EPISODE32:遊びにいくヨ!
いつも朝の7時くらいまで寝ている健だが、今日に限っては6時に起床していた。
その理由はとても簡単、みゆきと彼女の知り合いの家に遊びに行く約束をしていたからだ。なんでも、その知り合いから健に用があるのだそうだ。
先に身支度をすませ、朝食は惣菜パンやバナナなどですませる。遅れるわけにはいかない。どちらかといえば、自分は割りと行動が遅いほう。だからこそ少しでも早く、出かける準備に時間を割きたいのだ。
「準備終わりっと。さて、みゆき来るまでひと休み、ひと休みィ〜」
「おはよう、健。早いのぅ」
「おはよう……って、わーーーーっ!!」
準備は終わった。空いた時間でテレビを見ていると、遅れてアルヴィーが起きてきた。
それも大胆不敵というか、エロチックというか。その手のフェチなら瞬く間に意欲を掻き立てられるような、そんな格好で。
「ん? どうかしたのか」
「前、前! へそまで全開なってるし!」
「む? ……ああ、これか。胸がキツくてのー、ついついはだけてしまったようだ」
髪はボサボサ。服にいたってはあろうことか、へその辺りまで無造作に開いていた。
下着を穿いているかどうかは一見分からない。それよりも問題は局部が隠れているとはいえ、
乳房が露出しているということだ。家の中ならまだしも、さすがにこのままのハレンチな格好でよそへ行くわけには行くまい。仮にそのまま行くとすれば、それはとんでもないアバンチュールだ。ついでに、あの格好で欲情するのもよそではとてもできっこない。家ならやりたい放題のし放題だが。
「メシはまだかの? それとも、先に食べてしもうたか?」
「食べたよっ!」と言い返すが、今はそれどころではない。着替えだ!
いつになく痴的な彼女に着替えを用意せねば。何が良いだろう。彼女が来てからちょくちょく服屋へ行くようになったが、自分の感性が彼女のそれとあっているかは分からない。気を遣ったつもりが、かえってこっ恥ずかしくなったり、ダサくなったりしては申し訳が立たない。では何がいいだろう。下はジーンズやスカートでいいとして、上はどうしよう。
この前奈良のおんぼろホテルまで来てもらったときに着ていた、ベージュのコートか? それともワイシャツの下に大きめのブラジャーか? ハデめのストリートファッションか? いっそ裸一貫で行くか? 些細な悩みはどんどん膨らんでいく。現にそんなことを考えている健の頭は、今にも爆発して噴火しそうだ。
「あちゃー……お主、知恵熱を起こしてしもうたか」
――というか、普段使わぬ頭を使いすぎてとっくに爆発していた。頭から『ボンッ!』と、白煙を盛大に上げて。
「可哀想に。みゆき殿には私から言っておくから、今日は休め。くれぐれも無理は……」
「大丈夫ですっ! っていうかアンタ、どんな服がいいのッ!?」
「えっ、昨日クーラーつけっぱにして寝ていたせいで40℃の熱が出たから、今日は休むんではなかったのか」
「出してねーし! 大丈夫だし! ねつ造乙!」
「これ、余計に体調を悪くするぞ。今日は休め」
「熱でてないし! 休まないし! ぜってー行くし!」
「休め」
「いやだ」
「やーすーめ!」
「いーやーだ!」
「やーすーめーよ!」
「いーやーだよ!!」
アルヴィーに服のことを聞くつもりが、いつの間にかコントのような光景になっていた。
この部屋に普通の大人はいない。そこにいるのは、さながら暴走特急のごとき勢いでどんちゃん騒ぎをし、お互いにブチキレて八つ当たりしあう大人げない大人である。
「健くーん。いるなら返事くださーい」
「あっ、みゆきの声だ。やべっ!」
ブザーの甲高い音が、玄関から鳴り響いた。ばか騒ぎも収まり、ほとぼりが冷めた健は玄関へ向かう。
「おはよう、みゆきっ! 今日もかわいいねー♪」
「えへへ〜。準備とかもうできた?」
「うん! 早起きまでして準備したよ」
「そうなんだ〜。ところで、アルヴィーさんは?」
「ドキッ」と、健の肩がびくついた。バカみたいに騒いでいてすっかり忘れていたが、
彼女をまだ着替えさせていない――ピンチだ。このまま出てきたら、やばい。あんな痴的な格好で外には出せない。どうしよう、何とかしよう。そうしよう。
「おぉ、みゆき殿〜。おはよう……」
「ごめんもうちょい待って! すぐ終わるから!」
「いいけど……健くん!?」
大急ぎでドアを閉め、カギまでかけてアルヴィーを着替えさせるべくタンスを漁る。
とにかく、乙女の柔肌があんなにも晒された格好では遊びにいけない。とにかく急がなければ。せわしなく、健はタンスを漁り続ける。
「どんなやつでもいい!?」
「別に私はかまわんが……」
「よしわかった!」
服漁りが終わり、ようやくアルヴィーを着替えさせるときが来た。
急いでワイシャツを脱がせ、下着をつけさせジーパンとスカートのどちらがいいかも聞く。決して油断はできない、一秒一秒が死闘なのだ。
「お待たせーっ!」
「……に、似合ってる……か?」
健が緊急でアルヴィーに着せたのは、パールホワイトのコートに黒いミニスカート。
彼女の白髪に映えるかもしれない組み合わせだ。そして足にはローファー。自信がなくて少し恥ずかしげに後ろに手を組んだアルヴィーは、似合っているか否かをみゆきに訊ねた。
「……きれいですっ!!」
だが、いらぬ心配であった。感激の眼差しでアルヴィーを見ていたのだから。
「ありがとう……」
「大急ぎで着させたから、メチャクチャなんだけどね……。ところで、今日ってどこまで行くんだっけ?」
「西大路だよ〜。知り合いのお姉さんが健くんに会いたいんだって!」
「……む? 西大路?」
アルヴィーには心当たりがあった。そういえば、この前一晩を共に過ごした女性の住所も西大路だった。みゆき殿の知り合いの方は、もしや――?
