EPISODE313:Ε(イプシロン)、恐るべきパワー
翌日の京都。健たちは駅前のカフェに集まっていた。来たのは、みゆき、市村、とばりの三人。健とアルヴィー以外はエリアYに来ていない者ばかりだ。
「ほぉ〜。これが最後のひとつ、闇のオーブか。きれぇに七色そろいましたな」
机の上に並べられたオーブ。その中のひとつである闇のオーブを手にとって市村は左目に覗き込む。
「黒く輝いとるだろう?」
「いや。これは黒っちゅうか紫っぽく見えるんやけど俺だけやろか?」
市村がある意味言ってはいけない(?)ことを口走って、一同思わず吹き出す。向かいにいたみゆきは思わずコーヒーを吹き出した。市村の顔にはブラックコーヒーがかかったが闇のオーブだけはなんとか避けていた。
「アホ、おま! やめろや!」
健に闇のオーブを返してから冗談半分で市村は怒り、顔に思いきりかかったコーヒーを拭き取る。
「ごめんなさーい」
「もう、冗談キツいでぇ。みゆきちゃん……」
「闇のオーブかー。私、生で見たことあるけど実物見たのは今日がはじめてよ」
「とばりさん『Y』のこと知ってたんですか!?」
「しーッ! 声がデカい!」
市村がみゆきと他愛のないやりとりを交わしている傍ら、健はとばりが最高機密『Y』について知っていたことを聞いて驚く。
「……警視庁に協力している関係で、エリアYまで行ったことあるのよ。研究施設の中はもちろん闇のオーブも見せてもらえたけどすぐ見納めになっちゃった」
「そうだったんだ……」
「で、村上くんから最高機密だから誰にも話さないでくれってお願いされてたわけ。何にしてもごめんなさいね」
申し訳なさそうに笑いながら、とばりはこの場を借りて健に頭を下げる。健とアルヴィーは快く、「そんなー、いいですよー」「もう過ぎたことだからの」と、隠し事をしていた彼女を許した。
「それで、どう? 闇のオーブが一番最後になったわけだけど使えそう?」
「検討中です。今まではうまく行ってたけど、今回はひょっとしたら闇に呑まれてしまうかもしれない。自分が自分じゃなくなっちゃうかもしれない。そこが怖いんです」
闇のオーブを使うことによって自分の心が闇に呑み込まれ闇に支配されてしまうかもしれない。闇のオーブについて、健は一抹の不安を抱えていることをとばりに明かす。
「そんなの大丈夫よ。今までだって正しいことのためにオーブの力を引き出してきたでしょ?」
「せや。お前のまっすぐな姿勢はそう簡単に曲がるもんやあらへん」
「健くんなら大丈夫よ! 絶対に闇に呑まれたりなんかしない」
「……みんなそう言っとるぞ?」
とばりが、市村が、みゆきが、アルヴィーが――みんなが迷える健を励ます。彼らの言う通り健の抱く不安が取り越し苦労だといいのだが、実際はどうなのかまだわからない。
それでも健は好意を無駄にはせず、にんまりと――心から笑った。「ありがとう!」と。
「なんや?」
そのとき市村の懐で何かが音を鳴らした。青色のシェイドサーチャーだ。円形のスクリーンに映し出されたものは二つの大きな点。――小なら低級の、中なら中級の、大なら上級のシェイドの反応を感知したということとなる。
「東條はん、シェイドや!」
「みゆきととばりさんはここに隠れて。それか、早く逃げて!」
健と市村はみゆきたちに隠れているように促す。みゆきととばりは首を縦に振り、健は市村とともに表へ出た。念のためアルヴィーはカフェに残ったものたちを守ることにした。
シェイドの襲撃から逃げている人々が進行方向からやってくる。二人は真剣な顔で人々をかきわけて、現れたシェイドのもとへと向かう。
逃げ惑う人々に襲いかかる、骨で出来た簡素な鎧を着た雑兵タイプのシェイド――グラスケルトンを鋭い斬撃やパワフルな射撃でぶっ飛ばしサーチャーの反応を辿っていく。
そして反応が出た場所に辿り着き二人は対峙する。緑色の鱗で覆われた二足歩行のトカゲのようなシェイド、ピンク色のイトマキエイのような姿のシェイド、そして――異様な雰囲気を放つ水色のスーツの男。サングラスをかけタバコをくわえて余裕を見せつけている。
「……あいつ、この前フェリーの上で会った!」
「フッフッフッ……。君たち、俺の声に聞き覚えがあるのではないかな?」
スーツの男の声を聞いた健は反射的にあるシェイドの姿を思い出す。――ヒュドラワインダーだ!
