EPISODE311:蘇った男
エスパーとヴァニティ・フェアの決戦が近付いている。エスパーと警察、シェイドとヴァニティ・フェア、終焉の使徒と、どの勢力にも変化は起きている。そう、彼とて例外ではない。
「――ここは?」
目を覚ましたとき、そこは見知らぬ部屋だった。内装は機械的で最先端の設備が備え付けられており、モニターや壁の電飾がピコピコ光っている。自分がいる場所はどうやら手術台のようだ。
いったいここはどこなのだ? 秘密基地か、研究所か? 誰が奈落の底へ落とされた自分を拾ったのだ?
それだけではない。感覚がヘンだ。手のひらを見てみたら生物的な暖かみや冷たさがあるものではなく――機械的なものになっている。手だけではない、顔も、胸も、腹も、足も、爪先も、すべてだ。眠っている間に誰かに改造されたというのか? 彼は中身も外見も機械的になった体に著しい違和感を覚えていた。
「……気が付いたかね」
部屋の中へ入り、手術台に近寄る影がひとつ。邪眼をモチーフにした禍々しい仮面やプロテクターをつけた黒いマントの男だ。隣には逆三角形のバイザーをつけたメカメカしいヤツもいる。
「! あんたは……終焉の使徒の首領、闇のエスパーか!」
「いかにも。だがそのような私に相応しくない名で呼ぶな。そうだな、ダークマスターとでも呼んでくれ」
やや不満そうにしながら、闇のエスパー改めダークマスターは彼に訂正を強いる。なお、ダークマスターはすでに配下の者たちには呼び名を訂正するように根回しを済ませたようだ。
「……では、ダークマスター。俺をこんな体にしたのはあんたか?」
「『ネザーワールド』で強大なシェイドの反応が消えかかっていることを発見してね。急遽向かったのだがそこで君を見付けたのだ。これほどまでに強靭な生命力を持った者をこのまま死なせるには惜しい! そう思って君を改造させてもらったのだ」
なぜ改造したのか。芝居がかった口調と仕草でダークマスターは彼にその理由を語る。
「君は非常に強い再生能力の持ち主だ。だがその代償としてダメージを回復するたびに生命力を削っていく。どうせ自分達はシェイドの寿命は長いんだから心配はいらないと過信して、いつの間にか君はダメージを回復できない状態に陥ったのだ。だから糸居まり子が持つ不死の力を欲して、それを手に入れようと思っていた。違うかね?」
「なぜそれがわかった……」
「私は科学者だ。科学者足るもの鋭い観察眼が無ければ先は見出だせぬ。創造も出来ぬ。どちらにしても私が君を拾わなければ君はあのまま死んでいたのだ。――以上が君を改造した理由だ」
改造を受けた彼の持つ再生能力とその欠点、それを理解していたから糸居まり子の持つ不死の力を求めていたことを見抜いたことも話し、ダークマスターは語りを終えた。邪眼の仮面の下で深呼吸をして、ダークマスターは改造手術の仕上げにかかろうとレバーがついた怪しげな機械に近付く。
「ヒュドラワインダーよ。君の体の96%は機械化され、残る4%は脳髄のみだ。そして心臓の代わりに新しい動力源として暗黒エネルギーで動くデミスエンジンを埋め込ませてもらった。それにより以前の何倍以上ものパワーを引き出せるようになったぞ。もはや君はシェイドではない。私の手によってゴーレムへと生まれ変わったのだ」
「元々シェイドであるという点はいけすかないが、我々の仲間となることに変わりはない。先に破壊されたファイやカイに代わって俺のパートナーとなれ、Ε!」
「イプシロンだと……? ギリシャ文字のひとつがどうかしたのか?」
「生まれ変わったお前の名だ。胸を見てみろ」
デルタに言われるがまま胸元を見てみれば、確かに胸部にはΕの記号が刻まれていた。Εを波打つ海蛇の形にアレンジした独創的なデザインだ。右胸と左胸の両方にあり、向きは左右対称になっている。分かりやすく言えば右胸のイプシロンの記号は右を向いており逆に左胸のイプシロンの記号は向きが左となっている。
