EPISODE319:視聴率100%!! 史上最恐の生中継
宿敵との戦いを終えて、健は何を思ったか見晴らしのいい高台に辰巳の墓を建てていた。十字架の形に組み立てた木の棒を土の上に建てただけの簡素な作りだが、そこには紛れもない悪ながら最後まで同胞のために戦った彼への敬意がこめられている。なお、墓には彼が愛用していた魔剣・ネオハイドラサーベルが飾られているようだ。
「しかしどうすんだよ、敵の墓なんか建てちまってさ」
「そりゃあ確かにあいつは悪いヤツでしたけど、でもこうしなきゃ僕の気が済まなくて」
呆れたように言葉をかけた不破に健はそう返す。最期には敬意を払ったとはいえ元々は敵だ。しかし何度も刃を交えてきた健としては彼にも矜持があることを痛いほど感じて、墓を建ててみたかったのだろう。
「ははっ、お主は本当にお人好しだな。だが、それで良い」
「パワーを使いすぎて疲れたはず。帰りましょう、健さん」
「ああ!」
アルヴィーと葛城からねぎらいの言葉を受けた健は立ち上がり、燃えるような夕焼けの下で辰巳の墓を建てた一同は、それぞれの帰路を辿った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから時は過ぎて十二月十七日。クリスマスまであと一週間を切った日のことだった。東京のTV局――TVキャピタル。そこのスタジオでワイドショーが生放送されていた。
アナウンサーや出演者が最近起きた事件に関するニュースや芸能界のスクープ、スキャンダル、噂話などについて話し合って盛り上がっていた最中のことだ。突如、スタジオ内に骨で出来た簡素な鎧を着けた雑兵タイプのシェイドやドロドロしていてゾンビのように動きが鈍いシェイドが群れを成して現れた。
「わああああ! こ、これは新手のドッキリですか!?」
「い、いや、こんなのは聞いてなギャアアアアアアアアアアアアア!!」
最低級のシェイドたちに襲われ、出演者たちがいたぶられていく。更にスタジオへ何者かがエネルギー弾を出して攻撃し、逃げ惑う女子アナやカメラマンに、その他スタッフの前に新手が姿を現す。
「ほう。なかなかいいセットだな……俺にカメラを回せ」
「ば、バケモノ……!?」
「うるさいハエめ、俺を映せと言ったはずだ!」
重厚で蒼い体をした甲殻類のキメラのようなシェイドと、その傍らに並び立つは甲冑をまとった白銀のカブトムシのシェイドと黒い甲冑をまとったクワガタムシのシェイドだ。
片目に眼帯をつけたライオンの戦士のような姿のシェイドも現れ、カメラマンを睨み付けた。シェイドたちから圧力をかけられたカメラマンは怯えながら、シェイドたちの姿をカメラに映す。女子アナはプロデューサーと抱き合って恐怖に震えていた。
「愚かな人類の諸君、刮目せよ! 我が名はカイザークロノス! 人類に代わりこの地上の支配者となるものだ! 間もなく人類の時代は終わり我らシェイドの時代が来る! このクロノスの手によってな!!」
カイザークロノスは重い口を開き全国へ向けて宣戦布告を始めた。もちろん生中継だ。
あるものは自宅のテレビで、またあるものはスマートフォンのワンセグで、またまたあるものはカーナビで、そのまたあるものは街頭のテレビで――クロノスの姿を目にして恐怖を感じ戦慄を抱いた。
「……遥か昔、我々シェイドは人類からバケモノと蔑まれ日の当たる地上から暗くねじれた異次元空間へと追放された。本来ならば栄光は我らが掴み取るはずだったのだ。だが、こともあろうかお前たちは栄光をむさぼりくだらぬことで殺し合いを続けているではないか。そして無駄に増え続け水や食糧を消費し、無意味に争いを続ける……やはり人類は地上を支配するべきではなかったのだ!」
