EPISODE343:エスパーになりたい
翌日。以前にみゆきから二人で話がしたいと言われていた健は、大急ぎでみゆきが待つという帰帆島レイクパラダイスを訪れた。
エントランスをくぐったところにある広場――そこの花壇のフチに座っていたみゆきはiPhoneと思われるデバイスを触って彼を待っていた。暇そうであり、少し不満げである。
それだけ彼女を待たせ、イライラを募らせてしまったということだ。これから大事な話をしようというのに待たされたというのだからなおさら腹も立つというもの。
「みゆきー!」
「健くん! 遅かったじゃん、何してたの?」
全速力で走ってきたために肩で息をしている健から声をかけられ、立ち上がるとみゆきは頬を膨らませる。今時のギャル風にいえば、「おこだよ!」という状態だ。
「ごめんよ〜、電車が一本遅れちゃって」
「ああそう!」
「ひっ! そ、それで話っていうのは……」
「そんなのあと、あと。まず遊びましょーよ」
「え……?」
話は後回しでまずここで遊ぶ……だと……? 健は目が点になった。これは抗議してもいいレベルだ。
しかしみゆきは見ての通り、ご機嫌ななめであり、下手に苦情をつけて刺激してしまえば事態はより面倒なことになってしまうのは火を見るより明らか。
この場はワガママを言ってきた彼女のことは責めず、機嫌が直るまで遊んでやるのが賢い選択だろう。健は戸惑っている落ち着かせ、「わかった、まずどこ行く?」と、みゆきと遊んで回ることに決めた。
「うわああああああああッ!?」
「やぁぁぁぁっほおおおおッ!!」
最初に行ったのは、いきなりのジェットコースターだった。あまりに激しい勢いとスピードに圧倒されて、健は顔を真っ青にして叫ぶ。一方のみゆきはしきりに嬉しい悲鳴を上げていて楽しげだ。
ジェットコースターを降りて、健はグロッキーになりながらもみゆきに連れ回され、今度はメリーゴーランドへ。その次は絶叫マシンへ。絶叫マシンが終われば今度は怖いおばけ屋敷だ。ここでは健もみゆきも肝を冷やして、外に出たときにはどちらも白目をむいた。
先ほどからずっとアトラクションにばかり向かっていることから、どうやら今回は魚たちが見られる水族館には行かないつもりらしい。つまりみゆきは健にゆっくり魚を見つめる暇も与えようとしないわけだ。
疾風怒濤のごとき勢いで遊園地の中をしこたま歩き回されては、さすがの健もヘロヘロになるというもの。ある意味でシェイドと戦うよりもずっとハードなことである。
「最後にここ乗ったらあとは自由にしてあげる」
「ほ……ホント?」
「いいから乗ろうよ」
二人は最後に、敷地内を一望できる大きな観覧車へ乗り込むこととなった。ここに乗ればみゆきも許してくれるようなので、健はふらつきながらも観覧車の中に乗り込んだ。
「観覧車っていいよねー。二人きりになれるし景色はきれいだし。ちょっと怖いけどね」
外を見つめながらみゆきが言う。じゃじゃ馬に振り回されてすっかり疲れてしまった健は頬杖を突いて、みゆきと同じく外の景色を眺めた。
「ね、ねえそろそろ教えてくんないかな? 大事な話ってなんなのか。僕をレイパラに誘うための口実ってわけじゃないだろ? 教えてくれよ」
「だーめ。観覧車降りてから」
「え、そんなァ……」
「お腹空いたし、どうせならなにか食べながら話そうよ」
「……僕もだ。さんせーい」
我慢ならずに自分がこのレイクパラダイスに呼び出された理由を聞こうとした健だが、みゆきからうまく丸め込まれて食事をしながら話をすることとなった。
