EPISODE286:お前には絶対渡さない
健とカイザークロノスが戦っている間に時刻は十六時を過ぎ、それにより青かった空と海は徐々に赤く染まりつつあった。
――これは、単なる日没ではなくたった今から海をお前の血で赤く染めるという、カイザークロノスからの健に対する死の宣告ともとれる。
「行くぞぉ!」
両手に剣を握った状態で、クロノスは超スピードで健に接近しすれ違うと同時に切り刻む。盾で防いだが、次の瞬間には車輪状の衝撃波が飛ばされ健の盾を弾き飛ばした。
「っ……」
「ふっはああああァ!」
容赦のないクロノスは回転しながら突進して、健を更に切り刻む。今度は剣まで弾き飛ばされ、ついに丸腰となった。
「え……エーテルセイバーっ」
エーテルセイバーは近くの岩に突き刺さっている。疲弊した体にムチ打ってでも取りに行く健の行く手をクロノスが阻み、クロノスは持っていた剣をいったん置いてから突き刺さったエーテルセイバーを抜く。
――握った。1mの鉄骨ほどの重さがあり、資格が無ければ持てないその剣をクロノスは確かに握っている。健は信じられない表情で、アルヴィーはわかりきっていた複雑な表情をしていた。
「ふっ、帝王の剣――。今は眠っているが素晴らしいほどのパワーを感じる」
「な……なぜだ! なぜお前がそれを持てる!!」
「知らなかったのか? 帝王の剣は地上を征する資格さえあれば誰でも握れるんだ。たとえそれが人であろうがシェイドであろうが、関係ないのさ」
「なにいッ!? お前にもそれを握れる資格があったというのか!」
「どうやらお前のパートナーは、自分にとって都合の悪いことはなにも話してくれなかったようだ。可哀想にな、フハハハハハッ!!」
驚いている健に自分がエーテルセイバーを握れた理由を説明したクロノスは高笑いを上げる。
そんなことを言われたら動揺せざるを得ない。今までだってそうだ。なぜだ? なぜアルヴィーは肝心なことに限って教えてくれなかったのだ? まさか心の底では自分のことを信頼してくれてはいないというのか。
いや、そんなことがあるわけがない。今までずっと一緒に戦ってきたのだ。信頼してくれていないわけが――。健の心の中はいつになく揺れ動き、葛藤している。
「だが! 黄金龍が俺と敵対している以上真の力は引き出せぬ! もはや無用の長物だ!」
いま握っても無意味だと悟ったクロノスは、せっかく手に入れたエーテルセイバーをあえて健のすぐ目と鼻の先に投げ捨てた。チャンスをくれたのか? 戸惑いながらも健はエーテルセイバーを拾い、その右手に携える。
「……いいのか。あれだけ欲しがっていたエーテルセイバーをわざわざ健に返したりなんかして」
「白々しいことを。今この場でそこのボウヤを殺してでも剣を奪い取ったところでお前は俺に手を貸さないだろう。当然剣の真の力を引き出すことは出来ない。持っていても意味がないからそこのボウヤに返してやっただけのことだ」
カイザークロノスは不遜な態度を取り、再びその手に愛用の剣を握る。
「いいか! お前が今まで戦ってこられたのはその剣のおかげだ。お前自身の力ではない」
「剣だけの力じゃない! こうしてここまで来られたのは、僕が今まで少しずつ努力してきたからだ! だから強くなれた!!」
「ハッ、惰弱な!! 虚勢を張って己を奮い立たせているというわけか。ならば身をもって思い知るのだな。蛮勇は己自身を滅ぼすだけだということを!」
「健、来るぞ!」
カイザークロノスは両手に剣を携えて疾走をはじめる。
健は雷のオーブをセットして応戦しようと身構えたが、目がクロノスのスピードについていけず結局いいように斬られた。
「せめて土のオーブだけでもいただくぞ!!」
「やぁーーーーッ!!」
「ッ!」
雄叫びを上げて、健は迫り来るカイザークロノスを切り上げて反撃。懐まで切り込む。
「このまま、一矢も報いられずに終わってたまるか!」
健は腰を深く落とし、雷を付加したエーテルセイバーを前方に構えて突撃。カイザークロノスに連続で突きをかますもほとんど弾かれた。
