EPISODE292:乗り越えろ!健を襲う地獄の試練
それから健は、父・明雄の盟友である神田ニシキの協力を得てアルヴィーと共に特訓に励んだ。しかしその内容は熾烈を極めるもの――まさしく地獄の特訓であった。
「わーっ! も、もうダメ! これ以上は無理ィ〜っ!!」
「何を言う、腹筋千回まであとたったの三百六十二回だぞ。あとほんの少しではないか」
「このままじゃ落っこちて死んじゃうよー!!」
「ほら、泣き言いうな! そんなにサメのエサになりたいのか?」
まずは海に面した崖っぷちに一本だけ生えた頼りなさそうな木の枝につかまっての、腹筋千回。真のエスパーならこのくらい出来て当たり前だというが、いくら健でもこれは厳しい。
エスパーとなったことで身体能力等は平凡な青年だったときよりも格段に強化されているが、落ちたら元も子もないというものだ。
「ぬわーーーーっ」
あと三百六十二回だというところで枝が折れて、健は冷たい海へと落下。心を鬼にして指導を行っていたアルヴィーだが、渋々助けに向かう。健の体は幸いにも崖下の砂浜に流れ着いていた。
「まだ生きておったか」
「何もここまですることないじゃないかぁ〜……」
立ち上がり、首を振って体を動かしてから前を向いた健にため息を吐くと、アルヴィーは拳を鳴らす。次の瞬間健の顔面に鉄拳制裁を加えた。
「あまえんな健ゥ!!」
「エ゛アアアアァァ!?」
ついこの間、健が退院したことはまだまだ記憶に新しいが、にも関わらずアルヴィーは彼をぶん殴った。その勢いで健は宙に浮き上がり、後頭部から地面に衝突した。見開いた目は白目をむいていて口からは血が流れている。
「あぐ、がが……イデデ」
「まったくだらしのない。この黄金龍が認めた男とは思えんな」
あきれた顔をして、アルヴィーは健の胸ぐらを掴み上げた。
「私の女子力は53万だ。本気を出せばもはや自分でも数えきれなくなるのでな。もちろん手加減するつもりはないから覚悟しておけ」
「じょ、女子力たけぇ……」
今のアルヴィーの顔はおぞましいほど怖い。下手なテレビの悪役よりよっぽど恐ろしい。にらむだけで相手を殺せそうだ。迂闊に口を出したら殺されてしまう。
「本当に手加減なし……?」
「そんなに嫌なら死ぬか!?」
「ひっ」
胸ぐらから手を放したアルヴィーだがうろたえる健の姿を見て不甲斐なく思ったか今度は顔を右手で鷲掴みにした。目が据わっており、獲物を前に睨みを利かせる野獣のごとき眼光を放っている。女子力53万は、伊達ではない。
「はぁっ、はっ、はぁっ、はぁーッ」
今度は採石場に移動して、スピードを上げるための、ジープの追跡からどこまで逃げきれるかを測る走力テストだ。ジープを動かしているのは、サングラスをかけて青いジャケットを着ている壮年の男性。彼こそ健の父・明雄の戦友神田ニシキだ。助手席にはアルヴィーが腕を組み、涼しい顔をして乗っている。
「走れ走れ! 逃げろ逃げろ!」
「こ、殺す気かー!?」
「遅ぇぞ! お前もっとスピード出せないのか!」
「も、もうげんか……「言い訳するな!!」」
神田ニシキもアルヴィーと同じで健を鍛えるために心を鬼にして指導している。サングラスの下で彼はどんな顔をしているのだろう。確かめようにも確かめようがない。何故なら彼は、通常では見えないものが見えてしまう――千里眼を持っているからだ。
千里眼はなんでも見通せることができ、相手が心の中で何を考えているかもわかる。一見すれば便利な力のようだが、その効果ゆえに恐ろしい力でもあるのだ。
「ここで立ち止まるようなヤツは弱虫だ! お前が弱虫ケンちゃんじゃないってことを証明してみせろ」
「ケンじゃない、ケンじゃな〜〜〜〜い!!」
必死の形相で健は力の限り採石場の中を走り回る。だが、路傍の石に蹴躓き転んでしまう。神田も急ブレーキをかけてジープを停めた。
「おいなにやってる! 立てッ」
つまずいた健の膝には血が流れ、痛々しい空気が漂う。いつもは明るくて力強い健の目もどういうわけか、弱々しくなっている。彼を見かねた神田とアルヴィーはジープから飛び降りて、アルヴィーは健を締め上げて神田はサングラスを外し目を鋭くして健を見つめる。締め上げられた健の体には一瞬激痛が走り健は悶絶した。
「その顔はなんだ、その目はなんだ、その涙はなんだ! そんな目で人々の命を救えると思ってるのか? 平和を守れると思ってるのか?」
