EPISODE296:爆ぜる廃工場
「みゆき! とばりさーん!」
薄暗く土埃をかぶった廃工場の中――。奥のほうには椅子に鎖で縛り付けられ、さるぐつわを噛まされたみゆきと白峯の姿があった。幸い傷はつけられていないようだ。だがこれ以上長く辛い思いをさせるわけにはいかない。二人を解放して自由にしなくては。
「〜〜〜〜っ! 〜〜〜〜っ!!」
「よし、二人ともすぐに外すから!」
健はエーテルセイバーで二人を斬らないようにして硬い鎖を断ち切り、アルヴィーと一緒にさるぐつわを外した。
「健くんありがとう!」
「わ! ちょ、ちょい……」
みゆきは嬉しくなって健に抱き付いた。戸惑いながらも健はそれを温かい笑顔で受け入れる。
「ありがとう、助かったわ。あのエリマキトカゲみたいなヤツにやられて気が付いたらここにいたから一時はどうしようかと思った」
「もう大丈夫。一緒にここから出ましょう、とばりさん」
「そうねっ!」
無事捕らわれた二人を救い出すことが出来た。あとは脱出するだけだ。健たちはみゆきと白峯を連れて、走り出す。
一方、建物の外では――。健たちに倒されたはずのシェイドたちが起き上がってほくそ笑んでいた。
「まんまと釣られてくれたな。やはりあの二人はヤツらを誘き出すにはちょうどいいエサだったってわけだ」
ヒュドラワインダーは冷たい笑みを浮かべてそう語る。彼らはわざとやられて健たちを通したたのだ。廃工場にしかけた罠にはめるために。
「フリルドストーム。人質を取り罠を張り巡らせることが得意だというお前の腕っぷしを見せてもらおう」
「はいッ」
のびていたフリルドストームは既に立ち上がっており、ヒュドラワインダーは彼に赤くて丸いボタンが浮き上がった機械を投げ渡した。先端からはアンテナらしきものが伸びている。
「これで俺は大幹部昇進だ! ウワーッハハハ!!」
「東條健が死ねば残るはあと三人!」
「シェイドが築き上げる新たな時代のために尊い犠牲になっていただきましょう――……」
絶望スイッチ・オン! フリルドストームがボタンを押して自身がしかけたトラップ――爆弾が作動した。工場の中で次々に爆発が起き火の手が広がり、炎上していく。
「これは!?」
「しまった! あいつら卑劣なマネを……!」
「「「「「ウワアアアアア!?」」」」」
地面のコンクリートが、壁が、柱が、鉄骨が、ドラム缶が、工場の中にあったものすべてが次から次へと爆発で吹き飛ばされていく。
もう遅い。ヤツらが罠をしかけていたことに気付くにはあまりにも遅すぎた。爆発に巻き込まれた健たちは、果てしなく燃え上がる炎の中へと消えていく――。
「フハーッハッハッハッハ!! やったな、これでヤツらも終わりだ。まるで火葬場かゴミ焼却場のようだな!」
「ようやく討つべき最大の敵が倒れましたね。ここまでどれほど苦労したことでしょう」
やった、ついに東條健を倒した。これでにっくき黄金龍や『女王』も死んだ。残るは不破ライや市村正史、葛城あずみだけだ。東條を倒せたのなら連中を倒すことなどわけはない! 我らの勝ちだ! ヒュドラたちは勝ち誇り高笑いを上げる。
「なにい!?」
――そのときだった。高笑いを上げていたヒュドラたちが目を丸くして驚愕したのは。それもそのはず、燃え盛る炎と瓦礫の山の向こうから――傷付きながらも生き延びていた健たちが姿を現したのだから。
健の背中には気を失ったみゆきが、アルヴィーの背中には同じく気を失った白峯が背負われていた。炎上する廃工場の跡地から出て安全なところに二人を下ろすと、健たちは踵を返してヒュドラたちに視線を向ける。
「バカな。お前らさっきの爆発で死んだはずだぞ! どうやって抜け出したんだ!?」
「そんなこと僕が知るか!」
