EPISODE320:つながる絆
カイザークロノスにより行われた宣戦布告は全国で放送され、視聴率100%を記録した。すべての日本人を、いや、全人類を震撼させたのだ。まさしく白昼の悪夢。それが一週間後には現実になろうとしている――。普通ならばもうどうすることも出来ない絶望的な状況だ。『普通の人間』ならば。
東京都内のとある公園。そこは大きく、噴水や滝のように流れる水路があるなどはじめ水をたたえた造りになっている。
すべての人々が恐怖に陥って家から出てこなくなった中で、ひとりだけポツンと公園の中で本を読んで待っている女がいた。鷹梨夕夏だ。
「お前か、オレたちを呼びつけたのは!」
黄褐色の髪をした、色黒で長身の屈強な男性が低い声で叫びながら姿を現す。不破だ。彼の手には文字が入った羽根が握られている。『PM1:30 メレンゲ公園に集合してください 鷹梨夕夏』と、書かれていた。その背後・横から健や市村、葛城もやってきた。健のそばにはアルヴィーがついており背中にはまり子がおんぶされている。
「来ましたね。はじめましての方ははじめまして。皆様にお話したいことがあります」
「話って?」
ベンチから立ち上がった鷹梨に健が問う。メガネのブリッジを押し上げた鷹梨は、「――ヴァニティ・フェアの本拠地、それがどこにあるかをお教えしようと思いまして」
「なんやそれ。ここまで来て仲間を売ろうっちゅうわけか?」
「そういうわけではありません。私たちシェイドのために、いえ、人類が滅亡するのを防ぐためにはそうしなければと思っただけのことです」
市村の言葉を否定しつつ、鷹梨は語る。
「人類の滅亡を防ぐため? い、今更善人のようなフリをしたって騙されないからな」
「……人間の可能性を信じてみたくなったと、言ってもですか?」
にわかには信じられない健へ、少し辛辣な口調で鷹梨は言葉をかけた。元々敵対関係にあったゆえ、信じられないのは致し方無いことだ。だが鷹梨はウソをついていない。そのことは、以前彼女と本気でぶつかり合ったまり子が一番よくわかっている。
「鷹梨ちゃんはウソなんかついてないわ。わたし、鷹梨ちゃんと本気でぶつかったからわかるの」
「……そういうことです。あなたからそう言われるなんて正直不本意ではありますが」
まり子からフォローを入れられて、まり子に呆れたような口ぶりで鷹梨は言う。
「……本題に入りましょう。社長が……いえ、カイザークロノスが言っていた通り私たちシェイドはかつて人間の手によって暗くねじれた異次元空間へと追いやられました。影や隙間から通ずる異次元空間の果て……そこにある『ネザーワールド』という場所へ」
「ネザー……ワールドとは?」
きょとんとした顔をして葛城は鷹梨へ問うた。
「追放された私たちシェイドが辿り着いた暗黒の世界です。空は薄暗く地上は荒れ果て、寒くて日の光は当たらない。この世の終わりのような、そんなところなのです」
「暗黒の世界、この世の終わり……」
「地上を追われてそんなところで住むことを余儀なくされたのですから、シェイドが人間を憎悪し見下すのは当然のことでしょう。私もこの前まではそうでした。……もう、過ぎたことですけどね」
さらりと語った鷹梨だが、言葉の端々からは己の間違いに気付いて心を入れ替え、罪悪感や後ろめたさに苛まれながら葛藤したことがひしひしと感じ取れた。鷹梨が鷹梨なりに悩み苦しんでいたことを察した葛城は複雑そうな顔で彼女を見つめる。
「お主らにもいろいろあったのだな……。それでそこへ行く方法は?」
「ふたつあります。ひとつはヴァニティ・フェア関係者のみが使える通路から近道を。もうひとつは、異次元空間に入ってから空間の果てまでまっすぐ突き進むか、です。ただし後者のほうがより多く時間を要します」
鷹梨はそこで言葉をいったん切り、息を吸う。
「しかし近道は出来ないのではないか? 私たちはヴァニティ・フェアの関係者ではないからな。お主もそうだろう?」
「確かにそうですが行ける可能性が無いわけではありません。ヴァニティ・フェアが隠れ蓑にしていた会社のビルの地下には転送装置があります。それを使えば皆さんでも――」
「あのさ、鷹梨ちゃん」
皆に語りかけていた鷹梨の言葉をまり子が遮る。
「わたしが念動力で通路を無理矢理こじ開けたら行けそうだと思うんだけど?」
「……あー! それだわ! その発想はなかった!」
まり子のその言葉を聞いた鷹梨まり子を指差して、驚く。周りから妙な目で見られたので騒いだ己を恥じるように咳払いして、鷹梨は「……ともかく。皆様さえよろしければ今すぐにでも行きますか?」と、全員に問いかける。
「……そうしたいところだけど、まだ心の準備が出来てない」
「それに特訓もしておきたいからな。気持ちはその気でも体が鈍ったまま行っちゃダメだろ」
「敵のほうから一週間の猶予をくれましたからね。その間に心の整理をして、友達や家族とも話をつけなくては」
「皆さん……」
行こうと思えば行けた。しかし、彼らにはすぐには決戦の地ネザーワールドには行けない事情があったのだ。そんな彼らを見た鷹梨は申し訳なさそうに微笑んで、踵を返す。
「一週間後にまた東京へ集合しよう。ヤツらはきっと東京から攻めてくると思うから」
「一刻を争うからな、言い出しっぺが遅れたら承知しねえぞ?」
「ま、そんときはあんたの分まで俺らが戦うしな。心配はいらんよ」
「では、わたくしたちの勝利を信じて……」
健、不破、市村、葛城の四人は輪になって手を乗せ合った。みんな笑顔だ。もしかしたら笑顔を見せ合うのはこれで見納めかもしれない。それでも彼らは戦うだろう。最後のひとりとなるまで――。
ここに、四人の若きエスパーは改めて団結した。その様子をアルヴィーは腕を組んで微笑み、いつの間にか健から離れたまり子はアルヴィーに付き添い、鷹梨は片手を腰に当てて見守った。
「じゃあ、一週間後ね!」
そしてエスパーたちとそのパートナーは別れた。残ったのは鷹梨のみだ。感傷に浸ったように微笑んで彼女は空を見上げる。
「これで良かったんでしょう? 辰巳さん……」
――彼女は、辰巳との約束を果たした。そして託した。人間の可能性を信じられなかった辰巳から託された『希望』を。