EPISODE298:害虫VS害鳥! 激突するふたりの女
シェイドでありながらシェイドを殺し続けるまり子。同胞を思うゆえそのまり子を許せない鷹梨。決して相容れることのない二人が対峙し、周囲には落ち着いていながらも殺気を孕んだ異様な空気が漂う。
「これはいいタイミング。ちょうど本の四百二十八ページを読み終えたところです――」
「悪いけどわたし、お勉強しに来たんじゃないの。決着を着けに来たの」
「それは失礼。私もあなたと決着を着けるために待っていたのでした。シェイドでありながら我々に害をなすあなたの顔を見かけるたびに殺意が抑えきれなくなりますので、そろそろ――葬らなくてはと」
「言ってくれたわね〜。あんたなんかにわたしを殺すことができて?」
険しい表情の鷹梨に対してまり子は笑っている。いつも健たちに見せるようなものではなく冷酷な女王の微笑みだ。
次の瞬間に体をくねらせてまり子は鋭い蹴りを放ち、鷹梨の顔を蹴っ飛ばす。鷹梨は転倒し彼女がかけていたメガネも吹っ飛んだ。それまでタレ目だったまり子は目を吊り上げて、戦闘的な目付きとなった。残酷で一種のサディズムが感じられる。
「……ウェアアアァァアアアアァァァアアアアッ!!」
起き上がった鷹梨は体のどこから上げたか想像もつかない雄叫びを上げて、握り拳を前に突き出しまり子に突進。まり子はひらりと身をかわし踵を返して鷹梨のパンチを受け止め蹴り上げて反撃した。宙に舞うも体勢を立て直し、鷹梨は地面に着地。怒りに燃える目を向けた。
「……怒るッ!!」
歯ぎしりし、鷹梨は瞳を金色に光らせると背中に翼を生やして自身を包み込む。そして正体であるハイレグ姿の女怪人――ワイズファルコンとなり、周囲に羽根が舞い飛んだ。まり子も右手で顔を覆って瞳を紫に輝かせ、額に複眼を思わせる紋様や右目の下に放射状の蜘蛛の巣の紋様を出現させた。
「かかって来なさい!」
「……ハアアアアアアアアッ!!」
戦いの火蓋は切って落とされた。超スピードで迫るワイズファルコンの爪を指先ひとつで受け止め、まり子はパンチでワイズファルコンを退ける。
ワイズファルコンは自分に急接近して追撃を加えんとしたまり子の攻撃をかわし、回し蹴りを放ってまり子を吹っ飛ばす。まり子のすぐうしろには壁がある。追い詰められたかに見えたがまり子はこの壁の表面を――走って、ワイズファルコンが振りかざしてきた爪を回避。からの、かかと落とし。ワイズファルコンの右肩に炸裂し、ワイズファルコンはよろめいた。
「フフッ……スパイダーウィップ」
冷たい微笑みとともに、まり子は右手首から糸を出して鞭を生成。いつもは裁縫に使われているこの糸はしなやかだが鋼のように硬く、今のように鉄骨でも砕いてしまうほど強力な武器となる。
「やっ! えぇい!!」
「くっ! ウェアアアアッ!」
スパイダーウィップで攻撃されたときの感触は、たとえるなら有刺鉄線で思いきり体を打たれたときに近い。激痛などという生易しいものでは済まされない。普通なら――とっくに切り刻まれている。
「それっ!」
「こんなものッ!」
しなるスパイダーウィップから身を守るべく、ワイズファルコンはその翼で攻撃をガードした。彼女の翼は鋼のように硬いが軽く切れ味も鋭い。そのため攻めにも守りにも使える優れものだ。
「うらあああああああッ!!」
「っ……、いい眺めね!」
「その余裕もどこまで持つか!」
今度はこっちの番だ! と、言わんばかりにワイズファルコンは翼を広げ飛翔。まり子の体を掴んで飛び去り、広くて見晴らしのいい谷間に移動してまり子を地面に叩きつけた。しかも顔面からだ。
「う……く」