「う、うう……、で、出来ない」
「そうだ。もっかいだ、もっかい走れ!」
「出来るな、健?」
「や、やればいいんだろ。やれば。やってやる〜〜……!」
走力テストの次は、腕力を鍛えるために岩を破壊する訓練だ。最初は自分と同じくらいの大きさの岩を砕く。
「たぁー!」
まずパンチで岩を粉砕。
「いやぁぁぁぁあッ!!」
次にキックで岩を粉砕。爪先にパワーを集中させればこの程度は容易いことだ。
「はぁいッ!」
次は剣で岩を叩っ斬って〆だ。健は汗を手で拭いて快い笑顔を浮かべた。パチパチ! と、いい笑顔で拍手をしながらアルヴィーと神田が健に寄り添う。
「さすがにこのくらいはお手のものだの。次はアレだ」
「……え? ええええええぇぇぇぇええぇっ!!」
アルヴィーが指差した方角には、自分よりも一回りも二回りも大きな岩がそびえたっていた。健の笑顔もこれを見たとたんにひきつって滑稽なものとなり、開いた口が塞がらないまぬけな顔へと変わった。
「いや、あれ無理だって! あんなの絶対砕けないっちゅうの!」
「すぐに無理だと決めつけるな、このバカちん!」
またも鉄拳で顔をぶん殴られた健が、鼻を押さえて痛がる。目を閉じ、深く息を吸ったアルヴィーは髪を白銀から黄金色に変え、目を碧色にして手のひらに白金色に光る珠を作り出して野球のピッチャーよろしく健にぶん投げた。
振り向いて頭に思い切りぶつかったそれを拾ってみれば白金色のビー玉〜ピンポン玉程度の大きさをした宝珠……光のオーブだった。
「おー、それが光のオーブ。実物ははじめてだがなかなかきれいだな。……アルヴィー、君も結構グエッ!?」
冗談を入れて茶化そうとした神田を鉄拳で黙らせたアルヴィーは健に、「今から光のオーブの力を体に慣らすための訓練を行う。剣の力を呼び覚ましてあの岩を打ち砕くのだ!」と、落ち着いた口調で説明した。
「よーしっ!」
白金色に光るオーブを長剣――エーテルセイバーの柄にはめ込み、剣に眠る真の力を解き放つ。
まばゆいほどの白い光とともに、エーテルセイバーは白と金を基調とした豪華な装飾が施された帝王の剣――エンペラーソードへと変化した。龍の頭の形をした盾は、銀色を基調として鏡のように磨き上げられし表面に三日月の紋章が描かれた――ミラーシールドへと姿を変えた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
助走をつけ、空高く飛び上がってから健は帝王の剣を振り下ろし、大岩を真っ二つに叩き割った。額に流れた汗を手で拭いて清々しい気持ちになったがアルヴィーはそれを許さず彼に近寄ってため息を吐いた。
「何よそれ! 僕ちゃんとやったよ! 何がダメなの!?」
「満足するにはまだ早い。せめてこの大岩を一撃で粉々に出来るようになってからにしろ」
「う」
「それに、だ」
いちゃもんをつけてきた健を黙らせたアルヴィーは、彼にアドバイスを授ける前にいったん咳払いする。
「破邪閃光斬りだったか? お主が必殺技を繰り出したとき、お主の体はその反動で著しく疲弊してまともに戦うことが出来なくなる。今後敵は確実にそこを突いてくるはずだ。よってお主はその力を使いこなしその隙をなくさなくてはならぬ」
「もったいぶらずにここぞってときに使えってこと?」
「そうだ。さあやれ!! 出来るまで帰さんぞ!!」
それから自分よりも大きな岩を粉々にすることを目標に、健は努力を続けた。他の訓練も交えて、地道な努力を重ねた末――。
「うおりゃああああぁぁぁぁ〜〜!!」
ついに成功した。帝王の剣を用いて自分より大きな岩を粉々に打ち砕くことに。降り注ぐ破片がまた爽快感を醸し出し、健も目標を達成して清々しい気分だ。パチパチ、と、健は鬼教官二人からの拍手喝采を浴びた。
「よくできたな健。これで合格だ。あとは、甲斐崎にどこまで通用するかだの。あのくらい粉々に出来なければヤツには到底かなわんからな」
「特訓メニューもすべて終わったし帰るとするか。なにかおごってやろうか?」
アルヴィーも神田も、もはや鬼教官ではなくなり明るい笑顔を浮かべて健を褒め称えた。これには散々どつかれた健も胸を撫で下ろしたことだろう。
「じゃあ〜、焼肉で!!」
かくして熾烈を極めた地獄の特訓フルコースは、三人の笑顔で幕を閉じた。