EPISODE330:時を操るものはすべてを征する
健とアルヴィー、市村を乗せたエレベーターは行き先である玉座へ向けて着々と上昇していた。いよいよ、カイザークロノスとの決戦のときだ。緊張から胸が高鳴り、怒りから皆顔が険しくなっていた。
自分たちを先へ進ませるために、たったひとり残った不破のことも気がかりだが、今はそれどころではない。彼はきっと生き残って駆けつけてくれる。――そうしているうちに、エレベーターが止まりドアが開いた。玉座の間方面へ着いたようだ。エレベーターから出ると、そこはどこまでも伸びた異常なほど長い廊下だった。敵がいつ襲ってきてもいいよう、警戒しながら一同は前に進む。
「見てみ、長い廊下やで」
「たとえるならラスボスとの戦いの前にある無駄に長い廊下……。これも一種のお約束だの」
「ここを抜けたら甲斐崎のもとへ行ける。サーチャーの反応が正しいとすれば」
ここを抜ければ大ボスはもう目の前だ。ひとつの巨大な反応以外何も感知してないシェイドサーチャーを目にして、一同は確信する。
「邪魔者はいない。そうと決まれば……前進あるのみだッ」
足を踏み出し、助走をつける前に健は叫ぶ。市村とアルヴィーはその言葉を聞いて「待っていました」と言わんばかりに一瞬喜ぶと、走り出して健についていく。アルヴィーは走っている途中で白龍に姿を変え、準備は万全だ。
カイザークロノスを倒し、勝利を掴み取り世界に平和を取り戻す。そして恐怖にあえぐ人々を救う! そう心に誓っていた一同にかかれば、長い廊下もあっという間に走り抜けてしまった。廊下の突き当たりには、物々しい外見の大扉が点在していた。大扉を見上げ、アルヴィーは「いる……! この先に甲斐崎が……!」と、甲斐崎が放つ膨大な禍々しいオーラを感じ取った。
「健、たこ焼き屋。この先に行けばもう二度と戻れないかもしれぬ。覚悟は良いな?」
健と市村はアルヴィーの言葉にあえて何も言わず、頷いた。言われずとも覚悟なら既に出来ていたからだ。
少しの不安と緊張感に煽られながらも勇気ではね除けて、健は大扉を開いた。邪悪なオーラが溢れ出ている――。凛とした顔で大扉の向こうへと進んでいく。
紫色の高貴ながらもどこか禍々しい装飾が施された、玉座の間。広々としており、大勢の人々が――いや、大勢のシェイドが膝を突いてもお釣りが来そうだ。
段を上がった先には――帝王のみが座ることを許される特別な椅子がある。そこに甲斐崎は頬杖を突いて、ふんぞり返っていた。一同は甲斐崎の姿を目にするや、平静を保ちながらもその禍々しく巨大なオーラに威圧される。
「ようこそ、我が城へ。よくぞここまでたどり着いた」
頬杖を突いたままの状態でにやつくと、甲斐崎は笑いながら一同を讃え労うような言葉を投げた。彼の性格を考えればそのままの意味で言ったことは想像できず、皮肉以外の何物でもない。
「甲斐崎……!」
「神威島以来だな、東條健。ひとりではかなわないと知って、今度は仲間も一緒に連れてきたか?」
にらむ健を見下す甲斐崎は、挑発するような言葉をかけて彼を怒らせる。
「大方総攻撃を止めにここまで来たのだろうが、徒労だったな。何人仲間を連れてこようとお前ごときに勝ち目はない」
「なにっ……」
「下等な生物というのは勝てる確証もないのに決まって徒党を組みたがるものだ。薄っぺらな絆と信頼とやらを掲げ、そのくせ都合が悪くなれば相手を見捨て裏切る。醜いヤツらよ」
「ちゃうわい! 俺らと東條はんの関係はそんなくそったれたもんやない!」
「では何が違うというのだ? 言ってみろ!」
この期に及んで人類を蔑んだ甲斐崎は、市村に指摘して指を指す。プレッシャーをかけられてか、市村の口からは返す言葉は出なかった。
「何も言えないか。お前たちのつながりも所詮その程度ということだ」
「……甲斐崎! お前にとってヴァニティ・フェアは、同胞とは何だったのだ? 大切な仲間ではなかったのか!」
「仲間ァ……? ククク……ウワーッハハハハハ!!」
自身が重んじる絆と信頼とバカにされ、怒りを抑えられないアルヴィーの言葉を聞いて甲斐崎は大笑いした。一同はより強く、甲斐崎をにらむ。