「最初から気に食わなかった。ヴァニティ・フェアの一員としての果たすべき使命を果たさず、甲斐崎社長の命令に従わず、気まぐれに同胞たちを殺し続け……、人間などに味方するあなたが!」
「フフッ……アハハハハハハッ!!」
倒れていたまり子は清々しいまでの高笑いを上げ、立ち上がってワイズファルコンに視線を向ける。
「何がおかしいッ」
「バカね。まだそんなこと言ってんの?」
「ッ!」
「寝ぼけるのもそこまでにしてくれない? あれだけ衝動に駆られて何の罪もない人々を殺しておいて、なに正義を騙ってくれちゃってるの? わたしがシェイドを殺すのはあなたたちが人間をためらいなく殺すのと同じ。他の生命をなんとも思わないバケモノなんて、存在しちゃいけないのよ」
「私たちがゴミ虫と同じだと言いたいのか?」
まり子は瞬間移動を繰り返しながらワイズファルコンにゆっくりと歩み寄り、頬を殴ろうとする。が、ワイズファルコンは右手で受け止めた。
「そうよ。残忍で冷酷なバケモノのまま変われないのなら、シェイドなんて滅べばいい。このわたしもね! それに――わたしは誰の命令にも従わない!」
「なにっ」
「わたしはわたしにしか従わない。わたしに命令していいのは、わたしが認めた人だけッ!」
「うああああああ」
ワイズファルコンと舌戦を繰り広げながら、まり子は自分の攻撃を受け止めたワイズファルコンの体を掴んで放り投げる。更に念動力で動きを封じ、岩壁や地面に何度も叩きつけた。空間をねじ曲げるほどの力だ。
念動力を差し引いても異常で、まさしく突然変異としか思えないレベルの強さ。状況が状況ならばラスボスになり得ていた。それが糸居まり子という女の恐ろしいところだ。
「ッ……」
「てあっ!」
ワイズファルコンに接近しまり子はかかと落としを繰り出す。ダウンしたワイズファルコンに次はパンチをお見舞いしようとするが、ワイズファルコンはパンチを受け止めた。
「間違っているのはあなたです。社長は……クロノスは唯一絶対の存在。いかなる理由があろうとクロノスに逆らうことなど許されない!」
「あれだけ言ってもわからないの?」
「お前に何がわかる!」
「ああそう。わたしもあんたの考えは理解らない。理解りたくもない!」
ワイズファルコンはまり子の攻撃を弾き返し、超スピードで空を飛び回って急降下しながらのキックや羽根手裏剣で攻撃をしかける。
スピードでは彼女のほうが圧倒的だ。スピードではワイズファルコンにはかなわない。――だが、まり子には念動力と不死身の肉体、ならびに異常としかいえないレベルの戦闘能力がある。共通しているのはどちらも強者であり本気を出しているということくらいか。
「ファルコンフェザーストーム!!」
「はぁっ!!」
ワイズファルコンは翼を広げ、いくつもの羽根を嵐のごとく飛ばして地上に降り注がせる。このファルコンフェザーストームは鉄の雨かそれ以上に強力でえげつない技だ。
まり子は左手をかざしてバリアーを張り、ファルコンフェザーストームをすべて防いだ。
「お返しッ!」
「くっ」
まり子は地上に落ちた羽根をすべて念動力で浮かび上がらせワイズファルコンへと飛ばす。ワイズファルコンは翼で身を守り、そのまま回転して地上へと突撃。地面がえぐれるほどのパワーだ。当たったら死んでいた。もっともまり子が食らったところで死にはしない。
「ウェアアアアアアッ!」
「っ!」
羽根を一枚引き抜いたワイズファルコンは、それをハヤブサの翼をかたどった弓――アクィラへと変え、更に分割して双剣に変えた。まり子は髪の毛をざわつかせ、巨大で禍々しい形状をした蜘蛛の爪を形成。それで斬撃を防いだ。
「忌々しい害虫! いい加減で気まぐれで規律も守らないなんて……同じ上級シェイドとして、恥ずかしいんだよ!!」
