EPISODE307:エリアY
時は戻り、早朝。冷気漂う冬の東京の朝は寒い。ビルが立ち並ぶ都会に射し込む朝焼けの光――その中で、警視庁のシェイド対策課の者たちが数台の大型トレーラーやパトカーを停めて待っていた。
藍色のジャケットを着て息を手に吐きかけて温めている不破。黒いコートを着て腕時計を見ながらタバコを吸って誰かを待っている村上。そして初老の男性――警視総監の北大路。待ち合わせ場所は海岸沿いの道路付近だ。
「彼、来ませんね」
「普段から充実して忙しい暮らしを営んでいるそうだからな。忙しい中で寒い冬の朝にこの東京まで来てもらうのは少しばかり酷だったか」
「確かに酷ですが今はそんな甘いことを言っている場合ではない。今は一刻を争うんですよ」
「はっはっは、そうだったな。失礼」
村上と警視総監が真剣な話をしている傍ら、不破は「寒いなぁ。あいつ寝坊したんじゃねえか……」と愚痴をこぼしていた。
普段から鍛えている彼でもこの寒さは耐えがたく鬱憤がたまるというもの。暖房が利いているトレーラーの中ではなく息も白くなるほどクソ寒い外で待たされるというのはいかがなものか。
「お待たせしましたぁーっ」
と、その時。不破にとって聞き覚えのある青年の声が聞こえてきた。あっけらかんとした彼こそ東條健――不破たちが待っていた相手だ。赤と白を基調としたジャンパーを着ており、傍らには濃い青色のコートを着た彼の美しきパートナー・アルヴィーがいた。
「お。主役がやっと来たな」
「やあ! 東條健くん、君を待っていたよ」
気分を入れ替え、不破と村上は温かく健とアルヴィーを出迎える。厳格な警視総監も一緒だ。
「皆さん、寒い中お待たせしてすみませんでした。朝ちょっと立て込んでバタバタしてまして」
「君が東條健くんかね。はじめまして、警視総監の北大路だ。よろしく頼む」
「け、警視総監!? こちらこそっ!」
北大路の肩書きに戸惑いつつも健は彼と握手をかわす。厳格さの中に老獪さと頼りがいと温かさを感じ取った。
「それでこの前の電話で言ってた大事な話っていうのは?」
「君を連れていきたい場所があるんだ。まずはトレーラーに乗ってくれ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「すっげー! シェイド対策課のトレーラーの中ってこうなってるんだ〜!」
「フフーフ。いつにもましてヒーローになった気分だの!」
シェイド対策課が所有するトレーラーの中に上がった健とアルヴィーは、その最新鋭の設備に感銘を受け目に焼き付けた。
「こういうの見るとゾクゾクするねぇ! ワクワクするねぇ! ドキドキするねぇ! 爆発しそーなくらい!」
「遊園地のCMかって」
「うぅ〜、でもこの科学技術はすごいですよ。すごかったんだもんよぉ……」
「子どもか! あのな、オレたちゃ遊びに行くんじゃねえんだぞ。そこんとこわかってる?」
騒ぐ健を、ぺちっ と叩いて黙らせ不破は注意する。が、「健さんはそのくらいおわかりなんじゃないかしら?」と、エレガントで気品のある少女が不破に声をかけた。
振り向くとそこには、バラ色の長髪を一束の三つ編みにしてまとめたスタイルのいい美少女の姿――。
「葛城さんじゃん! どうして君も?」
「警察の方に協力を頼まれましたの。出来れば学業に励みたかったのですが、事情を聞いたら断りきれなくなって」
白いダッフルジャケットにクリーム色のカットソーに赤いスカート、イギリス国旗をあしらったショルダーバッグというコーディネートで決めてきた葛城は健に事情を話した。
「そうだったんだ。事情って?」
「それは僕から話そう」
村上が健たちのもとにやってきた。トレーラーは既に走っており海の上に架けられた橋を進んでいる。
「我々が向かおうとしている場所は東京湾沖にあるオーパーツ研究班が所有する極秘研究施設――通称エリアYだ」
「エリアY?」
「昔、オーパーツ研究班が東京湾に沈んでいたある宝石を引き揚げたそうでね。それを研究・解析するべくが人工島が作られたんだ。それがエリアYってわけ」
「村上殿。なぜXとかZではなく、Yなのでしょうか?」
「ふふふ。ヨーグルトのYだからですよ」
村上のギャグでその場にいた全員がスッ転んだ。あらかじめ事情を伺っていたはずの葛城や不破もだ。
「冗談だよ♪ ……本当はもっと違うものなんです。エリアY及び最高機密『Y』の『Y』は……『闇のオーブ』の頭文字から取られたものなんです」
「闇のオーブ……!」
エリアY及び最高機密『Y』のYとは、|Yami no orb《闇のオーブ》の頭文字。村上がエリアYの名の由来を告げた途端、アルヴィーをはじめとする一同に張り詰めた空気が漂いはじめた。
「健くん、我々と君はどちらにしても接触しなければならなかったんだ。君がシェイドと戦うための更なる力を身に付けるためには」
「僕が闇のオーブを手に入れたらオーブはすべて集まったことになる……」
「ただ、闇の力は危険だ。お主が闇に呑み込まれて悪に堕ちる危険性を孕んでいる」
「でも行くしかないんだろ? ……ちょっと、怖いかな」
