EPISODE297:突風が吹きすさぶ!
「市村さん! 来てくれたんですね!」
「ヘヘヘッ」
銃口から立ち上る白煙を息で吹き消し、銃を振り回して市村はヒュドラワインダーらに突きつける。西部劇のガンマンのような格好いい仕草だ。
「き、貴様いつから水の中にいた?」
「そんなことはどうでもええ! お前ら、いてこましたる!」
「野郎ォ〜〜!」
いきり立ったフリルドストームはエリマキを回転させ突風を巻き起こす。――市村は面倒臭がって説明しなかったが、彼は水棲生物型のシェイドと契約しているため水中でも息ができる上に機敏に動ける。
彼にとっては水中だろうと陸上だろうと有利に動くことができる、いわばホームグラウンドのようなものなのだ。
「ううーっ!」
「気をつけてください、あいつは突風を起こします!」
「らしいな!」
岩にしがみつき二人は突風をやり過ごす。ただ突っ立っていたら吹き飛ばされて隙が生まれるだけだ。
「そこ!」
「へぶっ!?」
突風吹きすさぶ中市村はビームを発射して攻撃。フリルドストームは転んでひっくり返った。なぜだ、とフリルドストームは信じられない顔をしている。
「ビームは風の影響受けへん。覚えとき」
「へぇ……」
「なめやがってぇ」
「! 来るで!」
市村がさりげなく健にアドバイスを授ける。そこでフリルドストームは起き上がり、エリマキを――先ほどとは逆の方向に回転させる。
「う! わああああああッ!」
「さっきとはまるで逆だ。僕らを吹き飛ばすのではなく自分のところへ引き寄せている!」
砂をかけられて視界が悪くなろうとも健には自分と市村が逆風によって吸い込まれ、フリルドストームのもとに引き寄せられていることが認識できていた。
「ケエッケッケッケ、ここまでだなエスパーども!」
「やれフリルドストーム! ヤツらを叩きのめせ!!」
抗おうにもどんどん体が引き寄せられていく。打つ手はないのか? いや、ある。市村はニヤリと笑って口の端を吊り上げていた。
「死ね!」
「お前がなッ」
とうとうフリルドストームの懐まで引き寄せられた。しかし市村がその手に握るブロックバスターにはエネルギーが充填されていた。ということは……。
「な……なにぃっ!?」
「くそっ、わざとフリルドストームの逆風にあおられたというのか」
「ブッ飛べ!!」
ほぼゼロ距離に近い至近距離から撃ち出されたチャージビームを防ぐ術は無し。フリルドストームは大きく吹っ飛ばされ、岩をぶち抜いて倒れた。
「ちくしょう! 先に貴様からぶち殺してやる!」
「そう何度も同じ手にかかるかいっ!」
エリマキを回転させようとしたタイミングを見計らい、市村はエリマキをビームで撃ち抜き――破壊した。
「しまった!」
「ぐわわ〜〜ッ! こ、これでは風が起こせない!」
「東條はん、一気に行くで!」
「よーし!」
「行くでエビちゃん!」
市村は合図の笛を吹いて、自身のパートナーシェイドであるエビちゃんこと――ブルークラスターを呼び出した。メカニカルで巨大なロブスターの姿をしていて全身に火器を搭載した、武器の塊のようなヘビー級のシェイドなのだ。ヒュドラワインダーとフリルドストーム、そして健は身震いした。
「こいつで仕上げや! ファイナル・フルブラスト!!」
しっぽの部分にブロックバスターを差し込んで市村はトリガーを引く。ブルークラスターは咆哮を上げ、全身の火器という火器からミサイルやビームを撃ち尽くし弾幕を張る!
