EPISODE346:タツナミ海岸の決闘
神田との特訓が終わり、数日が経った。健は、いつスコルピウスと戦うことになってもいいように力を温存。
幸いバイトも休みであり、録り溜めしていたテレビドラマやバラエティー番組、アニメを見るなどして羽を伸ばしていた。思い切り笑って、ときには思い切り感動して、ストレスを発散した。
今や非日常に生きている彼にとって休息の時がどれほど重要かは、もはや言うまでもない。
「うお~、三つ目の願いキター! ここでランプの魔人を自由にしてあげるっていうのがイイよねー」
「感動しちゃうよねー!」
「でしょ~? まりちゃんはわかってるなあ!」
「楽しそうで何よりだの」
健とまり子が録画していたアニメ映画を観賞しているさまを、アルヴィーは少し離れた位置から見守っている。
今まり子がそうしているように、アルヴィーとて本当はもっと健に絡みたい。しかし、さみしがりなまり子のことを気遣って立場を譲ったのである。
健にはいつも厳しくしている。だが、甘えられるものなら甘えてみたい。たとえば――。
「ところで健――」
「へ? アルヴィー、どったの?」
「そ、その……」
声がしたので振り向けば、アルヴィーが頬を赤らめて悩ましげに、腰を振って健のもとに這い寄ってきていた。
「あれれ〜? シロちゃんたらもしかして、ムラムラしてきちゃった?」
「む……ムラムラぁ!?」
アルヴィーの表情がそう見えるのと、まり子がふざけてそんなことを言ったために健は淫らな妄想をしてしまった。
ホテルのベッドで悩ましいポーズで健を待ち、シャツをはだけて誘っている――そんなアルヴィーの姿を。おかげで鼻血が出てきた。
「いや、そんなふしだらなものではない」
「じゃ、じゃ、じゃあなにさ? なにしてほちぃ? 調教? デェト? ま、まさか、結婚?」
「違う! 私はな……」
(ゴクッ)
甘えてきたアルヴィーの要求とは? (変な方向で)健は期待を胸に抱く。まり子はただ、にやついて二人を見つめている。
「酒が……飲みたいのだ」
「お、お酒ェ!? お酒飲みたかったのか!?」
「よいではないか。たまには飲ませてくれても」
おねだりの内容とは――酒? 健は首をかしげた。どうせエッチなことでも考えていたんだろうな、と、まり子はニヤニヤした。
「……ダメか?」
「ま、まあ、考えとこう」
「そうか、いつ美味い酒が飲めるか楽しみだな」
「うふふふ〜。シロちゃんたら、子どもみたい。かわいかったわよー!」
まり子にからかわれてアルヴィーはぷくーっと膨れ上がった。一方の健は最後くらいはかっこよく決めたつもりでいたが、結局いかがわしい妄想を浮かべ鼻の下を伸ばした。
「でへへへ〜。……おや?」
唐突に、玄関のほうから物音がした。健が様子を見に行って調べたところ、ポストに手紙が投函されていた。
「誰からだろ?」
手紙を手に取った健は居間へ戻り、便箋を開けて中身を取り出す。
「手紙? 誰から来たの?」
「今から見てみるよ……って、これは!?」
それには宛名と、達筆な文字で、こう記されていた――。
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◆果たし状
東條健へ、お前ひとりで神奈川県のタツナミ海岸に来い。
ただし仲間は誰も連れてくるな。 ――レイザースコルピウス
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「スコルピウスからか……」
「神奈川県の、タツナミ海岸……仲間は誰も連れてくるな、か」
気持ちを切り替えて、凛とした顔になった健は立ち上がって外へ出ようとする。靴を履いて、ドアノブに手を置いたところでアルヴィーが健を止めた。
「アルヴィー?」
「健、戦いに行く前にこれを持っていけ」
アルヴィーの白い髪と赤い瞳が、黄金色と碧色に変わった。黄金龍としての力を引き出したアルヴィーは健に、白金色に輝く光のオーブを手渡した。
「私もまり子も、ましてや不破殿らの助けも借りられぬなら戦いは厳しいものとなろう。もしものために『白き光』を持っていけ」
「でも、エンペラーアーマーはカイザークロノスとの戦いで壊れて……」
「それならノープロブレムだ。エンペラーアーマーには自己修復機能が備わっているからな。次に使うときには元通り、傷ひとつついておらんよ」
「……ありがとう! じゃあ行ってくる!」
エンペラーアーマーのことを聞いた健は受け取った光のオーブを握りしめると、笑顔で礼を言ってアパートを飛び出した。
「やれやれ」
「健お兄ちゃんならきっと勝てる……必ず勝てる」
アルヴィーとまり子は健を笑顔で温かく見送った。健がスコルピウスに勝つことを信じて。
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神奈川県に点在するタツナミ海岸――そこは切り立った崖と白い砂浜、ゴツゴツした岩場、そして自然が作り上げた岩のアーチから成るスポットだ。とくに岩のアーチは印象的で、一般的には「岩のアーチがある海岸」として知られている。
