EPISODE314:昏き闇の予言
魔界の宝石のような妖しい輝きを放つ黒いオーブには、使用者を呑み込まんばかりに強大な闇の力が秘められている。力を使えば悪に堕ちかねない危険性がある。
それでも今は使うしかない。アルヴィーから光の力を貸してもらおうにも、今、彼女はカフェに隠れているみゆきやとばりを守っていて手が離せない。闇以外のオーブで挑んでも通じやしないのは目に見えている。
――恐れるな、使え。今は闇の力を使うべきなのだ。使ってしまえ! 闇のオーブを手に握った健の瞳は光が鈍くなり、赤黒く染まっていく。
「このまま一思いにとどめを刺してやる」
イプシロンゴーレムがネオハイドラサーベルを輝かせながら健と市村に近寄る。
振り上げられた寸前、健はエーテルセイバーに黒い闇のオーブをはめようと試みる――。
そのときだった。特殊な波動が体内に走ったような感覚を覚えイプシロンゴーレムたちが攻撃を中断したのは。闇のオーブを使おうとしていた健は我に帰り、市村は目を丸くして起き上がった。
「なんだ!? なんなのだ、この波動は……」
「辰巳さん、今のは一体?」
「念力の波動だ。まるで空間をねじ曲げるのも容易そうな……」
「く、空間を……!?」
イプシロンゴーレムらが驚いていると周囲の空間が歪み――空から青紫の閃光が落ちた。煙の中に浮かび上がったそのシルエットは、ありえないほど髪の長い女性のものだ。
シルエットの主は健と市村も、イプシロンゴーレムたちも良く知っている――。
「貴様はアラクネアクイーン……糸居まり子っ!!」
青みがかった濃い紫の足元に着きそうなほど長い髪。タレ目で緑色の瞳。色白の肌。極めつけは蜘蛛の巣柄のコート。
――これが普段は幼い子どもの姿をしている彼女の真の姿だ。妖艶で美しく、だが威圧的。健と市村は助けに来てくれた彼女に安心感を抱いていた。
「ヘッ! 女王様気取りがなんだってんだ、こんな虫ケラ辰巳さんの手をわずらわせるまでもねェ。ここはオレが……」
「下がれリザードマンダ。この女は俺がやる」
早速噛みついたリザードマンダを制止して、イプシロンゴーレムはまり子にネオハイドラサーベルの切っ先をあてがう。
「やだ、辰巳さんったらしばらく見ない間にメカメカしくなっちゃって」
「ちょうどいい機会だ。お前を倒し、かりそめの命を永遠の命へと変えてみせよう!」
目にも留まらないスライド移動で距離を取ったまり子に、イプシロンゴーレムはネオハイドラサーベルを向けて突進。だが片手で受け止められた。
「ふーん。まだあきらめてなかったんだ。わたしみたいに不死身になるの」
「俺は生きるぞ……シェイドという種を裏切ったお前を踏み台にしてでもな!」
「わたしを倒してどうするの?」
「エスパーどもと、甲斐崎を――潰す!!」
まり子の手をはねのけたイプシロンゴーレムはその勢いでまり子の腹を――ネオハイドラサーベルで貫いた。
「ま、まりちゃんッ」
まり子の口から鉄分の味とともに紫の血が、貫かれた腹部からも紫の血が流れ、瞳孔が開いた。――と、思いきやすぐに元の目付きとなり涼しい顔をした。
「フフッ……クロノスを倒してからはどうするつもり?」
「う! そ、それは……」
まり子は涼しい笑顔でイプシロンゴーレムに問いかけ、動揺させると腹に刺さったネオハイドラサーベルを抜く。貫かれた腹部の傷は禍々しい紫の光に包まれて、にゅるにゅると瞬く間に塞がった。
「……そんなになってまで永遠の命を欲しがってどうするんだって聞いてんだよ……」
ドスの利いた凄みのある低く冷酷な声で、まり子はイプシロンゴーレムに迫る。イプシロンは何も言い返せない。彼の脇を固めるリザードマンダとライアスティングもだ。
眉を吊り上げ、まり子はネオハイドラサーベルでイプシロンゴーレムを切り払うとネオハイドラサーベルを投げつける形で返した。更に右手からサイコウェーブを放って、空間をねじ曲げるほどの力を働かせてイプシロンゴーレムたちを攻撃。金縛りに合わせ、それからビルの壁や地面へ次々と叩きつけた。
「……立ち去りなさい。あなたたちはケンカを売る相手を間違えてる」
「うるさい! 甲斐崎もエスパーどもも、俺の行く手を阻むものはみな敵だ!」
「立ち去れ!!」
話を聞かないイプシロンゴーレムたちを瞳を紫に光らせてからのサイコウェーブで威圧し、たじろがせるとまり子は彼らを横目で睨む。凄まじい殺気と目力だ。心臓の弱いものならば彼女を覗き込んだだけで死んでしまうだろう。