健とみゆきが観覧車から降りた頃、ファーストフードが売られている売店の前。赤いジャケットを着た男性が椅子に腰かけてホットドッグを食べていた。古家庸介――レイザースコルピウスだ。
「ん? まさか、東條健か? 見たところデート中に見えるが……」
健の気配を感じ取った赤いジャケットの古家が振り向いて、観覧車から降りた健がみゆきを連れて歩いている姿を目撃。
食べ終わってからひそかに二人のあとをつけた。なお、古家はホットドッグを食べる前にちゃんと金を払っていたようだ。
「……エスパーになりたいって? なんでまた」
「守られてばっかりは嫌なの。それにこの前言ったでしょ? 自分の身ぐらい自分で守るって」
二人が話をしているのは湖岸に面し、観覧車を臨む敷地内の歩道だ。健は以前、アルヴィーを上級シェイド・ファンタスマゴリアによってアルヴィーを連れ去られたことがあった。
そこへタイミングが悪いことに、何をやっても倒せない不死身の敵Φゴーレムが現れたことも重なり、戦意喪失したときにみゆきから励まされたのだ。誰が守ってくれなんて言った? 自分の身は自分で守れる。だから気にせず戦ってほしい、なるべく努力はしてみる――と。
「気持ちはわかるけどエスパーになるまでの過程がどれだけ厳しくて、どれだけしんどいかわかってる? 君はエスパーになるための訓練に耐えられるの、こなせるの?」
「大丈夫よ、健くんだってなれたんだからあたしだってなれる」
「そうは言うけどね、僕がエスパーになれたのはたまたまアルヴィーに助けてもらってその場で契約したからなんだ。訓練はそのあとだった」
「心配いらないわ。覚悟ならもう出来てるしね」
彼女は、ずいぶんと強気だ。あれほど危ない目に遭ってきたというのに。戦いに身を投じてほしくないのに――。
健がいくら辛辣な言葉をかけてでも止めようとしても、みゆきは強気な態度を崩さない。
「そんな簡単に言わないでくれよ。僕が毎日のんきに過ごしてるように見える?」
「いや……」
「命懸けなんだよ。いつまたどこから敵が襲ってくるかわからない、気を抜いた隙を突かれて殺されるかもしれない。毎日命が懸かってるんだよ。戦いたいなんて言わないでくれ、君まで傷付けるわけにはいかないんだ」
「わたしが戦っちゃいけない理由があるの?」
「あるよ。戦いはリセット出来ない、だから命を奪われたらそれまで。君を犠牲にしたくはない」
「引っ込んでおとなしくしてろってこと? 嫌よそんなの。これ以上みんなの足引っ張りたくない、戦えるようになってみんなの役に立ちたい!」
「いい加減にしろよなッ!!」
口論の末に健は強い口調でみゆきをなじる。一旦言葉を切ると、互いに目を反らしてやや気まずそうになった。
健が思わずみゆきに辛辣な言葉を投げかけたのは、他人を犠牲にしたくない、みゆきも含めて少しでも多くの人を守りたい――という想いと信念が強かったからに他ならない。
「とにかく、君には軽い気持ちエスパーになってほしくはないんだ。考え直してくれ」
「……わかったわよ」
眉を吊り上げてこれまたキツい表情でみゆきは健の言葉に返答した。
互いにくすぶっている気持ちを抑えて、二人は再び歩き出す。ゴミ箱に口論する前に食べたハンバーガーと、ソフトクリームの紙くずを捨てて。みゆきが何も言わなくなったので、健は、少し言いすぎたか――? と、やや申し訳なさそうに思った。
とはいえ、今日はこれでひとまず収まるだろう。そう思われた矢先のことだ。健の懐にしまわれていたシェイドサーチャーがシェイド反応を感知したのだ。直後タイルの隙間から、古家が姿を現す。身を焦がすようなオーラを漂わせている!
