EPISODE321:決戦を前に ~仲間たちの場合~
その晩、東京都内の自宅マンション。不破はそこで額縁に飾られた今はいない恋人の写真に思いを馳せ語りかけていた。
「――美枝さん、天国でも過ごせているかい? オレはクリスマスイブにヴァニティ・フェアと決着を着けに行く。ひょっとしたらここには戻れなくなるかもしれない。けど必ず……帰ってくるよ。君の分まで生きるって約束したからな」
恋人の笑顔に見送られて、不破は家を出た。決戦に備えて訓練を行うためだ。
一方、大阪の道頓堀では一組のカップルが橋桁から夜空を見上げていた。市村とそのガールフレンドのアズサだ。
「もうクリスマスやなー。この前までハロウィンとかやったのに一年ってホンマ早いなー」
「楽しみやなぁ! せやけど……わしがお前と会えんのはこれで最後になるかもしれん」
「なんで?」
それから市村とアズサは話し合いをしながら街中を歩き、適当なところでベンチに座る。最後になるかもしれないという市村の言葉を聞いたアズサは、怪訝な顔をして市村にどういう意味かを訊ねた。
「テレビでやってたやろ、カイザーなんたらっちゅうヤツの演説。俺な、東條はんたちと一緒にあいつシバきに行くことにしたんや」
「イッチー……」
「ま、そーゆーことやし今日は目一杯楽しもうな!」
「うん!」
影のある表情でアズサの問いに答えた市村だったが、「らしくない」と思いすぐ表情を明るく陽気なものに変えて、ガールフレンドとの楽しいひとときを過ごした。
場所は変わり、高天原市。そこにある葛城邸のあずみの部屋。あずみはネグリジェ姿で部屋のバルコニーから夜景を見ていた。部屋は広く、天蓋つきの大きなベッドがあり、内装は全体的に綺麗でぬいぐるみや絵画も飾られており、実に女の子らしい雰囲気が漂っている。
空には星が瞬き、野山には冷たくも澄んだ風が吹く。街には衰えを知らぬ灯り――。この景色ももう、見納めなのだろうか。決戦を前にあずみは感傷に浸って、その目にバルコニーから眺める高天原の景色を焼き付けていた。
「あずみ」
「……お母様」
あずみの母――エリーゼが部屋に入ってきた。娘に良く似た容姿だ。そのまま十年ほどは年得たようで、実年齢より若い。おまけに美人でスタイルも良い。
「もしかして眠れないのかしら?」
「はい。テレビでカイザークロノスが人類を……この世界を支配しようと宣言したのを見て、いても立ってもおられず」
「気持ちは痛いほどわかるわ。彼のやろうとしていることは恐怖政治、圧制を通じての平和。私もそれが本当に世界を平和に出来るとは思えないもの」
「やはり、お母様も?」
「ええ」
母子共に志は同じだった。目を反らして、あずみは切なそうにすると視線をエリーゼに戻す。
「クロノスの野望をみんなと一緒に止めてみせます。わたくしたちの身に換えてでも。世界が平和になるのなら、わたくしはそれで……」
「……いけません」
自分を犠牲にしてでもカイザークロノスを止めようとするあずみの考えを、エリーゼは険しい顔で否定する。
「あずみ。私があなたに託したものは悪しきものから人々と平和を守るエスパーとしての力だけではないわ。暗い闇を照らす一筋の『希望』も含まれているのよ」
「『希望』……ですか?」
「『希望』は受け継がれ行くものよ。あなたの手であなた自身を犠牲にして、『希望』を絶やしてはいけない」
「……」
――少しでも自分を犠牲にしようと思った自分が愚かだった。母の想いを豊かな胸で受け止めたあずみはうつむく。エリーゼは口元を綻ばせて慈愛に満ちた笑顔になると、あずみを抱きしめた。
「必ず、生きて帰ってくるのよ」
「はい……お母様!」
目が潤い、涙を流しながらもあずみは力強く答えた。エリーゼはそっと手を離すと踵を返す。ベランダから部屋の中に戻り、あずみは母を呼び止めた。
「お母様!」
「何かしら?」
「決戦の日までに訓練をしたいと思うのです。良ければ明日以降、今一度剣術の手解きを……」
「あら。私でいいのね? それじゃあ遠慮はしませんからね」
「はい!」
「でも念のため余力は残しておいたほうがいいわ。今日はゆっくりお休みなさい」
「ありがとうございます、お母様」
母と剣術の稽古をする約束を交わし、あずみは眠りに就いた。ひたむきに頑張り、努力を続ける娘の姿をあたたかく見守り時には試練を与えるエリーゼはまるで、女神のようであった。
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京都の西大路、その一角にある豪邸。シャワールームで見た目麗しい家主が熱いシャワーを浴びていた。青みがかった黒い長髪、雪のように白く透き通った肌の彼女は白峯とばりだ。
すらりとした体型で出るところは出ている彼女の胸は豊満だった。この見た目とスペックの高さ、無邪気で明朗快活な人柄の彼女が未だに独身であることはにわかには信じがたい。
「ふぅ〜。いい湯だった♪」
バスローブ姿で頭をタオルで拭きながらリビングに戻ってきた白峯は紅茶とドーナツをたしなんで一服する。香ばしいドーナツと芳醇な紅茶が交じりあってハーモニーを奏でる――。と、愉悦に浸っているところで携帯電話が着メロを鳴らした。
「はーい、白峯です。あら東條くん! ウチでクリスマスパーティーやりたいの? いいわよー」
電話の相手は健だ。彼には以前センチネルズの本部から一緒に脱走した仲であり、それ以来交友を続けている。技術面で健たちをサポートする頼もしい味方だ。
明るい笑顔でクリスマスパーティーをここでやってもいいと快く、白峯は承諾。
「その代わり、やるからにはちゃんと帰ってきなさいよー。パーティーの主役が死体になって帰ってくるとか、そういうのはごめんだからね。じゃ、頑張ってね。あなたたちの勝利を信じて待ってるから」
そこで通話を終えると白峯は一息吐いた。にっこり微笑むとリビングの窓ガラス越しに外を見る。
非戦闘要員が戦いに行ったところで何の役にも立たない。無駄にでしゃばって足を引っ張るだけだ。それがわかっているから彼女は裏方に徹する。そして味方の勝利を祈るのだ。
「東條くん、あなたたちならきっとカイザークロノスに勝てる。そう信じてるわ」