光あるところにまた闇もある。闇に呑まれたら最後、いかに強い正義感や信念の持ち主でも歪んで悪となってしまう。闇の力に呑まれてしまわないかという不安が健の中に生まれていた。
「もうしばらくでエリアYに到着する。それまでに心の準備をしておいてほしい」
そう言った村上は健たちの前から去って、宍戸らオペレーターのいるモニターに移動した。
「エリアY、闇のオーブ、かぁ……」
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海の上を走り続けていたトレーラーやパトカーが止まった。タラップを伝ってトレーラーから地面に降りた健たちが見たものは、見渡す限り広がる大海原と――コンクリートなどで人工的に作られた島。今足を踏みしめて立っているこの地こそエリアYだ。
「ここが――エリアY?」
「弾ける磯の香りがしますわねぇ」
このご時世コンクリートで出来た島など珍しくはないはずだが、それでもが目を見張るものがあった。トレーラーやパトカーが通ってきた橋だ。
大きくて高くがっしりしている。この立派な橋が東京湾の上に架かっていてここに繋がっているのだから、なんと素晴らしいことか。
「ついて来てくれたまえ」
警視総監と村上に引率されて、健たちはシェイド対策課の戦闘班に護られながらエリアYの中へと足を踏み入れる。錆び付いた門を開けばその先には瓦礫の山と施設が崩壊した跡が痛々しく残されていた――。
「もしかしてここって廃墟なんじゃ……!」
「大丈夫だ、まだ稼働している。この区画は研究班が実験に失敗して崩れ去ってしまったんだ。僕らも心が痛いのは同じだ。今は耐えてくれ」
廃墟と化した区画を進み、村上がカードキーでゲートを開いてしばらく歩くと今度はしっかりと整備された場所に出た。目の保養にと、青々と生い茂る草や木々も植えられている。
「良かった。ここはきれいだ」
「ここは搬入口。食料や研究に必要なものは全部ここに運ばれてくる。さっき橋を通ったときに運送会社のトラックも走っていたんだよ」
「へぇ〜」
一同は資材の搬入口から更に進んで研究施設の中に入り、進んでいく。やがて施設の一番奥にあるブラックライトのみで照らされた、金庫のような扉がある不気味な部屋に辿り着いた。
しかもそこはいろいろと古びていてなおさら不気味だ。まるでろくに整備もせずにほったらかしにしたような――。
「ちょ、ちょっと、ここ怖くないですか?」
「確かに不気味ですわね……」
「闇のオーブはこの先だ。村上くん」
「はっ」
北大路の指示を受けた村上は暗証番号を入力して電子ロックを解除し、更に分厚い金庫のような扉のダイヤルを回してロックを解除。扉を開けた。
「セキュリティ厳重だの……」
「さあ、中へ」
扉の中へと一同は入っていく。鬼が出るか蛇が出るか、その先にあるものは――。
その頃、搬入口では――。運送会社『カモメ急便』のトラックが荷物を下ろしていた。
「あいてててーっ!」
「コラッ新人! 気を付けろ!」
「すみませんデッス!」
業者たちは協力して荷物を運ぶが、その中でひとりだけ転んで荷物を落としてしまった。頭を掻いて新人業者は恥ずかしげに笑う。
「初日からドジだな、あいつ大丈夫か」
「だよなー、ハハハ!」
先輩の業者が笑い飛ばしている中で新人業者は搬入口周辺を意味深な顔をしながら見ていた。かと思えばにやついた。
「おい、どうした新人?」
「……え!?」
帽子をとって振り向いた新人は鋭い目付きで眼は真っ黒に、顔は緑一色に染まって不気味さと禍々しさを漂わせる異様な風貌に変わっていた。
「ギレエエエェェェェ!!」
ジャキン! と、腕から紫の血とともに鋭い鎌を出して腕を交差させると――咆哮を上げると黒が混じった緑色の霧に包まれて新人は正体を現した。ガイコツ顔で巨大な赤い眼を持ったシャドウマンティスだ。
「死ね!」
「うわあああああ!?」
両腕についた鋭い鎌で運送業者のひとりの体を切り裂いて殺すと、それを皮切りに次から次へと凶刃を振るって業者を惨殺していく。
「うぎゃあっ!?」
「びゃあああああっ!!」
業者だけでなく警備員まで狙った上に鎌を振るって衝撃波を放ってトラックを爆破。搬入口は血の海と化した。
次にシャドウマンティスの複眼が捉えたのは無線で誰かに連絡しようとしている警備員の姿。通報されてはまずい――早急に始末せねば。
「こちら搬入口、村上主任応答願います! 応答ぬぎゃああああああああああああッ!?」
シャドウマンティスは後ろから忍び寄って一気に鎌を振り下ろして警備員を惨殺、壁にべっとりと赤い血がこびりついた。コワイ!
「こちら村上、どうした!?」
「なんでもないデッス」
「お、おたく誰だ? どうやってかけたか知らないけどいたずら目的で連絡は入れないでくれ!」
「わかったデッス」
「切るぞ!」
無線は切れた。シャドウマンティスは無線を放り投げてそこに佇む。
「やっと『Y』にありつけそうだ。さてと、邪魔なクズどもをブチ殺してやるとするか……クククッ」
そして空を見上げながらうっとうしい笑いを浮かべた。――これが見納めになるのは目に見えていたが。




