EPISODE340:そこは女神の台所
「入る前に言っとくけど、僕がエスパーだってことはナイショにしといてね」
「どうしてですか?」
「家族を戦いに巻き込みたくないんだよ。そういうわけだから言わないでください」
「承知しました」
「それから、私のことは健の母上と姉上の前では白石と呼んでほしい。あとはわかってくれるかな」
「はい、そうしますわ。白石先生」
「それはやめてくれ。私はもうお主の先生ではないよ」
家に着いた健とアルヴィーは、玄関に上がる前に葛城とロゼッタに家の中でおしゃべりをする際の注意事項を説明した。頷いてくれたので、健とアルヴィーは二人の来客を玄関に上げて家の中に入った。
そもそもスケールからして違う葛城家や白峯家と比べたら庶民の範疇を出ないが、東條家はそれなりに裕福な家だ。靴を脱いだばかりだが葛城も、「みどりさんの家と同じか、それより大きいかも……」と洩らしていた。
「ただいま〜っ」
「おかえり〜! 早かったやん」
「友達連れてきたし紹介するわ。葛城さーん!」
口調を関西弁に切り替えた健に呼ばれて、葛城が姿を現した。ロゼッタも一緒だ。
「はじめまして、高天原からやってきた葛城あずみと申します。部活はフェンシングをやっております、よろしくお願いいたします♪」
葛城は簡単な自己紹介を丁寧に行い、その直後これまた丁寧にお辞儀をした。
「健の母です〜。遠いところからわざわざ来てくれてありがとう。ゆっくりくつろいでってね〜」
「健の姉です。あずみちゃん、ひょっとして健の新しい彼女?」
さとみと綾子も葛城に挨拶する。しかし、綾子は余計なことを言ってからかい健と葛城をドキッとさせた。
「エッ!? ちゃうちゃう! 僕と葛城さんはそういう関係ちゃうって!」
「そ、そうですわ! 第一健さんにはみゆきさんがいますし――わたくしが健さんの彼女だなんてと、とんでもないわ!」
「またまたー。あんた、みゆきちゃんにフラれたからあずみちゃんと付き合い出したんと違うん?」
「コラ、綾子! あんた一言多いよ!」
困り顔で必死そうな身ぶり手振りをして健は否定。葛城も同じく否定した。
意地の悪いことに綾子はまた二人の関係をからかったが、さとみから叱られたため口をつぐんだ。普段は、はんなりとしている分怒ったときのさとみは非常にコワイ。サツバツ!
「――おほん。それから、こちらにいる方はわたくしの身辺を警護してくださっているSPのロゼッタさんです」
「ロゼッタです。ワタシはあずみお嬢様に危害が及ばないように、常に身の回りについております。――って、先に言いたいことをお嬢様に言われてしまいましたね」
ロゼッタも入ってきて簡単な自己紹介を行う。言いたいことは先に葛城に言われたが、「もし怪しい人物あるいはシェイドがこの家の付近に近付いてきたときのために、ワタシは玄関で見張っておきます。これでも鍛えてますから大丈夫です」と言って、表へ出た。
「ほなロゼッタさんお願いします〜。ところで、まりちゃん自己紹介せんでええんか?」
「うん。わたし葛城さんとは前から知り合いだもんね〜」
「そっか〜。今日は大きくないけど、大きくならへんの?」
「……や、やっと大きくなれたんだけどこの前縮んじゃったの。不便だよね〜お義母さん」
そう、今日のまり子はナイスバディな大人の姿ではなくちんちくりんな子供の姿である。
さとみから痛いところを突かれたので、まり子は苦笑いしながら言い訳してみる。
一応以前まり子が力を取り戻して大人の姿になれるようになったときに健がさとみに説明はしてはいたのだが。やはり母は強い――と、一同も苦い顔をした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
それから正午となり、異常はとくに見られず平和そのものだった。健やまり子が腹を空かせたのを合図に昼食を取ることになった。
「お昼にしよか〜」
「お昼ですか。あっ!」
葛城は急に何かを思い出したようで、いきなり大声を出した。一同、驚いて肩がひきつる。
「きゅ、急におっきい声出してどないしたん?」
「健さんのお母様は、お料理がとても上手だと聞いております! よ、よければわたくしに手ほどきを教えてくださりませんでしょうか!?」