すべてのシェイドを統べるものとして、クロノスは個人的な憎しみも混じえて人類の犯してきた罪を、愚行を批判する。
「よってこの地上に変革をもたらし人類の時代を終わらせなければならない。私は手始めに日本を支配下に置き、シェイドのシェイドによるシェイドのための帝国を築き上げる決心をした! そして帝王として君臨する!! 愚かな人類よ、生き残りたくば私に降伏し隷属せよ! 逆らうものには、『死』、あるのみだ!」
熱弁しながらクロノスは全国の人間に告げる。降伏するか死ぬか――道はふたつしか無いと。
「しかしすぐには決断は下せまい。一週間の猶予を与えよう。今から一週間後――クリスマスイブに総攻撃を開始する! それまでに降伏するか私に逆らうか、どちらか選ぶがいい。これほど光栄なことは無いぞ。かのキリストが生まれた日に変革が行われるのだからな……。いいか、もう一度言うぞ! お前たちに残された選択肢は降伏か死か、だ! ウワーッハハハハハハ!!」
白昼堂々と、全国に流れた最凶最悪のシェイドによる宣戦布告。あるものは絶望し、あるものは恐怖にひきつり、あるものは泣き出した。
しかし宣戦布告を刮目していたものたちの中には、事態を冷静に見据えるものもいた。クロノスの秘書だった女――鷹梨夕夏だ。髪を上げていて服装もベージュのダッフルコートにスカートと以前に比べて少しラフな印象だが、メガネをかけている点は変わらない。
「クロノス……ついに動き出しましたね」
人間の可能性を信じる決心をした彼女は、辰巳から伝言を預かっていた。それは世界がカイザークロノスの支配から逃れ真の平和をもたらす……『最後の希望』となるものだ。
「野郎ふざけやがって……! お前らがいったい何人もの命を奪ってきたと思ってるんだ!!」
捜査中の不破は、カーナビでクロノスの宣戦布告を目の当たりにして怒りに震えていた。激しい怒りからハンドルに拳を叩き付けた不破だが、すぐ自分を静めてクールダウンさせた。
彼はエスパーである以前に警察官だ。人の命を守ることには強い責任感を感じているし、悪へ対する怒りも半端なものではなかった。
「何がカイザークロノスや、何がシェイドの時代や……アホぬかせ。お前らが地上を征服したらそれこそ世界の破滅やないかい!」
スマートフォンで生中継を見ていた市村は、クロノスの思想に呆れて同時に怒りを覚えた。ヤツらは冷酷非情で残忍だ。人間をゴキブリやネズミと同じように考えている。そんな連中を撃つことにためらいはない。容赦もしない。絶対に理解し合えない。ならば理屈抜きに叩き潰す――それだけだ。
「わたくしたちに服従するか死ぬかを強いるなんて、それで本当に世界を平和に出来るとは思えない。そんなの……独裁者のやり方だわ」
街頭のテレビでカイザークロノスの宣戦布告を見ていた葛城は、怒りを通り越して虚しさと哀しささえ感じた。心が痛かった。そんなことをして何が嬉しいのか、何が楽しいのか。とても賛同できたものではない。
「死んでもお前には屈しないぞ。カイザークロノス……この世界は絶対にお前の好きになんかさせない!!」
そして――自宅アパートで宣戦布告を見ていた健は、打倒クロノスにかけて闘志を燃やした。執念深く同胞のために戦い続けた辰巳の最期を見届けたあとだ。ヤツが部下を捨て駒にしてきたことを知って、今まで以上に許せなくなった。
人間が好きなアルヴィーやまり子にとってもクロノスは最大の敵だ。とくにアルヴィーは三千年も前からの因縁がある。健もその仲間たちも皆、表情は真剣そのものだった。カイザークロノスの魔の手から大切な人々を、かけがえのない命を守らなくてはならない。彼らが出した答えは降伏でも死でもない――人々の命を、笑顔を、そして平和を守るために戦うことだ。
――いよいよ、決戦のときだ。