「やっと本音が出たわね、害鳥。やっぱりわたしのことそう思ってたんだ?」
「うるさい!!」
「規律、規律って言うけど、あんた以外に誰が守ってるのよ。大半が破壊本能に駆られて動くシェイドに規律なんてあるわけ?」
「デタラメを言うな。わたしを惑わそうとしても無駄だ!」
「デタラメなんかじゃない。わからず屋ね!」
攻撃が相殺され、両者弾き飛ばされたかのように引き下がる。ワイズファルコンは分割していたアクィラを再び連結し、弓にして構える。まり子は巨大な蜘蛛の爪を形成したまま手で長い髪をとかした。
「食らいなさい!」
「フフッ」
ワイズファルコンが引き絞ったエナジーアローがおびただしい数となってまり子に襲いかかる。しかしまり子は薄ら笑いを浮かべて、バリアーで矢を防ぎきった。
「なに……!? これならどうです!」
「わっ! と」
ワイズファルコンは再びアクィラを双剣に変えてからの連続斬りを繰り出す。身をそらしたりジャンプしたりなどことごとくまり子は回避するが、油断したところに一撃、いや二撃以上入れられた。更に首から喉にかけての部分を切られて盛大に血を噴出した。
まり子の体は宙を舞い、地面に落下。体の随所から赤みがかった紫の血を流して血だまりが出来たが、まり子はもがき苦しむどころかクスクスと笑い傷を再生させた。ワイズファルコンはより一層顔を険しくする。
「やはり通じなかったか……。でもこの程度はまだ予想の範囲内です」
「フフッ、じゃあこれは?」
まり子は両手を青紫に輝かせ地面につけた。周囲に蜘蛛の巣の形状をしたフィールドが展開され、激しく光り出す。
「!?」
「ストレインウェブ!!」
そのとき、蜘蛛の巣型のフィールドから毒液が柱が立つ勢いで噴出。ワイズファルコンは耳がつんざくような悲鳴を上げて吹っ飛び、岩に激突した。毒液の影響で草が枯れた。
「おのれえぇっ!」
「フフフッ!」
ワイズファルコンはアクィラから矢の形をしたエネルギー弾――エナジーアローを射ってまり子を狙う。まり子はムーンサルトで跳ねてかわし、蜘蛛の爪の先端から黄色と紫のレーザーを放ってワイズファルコンに反撃した。牽制であるためか翼で簡単にガードされたが、まり子の目的は牽制ではなかった。
「口で言っても理解らないなら体で理解らせるしかないらしい」
(次はどんな手を打つつもり……)
「あれぇ? もしかしてビビってるの? わたしが怖いの?」
「バカなこと言わないでください。私が恐れるものなんて何もありません」
「そうよね。甲斐崎さん怖いもんね〜」
「!? ふ、ふざけないでください! 私は社長を恐れてなど……」
「本当は怖いんでしょう? 顔にそう書いてあるわよ」
「ち、違う。恐れてなど……!」
まり子は冷酷な笑みを浮かべるとともにワイズファルコンに対して挑発を続け、彼女の心を揺さぶる。揺さぶられている間ワイズファルコンの注意はまり子の姿勢ではなく言葉に向く。その間にまり子は、力を溜めて必殺技を放つ準備に入っていた。精神攻撃は基本と云われる所以だ。
「……フフフッ。かかったわね」
「っ!」
ワイズファルコンが気付いたときには既に遅かった。蜘蛛の爪の先端からまり子の両手に向かって青紫の妖しいエネルギーが収束しており、爆発寸前だ。
「じゃあねぇ、サヨナラ♪」
妖艶でサディスティックな笑顔とともに――まり子の手のひらから青紫の極太レーザーが放たれた。
「レストレスヴェノム!!」
「うわああああああああああぁぁぁぁーーーーッ!!」
サイコパワーを収束させて放った波動がワイズファルコンを吹き飛ばす! レストレスヴェノムを撃ち終わったとき、まり子はただ、その返り血がついた顔で妖艶に笑っていた。