EPISODE331:リワインド
「そもそもたった数匹の小さなアリでしかないお前たちが、一匹の大きな恐竜に勝とうとする考え自体が間違っていたのだ」
カイザークロノスの言葉は、まさに今の状況にはぴったりのたとえだ。アリは健たちであり、恐竜とは無論カイザークロノスであり――。頑丈なアリでもそれ以上に強く巨大な恐竜とでは実力には絶望的なほど差がある。
「見ろ! これが『力』だ!」
「ごはああああぁぁぁぁ――――!!」
カイザークロノスは両腕を天に突き上げ、全方位に衝撃波を巻き起こす。上昇気流にでも吹き上げられたかのように健とアルヴィーの体は打ち上げられ、勢いよく床へ落下。
「そぉら!」
「うがっ! ぐぅぅ……」
カイザークロノスは、肩に生やして触角を彷彿させる突起を伸ばし電流を流して健を捕縛。コブシでまっすぐに突いて、健をぶっ飛ばす。その勢いは石畳を削るほどだ。
「負けるか……!」
しかし、健は片目を瞑りながらも立ち上がって、エーテルセイバーを手にすると壁を蹴って跳躍。対岸へ移動する。
「アリがどうとか恐竜がどうとか言うけどな!」
同じようにして壁を蹴って移動し、健はカイザークロノスを翻弄する。天井近くへ来たところで、健は急降下しながら勢いよく斬りかかる。クロノスは手の甲で斬撃を防いだ。それでも健は押しきるつもりだ。
「地上を支配していた恐竜も氷河期が訪れた頃には絶滅した! 生き残ったのは哺乳類だ! ただ力や技が強いだけじゃダメなんだッ! 心・技・体……それら三つを兼ね備えることが大事だとアルヴィーが教えてくれた!!」
防御されても健は攻撃を続ける。火花が何度も散り、攻撃を防ぎ続けたカイザークロノスは一瞬疲弊し、防御が崩れた。
「力ではお前に負けてもハートなら負けない! うおおおおーっ!」
激しい闘志を燃やす、健渾身の一太刀が入った。少したじろいだカイザークロノスだが――それでも、ボディには傷ひとつついていない。
「滑稽だね。さっきから黙って聞いてやっていたが……寝言なら永遠の眠りに就いてから言うんだな、ボウヤ」
やはりカイザークロノスは動じていない。健の言葉をはね除けるように、カイザークロノスは左手で裏拳を放ち健を突き飛ばした。健は踏ん張り、目を見開いてクロノスをにらむ。
同時に、脳裏にあることが思い浮かんだ。クロノスに勝つための即席の策を。
(僕自身が光と闇を受け入れたことで光のオーブは力の真髄を見せた。だったら、闇のオーブも!)
「!? あかんって東條はん! 自分からフラグなんか立てんでええのに!!」
いまの自分が持ちうる最強の攻撃手段を使う。一見有効なようで、実は典型的な敗北――または、死亡フラグのひとつだ。それでも健は闇のオーブを選んだ。アルヴィーはそんな愚かな選択をした彼を責めるようなことはしなかった。出来るだけ最後の時まで健のことを信じたいからだ。
「漆黒に輝く闇よ、僕に力を!」
健は市村の制止を振り切って闇のオーブを剣に装填。エーテルセイバーとヘッダーシールドは黒くて禍々しい形状に変化し、周りに発生した黒く輝く闇のエネルギーは物質化し、健の体に装着されていく。
物質化した暗黒エネルギーは、魔界の宝石のごとき妖しく神秘的な輝きを放つ――紫がかった黒の鎧となった。健の髪の毛は以前使ったときのように鋭い髪質の紫がかった黒色に変化し、瞳は赤くなった。
「……予想が当たった。アルヴィー、これも光と闇を受け入れたから授かった力……なのかな」
「そうなるな。昔はともかく、闇の力を制御できる今なら……きっとお主の役に立つ!」
これもまた、光と闇――どちらも受け入れたことで手に入れた力だという。これならばカイザークロノスにも勝てるはずだ。健はそう確信し、クロノスに暗黒剣を向けた。
「なるほどな。帝王の剣が選んだだけのことはある。だがそれしきのことで俺に勝てるとでも?」
「……勝ってみせるとも!」
「笑止!!」
健はカイザークロノスの自信たっぷりで不遜な言動にもめげず、助走をつけて斬りかかる。斬って、殴って、斬って、殴って、斬って、蹴って、斬る!
