EPISODE289:銀狼が散り……
――満月、絶体絶命、神威島の岬にて。二人のエスパーと恐るべきパワーアップを果たしたキングウルフェンとの実力差は圧倒的だ。この差を埋めるのは至難の業だといってもいい。パワーもスピードも相手のほうが上回っており、テクニックで差を埋めようにもあと一、二発でやられてしまうような状況だ。ここでやられてしまっては元も子もない。
「アウォーン!」
「っ!」
キングウルフェンはツメを交互に振るい健を殴り付けるが、健は盾でガード。いまや、こいつの攻撃を回避か防御をするのがやっとだ。
「サンダーストライクッ!!」
「ぬん!」
「ヒートダイビング!!」
「効かんわ!!」
不破は稲妻をまとっての突進攻撃――サンダーストライクを繰り出し、健は火のオーブの力を引き出して飛び上がり急降下しながらの突き技――ヒートダイビングを繰り出した。
だがキングウルフェンはその場から動かずにそれを両手で受け止め、全身を震わせながら回転攻撃をかまして二人を吹っ飛ばした。
「だ、ダメだったか……!」
「うわははははッ! これで終わりだな!!」
己の勝利を確信したキングウルフェンは、首の皮一枚つながったような状態で横たわる健と不破にとどめを刺すべく近寄って氷のツメを振り上げる。健は辛そうに目をつぶって、不破は腕で顔の前を守ってそれぞれ――死を覚悟した。
「死ねい!!」
(も、もうダメだ!!)
「健! 不破殿ぉーーッ!!」
「……う!? うぉ、うぉおおお」
そのときだ。満月が雲に隠れ、キングウルフェンがもがき苦しみ出す。それと対応して力が抜けるように、凶悪化していた彼の姿は元に戻っていった。
「し……、しまった。月が隠れて力の供給が止まったか」
キングウルフェンは蒼い満月の光を浴びることで凶悪なまでにパワーアップすることが可能だ。
しかし月が隠れたり夜が明けたりしてしまえば逆に著しいパワーダウンを招いてしまうリスクを伴う、いわば諸刃の剣なのである。
「今だ!」
「ああ。またとない機会だ、逃す手はないぜ!」
形勢逆転、健たちに勝機が訪れた。健はオーブを入れ替えて、炎のオーブに代わって土のオーブをセット。温もりを感じさせる褐色に染まった剣を携え、メカニカルな外見のランス――イクスランサーを構えた不破とともに疾走。パワーダウンを起こしたキングウルフェンに戦いを挑む。
「なめるな! ブリザードウルフェンクロー!!」
自分の尻に火が点き始めたことを悟ったキングウルフェンは、ツメに冷気をまとわせヤケになって必殺のブリザードウルフェンクローを繰り出す。健に狙いを定めて切り裂こうとしたが、寸前で健は左手を地面に当てて地中から岩を突き出し、壁を作って身を守った。当然、キングウルフェンのツメは壁に突き刺さってしまい抜けなくなった。
「な……、なん、だと!?」
「横ががら空きだぜ!!」
焦りを感じたキングウルフェンが振り向けば、そこにはランスを構えて待っていた不破の姿があった。不破はサンダーストライクを連続で繰り出して、満月がまだ出ないうちにピリオドを打つ作戦に出る。当たり前だが健も同じことを考えており、二人ともそれだけ必死で命を懸けていたのである。
「うおおおおりゃああああああぁあぁぁあああ!!」
「人間どもめぇ!!」
起き上がったキングウルフェンに真正面からサンダーストライクをかます不破だが、鬼気迫る形相をしたキングウルフェンはそれを両手でガードして不破を退ける。入れ替わりで健がそこに入り、キングウルフェンに土の剣を叩きつけて反撃。キングウルフェンは衝撃波を伴う雄叫びを上げて攻撃するが、健は氷のオーブをはめた盾を構えて氷のバリアを作り出し自分だけでなく不破の身も一緒に守る。
「ビビってんのかァ!?」
「いーや! 逆だねッ!!」
バリアを解除し、キングウルフェンの挑発も意に介さず健と不破は前へ、前へ飛び出す。
「ギガボルトブレイク!!」
「ぬっ! ぐおおおおおお〜〜〜〜っ!!」
不破は限界まで力を溜めて怒りの雷光をまとったランスを振るい、キングウルフェンを薙ぎ払いあるいは突く。これが彼の最大奥義――ギガボルトブレイク。
「この島の人々の思いと、大地の怒りを受けてみろ!! うおおおおお!!」
