EPISODE345:うなれ巨人の剣
新たな強敵・スコルピウスとの二度目の戦いにも敗れた健は、アルヴィーを連れて白峯とばりのもとを訪れていた。正確には、彼女だけではない。神田ニシキも呼んでいた――。
白峯家の地下にある研究室、そこで健は目を瞑って真剣な顔をした姿を神田ニシキに見せていた。神田には文字通りすべてのものを見通す力――『千里眼』を持つ。これを使って健の心の中を覗き、彼のスコルピウスとの戦いの記憶を閲覧しているというわけだ。そんな神田にモーションキャプチャーを彷彿させる機器をつけて、タートルネックの上に白衣を着た白峯がノートパソコンに送り込まれたデータを分析している。
分析が成功すれば健の戦いの記憶は映像化され、記憶のデータを元にしてスコルピウスとの三度目にして最後の決闘に備えての訓練に打ち込めるというわけだ。――ちなみに、白峯は神田とは初対面だが挨拶と自己紹介は互いに済ませている。近くには立会人としてアルヴィーが椅子に座っていた。
「神田さん、見えた?」
「バッチリ見えてるぜ。とばりさんはどうだい?」
「映像が見えてきたけど、ちょっとボヤけてる。もう少し解像度と鮮度を上げられないかしら?」
「画質が悪いのか? オレは機械じゃないが……やれるだけのことはやってみよう」
困った白峯の要求を呑んで、神田はより鮮明な映像を提供するべく集中して健を見つめる。瞳を閉じていても網膜を伝わって神田の中にビジョンが入り込んでくる。
――見えた。鮮明なビジョンが。神田にも、白峯にも。健が真紅の鎧をまといしサソリの怪人と戦っているときの記憶のビジョンが、いま、くっきりと鮮明に、ノートパソコンの画面に映し出された。「やった! 私にも見えたわ!」と白峯は声を大きくして喜ぶ。白峯は送り込まれた動画をすかさず保存し、神田に繋いだモーションキャプチャーらしき機器を外す。
「やったね、大成功だ」
「ありがとう、神田さん。もう外しますからねー」
「あ、あの、解析終わりました?」
「うん、完璧よ!」
健が目を開けて白峯と神田へ訊ねる。白峯がウィンクして、左手の人差し指と親指で○を作って質問に答えた。
「へへ、お前の戦いの記憶はこの千里眼でしっかり見せてもらったぜ」
「あとは送ってもらったビジョンから敵の弱点を探り出して……そのデータを元に訓練をするだけね」
「白峯さんも神田さんも、すっごく助かりました! 今回の相手には絶対に勝たなきゃいけない予感がするんで!」
「どういたしまして♪」
健から満面の笑みで感謝の言葉を告げられ、神田と白峯は鼻高々だ。立会人のアルヴィーは咳払いをして、健の肩に手を置く。一瞬、豊満なバストが揺れたのは決して気のせいではない。
「さて、とばり殿が分析を終えたら特訓といくかの?」
「もち!」
健はヤル気満々で、アルヴィーに力強く返事をする。解析が完全に終わるまで、健たちはリビングで待つこととなった。
やがて、白峯は解析を終えてノートパソコンを携えてスコルピウスの弱点がわかったことを報告。打倒スコルピウスへ向けた特訓が開始された――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
場所は変わってとある採石場、そこでは白峯が神田が見たビジョンから読み取ったデータを元に、対レイザースコルピウスへ向けた特訓メニューが行われていた。
相手は神田。彼をスコルピウスに見立てて、装備もなるだけ再現しての戦闘訓練となる。もちろんガードは固く、弱点である心臓が左胸にはそう簡単には攻撃は届かない。
なぜなら、神田は千里眼を駆使して健の行動を予測――ことごとく見切っているからだ。アルヴィーや白峯、まり子が見守る中、健は必死に剣とコブシを振り回す。
「どうしたァ! 何を遠慮してる、オレをスコルピウスだと思ってこの左胸に思い切りぶちかませ! そうしなきゃ勝てねぇんだぞ!」
以前特訓したときと同じで、特訓といえど神田は相変わらず容赦ない。本気でぶつからねば彼を倒すどころかスコルピウスを倒すことはできない。
「さあ健、グズグズするでない! やれ!」
「うおおおおっ!」
アルヴィーから鼓舞され、健は雄叫びを上げ神田が持つ盾を弾き飛ばそうとする。そもそも、スコルピウスが左手に盾を持っているのは弱点である心臓を守るためだ。
その盾さえ無くしてしまえば、健がスコルピウスに勝つことはたやすい――はずなのだ。神田の攻撃をかわし、時に防いで隙を見つけた健は隙間を縫うように一太刀入れる。更に蹴りと正拳突きを一発、神田の左胸にぶちかました。ダメージは大きく、神田はたじろいだ。
「弱点以外を攻撃すると1.5〜3%のダメージ、弱点を突けば5〜6%ほどのダメージみたい」
「それ、HPに換算したらどのくらい?」