「笑わせるなッ! ヤツらは俺の圧倒的な力に魅入れられて勝手に集まってきただけに過ぎん。ましてや帝王である俺に仲間など必要ない。部下どもは俺にとっては都合のいい『道具』でしかなかったわ! 不要となればいつでも捨てられる『道具』の死を悼む必要があるか? 死んだ『道具』のことを思い出してやる価値などあるか? ないな、絶対にない!」
「貴様……仲間の命すら何とも思っていないというのかッ!」
「では貴様は、身内や仲の良い者以外の死を悲しむのか?」
「か、悲しいに決まっている!」
「嘘だな。人間とは己と関係のある者以外には無関心なものだ。悲しむことすらしない」
健の言葉は詭弁などではない。だが甲斐崎の言葉を否定することは出来ない。お人好しでなければ、人間は他人の死はそうそう悲しまない。身内以外には冷たいからだ。
「俺ほどの力を持つものには最終的には誰もついてこれなくなるのが定理だ。生きとし生けるものの頂点に立つ帝王とは、常に傲慢であり、強大であり! ……孤高の存在なのだ!」
「……要するにいつもムカつくくらい強くて偉そうにしてるけど、結局は一人ぼっちってことやろ。寂しいやっちゃ」
清々しいまでに傲慢な甲斐崎にあきれて、市村は容赦ない毒舌を飛ばす。しかし甲斐崎は怒るどころか、笑った。
「笑いたければ笑え! 僕たちはお前を倒して、勝利を掴み取る! そして平和を取り戻す! それまで絶対にあきらめないからな!」
「お前なんかにゃ負けへん! 俺らのチームワークなめんなよ!」
「甲斐崎……貴様との因縁もここで断ち切る!」
「……言いたいことはそれだけか」
健、市村、アルヴィーは険しい表情で力強く宣言する。絶対に逃げない、負けない、あきらめない。強い意志がよく表れていた。しかし甲斐崎は三人の信念を気にも留めず、重い腰を上げて深呼吸する。
前方に時計盤を彷彿させる魔方陣のようなものを出現させると両手を広げ、全身が振動するほどの叫びを上げ、甲斐崎の体は魔方陣をくぐって――みるみるうちに蒼い甲殻類のキメラのような姿へと変わった。青く鋭い眼は健たちを捉え、一瞬で玉座から移動して健たちの眼前で拳を突いて力強く着地した。
衝撃波に煽られて吹き飛ばされるも、健と市村は体勢を立て直して華麗に着地する。アルヴィーは健の近くに寄り添い、宙を舞った。
「決着がお望みか? いいだろう、望み通りにしてやる。ただし……勝つのは俺だ!!」
邪悪な正体を現した甲斐崎こと、カイザークロノスは瞬間的に消えて健にパンチを一発入れる。次に市村の腹をキックして、よろめかせた。
「たあああああッ!」
「ぬん!」
健は助走をつけてカイザークロノスに斬りかかる。カイザークロノスは左手で斬撃を遮り、眼から破壊光線を発して健を吹き飛ばし焼き払う。
「にゃろおおッ!」
市村は歯ぎしりしてビームを五発ほど連射。カイザークロノスは涼しい顔でビームを指先ひとつで受け止め、拳で地面を殴って衝撃波を発生させ市村を吹き飛ばした。壁に激突し、市村は床に落下する。
「ふん! はっ! はっはァァッ!!」
「うううぅぅッ! ずわああッ!」
カイザークロノスが超スピードで繰り出すフックからのストレート、更に蹴り上げと正拳突きが健に炸裂。健は地に伏せるが、起き上がり一太刀入れる。しかし、カイザークロノスは涼しい顔だ。
「あれから少しは腕を上げたようだ。だがそんなことに意味はない」
「う……ぅわああああああああ――――ッ!」
右腕に青黒いオーラをまとい、カイザークロノスは健の腹をパンチ! 健は大きく放物線を描いて床に落下した。
怒るアルヴィーは口から青い炎を吐き出した。しかしカイザークロノスはバリアーを張り、青い炎を反射。アルヴィーは自分が吐いた炎に焼かれ、炎を消すためにもがいた。
「く……、クソ野郎ぉ〜〜ッ」
市村は歯を食い縛って武器をブロックバスターからバーニングランチャーに持ち替え、強力なエネルギー弾を発射。だが、カイザークロノスは必要最小限の動きでエネルギー弾を避けた。
「んなアホな! あ、当たりさえしたら……お……お前なんか、木っ端微塵やのに……!」
「ほーう? じゃあ当ててみろ。俺はここから動かん。逃げも隠れもしない」
「言われんでもそうするわい、イライラさせんなや……化石野郎があ!」
カイザークロノスの口車に乗せられ、市村はランチャーからエネルギーを発射。発射、発射、発射! 反動で後退しようがお構い無しだ。
