EPISODE338:ブレイブな年明け
正月、元旦――。カイザークロノスとの決戦を終えた健はその疲れを癒そうと、実家に帰省していた。といっても大津市の住宅街の中なので、さほど遠いわけではないが。
東條家は白石龍子(こと、アルヴィー)と龍子の親戚である(ということになっている)まり子を連れて、近所にある神社を訪れていた。説明するまでもないだろう、初詣だ。
「今年一年、平和で過ごせますように」
水色のダウンジャケットにジーンズ姿の健が年季のある箱に賽銭を入れて、二回手を叩いて祈りを捧げる。家族にさえ正体を隠して戦っている健にとっては、これ以上ない願い事だ。
「ステキな出会いがありますように」
健に続いて賽銭を投げて願い事を言ったのは、健の姉の綾子だ。健が茶髪で父親似なのに対し、彼女は黒髪で母親似。だがおっとりした性格の母とは対照的に、竹を割ったようにさっぱりとしていて気丈な女だ。
「家族がバラバラになりませんように」
黒いロングヘアーをした健の母・さとみがそう願った。夫の明雄が八年前に行方不明になっているため、我が子が、自分が離れ離れにならないようにと思ってのことだ。ゆえに彼女の笑顔は穏やかながらもどこか憂いを帯びていた。もともとスタイルが良く実年齢より若く見えるのもあってか、非常に美しい。
「争いがこの世からなくなりますように」
「ずっとみんなと一緒にいられますように」
白石龍子ことアルヴィーと、糸居まり子もそれぞれ願い事を呟き祈る。
「姉さん、どんなお願いしたん?」
「あんたには教えてあげへん! 自分で考えな!」
「えーっ」
「あはは。もう、健ったら聞いたらあかんこと聞いてもうたな〜」
健が姉に願い事を聞いてどつかれたりして、談笑しながら一同は神社をあとにする。
そのとき――健の懐からアラームらしき音が鳴った。後ろを向いて、健は懐から音の発信源を取り出した。
白い円形のシェイドサーチャーだ。中くらいの点がひとつスクリーンに映し出されている。この近くにシェイドが来ているようだが――。
「健ぅー?」
「母さん、姉さんごめん! まりちゃんと一緒に先帰ってて!」
健はそそっかしい様子で、さとみと綾子に一言告げてまり子にサブリュックを手渡す。
「あんたどこ行くん!?」
「ちょっとトイレ!」
呼び止めようとした綾子に苦しい言い訳をしてから健は走り去る。やや不可解だったが、しぶしぶ納得した綾子はまり子を連れて、やや困った笑顔をしたさとみと、きょとんとした顔のまり子一緒に帰路に着いた。アルヴィーもまた、健を追って疾走した。
「ガァー! 去年の夏のはじめ、おれの兄者を殺したのは貴様だな!?」
「ち、違う! オレはそのとき彼女と北海道の小樽でチーズフォンデュを食べてたんだ!」
シェイドサーチャーがシェイド反応を感知した方角――市民公園近くの湖岸道路へ向かった健は、コウモリのような翼を生やした青銅色の怪人が若者に因縁をつけて襲いかかっている光景を目撃。
これを黙って見過ごせるか? 出来るわけがないだろう。人助けに理由はいらない――。健は、助走をつけて青銅色の怪人にドロップキックをかました。
「そこまでだ!」
「グワーッ!?」
結果、見事に命中! 健は襲われていた男性にここから逃げるように促し、鋭い目付きで視線を青銅色の怪人に向ける。
頭には角を生やしていて目はピンク色、尖った爪を生やしている。悪魔の石像のような外見だが、健には見覚えがあった。
「き、貴様か! おれの兄者を倒したのみならず、ヴァニティ・フェアまでも壊滅させたエスパーは!」
「そういうお前は、アイアンガーゴイル! そんなバカな、この前倒したはずだ!」
「おれは貴様に倒されたアイアンガーゴイルの弟の、ブロンズガーゴイルよ!」
「なんだって!? まさか弟がいたとは……」
以前街の人々を石化させたアイアンガーゴイル。そいつに弟がいたことなど健には想像もつかなかった。
しかし驚いている場合ではない。人々に危害を加えていたブロンズガーゴイルは倒さねば。健が得物を構えたところで、ちょうどアルヴィーもやってきた。ただし人の姿ではなく、白龍の姿だが。
「兄者の仇、とらせてもらうぞ!」
「あいにくだけど青銅風情なんかに負けるほど僕もヤワじゃないぜ」
「消えろ。ぶっ飛ばされんうちにな」
「ざけんなよ!!」