「バカめ、効かぬと言っているだろうが!」
「おりゃあぁぁああーーーーッ」
「ぐぅおッ!?」
健は隙を突いて防御を崩し、雷光のように研ぎ澄まされた刃がカイザークロノスに炸裂。クロノスは地面をえぐりながら後退する。
(くっ俺としたことが、少々相手を侮りすぎたか)
「いまだ! クロスブリッツ!!」
怯んでいるクロノスを一気に畳み掛けるべく健はXの形に描き、斬撃を放つ。そして剣を逆手に持ってから振り上げて、強烈な電気を帯びた衝撃波を巻き起こした。
いつものパターンならこれでさすがのカイザークロノスもノックアウトされる。誰もがそう思った。
だが、彼は違った。
「タイムフリーザー!!」
クロノスが掌をかざしたその瞬間に、周囲の時間が……まるで凍りついたかのように止まった。
これぞカイザークロノスだけが持つ恐るべき特殊能力・時間操作。その一環であるタイムフリーザーの効果だ。
「そらあぁぁ〜〜ッ」
健が放ったクロスブリッツを、あろうことか跳ね返すとクロノスは指をパチンと鳴らして時間停止状態を解除する。
「なっ!? うわああああぁぁああっ」
跳ね返った衝撃波は健に襲いかかり、爆裂する。転がって爆風から抜け出した健のもとに、アルヴィーが「拾っておいたぞ!」と盾を投げ渡し健はそれを装着した。
「ハァッ! フッ! トリャアッ!!」
クロノスは右に、左に、そして両方の剣を同時に振り下ろしソニックブームを放つ。いつものように盾を構えた健はソニックブームを防ぐ。
しかし、クロノスは健が油断したところに突っ込んで切り刻むという次の一手を打った。奇襲攻撃をかわしきれず健はまたも吹っ飛ばされた。
「健!」
「く、くそぉぉぉ……」
静かに、威圧感を放ちながらカイザークロノスは健に迫る。胸を踏みつけると喉元に長いほうの剣をあてがった。
「今一度要求する。土のオーブを渡せ。そうすれば我々はこの島から手を引く。さあ、オーブを」
「っ……」
――ここで言葉通りにしたらカイザークロノスが地球の頂点に立ちすべてを支配する。シェイドが人間を隷属させ、恐怖で支配された世界の出来上がりだ。
そうなればこの地球は……滅びる。だったら土のオーブは絶対に渡すわけにはいかない。なんとしてでも、守り抜く。健は、カイザークロノスにみすみす土のオーブを譲ってやる気など微塵も無かった。
「む!」
そのときカイザークロノスと健を狙い鉄の雨が降り注ぐ。銃撃主は高台に立っており、逆三角形のバイザーを光らせていた。
「生体エネルギー反応あり」
――先程、健たちが島に着く前にヴォルフガングらと戦っていたデルタゴーレムだ。傍らには相棒のカイゴーレムも立っている。
「終焉の使徒の尖兵か?」
「貴様がカイザークロノスだな? そこをどけ。土のオーブは俺たちのものだ」
デルタゴーレムとカイゴーレムは高台から飛び降りてカイザークロノスに接近。クロノスはいったん健から離れて二体に剣を突きつける。その隙に健はゆっくりと体を起こしアルヴィーに駆け寄った。
「……ねえアルヴィー、ここは逃げない? 今のままじゃとてもじゃないけど勝ち目が無いよ」
「それが賢明だの」
逃走を図る健とアルヴィーだが、カイゴーレムはそれを見逃すわけがなく振り向いてレールガンを発射。二人に届く寸でのところに着弾させて足止めした。
「待て! 貴様らどこへ逃げるつもりだ?」
「さあねっ!」
「お主らに知らせる義務はない!」
「バカぬかせ。クロノスより先に消されたいのか!」
それぞれ武器を構えた二体のメカ生命体だが、健は「目潰しっ!」と雷を帯びた衝撃波を二体にかまして視界を乱れさせる。その間に逃亡し見事煙に巻いた。
「チッ! 逃げられたか……」
「まあいい。……クロノス、お前は『光の矢』とならぶ創造主にとっての最大の敵だ。生かしておくわけにはいかん」
「フン! その言葉、そっくりそのまま返してやろう」
カイザークロノスと、二体のゴーレム――残されたものたちは今まさに死闘を繰り広げんとしていた。