「ええけど誰から聞いたん?」
「この人からです」
葛城から指を指されて健はまた肩がぴくついた。
「え、えーと……友達の白峯さん家でクリスマスパーティーやるって話してたやん? パーティーやってたときにうちのお母さんは料理はチョーイイネーサイコー!! って話題を振ったんやけどそれで葛城さんが……」
「だいたいわかった。ほんでな、感銘を受けた葛城さんがうちのお母さんに料理教えてほしいって頼みに来たわけやろ?」
「そ、そうですけど……綾子さんどうしてわかったんですか?」
「へへへ。ウチにはわかる!」
なんでそこまでわかるんだ!? ――と、健は動揺した。アルヴィーとまり子は綾子に感心して敬意を表していた。
それが同じ血筋が成せる業であることは想像に難くない。ほどなくして、健とさとみが監修の元、葛城は昼食を作ることとなった。緊張する一方で葛城は嬉々として料理に挑まんとしている。
「それじゃーあずみちゃん、なに作ろっか?」
「わたくし、家庭科の調理実習は苦手でして……。わたくしのようなビギナーでも出来る料理は何があるでしょうか?」
「そうやね〜。簡単なもんやったら野菜炒めとかハンバーグとかどうやろ? 他には焼きそばとかうどんとかあるよ」
「では、ハンバーグで」
まずはレシピ本を見ながらの相談だ。さとみがいくつか挙げたメニューの中から、葛城はハンバーグを選択。それを作ることとなった。
「包丁持つときはしっかり。切るときはもう片方の手で押さえながら切りな」
「は、はい!」
「揉み方が弱い! もっと強く、優しく!」
「はいっ!」
「フライパンでお肉とか焼くときは目を離さへんの。気を抜いたら焦がしてまうからね」
「はい〜〜〜〜っ」
(ひええ〜〜っ、母さんきびしーっ)
さとみから厳しく、ときに優しくレクチャーを受けながら葛城は調理に励んでいた。健もはじめから料理上手だったわけではない。
こんな風にして母から手取り足取り教えてもらいながら、学校では調理実習の際に家庭科教師からも指導を受けながら腕を上げていったのである。
さとみもきっと、同じようにして腕を磨いてきたに違いない。
そして――。
「で、できたあ……」
人数分のハンバーグが完成した。作るまでに少々ミスもしたが、それも仕方のないこと。出来上がった品をトレイに乗せて、葛城は腹を空かせて待っていた綾子やアルヴィー、まり子に持っていった。なお、ロゼッタも休憩のためリビングに上がっている。
「「「「「「「いただきまーす!」」」」」」」
皆が待ち望んでいたディナーを召し上がるときが来た。
三ツ星レストランならばナイフとフォークを使うところだが、ここは庶民の家。皆箸を使って小皿に盛られたハンバーグを食べた。
「……おいしい! 家庭科がダメだって言ってた割りにはいい線いってるよ」
「えっ? でもちょっとだけ焦がしちゃったんですよ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。誰かて最初は失敗してから学んで上手になってくもんやさかい」
「……さとみさんありがとうございます!」
少し焦がしてしまったとはいうが、健からしてみればウマかった。それは決して健の舌がバカだったわけではない。
実際葛城の焼いたハンバーグは、ジューシーでおいしかったのだ。さとみも綾子も、アルヴィーもまり子も、次から次に「うまい!」「おいしい!」とそれぞれ口にする。
「それにうちのお母さんから手ほどき受けたんやで。まずくなるわけないやん」
「あずみちゃんはもっと上手くなれる。せやから自信持ちなさいな♪」
「はいっ! わたくし、さとみさんからいろいろ学べて光栄ですわ! おいしーっ!」
――かくして、東條家での楽しいひとときは過ぎていった。健も葛城も、大切な家族や仲間とゆっくりふれあえたので日頃の戦いで溜まった疲れを癒すことが出来た。
(――健さんのお母様ってお話に聞いていた以上に優しくて立派な人だったわ。帰ったら、メイド長にもたくさん教えてもらって、たくさんしごいてもらおうかしら)
その晩、苦手を解消できた葛城はメイド長の協力を得て夕食を作り、両親からたいへん褒められたというが――。それはまた別のお話。