集中砲火は広範囲に及び避けようにも避けようがない。無慈悲にも撃ち尽くされた弾はすべてフリルドストームに命中した。
「うびゃあああああーーッ」
黒焦げになったもののフリルドストームはまだ息がある。そのとき砂をかけられていた健の目は見えるようになり、乱れていた視界もくっきりした。
「あとは任せて!」
「いかん! 避けろフリルドストーム!」
健は氷の力を宿したエーテルセイバーを握り、左手から凄まじい冷気を発してフリルドストームを氷塊の中へと閉じ込める。冷たくも熱い闘志と悪へ対する激しい怒りが冷気から伝わっていた。
「貴様のようなヤツは地獄へ送ってやる! アイスブレイカーで粉々になって死ねぇぇえええッ!!」
「ビビュウウウウン!?」
猛スピードで凍ったフリルドストームに接近し、連続で剣を叩きつけて――粉砕。砕けた氷が宙に飛び散り、フリルドストームは勢い良く川のほうへ吹き飛ばされ、水中で大爆発。断末魔の叫びとともに豪快な水しぶきと爆炎を上げた。
「ぃよっしゃあああぁッ!」
「やったったな!」
ガッツポーズをとって喜ぶ健。にっこり笑う市村とハイタッチも交わして気分は上々だ。一方でヒュドラワインダーは歯ぎしりをして悔しがっていた。
「おのれ、またしても! この次は必ず貴様らを葬ってやる!」
捨て台詞を吐いてヒュドラワインダーは木陰から異次元空間に飛び込んで去っていく。
戦いは終わった。健と市村は、清々しい表情で河原をあとにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
みゆきと白峯は無事救出され、自分が帰るべき家へと帰っていった。健はみゆきのことを誰よりも気にかけていたみゆきの両親から、捜索に協力してくれたご近所さんから感謝の言葉を告げられ、株を上げた。
――その翌日――
「ぐう、ぐう……」
朝焼けが麗しい早朝六時。窓から朝日が射し込む中で健はぐっすりと眠っていた。地獄のような特訓から帰ってきたと思ったらみゆきと白峯がシェイドに捕らわれ、命懸けで二人を救出して敵を打ち倒し――。やっと、疲れ果てた体を休めるときがきたのだ。
アルヴィーも健を容赦なくしごきすぎた反動による疲れがたまったか、爆睡していた。まり子も安らかな顔で眠っている。
「ん……なあに、これ」
そのとき窓の隙間から、ヒュン! と、風を切る音とともに一枚の羽根が飛び出しまり子の枕元に突き刺さる。気になって目を覚ましたまり子が手にとって見てみると――『糸居まり子へ、午後7:00 板倉陸橋下にて待つ。鷹梨』と、書かれていた。
まどろんでいたまり子の表情は凛としたものに変わり、立ち上がって――目を閉じ、カッと開くと瞳を紫に輝かせ全身を青紫の妖しいオーラで包み込む。抑え込んでいた力を解放して、華奢な子どもから元の姿である――妖艶な大人の女性へと変わった。髪はありえないほど長く伸びて足首まで達し、腰はくびれて胸は豊かになった。華奢だった反動か体つきもほどよくむっちりしている。
「……どったの、まりちゃん?」
「果たし状が届いたの。鷹梨から」
「え?」
目を覚ました健とアルヴィーは、いきなり元の姿に戻ったまり子を見て目を丸くする。まり子は二人に背を向けたまま話している。
「罠かもしれんぞ。挑戦を受けるのか?」
「相手は本気だわ。罠なんかしかけずに正面から来ると思う。それに、ここで逃げたら女が廃るじゃない?」
アルヴィーに語りかけるまり子は、糸で取り繕ったインナーの上に以前作った青いコートを羽織り、身を固める。勝負服であり死に装束なのだろうか。このときのために作ったものではないと思われるが。
「大丈夫。必ずここへ戻ってくるから、心配しないで。ね?」
「まりちゃん……」
「じゃあの」
まり子は一度だけ笑顔で振り向くと、身を案じる二人に見送られながら外へ出た。そして柵の隙間から異次元空間へと移動し、板倉陸橋下へと向かう。
異次元空間を通過すれば移動するのはあっという間だ。青々と木が生い茂る山道を抜け、待ち合わせ場所である陸橋の下へと辿り着く。ゆっくりと歩いたため、着いたのは七時ちょうどだ。
そこでは腕を組んだ鷹梨がスタイリッシュな姿勢で純文学を読みながら待っていた。まり子が来たことを察した鷹梨は本をしまい、目をまり子に向ける。
「鷹梨ちゃん♪」
「よく逃げずに来ましたね。クモ族の『女王』」
軽い口調ではあるがまり子は冷酷な視線を鷹梨に向けている。対する鷹梨も落ち着いてはいるが内心では殺気立って煮えたぎっていた。どちらも相手を殺す覚悟でいる。
――果たして、勝つのはまり子か。鷹梨か?