風のオーブの力を借りてそこまで飛んだ健は、そこで待っているはずのレイザースコルピウスを探しはじめる。緊迫した様子で身構えて、いつ襲ってこられてもいいように。
「はっはっはっは……待っていたぞ東條健!」
「! スコルピウスか、どこだ!」
「ここさぁ!」
岩場の高いところにいた古家庸介――スコルピウスが飛び降りて、健の目と鼻の先まで移動した。
自信たっぷりでいかにも余裕がありそうだ。表情にも口調にもそれが表れている。
「ほう、見たところ相当鍛えてきたようだな。それほど俺に負けたのが悔しかったかな?」
「そりゃ、僕だって負けっぱなしで終わりたくなかったからさぁ!」
「それはご苦労なことで。では三度、お前の出鼻をくじいてやろうか……」
「クッ」
健は挑発してきたスコルピウスに対して眉をしかめる。
「……最後になりそうだから教えといてやる。正直なところ、わたしはお前たちエースパが四人で力を合わせてカイザークロノスを倒したと聞いたときは、このままでは我々シェイドの存亡に関わると危惧していたのだ。早いうちに芽を摘み取っておかねば……と、な。しかしお前と戦って思い直したのよ。芽を摘み取ろうにもお前たちは既に芽ではなくなっていた。天賦の才という花を咲かせていたのだ」
最後になりそうだから、と、スコルピウスは己の心情を吐露する。いったん言葉を切って、どこか哀愁を帯びた顔になって健を見つめた。
「それにわたしは元々強い者が好きだ。かつてわたしが戦ったオリオンという勇猛果敢な戦士のように……強き人間がな。無益な殺生は好まぬゆえ、人間を排除するのも人間に服従を強いるのも興が乗らなかったのだ」
「……それで、シェイドなのに甲斐崎には手を貸さなかったのか」
「御明察」
スコルピウスは口元を緩めた。
「おしゃべりはもういいだろう。お前が命を懸けてかかってくるというなら、このレイザースコルピウスも命懸けで勝負を挑もうではないか」
「っ!」
そして、古家庸介――レイザースコルピウスは体を焼き焦がすような赤いオーラを立ち上らせ、人間の姿から真の姿であるサソリを模した鎧をまとうサソリの怪人へと変身する。同時に周りの景色は薄暗くなった。
健は既にスタンバイしており、表情も凛として真剣なものになっていて準備OKだ。
「わかっているな? この戦いに負ければお前は死ぬ! 逆も然り!」
「死んでたまるか、お前に勝つッ! 今度こそ絶対にッ!!」
健を指差してレイザースコルピウスは催促を入れた。しかしそんなこと言われるまでもない。
健は剣を前方に向けて飛び出し、スコルピウスはトマホークとサソリの紋章が入った楯を装備して迎え撃つ。盾で攻撃を弾かれた健は、バックに宙返りして退避。スコルピウスは額の水晶体――サードアイからベノンレーザーを発射する。周りが暗くなることで威力を増したベノンレーザーは一発一発がまさしく必殺兵器だ。岩に風穴を開けることはもちろん、周りを焼き尽くすのもたやすい。
健は連続で放たれたレーザーの軌道を見切って、自分を狙っていたレーザーをすべて回避。しっちゃかめっちゃかな動きでかわしていた前回とは違い、洗練された動きで無駄ひとつなくかわした。最後に自分を狙ってすばやく撃たれたレーザーも盾で瞬時に対応し見事防いでみせた。
「腕を上げたな東條健! しかし負けんぞ!」
「うっさいッ」
レイザースコルピウスの兜についたサソリの尾が動き出し、空中に無数の針状の赤いエネルギー体を打ち出した。
それは攻撃ビットとなり健へ向けておびただしい数のレーザーが放たれた!
「ヤバい包囲された!」
全方位からレーザーが飛ぶ。雨、嵐のごとく。健は飛んできたレーザーを切り払いあるいは盾で防いだ。突然放たれたため、盾にオーブをはめてバリアーを展開する余裕はなかった――。
レーザーをすべて打ち消した。辺りには白煙が漂う。安堵の息を、吐こうとした健だがスコルピウスはそれを逃さず白煙を突っ切って突撃。そのまま健を岩盤に叩きつけた。
「ハハハ……」
「うぉぉっ! とおりゃっ!」
助走をつけて健はジャンプ斬りを繰り出す。スコルピウスは盾を上に構えて防ぎ、トマホークで健を叩き落とす。
しかしただではやられず起き上がりざまにスコルピウスを蹴った健は、トマホークと盾の間を縫うように一太刀入れる。スコルピウスはすぐさまトマホークを振り上げ、風車のように激しく振り回してカウンターを決めた。
「ううっ!」
吹っ飛ばされた健は勢いよく砂浜を削り、岩にぶつかって止まった。スコルピウスは波打ち際から岩のアーチの上にジャンプで移動する。
健もすぐに立ち上がり、ジャンプしてあとを追う。アーチの上にて斬り合いを演じ、崖の上まで上がってそこでも殴り合いと斬り合いを繰り広げる。
「ハハハッ」
「負けるかぁぁぁぁ!!」
生か死か、白か黒か――。運命の女神が微笑むのは、どちらか?