「そうか……そういうことか」
「仕上げだ。お前を私の忠実なしもべとする。覚悟はいいかね?」
「フッ……フフフ……ハハハ、フハハハハハハハハハハ!!」
ヒュドラワインダー改めイプシロンゴーレムはダークマスターの問いかけに『イエス』と――答えなかった。それどころか狂気じみた笑いを上げはじめたではないか。
「何がおかしい?」
「……復活させてくれたことには感謝しているが、俺はシェイドだ。たとえゴーレムに改造されようと俺の信念は変わらん」
不遜な態度を取るイプシロンゴーレムはダークマスターに矛先を向ける。不慣れな機械の体が、手足が急速に適応していく! イプシロンゴーレムは口元を歪ませ笑いながら腕に搭載された拡散マイクロミサイルを発射。周囲を攻撃した。カメラアイからビームも放った。
「ほう……こうやって使うのか」
「私の命令を聞いてくれると思っていたのだが……。この愚か者めが!! デルタ、やれ!!」
「裏切りは許さん。再生できなくなるまで弾をぶちこんでしてやる!!」
デルタゴーレムはマシンガンを乱射してイプシロンゴーレムを攻撃。イプシロンは怯まず健在だった背中の首を伸ばし――取り込んだフリーエネルギーを激しい炎に変換してダークマスターとデルタゴーレムを翻弄する。
「ハッハッハッハッハ! さらばだ!」
「待て!」
研究所内部を破壊しながら逃走しているイプシロンゴーレムは、顔の横に付いていたキバを抜いて魔剣に変え――あとを追ってきたデルタゴーレムを斬ると壁を破壊して研究所を抜け出した。――夜の闇へと瞬時に消えて。
「逃げおったか……」
屈辱を味わい膝を突いているデルタのもとにダークマスターは歩み寄ってきた。彼は開いた穴から臨む満月を見上げる。
「フン! まあいい。所詮は不慣れな体に宿った、かりそめの命だ。そう遠くまでは逃げられまい。逃げきれたとしても……野垂れ死にするのがオチだ」
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逃走中のイプシロンゴーレムは研究所からどこかの薄明かるい地下道へと逃げ延びていた。適応できたのはいいが激しい疲労が体を襲っている。まだ改造されたばかりだ。もう戦う力は残っていない。だがここまで来れば――。疲れたイプシロンゴーレムは呼吸を乱しながら縁石に座る。
黒を基調としたボディに水色のヘビの鱗を思わせる形の装甲がついている。右腕は紫で左腕は緑色。背中の首も機械的な外見になったが以前と遜色はないようだ。カメラアイを保護するバイザーは以前より鋭い形状となり、顔の横にあるキバも外見は変わったが魔剣となることに変わりはない。首筋にはコードがいくつも繋がっており、それ以外にも両腕や肩をはじめ体の随所に赤や青のコードが張り巡らされていて武骨だ。
――そのとき、体が勝手に人間の姿へと戻った。服はシャドウマンティスに叩き落とされたときのままだ。だが――右目の付近は改造を受けた影響かそれとも負傷によるものか皮膚が青く変色しており目は黒くなっている。瞳はオレンジ色だ。
「……俺にもヤキが回ってきたな。思えば多くの同胞が散っていった……」
――アンドレことアーマーライノス。幹部にも匹敵する頑強と豪腕を誇り、使命と矜持の間で揺れ動いた男。
新藤剛志ことバイキングラーケン。槍を荒々しく、しかし巧みに操り、勝利のためならば手段を選ばなかった非情で残忍な男。
多良場博次ことカルキノス。単細胞ながらも硬い装甲や怪力バサミを武器に勇猛果敢に戦い、ある意味自分の能力を一番活かせていた男。
クラーク碓氷ことファンタスマゴリア。一度は人間と手を組むも裏切られ、屈辱を晴らすべく俺たちにさえ話さなかった切り札を使った幹部の中では最初の殉職者。