売り言葉には買い言葉で、健とアルヴィーはブロンズガーゴイルを挑発。ブロンズガーゴイルは怒りに身を任せて突っ込んだ。
なお、本来ならば「青銅風情」または「青銅ごとき」などという台詞を吐くと発言したものはやられるというパターンが確立されているのだが――このコンビはブロンズガーゴイルに負ける気がしない。
「ガァー!」
「よっと!」
盾で引っかき攻撃を弾き返し、斜め上に切り払ってカウンター。ブロンズガーゴイルを怯ませ立て続けに斬撃と打撃を浴びせる。
いきり立つブロンズガーゴイルは奇声を上げて、翼の管から緑色の光線を放って攻撃。だが健は盾で弾き返し、剣に炎のオーブをセット。紅蓮の炎をまとう剣でブロンズガーゴイルを切り裂くとたじろがせた。
「ガァーッ! くそ、これならどうだあ!」
「あっ、飛んだ!」
あっという間に逆境に立たされたブロンズガーゴイルは翼で空へ羽ばたいた。「どうだ、追い付けまい!」と、余裕がなかった先ほどとは打って変わってすっかり有頂天だ。
これで形勢逆転なるか――に見えた。「よーし……」と、意気込んだ健が、風のオーブをセットしてエメラルドグリーンに染まった剣を手にして空中を浮遊し出したのだ。身も心も舞い上がっていたブロンズガーゴイルは驚きすぎて焦りを出し、顔が真っ青になった。
「落ちろっっ!」
「ウガァァー!?」
縦に激しく回転しつつ竜巻の力を借りた刃を悪に叩きつける。健の渾身の一撃がクリーンヒットしたブロンズガーゴイルは地面に落下。
亀裂がびっしりと入った窪みが出来るほどの威力だ。地上に降り立った健に、ブロンズガーゴイルは怒りの矛先を向けて滑空。健を鷲掴みにするとそのまま滑空を続け、壁に叩きつけた。
「くっ」
「エスパー野郎がぁ! ブチ殺してやる!」
血管が浮かび上がるほどにブロンズガーゴイルは怒り狂い、歯軋りまでしている始末だ。
また滑空しながら攻撃を繰り出されては厄介だ。空を飛ぶ手段を封じるには――。
「健、あやつの翼を折ってやれ!」
「言うと思ったッ!」
ちょうどアルヴィーと同じことを考えていたところだ。健は風のオーブを氷のオーブと交換し、周囲に超低温の輝く冷気を漂わせた。
「ガァー!? さ、寒い。動けねえ!」
「ジッとしてろよ〜」
手足が凍り付いて動けなくなったブロンズガーゴイルに、健は容赦なく蒼く凍てついた吹雪の剣を振るう。
一回斬ってから盾で殴って突き飛ばし、そこからブロンズガーゴイルに飛びかかって翼を切り落とした。悲痛な叫びを上げたブロンズガーゴイルの管から、紫の血が噴き出す。また容赦なく健はもう片方の翼を折って、これでブロンズガーゴイルは空を飛べなくなった。
「おりゃー!」
「グワーッ!」
至近距離から冷気を浴びせられ、ダメージを受けたブロンズガーゴイルは吹っ飛ばされて頭から地面に叩きつけられた。
「とどめだ……!」
起き上がったブロンズガーゴイルの眼前には、闇のオーブを剣にセットして――髪や武装を黒くしてダークネスアーマーをまとった健の姿が。
青黒く禍々しい外見になった剣をがっしりと構えて、赤く染まった瞳はうろたえるブロンズガーゴイルの姿を捉えた――。そして、「食らえ!」と、剣を投げつけてブロンズガーゴイルの心臓に突き立てた。
「ハーデスストライク!!」
強力なキックとともに突き立てられた暗黒剣がブロンズガーゴイルを貫いた。粒子化し、ブロンズガーゴイルの肉体をすり抜けた健は暗黒剣をしっかり握ってブロンズガーゴイルの背後に立つ。そしてかっこいいポーズを決めてみた。
「あ、兄者ァァァァ〜〜!!」
ブロンズガーゴイルから火花と紫色の血が飛び散る――。断末魔の叫びとともにブロンズガーゴイルは爆発、消し炭となった。
「……ふぇー」
闇のオーブを剣からはずすと、一仕事終えた気分になって健は一息吐いた。元に戻った健は剣をしまい、龍の姿から人間態へと戻ったアルヴィーが彼に駆け寄る。
白銀色の髪に良く似合うワインレッドのコートを着ていて、ブーツにニーハイも完備だ。襟元のファーがフワフワしていて暖かそうである。
「今日のお主ときたら、ブレイブすぎるな」
「えっ、ブレイブだった? そりゃあどうも」
「さ、我らも帰ろうぞ」
「うん!」
何はともあれ、これで一件落着。あまりさとみや綾子を待たせては悪い。健とアルヴィーは、大急ぎで家族のもとへと走っていった。