「貴様はスコルピウス!」
「お邪魔だったかな? 東條健」
「何しに来た、みゆきに手は出させないぞ!」
「俺は戦いは好きだが無益な殺生は好まん。ましてや相手がうら若き娘ならなおさらよ」
「みゆき、下がって」
みゆきを安全なところに下がらせ、健はエーテルセイバーとヘッダーシールドを握る。
少し気合いを入れ、古家は赤い瘴気のようなオーラに包まれて本来の姿・レイザースコルピウスへと変身する。
「いざ、尋常に勝負!」
開始早々にスコルピウスは額のサードアイからベノンレーザーを発射。健はレーザーが飛び交う中をダッシュで駆け抜け、スコルピウスを斬りつける。
少し仰け反ったスコルピウスはバックに宙返りして距離を取り、地面に思い切りトマホークを火花の波を走らせた。健は横っ飛びでかわして、ジャンプして斬りかかる。
しかしスコルピウスはサソリの紋章を刻んだ盾で防ぎ、頭部からのレーザーで健を突き飛ばす。健は空中で体勢を直して着地した。隙を突きスコルピウスは絶え間なくレーザーを発するが、健はヘッダーシールドで防ぎ、途切れた一瞬を突いてダッシュ! スコルピウスを斬った! しかしまた盾で攻撃を弾き返された。健はトマホークによる反撃を受けてフェンスに叩きつけられた。
スコルピウスの攻撃は続き、健は振り下ろされたトマホークをかわす。健の代わりに犠牲となったのはパイプと石畳。いずれもきれいに寸断された。
「むう〜〜、ここでは戦いづらいな」
「この遊園地の外で戦おう。そうすれば余計な被害を出さずに済む」
「よかろう。これ以上公共の場を荒らすのは主義に反するからな」
健は風のオーブの力で、スコルピウスは寸断されたパイプの影からレイクパラダイスの外へ移動。隠れていたみゆきもまた、彼らを追って移動した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レイクパラダイス外の湖岸道路――。黒いアスファルトで固められた道の脇に豊かな緑と湖が広がっているそこで健とスコルピウスは再度ぶつかり合っていた。
勢いをつけて投げられたトマホークを切り払って打ち返し、健はスコルピウスに接近。真正面から斬りかかるが盾によって弾かれた。
「立派な盾だねー、けど……後ろからならどうだッ!」
横っ飛びして背後に回り込み、健は背面を切り上げて攻撃。スコルピウスをたじろがせた。
「やってくれるなあ!」
笑いながら、スコルピウスは額からレーザーを連続で発射。避けようとした健だが、レーザーは健を追尾。すべて命中し健は地面を削る勢いでぶっ飛び木にぶつかった。
「この……お返しだァァァ!」
立ち上がった健は風のオーブを剣にセットし、加速。十秒間経つまでにヒット・アンド・アウェイを繰り返して、少しだけでもダメージを蓄積させようと試みた。
攻撃時に何度も斬撃を放ったが、どれもことごとく盾の前に弾き返された。次に彼は、相手の対岸に立ちながらなぜスコルピウスが左手に盾を持つのか推測を始める。
(なんであいつは左手に盾を持ってる? 左利きだから? いや、そんな単純な理由じゃない。攻撃を防ぐとき、なぜかあいつは左半身を、いや左胸を守るようにして盾を構えてた――……。ということは、弱点は左胸。左胸……)
剣をくるくると回して士気を高めながら、健は思考を張り巡らせる。推測は確信へ至り、健は口の端を吊り上げる。
「わかったぞ、お前の弱点は心臓だああーーッ!」
敵の弱点を突こうと、健は心臓を狙って一太刀浴びせる。しかしスコルピウスは盾で斬撃を弾き返した。健はあっけにとられ、スコルピウスは笑う。
「それがなんだ? 仮にわたしの心臓が弱点だったとしても、そこを突けなければ何も意味はない」
「く……くそおっ」
スコルピウスからトマホークと盾による殴打を受け、健は大きく後ずさりする。スコルピウスは空高く飛び上がって、トマホークを健めがけ振り下ろす。健は回避するが直後に痛恨の一撃をぶちかまされ、柵をぶち抜いて湖まで吹っ飛ばされた。
「ごぼぼぼ……(やっぱりあそこが弱点なんだ。そこを突けるまで何度でもやってやる……)」
幸い水中に敵はいないが、このままだと息が出来ない。健は水中から湖面へと抜け出し、空中で氷のオーブを剣にセット。豪快に上がった水しぶきも水柱も空気中の水分も凍らせて、滑走を始めた。
「凍り付けッ」
凍らせた水柱を氷の矢に変えて次々に飛ばし、スコルピウスへダメージを蓄積させる。小さくても確実に。