「な、なにぃ! なんだこの気迫は!?」
優しさゆえの怒りか。健は険しい顔で雄叫びを上げ、大地の力を宿した剣をくるくると回して地面に突き刺して――地面に亀裂を走らせ地中から大爆発を起こして地面ごとキングウルフェンを空中へ吹き飛ばした。
「グランドエクスプロージョン!!」
「アウォオオオオオン!!」
大地の怒りが爆炎となって岩盤を吹き飛ばし、悪しきものを打ち砕く! これぞグランドエクスプロージョンだ。
空高く打ち上げられたキングウルフェンは、顔面から地面に落下し大爆発。肩で息をしている健やランスを杖がわりにして立っている不破の向かい側で、炎の中に人間体に戻ったキングウルフェンこと――ヴォルフガングがうめいていた。度重なるダメージを受けてさすがの彼も満身創痍だ。満月も曇っていて見られない。
「こ……このままでは済まさん。覚えていろ!」
捨て台詞を吐いたヴォルフガングは、地面の隙間から異次元空間へ逃げ込んだ。「や、やったぜ……倒せた……」と呟くと、健はそれまでに蓄積した披露から地面に倒れた。とっさに、不破とアルヴィーが寄り添って彼の体を起こす。
――すやすやと寝息を立てて眠っているようだ。あれだけ必死になって戦ってきたというのに、大したものである。
「ははっ、こいつ寝てやがる。そっとしといてやろうぜ」
「そうだな。まる一日戦い続けて来たんだからの」
苦戦してきただけあって勝ったあとの喜びもひとしお。健が寝ているのをよそに二人は喜びを噛みしめた。
このあと、不破とアルヴィーは眠っている健を背負って岩亀神社までお礼と別れの言葉を告げに行ったのだが――。それはまた別のお話。
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健たちに惜しくも敗れたヴォルフガングはどこかの山中にある廃墟に逃げ込んで、身を隠していた。ダメージが回復してからヴァニティ・フェア本部へと戻るつもりだ。
「このままでは本部に帰れない。せめて雪辱を果たすまでは……」
部下を失い、オーブは奪えず、自身もエスパーどもを前に敗北を喫し――。大失態もいいところだ。本部へ帰還すれば皆から後ろ指を指され、どこまでも見下されるだろう。この責任は必ず取る。そして汚名を返上してやる。ヴォルフガングは今ここに、健たちへのリベンジを誓った。
「今夜はもう満月は見られないらしいよ」
「!? その声は……シャドウマンティス!」
血を流して廃墟に佇むヴォルフガングの前に、暗がりから大きな目を赤く光らせた――緑と黒を基調としたカマキリの怪人が姿を現す。細身で両腕についた鎌は鋭く、膝や関節にはドクロがついている。顔も歯を食い縛った骸骨を連想させ、口は裂けていて鋭いキバが剥き出しだ。
「土のオーブを奪えず、あいつらに惨敗するとは情けない。組織の面汚しめが」
「……俺に、何の用だ」
「我々ヴァニティ・フェアには失敗は許されない。甲斐崎様が必要となさっているのは有能で使えるヤツだけ。自分がこれからどうなるかわかっているんだろうな?」
「うぬううっ……」
「そうともあなたのような役に立たない幹部は必要ない!」
邪悪で禍々しい容貌のカマキリの上級シェイド――シャドウマンティスはしくじったヴォルフガングをあらんかぎりに罵り嘲笑う。紳士的な態度をとってはいるがその言葉遣いは慇懃無礼で傲慢なものだ。
「目障りなんだよ。その武人を気取った態度も気に入らない」
「貴様……まさか、俺を!」
「甲斐崎様にはこう伝えておこう。ヴォルフガングは名誉の戦死を遂げたと……ね!! ヒャハハハハハハハ!!」
狂った笑い声を上げて、シャドウマンティスはヴォルフガングに接近。
「死ねぇ〜〜ッ!!」
そしてシャドウマンティスは血で赤く染まった鎌を振り上げて――ヴォルフガングの半身を大きく切り裂いた。
「う……あ、あおッ! あおおおおおおおッ!!」
ヴォルフガングの体からおびただしい量の紫の血が吹き出す。挙句倒れて、ヴォルフガングの体は大爆発を起こし炎の中へと消えていった。それを背後に用済みのヴォルフガングを始末したシャドウマンティスも、その姿を暗闇の中へ消した。
――この満月の晩に起きた出来事がのちに重大な事態へ発展しようなど、このときは誰も予想できなかった。