EPISODE295:救い出せ二人を
みゆきが白峯の家に行っていたことなど知る由もなく健たちは依然として捜索を続けていた。
――そこに一本の電話がかかる。健の携帯電話から、この場に漂う緊迫した空気に合っていないような、にぎやかな着信メロディが鳴り響く。
「電話? みゆきからだ」
「なに?」
「みゆきから?」
「わかりません。ただ、僕たちが何してるか心配になって電話してきてくれたのかも!」
電話はみゆきから来たものだった。彼女のことを心配していた健たちやみゆきの両親は胸を撫で下ろしたことだろう。
「東條健、風月ミユキト 白峯トバリハ 預カッタ。返シテホシケレバ 山科ノ 三丁目マデ コイ」
「み、みゆきじゃない!? 誰だ!」
「モウ一度言ウ、山科三丁目マデ来イ」
ところが聴こえてきたのはみゆきのかわいらしい声ではなく、何者かが声を合成した凶悪殺人犯のような不気味な声だった。山科まで来いと健を挑発するような口調で告げ、謎の人物は電話を切ったのだった。
「み、みゆきじゃなかったの?」
「誘拐されたみたいです。僕、ちょっと行ってきます!」
所在がわかったのだからこうしてはいられない。周囲の制止を振り切って、健は険しい顔付きで突っ走った。アルヴィーとまり子もそのあとをダッシュで追う。
みゆきを助け出すために奔走する三人の姿を見送ったみゆき捜索隊は彼らの無事を祈るのみだ。とくにみゆきの両親と、健の母と姉は心配そうにしていた。
「帰ってきてくれよ……」
「健……みゆきちゃん」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
風のオーブの力を使って健たち三人は山科の三丁目までワープした。
円形で電子スクリーンがついた機械――シェイドサーチャーを片手にシェイド反応を探りつつ、三人は辺りをくまなく探し回る。だが町中にはシェイドの反応は無かった。
「……あっ!」
町中ではないなら町外れか? そう感付いた健は町外れの林のほうへ行ってみる。するとサーチャーの反応が強まり、大きな点がふたつ、中くらいの点がひとつ――北のほうにあることが示された。
「反応は北か。そこに行けば何かあるかもしれんな」
「行こう!」
三丁目の町外れには、林の他には廃工場がある。廃工場の裏には川もあり、ゴツゴツとした岩場があって水深も深いため子どもがひとりで足を踏み入れるには危険な場所だ。とくに川にはまってしまえば大人でも溺れ死にしてしまう危険性がある。
「ここか」
「サーチャーの反応がすごいわ。みゆきさんたちここに閉じ込められてそうよ」
――三人はシェイドサーチャーの反応と直感を頼りに廃工場まで辿り着いた。ちなみにシェイドの仕業であることは既に断定済みだ。シェイドサーチャーもそのことを証明している。
「みゆき、とばりさん……。もう少し待っていてくれ!」
アルヴィーとまり子を連れて健は前へ突き進む。ところが何発もの羽の手裏剣がその行く手を阻み健たちを立ち止まらせた。
――やったのは、ハヤブサの仮面で目元を隠して口元だけを露出し、広げれば二メートルはある翼を生やしたハイレグ姿の女怪人だ。ただし肌の色は青白い。
「フフフ。よくここが見付けられましたね」
「ワイズファルコン!」
薄ら笑いするワイズファルコンと対峙して身構える、健たち。刹那、健の背後から何者かが斬りかかるが健はそれを転がって回避。刺客が右手に握っていた魔剣の柄を掴んで取り抑える。
「チッ、仕留め損なったか」
「ヒュドラワインダー、貴様もいたのか!」
右腕は紫色、左腕は緑色、真ん中の本体は水色。刺客の正体は背中からも首を生やす三つ首の海蛇のような上級シェイド――ヒュドラワインダーだった。
オレンジ色のゴーグル状の器官で目を覆い、端正な口元まで備え付けたその姿は禍々しくもある種のスタイリッシュささえ感じさせる。
「へあッ!」
「うぅっ!」
ヒュドラワインダーは健を振り払って地面に転がし、左手の指をパチンと鳴らして誰かを呼ぶ。
「ビビュウウウウン!」
するとオレンジ色のエリマキトカゲが二足で立って歩き出したような姿のシェイドが姿を現した。――みゆきと白峯を誘拐した張本人であるフリルドストームだ。
「新手!?」
「吹き飛ばしてやる! ビビュウウウウン!」
「うわ〜〜〜〜っ」
「きゃああああッ!?」
フリルドストームは顔の周りについたエリマキを回転させて突風を巻き起こし三人を吹き飛ばす。壁や地面に叩きつけられたが三人は立ち上がった。
「くけけけ。冥土のみやげに教えてやるよ。白峯とばりと風月みゆきを捕らえたのはこのフリルドストームだ!」
「なに! 貴様の仕業だったのか!!」
「そうだ。そして俺は貴様らをブチ殺しヴァニティ・フェアの幹部となる!」
「そうはさせないッ」