驚くフリルドストームに対して健は力強く宣言する。その言葉に前後の出来事との整合性は無かったが、彼なりに出きるだけ説得力を持たせたつもりだ。
(……なーんてカッコつけてみたけれど……)
ニヤニヤしながら健は左手に持ったヘッダーシールドに目をやる。このヘッダーシールドに土のオーブをはめ、岩の防御壁を作って爆発から身を守った。それが彼らが抜け出せた理由だ。
「うぬう〜〜っ、しぶといヤツらめ。貴様らゾンビか何かか?」
「辰巳さん、今度こそとどめを!」
「ああッ」
健の不屈の闘志にみたび驚かされながらも、ヒュドラワインダーとワイズファルコンはそれぞれ得物を構えて出迎える。――相手は万全の体勢だがこちらにはみゆきと白峯がいる。ここにいる限り二人の安全は保証できない。だったら取るべき手段はただひとつ……。
「どうした、怖じ気付いたとは言わせんぞ」
「へへ……退却!」
逃げるが勝ちだ。健はエーテルセイバーに氷のオーブをセットし、周囲に冷たく輝く冷気を発生させながらエーテルセイバーを青を基調とした氷の長剣に変えると、掌に冷気を作り出してそれを爆発させ――いつの間にか姿を消した。
「まずった!」
「逃げられたか……」
苦虫を噛み潰した顔をする、フリルドストームとワイズファルコン。
「落ち着け。まだそんな遠くへは行っていないはずだ。……グラスケルトン!」
見かねたヒュドラワインダーは指をパチンと鳴らして瓦礫や積み重ねられた資材の隙間から雑兵タイプのシェイドたちを呼び寄せる。
骨を模した簡素な鎧を身に付けた彼らの名は、グラスケルトンという。最も弱いが最も数が多い低級のシェイド・クリーパーが進化した存在だ。
溶けかけたゾンビのような姿だったクリーパーより機敏に動き、武器も扱える。知能もクリーパーだったときよりある程度上昇しているようだ。
「手分けして東條たちを探し出そう。そして見つけ次第処刑してやるのだ!」
「グラッ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
逃走を図った健たちは廃工場から、その近くの谷間にある河原まで避難した。周囲は岩場や木ばかりだ。身を隠すにはちょうどいいかもしれない。
「……あれ? ここは?」
「気が付いた? 僕たち、爆発から逃れてここまで来たんだよ」
岩場の陰に身を隠した健は、目を覚ましたみゆきに優しく声をかける。当然アルヴィーやまり子、白峯もそこにいた。
「健くん、ごめん。あたし人間じゃ……」
「何言ってんの。君はバケモノなんかじゃない。みゆきはみゆきさ、そうだろ?」
ひどい自己嫌悪に陥っていたみゆきだが、そんな自分を励ましてくれている健の言葉を聞いたら、今まで悩んでいた自分がなんだかバカらしくなって笑みがこぼれた。
自分がバケモノではないという根拠は? 保証は? 信じてもいいのか? そんな不安さえも打ち砕いてしまうほど説得力があった。
「そーゆーこと。あなたが心配することは何もなかったのよ」
「まり子……ちゃん」
「……帰ろー。ヤツらの手が伸びないうちに」
「だねっ!」
まり子が、みゆきが、そしてその場にいた全員が暖かい空気に包まれた。
家に帰ろうと一歩前へ出た――そのときだ。健たちを狙ってビームが放たれ、周囲に火花が飛び散る。健が盾を構えて前方をガードしたため、うしろにいたみゆきたちには被害は及ばなかった。不敵な笑い声とともに、ビームを放った張本人――ヒュドラワインダーとフリルドストームが姿を現す。
「ここにいたか死に損ないめ」
「ヒュドラワインダー!」
「さっきはミスったが今度はそうは行かんぞ。俺様の手で処刑してやる!」
「ハッ。ブームはとっくに過ぎたぞ、このエリマキトカゲ」
「ケエッ!」
