EPISODE329:役者はそろった
その頃の健とアルヴィーは城の最奥部とおぼしきところまで来ていた。廊下の燭台には妖しげな青い炎が灯されており、より不気味で物々しい雰囲気を醸し出している。絨毯は毒々しい紫色だ。健とアルヴィーとしては、早いところここを抜けて甲斐崎のもとへ行きたい気分である。
「……だいぶ奥まで来たの。感じるぞ、甲斐崎の禍々しい気配を。闇の鼓動を……」
「っていうことは甲斐崎のところまで間もなくか。気を引き締めなきゃ」
廊下を抜けて、長い階段のあるホールに出た。暗い青色の絨毯が敷かれており、窓は大きなガラス張りで外を一望できる。といっても岩山と黒雲ばかりで、あまり感銘を受けられるものではなかったが。
「静まり返ってるね。誰もいなさすぎて逆に不気味なくらい……」
禍々しい気配だけでなく、これまで以上に化け物のにおいがプンプンしている。敵はどこから襲ってくるかわからない状態は未だ続いており、このホールのように誰もいない空間ならば、なお警戒するべきだ。
健とアルヴィーは辺りを見渡し、警戒しながら足を進める。幸いサーチャーは甲斐崎のものである巨大な反応以外は感知していない。敵もいないようなので、健は長い階段を上っていくことにした。
「待ってろよ甲斐崎。これ以上お前の好きになんかさせないからな」
この長い階段は途中で踊り場を何回か挟む構造となっている。ある意味では罠だといえる。クリーパーら、低級のシェイドたちも何体か待ち伏せしていたものの、健の敵ではなくあっさりと塵に帰った。
「ここは……。あいつらお祈りでもしてたのか?」
長い階段を上りきり、通路を抜けたその先には礼拝堂があった。会議室とならび、ヴァニティ・フェアの面々がよく集まっていた場所だ。妖しい紫のステンドグラスと、祭壇にまつられた邪神の像が禍々しい。祭壇の横には通路が開いている。
「ずっと見てたら呪われそうだね……行こう」
「そうだの」
――とは言っていた二人だが、礼拝堂から出る前に「こんなもの!」と、邪神の像を破壊して粉々にした。
礼拝堂を抜けた先の通路には誰もおらず、曲がり角がひとつ、ふたつあっただけ。通路を素通りした健とアルヴィーは扉を開けようとドアノブに手をつけようとしたが、その寸前に――背後から爆音がした。横穴が開いており、そこから二人ほど中に入ってきた。
「!? ふ……不破さん、市村さん!」
「よっ、待たせたな後輩!」
「わしら、しっかり追い付きましたで!」
「よかった……二人とも無事だったんですね」
横穴から入ってきたのは不破と市村だった。仲間に再会できて、健は安堵の息を吐く。
「……あれ? 葛城さんは?」
「あずみちゃんやったら大丈夫や。あの子は強いから、きっとわしらに追い付く」
「オレたちは、後ろは振り返らない。最後の一人になるまで戦う。そうだろ?」
「はい!」
葛城のことを気にかけていた健だったが、葛城は必ず追い付く――という二人の言葉を信じて前へ進むことにした。仲間に会えて温和な顔にはなった健であるが、打倒甲斐崎へかける情熱と闘志は誰よりも激しく、熱い。
扉を開けばその先にあったは、剥き出しの機械がうごめき壁や床の一部が損壊している――大広間だった。二手に分かれた階段を上れば、そこには円形の高台。広間の奥には――エレベーターの入口。近くの表札を見るに、どうやら玉座の間へと直行する仕組みのようだ。
「なあ。もしかしたらこれ……乗ったらカイザーなんたらのとこまで行けるんと違う?」
「それっぽいですね。利用させてもらわない手はない、乗りましょう!」
これはまたとないチャンスだ。健たちはエレベーターへ乗ろうとする。しかし――突如、銃撃を受けた。
「なんだ!?」
振り向いた健たちが目にしたのは、武装したグラスケルトンや、その他の低級のシェイドで構成された集団だった。
これも戦術のうちなのか? 一同は眉をひそめ、長剣やランスに大型銃を持って大広間に集うシェイドの集団と戦い始める。
「こいつらッ! いい加減にしろよなッ!」
斬撃とキック、盾による殴打などを使い分け、健はシェイドたちを蹴散らしていく。アルヴィーは口から青い炎を吐き出してシェイドたちをことごとく焼き尽くした。
もちろん、不破と市村も負けじと応戦し順調に敵の数を減らしていく。
「――くそッ、キリがねえ!」
だが、奮戦もむなしく次々に増援が現れる。舌打ちしながらも回りを見て何かを思い付いた不破は、健と市村に、「早く行きな! ここはオレがやる!」