右手に長剣――エーテルセイバーを、龍の頭を模した盾――ヘッダーシールドを持って健は啖呵を切った。アルヴィーも両腕を武骨でいかつい龍の爪に変え、まり子は髪の毛をうねらせ鋭く巨大な蜘蛛の爪を形成した。三人とも目付きを鋭く研ぎ澄ませ、視線を目の前に立ち塞がる三体のシェイドに向けた。
「そこをどけ!」
「ここから先へは行かせん!」
立ち向かってくる健を目から放ったビームで牽制し、ヒュドラワインダーは斬りかかる。盾で斬撃を弾き返して怯ませると健は、連続でヒュドラワインダーを斬りつけた。
「やああああッ」
「ビビュウウウウン!?」
龍の爪を荒々しく叩きつけアルヴィーはフリルドストームを圧倒。実力に差がありすぎる。トカゲでは逆立ちしても龍にはかなわないということだ。それに突風を起こす程度ではアルヴィーに対して有利に立ち回るのは難しいのだ。
「糸居まり子、本気をお出しにはならないんですか?」
「あなたぐらいこの姿でも十分よ、害鳥!」
「……この、害虫があッ!」
こちらでは女と女の熾烈な戦いが繰り広げられていた。拳や蹴りをぶつけあい、ワイズファルコンは両手両足の爪や弓矢でまり子を狙い、まり子は念動力で周囲に散らばる瓦礫や鉄骨に角材などを飛ばしてぶつけたり、髪の毛から形成した蜘蛛の爪を何度も突き刺したりしている。
――恐ろしいことに実力が拮抗しているようだ。もっとも、まり子が少しでも本気を出せば状況がどう転ぶのかはわからないが。
「ビビュウウウウン!」
「ぐわっ!!」
「くっ」
昇進して幹部にならなくてはならないのだ。いつまでもやられっぱなしのフリルドストームではない。
彼は隙を見計らってエリマキを回転させて突風を発生させた。盾を構えどっしりと腰を落として健は踏ん張りアルヴィーはしゃがんで爪を地面に突き立てるが、ヒュドラワインダーは不敵な笑いを浮かべた。こうなるときを狙っていたのだ。健とアルヴィーは額から汗を流す。
「ここを貴様たちの墓場にしてやろう。大蛇閃光砲ォ――――ッ!!」
「うわああぁああああーーーーッ!?」
三つの口に光を収束させヒュドラワインダーは大蛇の形をした光線を放つ。巻き起こった大爆発に煽られて健とアルヴィーは大きくぶっ飛んだ。
「っ!」
「よそ見してる場合ですか?」
「あああああああぁぁーーッ!!」
健たちが気になるまり子に、ワイズファルコンは空を飛びながらの鋭い回し蹴りを浴びせる。紫の血しぶきを上げてまり子は吹っ飛んだ。
傷はすぐに再生し、立ち上がったまり子は険しい顔で瞳を紫に発光させ念動力でワイズファルコンの動きを止めて積み上げられた資材へと突っ込ませる。
「フッ」
「糸居まり子おおぉぉ!!」
「!?」
しかしワイズファルコンは資材から飛び出して超スピードで飛来。まり子を爪で切り裂こうとするが寸でのところで回避された。
「死ね! 死ね!! しぃねえぇぇえええい!!」
「ッ!」
魔剣ハイドラサーベルをしまい、左腕に手甲を装着したヒュドラワインダーは左手で殴りかかる。パンチの威力は地面にくぼみが出来るほどだ。
距離を空ければなんてことはない――と思い、ヒュドラワインダーから距離を空けた健だが、ヒュドラワインダーは「バカめ!」と二つの首を伸ばして健に噛み付かせて拘束する。
「なにい!」
「ぬおおぉりゃああぁぁああああ!!」
ヒュドラワインダーは一気に距離を詰めダッシュパンチをお見舞いした。健はぶっ飛ばされたが空中で体勢を立て直して歯車の如く回転しながらヒュドラワインダーを切り刻んで反撃した。
「やべえ辰巳さん!?」
「せい、やああああ――――ッ! えぇい!!」
「ビビュウウウウン!?」
うろたえるフリルドストームを狙い、アルヴィーはパンチとドロップキックを繰り出してフリルドストームをぶっ飛ばし気絶させた。
「うりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
「くっ、エアアアアアアッ」
ワイズファルコンを手首から出した糸で縛り付けたまり子は、連続で爪を突き刺してメッタ刺しにする。ワイズファルコンもこれで膝を突いた。
「スパイラルクラッシュ!!」
「ギュロロオオオッ!」
健の力を溜めてからの回転斬りがヒュドラワインダーに炸裂。ヒュドラワインダーは宙を舞い頭から地面に落下した。
「これでひとまず片付いたの」
「ああ。……みゆき、とばりさぁーーん!!」
健がヒュドラワインダーをノックダウンさせ、まり子がワイズファルコンを叩きのめし、アルヴィーがフリルドストームをねじ伏せた。
あとは捕まった二人を救い出すのみ。三人は廃工場の中へと突っ込んでいった。
「……クッククククク」
「ふふふふふふ――」
――だが、敗れたにも関わらずヒュドラワインダーやワイズファルコンは不敵に笑っていたのだった。