健は余裕をぶっこいたか、フリルドストームを挑発して怒らせる。次に彼はうしろにいたアルヴィーとまり子に振り向き、
「ここは僕に任せろ。アルヴィー、まりちゃん。先に戻って二人を帰してきてくれ」
「わかった。だがひとりだけであやつらに勝てるのか?」
「やってみるさ!」
力強い笑顔でアルヴィーとまり子にみゆきと白峯を託して引き下がらせると、健はヒュドラワインダーのほうに振り向いて険しい表情で身構えた。
「くはははははッ! バカめ、お前ひとりで私たちに勝てると思っているのか!」
「何回も僕に負けてるヤツにやられるかっての!」
「言ってくれるな。いいだろう、ナマスにしてやる! グラスケルトン!!」
ヒュドラワインダーは口笛でグラスケルトンたちに召集をかけ岩の隙間から十体ほど呼び出した。
「来い!」
健は氷のオーブの力を借りて、掌から冷気を放ちグラスケルトンたちを次々と凍らせていく。
更に空気中の水分を凍らせて空中を滑走し、氷漬けになったグラスケルトンたちを飛ぶ鳥を落とす勢いで粉砕した。
「シャアアアアアアァ!!」
歯ぎしりし、ヒュドラワインダーは海蛇のキバを模した魔剣――ハイドラサーベルを携え突進。健とぶつかりあいを演じ、つばぜり合いに持ち込む。
「ぬおおおおぉぉ!!」
「でやあああああ〜〜〜〜!!」
つばぜり合いに打ち勝ったのはヒュドラワインダーだった。無惨にも押し負けた健は姿勢を崩して転倒する。起き上がって健は真正面から突っ込む。
「ビビュウウウウン!!」
「う!」
そこへフリルドストームが卑劣にも健に砂をかけ健の目に砂が入った。
「くっ、目が! これじゃ敵が見えない」
目に砂が入って視界が悪くなったのなら聴覚や心眼を頼りにするしかない。もし失明していたらセブンセンシズに目覚め心眼で周囲を見られたのかも知れないが――。少なくとも今の健にそのような技能はない。
「ビビュウウウウン!」
「うわああああああああ!」
フリルドストームがエリマキを回転させて巻き起こした突風が健を襲う。河原の石にしがみついて耐える健だが、そこへヒュドラワインダーが接近し容赦なく魔剣を振るう。健は右肩を切り裂かれ、続けて左肩も切り裂かれた。
「どうだ、マヌーサをかけられた感想は? お前は何も見えぬまま死んでいくんだ」
「ヒュ……ヒュドラぁ……」
「ただでは殺さん。思う存分貴様を痛め付けてから殺してやるッ!」
「ぐわぁ!?」
踏む。背中を踏む。とにかく踏む。ヒュドラワインダーの蛇特有のその執念深い性格は、仲間の無念を晴らす方面に発揮されていた。視界が悪い中で健は自分が何度も踏まれ、血ヘドを吐いているさまをかすかに見た。――痛々しかった。
「もっと苦しめ、悲鳴を上げろ! 詫びろ虫ケラァ!!」
「ぐわああああ――――ッ!!」
突風は止んだ。だがヒュドラワインダーは健に対して執拗に、残忍な攻撃を加えていた。
そのときだ!
「うぐ!?」
「ゲエッ!?」
唐突にビームが飛んできてヒュドラワインダーとフリルドストームに命中し攻撃が中断された。
「なんだ……!?」
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せとわしを呼ぶ!」
関西人特有のイントネーションを伴ってキザな名乗り口上を述べて、動揺するヒュドラワインダーたちの前に――銃撃主が姿を現した。しかも川の中から。
「な……なにい! 貴様は!」
「オラァ!!」
メカニカルで青い大型銃からビームを連射し銃撃主は威嚇射撃をしかける。銃撃主は青い髪でダウンジャケットを着た男性だ。目はつり上がっており、髪の長さは男としては長いが女から見れば短い。
「勝手に人の戦友殺されたらかなんからなぁ! せやろ東條はん!」
「……その声は!」
その男、市村正史。浪速の銃狂いだ。