「まさか辰巳か?」
「いかにも……」
くわえていたタバコを手にとって辰巳は口の右端を吊り上げる。憎たらしく笑う辰巳に腹を立てながら、市村はあることに気付く。シェイドである辰巳にサーチャーが反応していないことに。
「どういうことや? お前シェイドやのに、なんでサーチャーに感知されんかった」
「今にわかるさ」
市村へ皮肉げな言葉を返した辰巳はタバコとサングラスを放り捨て、両腕を広げて雄叫びを上げる。
――右目の辺りが変色している? それだけじゃない。以前の辰巳とは全体的にどこかが違う。健と市村は辰巳に起こった異変に少しずつ気付きはじめ、身も凍るような戦慄が走った。辰巳の脇を固める二体のシェイドは不敵に笑っている――。
そして、辰巳の姿は海蛇のシェイドへと変わったが次の瞬間――全身がうごめき、殻を突き破るようにしてみるみるうちに機械的なものに変わっていく! 黒を基調としたボディに水色の装甲と紫の右腕、緑色の左腕、体の随所に張り巡らされたコード。武骨でメカニカルなそのボディはまるで、ゴーレムだ。
「な、なんやこのメカメカしい姿は!?」
「まさか貴様ゴーレムに!?」
「そうだ。俺は貴様たちエスパーと俺たちを利用した甲斐崎を倒すべくゴーレムとして生まれ変わったのだ!!」
「なにい!?」
「なんやてぇ!?」
復讐を遂げるために生まれ変わったのだという辰巳――イプシロンゴーレムの言葉に健たちは目を丸くし、同時に――憤って歯ぎしりした。
「お前気ィ狂っとんのか! 復讐のために悪魔に魂売ってシェイドであることを捨てたっちゅうんか!?」
「倒された仲間を想って執念深く何度も僕と刃を交えてきたお前がなぜ!? お前だけはシェイドの中でも特別だと思っていたのに!」
「黙れ!!」
抗議する二人のエスパーにイトマキエイのシェイドが鞭を振るう。鞭で打たれた部分から血が流れ出た。
「たとえ姿形が違ってもこの地上をシェイドのものにしたいという志が同じならば心はシェイドだ!!」
「辰巳さんを侮辱するものに容赦はしない! この『深海のアサッシン』ライアスティングと!」
「この『緑鱗の竜戦士』リザードマンダがな!!」
ライアスティングの鞭がしなり、健と市村に電流を流し込む。表情を歪めて全身にほとばしる激痛にあえぐ二人をリザードマンダの剣が切り裂き、尻尾が二人をなぎはらい口から吐き出された激しい炎が二人を吹き飛ばした。健は木の箱に市村は積み上げられた灯油缶の山に激突した。
間髪を入れずにイプシロンゴーレムは左腕に搭載された拡散マイクロミサイルを発射し二人を爆撃。爆風の中からなんとか切り抜けたがダメージは大きく、体の随所に傷を負い血を流していた。
「辰巳ィ!」
パワーアップした魔剣――ネオハイドラサーベルを掲げて突っ込んできたイプシロンゴーレムに闘志を乗せた剣で斬りかかり、健は歯を食い縛る。
「僕を憎むほどに仲間に優しかったお前がなぜゴーレムになった? それは散っていった仲間の想いを踏みにじる行為じゃないのか!」
「うるさいッ! 思いやりも優しさも生まれ変わったときに捨ててやったわ!!」
「なにい……それでは!?」
「冷酷非情なシェイドに生まれながら、なまじ仲間に対して中途半端な情けをかけたばかりに俺は長い間嘆き苦しむことになったのだ! こんなに悲しいのなら、こんなに苦しいのなら! 俺の心には優しさなど不要だッ!!」
優しさなどかなぐり捨てたというイプシロンゴーレムは健の刃を弾き返し、切り裂いて血しぶきごと宙に舞わせる。
「三連大蛇閃光砲!!」
背中から伸びてきた右の首、左の首、そして中央の首。エネルギーが収束し大蛇の形をしたビームが三連続で放たれる。
宙に舞った健に命中し空中で大爆発が巻き起こる! 健の体は後頭部から地面に落下、叩きつけられた。
市村もリザードマンダとライアスティングの二体を相手に粘り強く奮闘している。連射したビームは盾でガードされ、追い討ちをかけるようにライアスティングの鞭が市村の体を打つ。電流に悶えながら市村は転倒した。
「ふん!」
イプシロンゴーレムのカメラアイが発光し破壊光線を発射。健は吹っ飛ばされるも体勢を立て直し、エーテルセイバーの柄に風のオーブをはめ込む。風の力を宿したエメラルドグリーンの長剣を手に健は加速し分身した。
「トリックディバイド!」
「……見切った!」
イプシロンゴーレムのカメラアイは健と四体の分身の姿を映し出しどれが本物かを瞬時に解析。――真ん中の健が本物だ。イプシロンゴーレムは魔剣で本物の健を切り裂いた。本体を斬ったことにより分身はすべて消えた。
「ホレェ!!」
二体の上級シェイドの攻撃を掻い潜って市村はチャージしていたエネルギーを解き放ちチャージショットを発射。しかし特大のエネルギー弾は片手で遮られた。
「な、なんやて!?」
「ウラァ!」
「おわああああああああああああああ!!」
チャージショットを弾き返されて、健と市村は大爆発。爆風に煽られビルの壁に衝突し、頭から地面に落下する。しかし立ち上がり、健は風のオーブを雷のオーブと交換。エメラルドグリーンの剣が青白い稲妻が轟く金色の剣へと変化した。市村は銃口にエネルギーを溜めている。
「クロスブリッツ!」
十字に描いた軌跡が衝撃波となり、逆手持ちからの斬撃で稲妻を帯びた地を走る衝撃波で後押し。イプシロンゴーレムへと突っ込んでいく。だがこれもイプシロンゴーレムの斬撃によって打ち消された。
「そんな!」
「真・海蛇両断!!」
イプシロンゴーレムの斬撃とともに高圧の水流が巻き起こり健と市村を切り裂き、打ちのめす。更に水流に加え荒れ狂う水の竜巻も起こり二人を飲み込んで圧倒した。健と市村は怒涛の必殺攻撃を前に成す術なく――地べたに落ちた。
「な、なんちゅう強さや。シェイドやったときとは、比べもんにならん!」
「ゴーレムになってまで力を欲して、一体どこへ向かおうとしているんだ……」
――飛躍的なパワーアップを遂げ恐ろしいまでの強さを手にしたイプシロンゴーレム。その傍らには手強い上級シェイドが二体もついている。実力差は、歴然。アレを――闇のオーブを使うしか道はないのか。