EPISODE294:わたしはにんげん?
「み……みゆきがまりちゃんの? それは本当かい!?」
「うん」
みゆきがまり子の子孫だというのか? 健とアルヴィーがそのことを呑み込むには、少しばかりの時間を要した。
「お兄ちゃんたちが帰ってくる前、つまり昨日のことなんだけど……」
◇◆◇◆◇◆
時は先日にさかのぼる。特訓に出かけた健たちの帰りを趣味の裁縫でもしながら待っていたまり子のもとに来客が訪れた。腰まで伸びたサイドテールで、薄手の長袖のシャツの上にパーカーを着てジーンズを穿いていた――風月みゆきだ。
「えーっ、特訓! こんなに寒い中で?」
「そうなの。だからわたしお留守番なんだ〜」
「大変そー。でも間が悪いよね、せっかく面白いもの見付けてきたっていうのにさ」
「どんなの? 見せて見せて」
目を輝かせているまり子を驚かせようとみゆきは携帯電話を取り出して、データフォルダに保存してあった――ある画像を見せた。
「ふっふーん」
「これは?」
「この前おうち片付けてたら出てきたの。あたしのご先祖様なんだって」
「みゆきさんの? スッゴい美人じゃん」
「でしょー。手先がすごく器用な人だったんだって」
額縁の中にみゆきの先祖である、たおやかで美しい女性の写真が納められている。周囲に自慢してもいいほどの美人だ。当時の基準でも今の基準でも最高峰に位置するだろう。
――新しいおもちゃや雑誌に載っているイケメンやかわいい女性のグラビア写真でも見るかのように見入っていたまり子だが、やがて何かに感付き、一転して真剣な顔となった。
(この子、もしかして糸ちゃん……?)
「まりちゃん?」
「この子、似てるわ。わたしの娘に」
「娘?」
「前に言わなかったっけ。昔、次郎吉さんって人と結ばれてその間に子どもをもうけたって」
「! そういえば、お糸がどうこうってハナシをしてたね!」
かつてまり子が愛した男・次郎吉。その次郎吉との間に産まれた娘であり愛の結晶――お糸。まり子はみゆきの先祖に娘の面影を感じたのだ。
「ってことは、まりちゃんはあたしの……」
「みゆきさんがわたしの……」
「ご先祖様!?」
「子孫!?」
これはどちらも驚きを隠さずにはいられなかった。片や先祖の母が、片や子孫がすぐ近くにいたのだから。バラエティ番組のネタにはもってこいと言えるが、もしバラエティに取り上げられようものなら周囲は大騒ぎどころではすまないだろう。それに二人も居場所を失いかねない。
「ええ〜〜〜〜っ。ほ……ホントなの」
「わ、わたしだってこんなちんちくりんな女の子が子孫だなんて信じたくないわよ!」
「……もしホントだったら、わたし、シェイドってことに……」
「けどその心配はいらない」
落ち込むみゆきを励ますように、まり子は気持ちを切り替えて優しい言葉をかける。
「確かにわたしはシェイドだし、お糸はわたしの娘よ。でもあなたの血は紫だった?」
「ううん赤い赤い!」
「よかった! それならあなたはれっきとした人間!」
地球上のほとんどの生命体の体内に流れている血液は赤色だ。だが――シェイドのみ、毒々しい紫色なのだ。ゆえにシェイドが人間の姿に化けていても血の色で判別できる。こればかりはごまかしようがないことなのだ。
みゆきは今まで注射を受けたりケガをしたりしたときのことを思い出したが、血は赤かった。赤いのなら彼女は人間であり、バケモノなどではない。
ただ――それでもみゆきには不安が残っていたのかその顔にはまだ陰りが残っていた。次第に安堵の表情は崩れ不安が表に出た。
「でもやっぱり心配……」
「何言ってるの。さっきも言った通りあなたはシェイドじゃ……」
みゆきは携帯電話をしまって、カバンを持って目と鼻の先を玄関に方向転換する。
「ごめん帰る!」
「みゆきさん?」
「あたしのことはほっといてよ!!」
「ちょ、ちょっと!?」
――震えた声でそう言ってみゆきはアパートを飛び出した。以上が健が帰ってくる前日に起きた出来事である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そんなことが。みゆきは今どこに……」
「家に帰ったのかも。一応行ってみない?」