ヴォルフガングことキングウルフェン。豪放磊落で正々堂々とした勝負を好んだ俺の戦友。だが、幹部の中では二人目の殉職者となった――。
斬夜燿司ことシャドウマンティス。こいつだけはどうしてもいけすかなかった。ズル賢い上に他人を信じず利用することしか考えず同胞たちをボロ雑巾のように使い捨てた。個人的に一番虫酸が走るクズ野郎だ。思い出したくもない……。それでも一応、仲間ではあった。
糸居まり子ことアラクネアクイーン。大人なのにとにかく子どもぶっててイヤな女だった。斬夜と方向性や考えは違っているんだろうが、こいつもまた同胞を気まぐれに殺していた。こいつといい斬夜といいどうしてこうも虫のシェイドはタチが悪いヤツしかいないんだ? だが、美人であったのは事実だから斬夜のクソったれよりはいくぶんかマシだ。
鷹梨夕夏ことワイズファルコン。規律を重んじる冷静沈着かつ生真面目でストイックな女。服装のたるみは精神のたるみだと良く注意されたな……。組織の中で一番まともで信用のおけるヤツだった。だが甲斐崎は彼女を――。
疲れ果てたイプシロンゴーレムは、散っていった、または別れた仲間たちに思いを馳せていた。先程は自信過剰で不遜な態度を取っていたが心の中では哀しんでいたのだ。シェイドであることに誇りを持っていた自分がこんな姿にされたことと、それで仲間たちの顔に泥を塗ってしまったことを。
「いろんなヤツがいたなあ。社員の連中も俺たち幹部に勝るとも劣らないシェイドとしての信念を持っていた。それに比べて……幹部であるこの俺はッ!!」
嘆くイプシロンゴーレムは、無力感と行き場のない哀しさとやるせなさを吐き出しながら地面のコンクリートに拳を叩き付ける。――涙が溢れた。
ほぼメカニックの体にされたのにも関わらず。元々優しさと思いやりなどに欠けていた冷酷なシェイドであるにも関わらず。仲間のために泣いたのだ。冷却水がオーバーフローを起こしただけなのかも知れないがそれでもかまわない。
「うっ、く……ひっ……く……ううっ」
溢れていた涙は止まった。だがイプシロンゴーレム――辰巳はその場にうつ伏せで倒れた。
「……辰巳さん! オレだ、何があったんだ?」
物陰から一部始終を見守っていたものたちが姿を現す。緑色の硬い鱗に覆われた二足歩行のトカゲ――それが鎧を着た姿をした上級シェイドだ。剣やガントレットで武装している。口調は血気盛んな若者と言ったところか。
もう片方はピンク色のイトマキエイのような姿で、尻尾を鞭にして手に持っている。頭にはエイの尻尾が変化した弁髪があり顔も端正で、盾を持っていてプロテクターで五体を守っているなど格調高い姿だ。
「起きてください!」
「! その声は、リザードマンダにライアスティング。生きていたのか……」
イトマキエイの上級シェイドが、爽やかで聡明な青年のような口調で辰巳に呼びかける。二体のシェイドに起こされた辰巳はその姿を見て感傷に浸り、切なく笑う。
「なんと変わり果てたお姿に……。ぼくたちがいない間に何があったのですか?」
「甲斐崎が仲間を次から次へと捨て石にしていくのが耐えられなくなってね。それで刃向かったら返り討ちさ」
「刃向かったってあんた、カイザークロノスにか……?」
「ああ、それで気が付いたら終焉の使徒に捕まって改造されてご覧の有様だ」
「改造されたって? ……それでさっきメカメカしい姿になったのか」
「哀しいことにな」
リザードマンダとライアスティングに、辰巳は事の経緯を話す。だが話を終えた途端急に苦しみだした。
「うぐ……!」
「辰巳さん! しっかりしてくれよ、おい!」
「悪いが、鷹梨の家まで連れてってくれないか……?」
「鷹梨さんの家はどこにありますか?」
「知らないなら教える。頼む、連れてってくれ」
――辰巳が目指す先は鷹梨の家だ。そして彼の最終目的は――東條健を倒し甲斐崎に復讐すること。




