EPISODE305:冬空の下で
それから数日後、京都市役所にて――。
「東條サン、クリスマスはナニか予定入ッテるカね?」
「いえー、とくには。あるとしたら友達と遊ぶくらいかな」
「ウラやマしいネェ……で、忘年会はドうすルの? 来ルの、来なイノ?」
「いいです。お酒飲まないことにしてるので」
残念そうな顔をするケニー。別に忘年会に出たら必ず酒を飲まなくてはならないというわけではない。でも健はなぜか忘年会に出る気にはなれなかった。なにせこの前二十歳になったばかりなのである。そんな状況で酒など飲んだらどうなるか察しはつく――はずだ。
「じゃ、そういうことですから忘年会には出ません」
「エー、そりゃ残念ダナ。ま、飲メルよウにナっタらオイデ」
ケニーと談話をしながら健は仕事を続ける。ときにマナーモードに設定してある健の携帯電話がバイブレーションした。
「……電話だ。すみません、ちょっと電話に出てきます」
「どうぞ〜」
ケニーや、ジェシーをはじめとする先輩のOL三人にそう言って健は事務室の外に出る。ケニーもOL三人も健のことを気遣って、あえて深追いはしないことにした。
「はい、もしもし」
「東條健くんだね? 警視庁の村上翔一だ」
電話の相手は村上だった。知的でフランク、ときおりシニカルな独特の雰囲気と魅力は彼にしか出せないものだ。
「そうですが。って、この前の?」
「君と話をするのは高天原の件以来だね。明日以降予定は空いてるかな」
「とくに何もありませんけど、どうしてですか? っていうかなんで僕の番号を知ってるんですか?」
「不破から聞き出したんだ。それより空いているなら話は早い。いつでもいい、準備が整い次第東京まで来てくれ。大事な話があるから」
「大事な話って?」
「詳しくはそっちが来てから話す。では……」
そこで村上からの電話は切れた。大事な話とはいったい――。謎を抱きつつも健は仕事に戻って懸命に取り組んだ。
どうせ飲むなら酒より炭酸飲料または野菜ジュースだ。グレープサイダーでも飲みたい気分である。酒もビールも焼酎も酎ハイも、若い彼にはまだまだ早い。
意気揚々とアパートに帰った健は、料理をしながら村上が自分に何の用があるのかを考えていた。
警察へのスカウトだろうか。それなら本望だ。人の役に立てるのだから。不破と同じ部署に配属されたらなおさら。
でも刑事ドラマのような仕事になるとは限らないし仮に採用されたら市役所のメンツとは別れなければならない。彼らだけではなく、みゆきや白峯とばりともだ。アルヴィーやまり子は自分についてくるだろうから何も心配はいらない。
――とは考えていたが、そんなことよりも今は腹が減っている。メシだ。いいからメシだ! メシを食わなければ元気が出ない。健は人数分の皿を持って、こたつで待っている二人のもとに行った。
「今日はチャーハンと餃子だぞ〜」
「おおっ、かたじけない!」
「二人ともガッツリ食べようぜ!」
「うん♪」
今日のメニューは中までちゃんと炒めたチャーハンと熱々の餃子。餃子は三人前だ。ラーメンやエビチリ、酢豚などと並んで中華料理の定番中の定番である。
「うまーっ!」
「やはり中華はいいものだの!」
アルヴィーとまり子と一緒にチャーハンと餃子を食べながら、健はここ数週間で起きた出来事を回想していた。
神速の女戦士ワイズファルコンとの戦い。シェイドと人間の細胞をかけあわせて生み出された新たな敵・ゴーレム。神威島での大地の石をめぐる三つ巴の戦い、その最中でついに姿を現した今までで最強にして最悪の敵――カイザークロノス。
ヤツの圧倒的な強さの前にはかなわなかった。そして京都に戻ってきたかと思えば、クロノスに勝つための地獄のような訓練が自分を待っていた。辛くて苦しかったがそれでも乗り越えて一段と強くなることが出来た。
辛かったのは自分だけではなく、愛しのみゆきもだ。それまで普通の女の子として暮らしてきた彼女が、自分がシェイドであるまり子の子孫だと知ったときに負った心の傷は計り知れない。結果的にみゆきは人間でありシェイドの血は既に薄れて消えていたからよかったものの、もし人間の血ではなくシェイドの血が勝っていたらと思うと――。
「健さん食べないのー? チャーハン冷めちゃうわよ」
「え? あっ、ごめんごめんすぐ食べる!」
まり子に声をかけられて気付けば食指が止まっていた。健はチャーハンと餃子を食べるのを再開する。
餃子は中までよく焼けていて、チャーハンはしっかりと炒められている。まり子やアルヴィーが舌鼓を打つのも納得の出来だ。
しかし、健の母・さとみは彼よりももっと上手に料理を作れるというのだから驚きだ。上には上がいるとはいえ。
「ふぅー。あ、二人ともクリスマスはどうする?」
「わたしはケーキ食べたいなぁ」
「どうせならみんな呼んでパーティーやろうぜ。とばりさん家借りてさ」
「いいのぅそれ。ただ前もって連絡もしておかなくてはな」
「へへへ!」
クリスマスはもうすぐだ。街は美しいイルミネーションやツリーなどで彩られている。サンタクロースがプレゼントを引っ提げて子供たちにプレゼントを配り、運が良ければ白い雪も降るのだ。
「でも楽しいことばかりじゃないんだよな。ヒーローものだとクリスマスは決戦が近付いてる時期だしな」
「私たちもいずれはクロノスと決着を着けねばならん」
「そうだわ、クリスマスといえば商戦……。全国のおもちゃメーカーが必死になる時期。戦隊ものなら武器やロボがいっぱい出てきて盛り上がること必至!!」
「「そっち!?」」
真面目な話になりかけたところでまり子がひとり的外れなことを言い出した。驚いて表情を崩した健とアルヴィーだが、すぐに元に戻った。
「ところで、大事な話がまだあるんだけど」
「どうした?」
「警察の村上さんから僕に用があるって電話が入ったんだ。明日以降準備が出来たら東京に行くことになってる」
「村上殿、か。以前高天原での一件で協力してくれた人だったな」
健は、二人に村上から電話が入ってきたことを話した。東京に来てほしい、ということ以外は何も聞いていない。
「……行くのか?」
「行かなきゃならない気がする。何が待っているかはわからない。けど、前に進むしかないんだ」
「お主らしいの。私はどこまでもついていくぞ」
「ありがと。まりちゃんはどうする?」
アルヴィーに笑って礼を言ったあと健はまり子に行くかどうか問いかける。
「わたし? わたしは行かない」
「え?」
「警察の人たちには悪いことしちゃったからね。不破さんは許してくれたけどその村上って人はわたしのこと怨んでるかもしれない。それが怖いの」
「……」
気まずそうな顔をしてまり子は答える。「無理に誘うわけにはいかないか」、と、健はまり子を連れていくことを潔くあきらめた。
「じゃ、明日村上さんのところまで行くから。留守番頼むね」
「フフッ! 任せといて!」
――かくしてクリスマスが迫る、十二月上旬の晩の一幕は閉じられた。
第16章はこれでおしまいです。