「不破さん……わかりました、僕と市村さんでカイザークロノスと戦ってきます!」
「絶対にやられるんじゃねえぞ、いいな!」
不破は二人とアルヴィーをエレベーターへ行かせて、自身は大広間に留まった。エレベーターに乗り込んだ健は息を呑んで、ボタンを押してドアを閉じた。不破が生き残ることを信じて――。
「さてと。お前ら覚悟しとけよ! オレを倒さない限り、ここから先には進ませない!」
不破はにやついて啖呵を切ると、雄叫びを上げて単身シェイドの集団へ突っ込んだ。
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場所は変わり、葛城は城へ続く階段を駆け上がっていたところだ。仲間への想いを抱きながら、平和を取り戻すべく必死で。
「見えた! あれがカイザークロノスの城ね!」
ついに目的地にたどり着いた。既に健さんたちも着いているはず。自分も追い付かねば――と、足を進めようとした葛城に背後から斧が振り下ろされた。
瞬時に敵の気配を感じ取った葛城は斧をかわし、背後から攻撃してきたグラスケルトンを振り向きざまに斬り伏せる。階段を転がり落ちていったグラスケルトンに、他のグラスケルトンたちがぶつかった。
本拠地を叩かれて、彼らも決死の思いで戦いに臨んでいるわけだ。必死になっているのはどちらも同じ。しかし葛城はシェイドどもに同情するつもりは、微塵もなかった。彼らは人間に対して理解のあるものたちではない――。
「こんなに大勢でお越しになるとはね……。振りかかる火の粉は払うまでッ!」
葛城はその場から動かず、突っ込んできたグラスケルトンを得意の剣術であしらう。飛びかかってくる輩にはハイキックや急所狙いの一刺しを、遠くの敵には地中から茨を出して蹴散らした。苦戦する理由はない。しかし、次から次に奴らは現れる。
「まだわたくしと戦う気ね……」
辟易してきた葛城に、グラスケルトンたちは果敢にも突っ込んでいく。休みなしに襲ってくるためか、次第に葛城は疲弊していきグラスケルトンたちに囲まれていく――。
「グラァ!」
「こんなところで……終わってなるものですか……!」
数体ほど振り払うが、それでも数は多い。最低でも数百体はいる。全部倒せないことはないが、カイザークロノスとの戦いが控えていることを考えるとあまり消耗は出来ない――。
「ウィングアナイアレーション!!」
葛城がそう考えていた矢先の出来事だった。羽根がヒラヒラと落ちてきたかと思えば目にも留まらぬ速さで竜巻をまとった何者かが突っ込み、いつの間にかグラスケルトンたちはぶっ飛ばされて塵と化した。
「グラフィティディストーション!!」
驚くのはこれからだ。かけ声とともに空間が歪み、星の形に切り裂かれてそこに飲み込まれたグラスケルトンたちは消滅した。今の技も先程の技も、葛城にとって声に聞き覚えがあるものが繰り出した技だ。
そのあとすぐに、技を放った二人がきょとんとしている葛城の前に姿を見せた。翼をはためかせた鷹梨ことワイズファルコンと、糸居まり子だ。
「鷹梨さん、まり子さん!」
ようやくネザーワールドへやってきた二人の顔を見た葛城の口元がほころび、笑顔に変わった。
「遅れてすみません。ですが、あなたを助けられてよかった」
「ここはわたしたちが食い止める。あずみさんは健さんたちと合流して」
「ありがとうございます。わたくし、急いで向かいますわ!」
葛城は二人から健たちのことを託され、振り返らずに走って城の中に入っていく。
葛城を見届けた鷹梨とまり子は戦闘態勢に入り、突然の出来事にうろたえるグラスケルトンたちを睨む。
「あなたたちにも信念があることは承知の上。しかしこれも運命ならばやむを得ない……。同胞たちよ、私は人間の可能性に賭ける!」
鷹梨ことワイズファルコンは鋭い爪を向け、人間に助太刀することを宣言する。その瞳に、もう迷いはない。
「わたしたち、とーってもイイものよ。ヒーローの邪魔をするくらいならわたしたちと……遊びましょ」
まり子はクスクス笑いながら、髪の毛を変化させた蜘蛛の爪をグラスケルトンたちに突きつける。右手にはしなやかだが鋼のように硬い糸で生成したムチを握っており、隙がない。気まぐれだが芯はしっかりしているのが彼女だ。
「「さあ来い!!」」
役者はそろった。カイザークロノスとの最後の戦いが、いよいよ始まろうとしていた。