そこへ健が滑走しながら突っ込み、すれ違いざまに一発! そこから往復して同じように攻撃を繰り返す! この技は名付けて、スノウスライドという。フィニッシュを決められたスコルピウスは宙へ打ち上げられそのまま地面へ落下。落っこちた場所には、派手に土煙が上がるとともに窪みが出来た。
「フフフ、噂にそぐわぬ強さだな。少し堪えたぞ」
「そう?」
「現代生まれといえどエースパの力は衰えてはいなかったらしい! わたしは感心したぞ!」
「そりゃ、どうもッ!」
両者ともに急接近し斬りあいを演じる。ヒットアンドアウェイと適度な防御を繰り返して、健はスコルピウスに隙を見せんとした。一方で弱点と思われる左胸を狙う機会をうかがってもいた。
だが、スコルピウスは甘くはなくベノンレーザーとトマホークや盾による殴打を巧みに組み合わせ健のガードを崩す。盾を構える時間も与えられず、容赦ないレーザーが次々健に命中。業火で焼き尽くすような激痛が彼の全身を襲い、苦しめた。
「えええぇぇい!」
「そらぁ!」
正面からの攻撃は受け付けず、背面からの攻撃にもすぐさま振り向いて対応し、スコルピウスは健を蹴り上げた。怯んだところに回し蹴りや腰を落としてからの鋭いキックをかまし、大きく吹き飛ばした。
あまりに強い衝撃から健は血ヘドを吐き、気付けば船着き場の付近まで飛ばされていた。スコルピウスは影を介して一瞬で健に追い付き、みゆきも密かに追ってきていた。当然、ボートの影に身を隠し張り詰めた顔で様子を見始める。
「はぁいっ!」
「効かぬわァ!」
スコルピウスが構える盾とトマホークの隙間を縫うように斜め上へ一太刀! しかし左胸にある心臓に届くギリギリのところで弾かれ、トマホークで切り払われた。
「デヤアアアアアァッ!!」
あの盾さえなければ! そう考えた健は距離を置いて一旦剣を地面に突き立てると、助走をつけてからジャンプ。一直線にキックを放った。
しかしスコルピウスの盾は強固であり、健が意を決して放ったキックをいともたやすく弾き返し、トマホークの重い一撃と追撃のベノンレーザーを健に見舞った。健は頭から固いコンクリートの上に落下する。
「健くん!?」
「ち、ちくしょおおおおおお!」
健の身を案じたみゆきの悲痛な叫びは届かなかった。雄叫びを上げて健は、エーテルセイバーとヘッダーシールドを装備し直して突撃。
スコルピウスが額の水晶体・サードアイから発射したベノンレーザーを剣で打ち消して疾走する。迷いなど一切ない。
「ほう、お前の強さの秘訣はそのあきらめない心にあったか……。食らえ、全方位レーザー!」
「うおあああああああああァ!?」
突撃する健に放たれた全方位レーザー。それに慈悲は無く、かわそうとした健の体を焼き尽くす! 表情が歪むほど悶絶する健の叫びが船着き場に響き渡る。
「健くん!」
「う……く、くそ……強すぎる」
口や肩から血を流し、苦痛に喘ぐ健。戦う力を持たないみゆきにはそんな彼を見ていることしか出来ない。
ゆらめく残り火と陽炎。その向こうから、薄ら笑いを浮かべながら真紅の鎧をまとうスコルピウスがゆっくり歩み寄る。
「さあ、どうする? この場で潔く死ぬか……それとも逃げ延びるか」
「だ、誰が逃げるかッ……! みんなで力を合わせてやっと甲斐崎を倒したんだ、それに比べたらお前なんか……!!」
「いい度胸だねぇ。ますます気に入った!」
この期に及んで強気な姿勢を見せた健を気に入ったスコルピウスは豪快に笑い飛ばす。
「血がたぎってきたぞ! さあ立て、更なる強さと勇気のほどを見せてみろ!」
「へへ……」
かすれた声で健は薄ら笑いする。それは半分あきらめかけたために思わず出た笑いでもあった。
――そのときだ! 銃声とともにおびただしい数の弾丸が放たれ健を襲った。それを快く思わなかったスコルピウスはとっさに健の前に出て盾で健をかばった。
何者かによる不意打ちだ、しかし健が持っているシェイドサーチャーには引っ掛からない。エスパーではない。もっと冷酷で血も涙もない。
「い、今の銃声なんだったの……?」
「一対一の真剣勝負を邪魔する無粋者めが! 姿を見せろ!」
スコルピウスが怒号を飛ばしたあとに、金属音が混じった足音を立てて銃撃手は姿を現した。
シルバーとグリーンを基調としたスリムかつ鋭利なボディに、バイザーやショルダーパーツを始めとした三角形の意匠が随所に見られる。右手に携えるは大型の銃――。
「貴様はΔゴーレム!」
「エースパよ、ヤツを知っているのか?」
「ああ、何度も戦いに乱入しては僕たちを苦しめてきた……残忍なハンターだ!」
「生体エネルギー反応アリ……抹殺! 抹殺! 抹殺!」
健とスコルピウスの一対一の決闘は、意図せぬ三つ巴の戦いへ発展しようとしていた。