幸い今日は休日。何か用事が無ければみゆきは家にいるだろう。健はまり子の言葉に頷き、「そうしよう」と、アルヴィーとまり子を連れてアパートを出た。行き先は――みゆきの家があり健の実家がある場所でもある――滋賀県大津市だ。
◇◆◇◆◇◆
健はみゆきの家を訪れ、みゆきの両親にみゆきが家にいないかを訊ねた。だが――。
「なんだって! 今朝家を出た!?」
「そうなのよ。あの子、帰ってくるなり『わたしはバケモノなんだ』、『ここにいちゃいけないんだ!』って言ってて……。自分の部屋にこもってたんだけど朝になったら急に家を飛び出しちゃったの」
「遅かったということか……」
みゆきは今朝、家を出ていた。一同はみゆきに何もしてやれなかったことを悔やみ、表情を曇らせる。みゆきがああなった原因を作ってしまったまり子は、とくに悔やんでいた。
「忙しいところわざわざ来てくれたのに、役に立てなくてごめんよ」
「いいんです。朝に家を出たってことはまだ近くにいるかもしれない……」
アゴに指を当てて、健は思案顔をする。
「一緒に探してくれるのか?」
「はい」
「私たちも出来る限りご助力いたします」
「……任せんしゃい!」
「白石さんもまり子ちゃんも手伝ってくれるのね、ありがとう〜」
――かくして、健たちと風月家とそのご近所に住む住民たちを挙げての決死の捜索が開始された。
「みゆき〜!」
「みゆき殿〜!!」
「みゆきさーん」
駅前のスーパー、商店街の中、西大津の大型スーパー、健の家の中、以前みゆきがナルキッソスに誘拐された際に健たちが乗り込んだ旧滋賀会館――。心当たりがある場所はすべて探した。それでもみゆきは見つけることはかなわなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
自分は本当はバケモノで人間ではなかったのかもしれないという一抹の不安を抱え、今日の朝に自宅を飛び出していった渦中の人物――みゆきは、知人である白峯とばりの家に身を寄せていた。
それは京都の西大路にあり、地上二階地下一階建てで広い庭に車庫もついていて地下室まであるという豪邸であった。おまけにその豪邸に住んでいる白峯は妖艶で快活、美しく知的な妙齢の女性だというのだからなおさらすごい。
「じっとしててね」
「ぁっ……」
書斎から通じる、機械的な設備が目を見張る地下の研究室。みゆきはそこで採血を受けて自分の血液に含まれる成分などを調べてもらっていた。シェイドであるまり子と人間である次郎吉との合の子、お糸。
その子孫であるみゆきの体内に流れている血は人間のものか、シェイドのものか、それとも――どっち付かずか?
とはいってもシェイドの血は、お糸から次の代へ受け継がれるたびに薄れており、みゆきの父の代になる頃には完全にシェイドの血は消えている。それでもみゆきは――不安だったのだ。
「んー……」
「白峯さん、どうですか?」
採血した血を試験管の中に入れて白峯はそれをまじまじと見つめる。深刻そうに見ていたがそれも一時的なものでありやがてにんまりとした笑顔を浮かべた。
「とくに変わったところは無いわね。変なものも紫色もこの赤には混じっていない」
「ってことは……あたし、シェイドじゃない!」
「心配しすぎよ〜。まり子ちゃんだっておんなじようなこと言ってたんでしょ」
「はい!」
二人は研究室から書斎を通って居間に出た。二人は談笑をはじめ事態は丸く収まりつつある――かに見えた。白峯家の外で、スポーツカーに乗った怪しい男が双眼鏡を持って何やら観察していたのだ。
「でっけえ屋敷だな。ここが白峯とばりの家か」
ニヤリと笑うは――八木沢鉄平だ。
「おいしーい!」
「高かったのよ、このクッキー。百貨店のフランスフェアで売られてたのを買ったの♪」
八木沢が狙っているとも知らず、白峯とばりとみゆきはティータイムを満喫していた。
――平穏なティータイムは窓ガラスが割れて侵入者が現れる音と共に終わりを告げた。
「ビビュウウウウン!」
「キャッ!?」
オレンジ色のエリマキトカゲのような外見のシェイド――フリルドストームは白峯とみゆきを爪でひっかいて気絶させ、両脇に抱えて居間からスポーツカーへと飛び込む。再び人間の姿に擬態し八木沢はスポーツカーを電柱の影へと突っ込ませた。
「まさか白峯とばりだけでなく風月みゆきまでいたなんてな! 一石二鳥だぜハッハァーイ!!」