ことごとく弾かれたが、最後の一発が当たったことによりカイザークロノスはうめく。ここまで来て、ようやく相手にダメージを与えられたということだ。
「すげえ……あいつ、さっきまで手も足も出んかった相手やのに! 行けるかもしれんでこれは……!」
さっきは闇のオーブを使うことに反対した市村も、希望の光を見出だしたか健の雄姿に感激し喜んだ。
「ッ……やはりそうでなければな。どうやら俺はお前たちを過小評価しすぎていたようだ。低い評価はこの場をもって取り消してやろう」
「クロノス、貴様……何が言いたいのだ?」
「遊びは終わりだ。これからは……」
「これからは……?」
「――殺し合いだ」
カイザークロノスは健とアルヴィーに余裕の表情で言い放ち、長くて大きい剣と太くて短い剣を具現化させると、両手に握った。
「ッ!!」
圧倒的スピードで詰め寄り、カイザークロノスは交互に斬撃を繰り出し健を攻撃。更に長いほうで健を薙ぎ払う。健はダークネスシールドで斬撃を防いでダメージを抑えたが、それでもダメージは大きい。素手でも圧倒的パワーを誇っていたのに、双剣を手にしたことで更にパワーが上乗せされて尋常ではないレベルまで攻撃力が上がったからだ。
「てい!」
しかし今は敵を恐れている場合ではない。健はカイザークロノスを激しく斬りつけた。一発目は命中したものの、あとはすべて短いほうの剣でガードされた。
「ハッハッハ! 効かぬわ!」
「うっ!?」
カイザークロノスは地面に双剣を突き立てて回し蹴りを繰り出した。吹っ飛ばされた健は頭から地面に落下した。
「うおーーっ!」
「……逆行!」
助走をつけて斬りかかろうとした健だが、カイザークロノスが健を指差すと――その時間は瞬く間に巻き戻され、健は走る前まで時間を戻された。
「な……なんだ!?」
「そらそらそらそらァ!」
戸惑う健へ突っ込み、カイザークロノスは容赦ない剣舞を叩き込む。地面に伏せるも起き上がり、健は剣と剣の隙間を縫うように剣を振って反撃。カイザークロノスはのけぞった。
「さっきお前は何をした!」
「時間を戻してやった」
「なにッ」
「わからなかったのか? ではもう一度見せてやる」
まだまだ余裕のカイザークロノスは自信たっぷりに言い放ち、右手に持った長い剣を向けて――健の時間を巻き戻した。健とて二度も同じ技を食らっておいて効果が理解できないようなバカではないが、やはりにわかには信じがたいものがあった。
「それっ!」
「小ざかしい!」
健が放ったソニックブームをカイザークロノスはひとふりで打ち消す。健は接近戦に持ち込んだが、相手は攻撃をほとんどを防いであるいはカウンターした上、逆に健を追い詰めていく。この漆黒の鎧をまとっていてもカイザークロノスの攻撃は一発一発が洒落にならないようだ――どこまで耐えられるか。健に一抹の不安が生じた。
そんな健に著しいダメージを負わせ、膝をつかせたカイザークロノスは胸部を展開させ――自身のコアとおぼしき器官に青黒いエネルギーを収束させた。クロノスの身体中に走る水色のラインも、強く輝き出している。
「ッ……」
「嫌な予感がしてきた。健、どうにかしてヤツを止めるんだ!」
今のが何かの予備動作であることは火を見るより明らかだ。アルヴィーから催促を受けた健は、立ち上がってカイザークロノスに接近を試みる。しかしカイザークロノスの胸部に限界まで収束されたエネルギーは既に解き放たれようとしていた。
「もう遅い。受けてみろ――クロノデストロイヤー!!」
クロノスの勝ち誇った冷笑とともに胸部から青黒い波動砲が放たれた。波動砲――クロノデストロイヤーは敢然と立ち向かってきた健とアルヴィーを吹き飛ばし、漆黒の鎧を破壊。更に壁から床に叩きつけた。これによって想像を遥かに絶する威力を持つ技であることが証明された。剣は地面に突き刺さり、闇のオーブは外れて健の懐に入り、元の状態に戻った。アルヴィーは人の姿に戻ってうめいている――。
「東條はん!? 姐さん!? ……東條はん、姐さぁぁぁぁぁぁん!!」
クロノデストロイヤーを受けて二人がやられた。果てしない絶望感から市村は、二人の名を悲痛に叫んだ。
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「残念だったなあ? 俺を倒せば世界を守れたというのに」
意識を失い倒れている健に近寄り、胸を踏みつけると、カイザークロノスは彼を見下しながらそう言った。養豚場の豚を見るような冷酷な笑みだ。
「ハッハッハッハッ! 哀れな! もう起き上がれないようだな!!」
次にカイザークロノスは健を思い切り踏みつけた。腹を蹴った。また踏みつけた。市村は蹂躙される二人を放ってはおけず銃を手にするが、引き金を引く力が入らない……。
「あっけない幕切れだったな? 東條健は倒れ、お前も市村正史ももはや虫の息。ほかの仲間は助けに来ようともしない」
健を好きなだけ蹂躙すると人間の姿に戻ったアルヴィーの首を掴み上げ、カイザークロノスは彼女に語りかける。
「ッ……クロノス、私はまだ……!」
「くどい! 終わりだ。お前も、人類も!」
まだ戦意を失っていないアルヴィーを健の近くに放り捨てて、カイザークロノスは静かに笑みをこぼす。そして勝ち誇ったような高笑いを上げ、その場に居合わせた者全員を絶望の淵へ叩き込まんとした。
――そのときだ。
「――何か勘違いしてるようだな。これで勝ったと思い込んでうぬぼれやがって」
「東條健の仲間か? 残念だがもうお前の仲間は息をしていないぞ」
「そう言われてあきらめると思うのか? あいにくオレたちは最後までエスパーだ。お前に勝つまでは、最後の一人になっても……戦い続けるって決めているんでね」
低音の成人男性の声が大扉から聴こえてきた。クロノスは横目で大扉を見つめ、向こうにいるものをにらむ。
やがてそのものは大扉を豪快にぶち破って玉座の間に入り、そのままカイザークロノスへ突っ込んだ。その勇猛果敢なものとは――。
「カイザークロノス! オレが相手だ!!」
――不破ライだ。