などと考えながらも、三人は意気揚々と西大路へ向けて出発。古きよき街並みを堪能しつつ、みゆきの知り合いの家を目指す。
「着いたわよ」
3人はみゆきの知り合いの家に辿り着く。そこは比較的大きく、中々にモダンなデザインをしていた。外観は白い壁で、屋根の上にパラボラアンテナらしきものまでついていた。広い中庭には、車か何かのガレージも見える。高さは、どうやら2階建てのようだ。
「で、でかい。いい家だなー」
「夢の豪邸というやつだの」
「白峯さーん!」
ただならぬ感心を示しながら家を見る二人をよそに、みゆきはブザーを押しながら家主の名を呼ぶ。
「みゆきちゃ~ん、こんにちは。あっ、健くんたちも来てくれたのね」
「あ、あなたはっ!」
「お、お主はッ!」
ドアから出てきた人物を見て、二人は思わず目を見開いた。我が目を疑った。これは、偶然なのか? いや、必然だったのか? 健が以前センチネルズ本部からの大脱走を共にした女性が、そこにいたではないか。他人の空似という可能性はあるが、そんな理屈などぬきに『同一人物』だと肯定せざるを得ない。
「とばりさんッ!?」
「とばり殿!?」
「えっ、白峯さんのこと知ってたの!?」
「驚かせちゃってゴメンねー」
動揺した理由は違えど、戸惑いを隠しきれない3人を白峯――とばりは家の中へ案内する。
玄関に上がらせ、スリッパを履かせるとリビングへ3人を招待。茶を淹れて持ってくる。とばりの家は見た目のみならず、中も相当に広かった。今いるリビングだけでも、健の部屋の倍以上はある。天井を見上げれば、そこには煌びやかなシャンデリア。こんなに裕福な暮らしが出来ていてうらやましい。いずれはこういう豪華なマイホームを建ててやると、健は心の中で密かに誓っていた。
「大したものないけど、ごゆっくりどうぞ~」
「はいっ!」
テンションが高揚しつつあった。恐らくこんなに広くていい家の中に入れてもらえて、
つい嬉しくなってしまったのだろう。アルヴィーも花瓶や肖像画などのインテリアに興味しんしんだ。高級感溢れていて、王侯貴族の生活を味わっている気分になれる。湧き上がる気持ちを抑えられず、まるで子供のようにはしゃぐ健とは対照的に、アルヴィーとみゆきは静かにお茶を楽しんでいた。
「ところで、僕らに用事ってなんですか?」
「あ、それなんだけど……この前の剣と盾、見せてもらえないかしら?」
とばりがみゆきだけではなく、健とアルヴィーを呼んだ理由は他でもない。
なんでも、エーテルセイバーとヘッダーシールドのメカニズムに興味を持ったので、一度調べてみたかったそうだ。要望に応えるべく健はすぐさまそのふたつを取り出し、とばりへ手渡す。
「どうぞ!」
「はい。うーんと……ふたつとも、古代のオーパーツか何かかしら。この幾何学的な模様とか、いかにもって感じだわ」
一通り見終わった後、もう一度細部まで調べる。
するとセイバーの柄と盾に小さな穴を発見し、「何かはめられそうなもの持ってない?」と訊ねる。心当たりがある――というか、該当するものを持っていた健から穴にはめられそうなものを受け取り、それをはめてみる。すると剣から火が出たり、刃が凍りついたりした。盾も同様だった。
「このビー玉みたいなやつ、すごいパワーね!」
「一応オーブという名前があるんだが……まあ、そっちの方が覚えやすいのは確かだの」
「今のすごかったー……。いつもあんな感じで戦ってるの?」
「ま、まあね。うん……」
感銘を受けたとばりは、一晩セイバーと盾を貸してほしいと願い出る。一瞬迷ったが、健はOKサインを出した。いろいろと謎が多いこの剣と盾について、何か分かるかもしれないと思ったからだ。