「当たれや! 当たらんかいボケエエェェッ!!」
「ダメだ市村さん、挑発に乗せられちゃあ!」
カイザークロノスは、憤慨する市村の砲撃をその場に留まって、必要最小限の動きで回避。砲撃はまったく当たらず、背後の壁に穴が開くばかりだ。
「当たれええええええええええ!!」
「クッ」
念願の一発がついに当たって爆発した。健と市村は一瞬喜んだ、が――煙の中から現れたカイザークロノスは無傷だ。健も市村も驚くあまり、あっけにとられた顔を浮かべた。
「な、なん……やて……?」
「フッフッフッフッ。そんなこけおどしがこのクロノスに通じるとでも?」
カイザークロノスは超スピードで頭のツノを怒らせて市村に突進し、市村を突き飛ばし壁に激突させた。市村は地面に崩れ落ち、うめき声を上げてなお――武器をブロックバスターに交換して抵抗しようとする。しかし、度重なるダメージからトリガーを引く指に力が入らない。
「こおおおぉぉッ」
「うわああああああああああああああ――――ッ」
カイザークロノスは口から冷たく輝く吹雪のブレスを吐き出し、健とアルヴィーにダメージを与えるとともに凍結させると、超スピードで容赦なく圧倒的パワーの拳や破壊光線をぶつけ宙を舞わせた。アルヴィーがクッションとなったので健のダメージはやや抑えられた。
「く、やっぱり強い……」
「と……東條はん、姐さん、俺にええ考えがある」
「それは?」
「マキシマムキャノンや。それやったら少しは効くかもしれん」
「フッ。作戦会議は終わったか?」
マキシマムキャノンならカイザークロノスの堅いガードも貫けるかもしれない。クロノスは冷笑しながら一同にゆっくりと近寄る。
「東條はん、姐さん、あいつを引き付けてくれ! わし、その間にエネルギー充填するさかい! 頼むわ!」
「はいっ」
健は長剣に風のオーブをセットし、加速してカイザークロノスをおびき寄せる。すぐに追い付かれボコボコに殴られるが、これも市村のためだ。このくらい健にはなんともない。アッパーカットで吹っ飛ばされるも、華麗に着地し身構える。やがて、市村は渾身のエネルギーチャージを終えた。
「チャージ完了ッ! 行けるでお二人さん!」
「同時攻撃で行きましょう!」
市村はマキシマムキャノンを、健は炎のオーブをセットしてファングブレイザーを。二人の必殺技で同時攻撃をし、出来るだけ多くのダメージを与えるという算段だ。カイザークロノスは眉を動かしたが微動だにしない。
「ブッ飛べ! マキシマムキャノン!」
「ファングブレイザー!」
出力が最大限に達した極太レーザーと、赤と青の炎をまとっての急降下突きが放たれた。だがカイザークロノスはニヤリと笑っている。右手を震わせて、クロノスはその右手をかざした。一瞬肩の触角のような器官も動いた。
「――……タイムフリーザー!」
クロノスがそう叫んだとき、時間が凍り付いたように動かなくなった。クロノスは自分に突っ込んできた健の向きを変え、市村に突っ込むよう仕向ける。そこでクロノスは時間停止状態を解除し、同士討ちをさせた。市村は驚いて止めようとするも既に遅く、健はマキシマムキャノンで壁まで大きく吹っ飛ばされ、バウンドして頭から地面に激突。市村は足を引きずってでも健に近寄る。
「言ったはずだ。お前たちには服従か死か、どちらかしかないと!」
「お前なんかに誰が従うかッ……」
「愚か者め! 帝王と弱者との力の差を思い知れ!」
カイザークロノスの右手に青黒いエネルギー球が、左手には同じく赤黒いエネルギー球が具現化する。クロノスが念じると球は不規則に動き出し、健たちを襲う!
「サイキックデスボール!!」
サイコパワーで作られたふたつの球がランダムに健たちを襲う。威力は非常に高く強力だ、そして球は地面で弾け飛び爆発した。健たちは爆風で吹っ飛び、床を転がった。健とアルヴィーはもがき、起き上がるが、市村は意識こそ残っているものの立つのがやっとの状態だ。
「はぁっ……はぁっ……」
「時間を操るものはすべてを征する。それでもまだ、抗い続けるか?」
「当然だろッ! 僕たちは絶対に勝つ!」
「笑止な。実力もないくせに英雄気取りか? ならばもう一度力の差を見せてやる」
強い、それはもう強い。強すぎるほどにだ。だが、カイザークロノスとの戦いはまだ序章でしかなかった。