イプシロンゴーレムは拳をわなわなと震わせ、悔しさを噛み締めながらアスファルトの亀裂に消えていく。リザードマンダとライアスティングも同じように電柱や車の影に消えていった。
「もう。二人とも大丈夫?」
さっきまでの冷酷非情な態度から一転、まり子は明るく優しい顔をして健と市村に声をかける。
立ち上がった健は軽く体を動かして自分が元気であることを確認し、市村はブロックバスターを西部劇じみた仕草で回して問題ないことをアピール。無事を確認できたまり子は胸を撫で下ろした。
「ありがとうまりちゃん。助かったよ」
「ううん。……ところで、闇のオーブは使わなかったの?」
「それが……」
「使いおらんかった」
あのとき躊躇した健の言葉を遮らんと、市村が横槍を入れる。
「ちゅうのも、こいつな、闇のオーブを見たらなんや吸い込まれたみたいに虚ろな目ぇしとって……我を失ったような顔になっとったんや」
「それ、ホント?」
「ホンマホンマ」
「……市村さんが言う通りだったよ。闇の力はまだ使うには早いのかもしれないな」
このとき健は、先程の戦いで闇のオーブを使おうとして使えなかった自分を恥じた。まり子と市村にも詫びた。
直後、カフェに隠れていたみゆきたちとも合流し、ボウリングなどのアミューズメントでしばらく遊んでから別れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その晩、アパートの寝室。アルヴィーとまり子が寝静まった頃のことだ。健は闇のオーブを摘まんで、窓から見える月に重ねた。黒い輝きを通してみる月と夜空には、いつも見る夜景とはまた違う美しさと魅力があった。健は、たそがれる。
「闇の、力……力そのものに善悪は……」
そう呟いた瞬間、闇のオーブから禍々しい紫の光が放たれた。
「な、なに!? なんなんだ!?」
動揺する健を布団の下の隙間から現れた腕の形をした闇が引きずり込んでいく。むなしい叫びを上げて引きずり込まれた先は――どこかの地下駐車場だった。
健は唐突にこんな辺鄙な場所に引きずり込まれたことと、服装が寝間着から紅白を基調としたダウンジャケットやジーンズになっていたことに驚く。
でもそれは序の口でしかない。向かい側から黒い影がこっちにやってくる。傍らには――黒い龍。近付いてくる影の顔は――僕?
この黒い影は僕とアルヴィーだというのか? 戸惑っている健に黒い影は容赦なく攻撃をしかける。パンチとキックをかわして回し蹴りで反撃。右ストレートで追撃し更に攻撃を加えようとしたが、黒い影は瞬時に回避。拳をすり抜けて縫うように後ろに回り込み健をアッパーで突き飛ばす。
体勢を立て直した健は、着地するとエーテルセイバーとヘッダーシールドを装備して黒い影に斬りかかる。
右半身を切り裂かれ悶える黒い影は、赤い眼を輝かせながら咆哮し影から長剣と盾を作り出した。けたたましい咆哮を上げて黒い影は健に斬りかかる。が、健は剣の腹で受け止め、近距離での斬り合いに持ち込んだ。
「お前は誰だ!」
やがてつばぜり合いとなり健は黒い影に対して問答をはじめる。寡黙な黒い影は何もしゃべらない。
「誰なんだ!!」
「……俺は、おまえだ」
健と同じだが、ドスの利いた低い声で放たれた黒い影の言葉が健にショックを与えるのは容易いことだった。つばぜり合いに押し負けた健は黒い影の放った渾身の一撃を受け、配管をぶち抜いて壁に激突。健は衝撃で血ヘドを吐いた。
激痛から目を瞑るも、健はくじけずに立ち上がり黒い影のもとへ疾走する。しかし寸前で影は消え去り、背後に回り込んだ。振り向けばそこには――黒い龍を舞わせて必殺技を出す姿勢に入っていた黒い影が!
「ッ! ぐおあああああ!!」
黒い龍が禍々しい紫色の炎を吐き出し、健を取り囲んで焼き尽くす。黒い影は健がファングブレイザーを繰り出すときのように宙に舞い上がり、剣を構える。その向きは斜め上からではなく垂直だ。
黒い龍が吐き出した紫色の炎と暗い緑色の炎をまとって、黒い影は突進。健を貫き爆発させながらぶっ飛ばした。
「うわあああああああああああぁぁぁぁ!!」
壁が凹むほどの衝撃を受けた健の体はポトリとコンクリートの地面に落ちる。
エーテルセイバーを杖がわりにして立ち上がろうとした健のすぐ、目の前に黒い影が姿を現して漆黒の長剣を突きつけた。
「おまえは……『俺』になる」
「!?」
冷徹な口調で黒い影が意味を含んだような言葉を吐いたとき、健の視界は――真っ暗になった。




