「お帰りなさいませ」と二人に敬礼する。
「集まったのはお前たちだけか?」
「はっ。我らゴールドクラスのうち『盤石の鉄鋼将軍』、『変幻自在の大魔術師』、『霧に隠れし学究』の三名には私のほうから召集をかけておきました。なにぶん集まりが悪い方々なので」
「シルバークラス以下、下々の者たちもじきに集まるかと思われます」
「ほう……我らが動き出すときも近いな」
哀しみの仮面をつけた長身の女性――『蒼海の魔女』は自分たちと同じランクの者たちに召集をかけたことを報告。
『砂の王子』も下々の者たちがじきに集まることを知らせた。
「私からもよい報せがある」
「「「よい報せとは?」」」
「デルタよ、この度お前の新たな同胞を誕生させた」
ダークマスターは壁に取り付けられたレバーを下ろし、「現れよΨ《サイ》!」と叫ぶ。
部屋の奥からミストが炊かれ、後光を受けてその『Ψ』がゆっくりと姿を現す。
砂の王子が、蒼海の魔女が、デルタゴーレムが驚くあまり絶句している。というのも『彼女』の姿は、青と白とピンクを基調とした、美少女アンドロイドのような外見という――それまでに作られた『ゴーレム』とは一線を画する容姿だったからだ。
とにかく、今までに比べ人間に近い容姿をしているのだ。ピンク色の短髪と緑色の瞳で顔には鼻も口も耳に当たるパーツもついていて、背中には飛行用のウィングユニットもある。
顔や胸部には人工皮膚を中心とした生体パーツが使われている。――きっと並々ならぬこだわりを持って製作されたに違いない。
「紹介しよう。セクレタリーノイド・Ψだ」
「Ψと申します。何卒よろしくお願いいたします」
今のところお辞儀をしただけだが、サイの表情及び感情表現は豊かだ。目や口の動き、仕草から――非常に人間的だ。断じて人形などではない何かが彼女にはある。
「サイ! 我が妹よ……俺はデルタゴーレム、お前の兄だ。よろしく頼む」
「はい、デルタお兄様」
常に時代の先を行く主の技術力に感銘を受けたデルタは、『妹』たるサイと手を取り合う。サイは眼前の『兄』に微笑む。
――ただ、その眼は笑っていない。
「なかなか精巧な作りだわね――」
「確かに。ここまで人間に近いロボットを作り上げてしまうとは」
蒼海の魔女は指をアゴに当てて感心する。砂の王子はしばらくサイを見つめ――あることに気付き疑問符を浮かべた。
「ダークマスター様!」
「どうしたロギア」
「サイの外見なのですが……自分にはダークマスター様の趣味が反映されているように見えまして」
「…………」
砂の王子――ロギアの発言によって微妙な空気に包まれる中、ダークマスターは咳払いして、「見た目は気にするな。それに私の趣味ではない、断じて趣味ではないッ」
「し、失礼いたしました」
「問題はそれより『光の矢』だ。力を蓄えていたのはやつらも同じ。残党どもが動き出すのも時間の問題……」
謝るロギアをよそに、ダークマスターは話題を変えた。『光の矢』とは、かつて健の父――東條明雄や神田マサキ、葛城エリーゼらが所属していた正義のエスパーだけで構成された組織だ。
ダークマスターら『デミスの使徒』とは敵対関係にあり、かつて八年前の大戦で互いに壮絶な死闘を繰り広げていた。
「何をおっしゃいますか、ダークマスター様。我々のほうが物量的にも戦力的にも圧倒的ではありませんか?」
「それにやつらの生き残りはごくわずか。こちらには生き残りも新規に入ったエスパーも多く存在していますわ。それにヴァニティ・フェアも壊滅済み」
「もはや『光の矢』など恐るるに足りませんよ」
仮面の下で不敵に笑いながら、ロギアと蒼海の魔女はそう宣言した。ダークマスターは薄ら笑いし、デルタとサイも笑う。
「ハッハッハッハ、それでこそデミスの使徒が誇る選りすぐりの戦騎だ!」
笑いながら拍手するダークマスター。咳払いし、仮面の下で笑いながら二人を見ると、「仮面を外すがいい」と催促。仮面を外させた。
砂の王子の仮面の下には切れ長の威圧的な金色の瞳を光らせた端正な顔が、蒼海の魔女の仮面の下には少しツリ目気味の水色の瞳を光らせた整った顔があった。
「『砂の王子』ロギア! 『蒼海の魔女』マリエル! きゃつらに思い知らせてやるのだ、お前たちの力を!」
「「ハッ!」」
ダークマスターの言葉にロギアとマリエルが頷く。――新たなる戦いの始まりは、着々と近付いてきていた。
次回より第三部となります。