EPISODE339:あずみとロゼッタ
昼前、東京の町外れのとあるモーテル跡。おびただしく草が生い茂っており、古びたそのモーテルの中にソファーでくつろぎながら読書をたしなんでいる者がひとり、ベッドで横になりながらイビキをかいている者がひとり。
前者は白っぽい短髪で黄色いメガネをかけており、比較的端正な顔付き。目付きは鋭く、頭は良さそうだが偏屈そうに感じられる。中肉中背で服装はベージュのベストに紺のネクタイ、白いワイシャツにチノパン。
後者は逆立った髪型で色黒、手には指抜きグローブ、服は革ジャンにタンクトップ。更にジーンズ。全体的に陽気でワイルドな風貌だ。ダンスか、格闘技か、スポーツか。いずれかを好んでいそうだ。
更に、濃い赤色のジャケットをハードに着こなした屈強な青年もモーテルの中に入ってきた。ズボンもゴツゴツした質感で、何やら油断ならなさそうなムードを漂わせる。
「聞いたぞ。昨年末、我らシェイドの頂点に立っていたあのカイザークロノスが四人のエースパたちに倒されたそうではないか」
「ああ、その話か。甲斐崎のやつがいなくなって清々したよ。だいたいあいつは、いつもいつも支配者気取りで偉そうにしていたもんだから気に入らなかった」
よく響くいい声で話しながら、エスパーという単語を独特のイントネーションで発したのは赤いジャケットの男だ。
険しい顔をして、神経質な物言いをしたのは黄色いメガネの男性である。
読んでいた本に栞を挿して、神経質そうな男性はようやく赤いジャケットの男に顔を合わせた。
「ヨッホーウ! なんだなんだぁ? せっかく集まったのに辛気くせェ顔して、葬式みてえじゃねえか」
活きのいいシャウトとともにファンキーな風貌の若者がベッドから飛び上がり、メガネの男性と赤いジャケットの男の間に割って入った。
ファンキーな風貌の若者は二人の間をうろちょろしながら変な顔をしておちょくるが、そのうちメガネの男性から舌打ちされたので仕方なく人をおちょくるのをやめた。
「で、これからどうする気だ。そのエスパーとやらと戦おうっていうのか?」
「……戦うに決まってるだろう。俺は強いものが好きだからな。それにあのカイザークロノスに打ち勝ったというのも興味深い」
「そーいやあんた、昔甲斐崎さんからスカウト受けたらしいじゃねえか。敵討ちにでも行くつもりかー?」
「いいや」
メガネの青年とファンキーな青年と言葉を交わす中、赤いジャケットの男はファンキーな青年からの問いに首を横に振って答えた。
「エ? じゃあ何でだよ」
「別に俺はクロノスを快く思っていなかったわけではない。高く評価しているさ。ただそりが合わない部分もあったのだ。おもに人間に対する価値観が、な……」
言葉を一旦切って、目を閉じて赤いジャケットの男は口の左端を吊り上げた。
「それに試したくなったのよ。最凶最悪と謳われたクロノスを打ち破ったエースパの実力がいかほどのものかをな」
「フン、バカなことを。人間風情の力などたかが知れてるだろう」
「あまり人間を見くびらないほうがいいぞ? 現にヴァニティ・フェアが勇気あるエースパたちの手で壊滅させられたばかりではないか」
「そんなのはまぐれにしか過ぎない。潰れたのも甲斐崎のやり方がぬるかったからだろ」
「わからんか……まあいい」
赤いジャケットの男からのせっかくの忠告を聞かず、メガネの青年は人間が力をつけていることと、その可能性を否定した。
ファンキーな青年は何をしたらいいかわからない。赤いジャケットの男がため息を吐くと、彼は暖かい陽射しが差している入り口まで歩いていく。
「こんなに血が騒いだのはウン千年ぶりだ。島袋、スパイク。お前らに行く気がないなら俺が、現代を生きるエースパたちが強いか弱いかをこの目でしかと確かめて来よう」
薄暗いモーテルの入り口で立ち止まり、赤いジャケットの男はたっぷりと外から射し込む日光を浴びた。島袋と呼ばれたメガネの青年はいぶかしがり、スパイクと呼ばれたファンキーな青年は口を細めた。そして赤いジャケットの男はその精悍な顔で、にやついた。
「古家庸介ことレイザースコルピウスがな!!」
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その頃の東條家は――健は綾子やさとみと一緒にコタツに入って、アルヴィーとまり子はソファーで手をつないでくつろいでいた。
カイザークロノスとの最終決戦から一週間が過ぎたばかりだ。クロノスの圧倒的強さに比べれば、先ほどの手合いは健にとって準備運動程度に過ぎなかった。せっかくの家族団らんのひととき。ここは思いきり肩の力を抜くべきだろう。と……考えながらのリラックスだ。