「HP50000くらいの相手だけど防御力がバカみたいに高いから一桁か二桁くらいのダメージしか与えられない、ってところね。もしくはHPが99999のまま減らない」
「なにそれ気が遠くなりそう!」
「そういうのと戦って二度も辛酸なめさせられたんだから、東條くんがリベンジに燃えるのもよくわかるわー」
二度、三度にわたるデータの分析をしながら、白峯とまり子は駄弁る。健がスコルピウスにやられた件について茶化した言い方をしているが、実際だいたいあっているのでとくに問題はない。
「足元がお留守ですよ、てぇぇぇぇい!」
「わっ! と……」
左胸を狙うべく、健は足払いをかけ神田を転ばせるという策を投じる。これならガードを崩すのはたやすい。本番でも通用するはずだ。
「食らえ、たーっ! とりゃっ! せぇぇいッ」
「カハッ! い、いいぞぉ〜その意気だ」
怯んだ隙を狙って、健は神田をスコルピウスだと思って左胸とその付近に思い切り連続斬りを繰り出す。加えて、剣と盾を置いてからのパンチやキックもだ。
そんな本番さながらの特訓はやがて佳境へ突入し、熾烈をきわめた。
「敵バイタリティー25%を切ったわ! 神田さんトシなんだから無理しないで!」
「とばり殿。それ、言いすぎ」
「口が滑っちゃいましたー、どうもすんませんしたーっ」
口が滑った白峯はともかくとして、健と神田――互いに攻防が白熱しており、特訓は既に命を懸けた死闘へと発展していた。とくに神田は本物のスコルピウスが乗り移ったかのような気迫だ。
「タケぼう、なんでもいいからそろそろ大技出してこいッ! オレの心臓ぶち抜け!」
「はい! でもそれをしたら神田さんは……」
「気にすんなよ、オレなら平気さ! それに勝てるかもしれねーぞ? ただし……」
健と緊迫したやり取りを交わす中、神田は口の端を吊り上げ心臓を守るように盾を前方に構えた。
「この盾をぶち壊せたらの話だがなッ!!」
そして声にドスを利かせてそう叫び、健を煽った。そうなった以上、健は言われなくとも盾を破壊し左胸に必殺技を叩き込むため、
盾の防御力を上回る破壊力を有する技がないか思案を巡らせた――。何かないだろうか? 盾を破壊する策。防御しても防ぎきれないような強力な技。何せパワーに長けた土のオーブでもダメだったのだから力押しは――。
力押し? そうか、待て。あのときは使い方が悪かったのだ。力が強くても、ただ斬ったり叩いたりするだけでは弾かれる。ならば強い力を活かせる技を考えるしかあるまい。
この場で、実用性が高いそれを。体力の消費が著しい光のオーブや闇のオーブの力を借りて繰り出す技ではない何かだ。
たとえば剣が巨大化して刃が分厚くなれば、それをハンマーみたいに振り下ろして叩きつければ大抵のものは破壊できるはず。……それだ!
新しく技をひらめいた健は、一筋の希望を胸にエーテルセイバーに褐色色の土のオーブをはめた。力が満ち満ちる。しかも暖かい――。
「どうした、ビビってんのか?」
「いいや! 神田さん、覚悟しといてください!」
いぶかしがる神田。意を決した健は土の力を宿したエーテルセイバーを掲げ、力を込めていく。すると、どうだろうか?
エーテルセイバーはみるみるうちに巨大化して、健の何倍も大きくなってしまった。剣と呼ぶにはあまりに大きく、分厚すぎる――。健以外の一同に戦慄が走った。
「や……」
「「「「やらいでかァァァァ!?」」」」
「うわぁーお……」
これには健自身も驚かざるを得なかった。だが今はそれどころではない。
「……食らえ、タイタンブレード!」
ざわめく自分を落ち着かせて、健は息を深く吸い込み巨人の腕のごとき剣を思い切り振り上げ、神田に叩きつける。ダイナミックに、パワフルに。自分のセンスでつけた技名を叫んで。
「ぐわ!? な……なんだァ!?」
いともたやすく叩きつけられた、すさまじく耐えがたい衝撃が神田の全身に伝わる! 神田は地に沈み盾は砕けた。防ぐにはダメージが大きすぎたのだ。
「うおおおおおおお〜〜〜〜ッ!!」
健は神田を再び巨人の剣で思い切り薙ぎ払い、剣のサイズを元に戻すとダッシュで急接近し盾を失った神田を攻撃。斬撃とパンチとキックを全力で神田の胸に叩き込んだ!
「ガハアアアアアァ」
「神田さん!?」
神田は吐血し、ふらつきながらその場に崩れた。健は剣と盾をしまい駆け寄る。白峯も分析をやめて神田のもとへ向かい、アルヴィーとまり子も傍観をやめて駆け寄った。
「へへ……見直したぜタケぼう、やれば出来るじゃねえか。今のお前なら間違いなくスコルピウスを倒せる。胸張って行ってこい!」
「神田おじさん……ありがとうございました!」
神田から激励を受けた健は感謝の告げ、神田の肩を担ぐ。アルヴィーも一緒に担いだ。まり子と白峯はその後ろをついていく。
「よし、まずは病院に向かおうぞ。ニシキ殿には無茶をさせすぎたからの」
「ああ! 頼むわ……オレ疲れちまったよぉ」