「それでさー。姉さんお参りしたときさ、どんなお願いしたの?」
「またそれかー。あんたには関係ないやろ」
「ぶー」
初詣で何を願ったか、健はまた綾子に問うがやはり答えてもらえなかった。むすっとした顔で健は頬を膨らませる。
「そういう健は何お願いしたんよ?」
「僕? 世界が平和になりますようにって」
「ふーん。なんちゅーか、能天気ゆうか……健らしいやん?」
「少しはハプニングがあったほうが楽しいやろうけど、やっぱり平和が一番やね。なー、健」
「へへへ」
健の願い事を聞いて、綾子とさとみはニンマリ微笑む。照れ臭く笑う健はみかんの皮を剥いて、みかんの身を頬張った。ビタミン豊富で甘酸っぱくておいしい――。
一個では満足できない健は、ザルに盛られたみかんを追加で三つほど食べた。――ほっこりしたところで健のそばに置いてあった携帯電話が着メロを鳴らした。
「健、携帯鳴ってるよ〜」
「ほいほい、誰やろ……」
さとみから指摘された健は、流行りのJPOPに合わせてバイブレーションする自分の携帯電話を手に取る。
「はいもしもし!」
「健さんですか? 葛城あずみです、いま大津駅まで来ています」
「駅着いたの? 僕んちはその近くの住宅街の中だけど、場所わかりそう?」
「うーん……、申し訳ございませんが迷子になりそうなので迎えに来ていただけませんか?」
「いいよー! すぐ行くから待ってて♪」
電話の相手はなんと、葛城あずみだった。口調が一変して標準語となり、凛として可愛らしい声で道に迷いたくないという葛城の頼みを健は快く承諾。迎えに行ってやることにした。
「誰からやった〜?」
「年下の友達。去年知り合ったの」
「そう。昔っからやけどあんた、よう友達出来るなぁ」
「エヘヘ……」
さとみから感慨深そうな言葉を投げかけられて、後頭部を掻いて健は照れ笑いした。
「ほな、友達迎えに行ってくるしな。白石さん、一緒に行こー!」
「え……ああ、うん。わかった」
健は白石ことアルヴィーとともに葛城を大津駅まで迎えに行くことになった。アルヴィーが離れてしまったので寂しくなったまり子だが、ソファーからコタツに移動してみかんをもらうことにした。
◇◆◇◆◇◆◇
高天原市からわざわざ大津までやってきた葛城は、大津駅の前で花壇の近くに座って待機していた。コートにワンピースと、ゆったりした服装だ。下にはタイツを穿き、靴はスニーカー。髪型は相変わらずの一本に束ねた三つ編み、髪留めには黒いリボンを使っている。
彼女の傍らには、緑色の髪で右目が赤く、左目が青い長身の女性が立っていた。黒いスーツ姿だが、メイドにも執事にも見えない。恐らくボディーガードか、シークレットサービスであろう。――にしては、穏和な顔付きだが。
「マスター、寒くないですか?」
「いいえ、平気よ」
「なら良かった。しかし、東條さまはまだでしょうか?」
「あなたを見たら間違いなくびっくりするでしょうね」
「この姿では今まで一度もお会いしたことがありませんからね」
ボディーガードらしき付き人の女と会話を交わして楽しんでいる、葛城。やがて、「お待たせ〜!」と、走りながら手を振って健が現れた。アルヴィーも一緒に。
「あっ! 健さんにアルヴィー、お待ちしておりました! 迎えに来てくださってありがとうございます!」
「寒い中待たせてごめんね……って、そこのお姉ちゃん誰ッッッ!?」
案の定健が驚いてボディーガードの女性に指を指した。アルヴィーも腕を組んで怪訝な顔になる。
「えーと、どなただったかの? 見覚えがあるよーな、ないよーな……」
「ほら、ワタシですよワタシ。わかりませんか?」
「あーう……わっかんねぇ〜」
「……クリスタローズと申したら?」
「なにい!」
「お、お姉ちゃん、く、クリスタローズだったのォ!?」
なんと、ボディーガードの女性の正体はクリスタローズだった。クリスタローズとは、葛城あずみのパートナーであるバラの上級シェイドだ。
甲冑に身を包んだ女騎士のような、透き通った姿をしている。普段は葛城の影に潜んでいてあまり姿を見せないため、なかなか会う機会に恵まれなかった。
「高天原からこの大津まではとても距離が離れているので、マスターと一緒に異次元空間を通ってきた次第です」
「そ、そっか……うん。しっかし驚いたなー、葛城さんの隣にいた見たことない人がまさかクリスタローズだったなんて」
「今の姿のときはロゼッタとお呼びくださいませ」
「わかりましたー。それじゃ葛城さん、ロゼッタ。僕とアルヴィーについてきて」
「健の母上と姉上がみかん用意して待っとるぞー。しかもまり子も一緒だ」
「ホントに? それは楽しみですわ〜」
葛城とロゼッタを連れて、健とアルヴィーは住宅街へ向かう。気分は絶好調である。