EPISODE284:我は帝王・クロノスなり
「お前が――甲斐崎!?」
「いかにも、俺が甲斐崎だ」
問いに答えた甲斐崎は部下二人を伴って健たちに近寄り、こう告げる。
「単刀直入に言おう。土のオーブを渡せ」
「ダメだ。渡すわけにはいかない」
よこせと言われても健は引き下がらないし、見す見すくれてやる気もない。土のオーブをその手に握ったままだ。もちろん手放すつもりなどない。
「あなた方は、なぜ大地の石を……?」
「知れたことさ。愚かなる人間どもを駆逐し、隷属させ、我らが世界を制するためだ」
「世界を……制する!?」
「ああ。これからは俺たちの時代だ」
緊迫した顔をする神主と文を震撼させ、甲斐崎は今一度不敵に笑う。
「……そちらが渡す気がないというのなら、力ずくでいただこう」
「待て、甲斐崎!」
目を鋭くしてアルヴィーが甲斐崎に持ちかける。「ここでは狭すぎる。やるなら外でやらせてもらう」、と。
「よかろう。お前たちは、不破ライと神社の連中を始末しろ」
甲斐崎はヴォルフガングと亀夫に不破と神主と文の始末を命じ、岩に入った亀裂から洞穴の外へと脱出。健とアルヴィーもあとを追って洞穴から出た。
「いいのかぁ? お外に出なくて」
「そうだ、お前ひとりに何が出来る。俺と旦那を二人同時に相手して貴様が勝てるはずがない」
「へっ……。オレたちも外でやりゃあいいだけだろ」
「なにぃ?」
「ちょっと待ってろおッ!!」
いやに自信たっぷりなシェイド二体と戦う前に、不破は文や神主を連れて加速し、来た道を戻る。
あきれた二体はあとを追い、影と隙間を通って洞穴を抜け出した。いまやそこはもぬけの殻だ。何もまつられていない祭壇以外残されてはいない。
◇◆◇◆◇◆◇
地鳴山を降りてすぐ、ふもとにある岩場。潮風が吹き抜け荒波が打ち寄せる場所で、恐怖の帝王――甲斐崎と、それに立ち向かわんとする勇敢な若者――健、そして白龍――アルヴィーが対峙していた。
「こうして貴様と顔をあわせるのも久しぶりだな、アルビノドラグーン。いや、黄金龍。貴様の忌々しい顔を見ていると殺意を押さえきれないよ」
「私も、お主のしたり顔を見ていると怒りに震えずにはいられぬ」
「っ……なんて威圧感だ。迂闊に近寄れないッ」
一瞬、サングラスの下で甲斐崎の鋭い目が青く光る。にらみ合う二人に圧倒されるばかりで健はなかなか動きだせない。
「甲斐崎、アルヴィーを知ってるのか? どこで知ったんだ!」
「教えてやろう。有史以前のことだ。俺たちシェイドは地上を支配し生態系の頂点に君臨していた。だが、やがてお前たち人類が誕生し、俺たちをバケモノと忌み嫌った人類は暗くねじれた異次元空間へと追放した。そして伝承の時代、俺は仲間とともに人間どもを蹂躙し、町という町を破壊し尽くした……」
甲斐崎は、かつて有史以前にシェイドが生態系の頂点に君臨していたことから人間によって追放されたことまでを眼光鋭く、淡々とした様子で語る。
「こともあろうかそこにいる黄金龍は、人間などよりはるかに優れた種である俺たちではなく人間に味方し、全滅させるまでに追い込んだ。有史以前より生きていたシェイドは今やごくわずかしかいない。この俺も含めてな!」
「――何度も言わせるな。私は人間が好きだ。それに残忍で優しさや思いやりに欠けたお主らに味方していたら、この地上は今頃滅んでおっただろう」
「神にも等しい存在でありながらまた戯れ言か? ほとほとあきれがついたぞ――」
「お主こそ、いつまでシェイドの繁栄にこだわる気だ? シェイドは繁栄してはならぬ。やさしさに欠けるシェイドが繁栄すれば互いに殺し合い、やがて世界をも滅ぼす。健とともに戦っていて改めてそう感じた!」
甲斐崎とアルヴィー、両者の意地と信念がこの小さな島で大きくぶつかり合う。島から溢れ出さんばかりに――。
健は二人の気迫に押されて、頭の中に浮かべていた言葉を口に出すことが出来なかった。だが彼の信念は変わらない。
シェイドの魔の手から人々の笑顔を守り抜き、平和をもたらす。そのためなら自分の身をなげうってもいい。それが健が掲げる正義だ。
「……おしゃべりはここまでだ。人間か、シェイドか……。どちらが真に優れている種かをこの場で証明してやる!」
「来るぞ!」
「っ!」
甲斐崎は『変身』を解いて真の姿に――ならず、人間体のまま健へ急接近。ボディーブローからのハイキックを叩き込み、マッハで何度もパンチを繰り出す。
「どうしたあ!!」
「うわああああァ!?」
甲斐崎が繰り出す、反撃の隙をも与えぬ容赦のない怒濤の連続攻撃。高速の連続パンチからの鋭い回し蹴りを叩き込んだところに左手に持っていた杖でまっすぐに健を突くと、更に首を掴み上げて岩に叩きつけた。衝撃で岩が砕けるほどの破壊力があり、健は血を豪勢に吐き出して目を見開いた。
「うおおおおおぉぉぉぉッ!!」
それでも立ち上がり、健はエーテルセイバーを掲げながら突進。斬りかかるも甲斐崎はそれを指一本で受け止めた。
「そんな!?」
「はぁぁぁぁぁぁんッ!!」
「ぎゅわあああああああああァァァ――ッ!!」
腹部にパンチを叩き込まれ、健はすさまじい勢いで岩に穴を開けながら吹っ飛んでいく。健の身を案じたアルヴィーが近くに駆け寄り、倒れていた彼を起こす。
「健、しっかりしろ!」
「なんて強さだッ……」
接近してきた甲斐崎は二人を鼻で笑うとサングラスを外して、着ているコートの懐に仕舞い込んだ。
「この程度で死んでもらっては困るなボウヤ? 今のはほんの余興にすぎん。本番はこれからだ」
「なにい……!?」
自信たっぷりに冷たい笑みを浮かべる甲斐崎。両腕を交差し鋭い目を青く光らせると、甲斐崎の前に時計盤を思わせる禍々しい魔方陣らしきものが出現。全身が波打つほど震わせ、唸り声を上げる甲斐崎の体を魔方陣がくぐると――甲斐崎の姿が禍々しいものへと変化した。
頭には四本の角を生やし、耳に当たる部分にはイセエビの触角のような器官が。肩にはカブトガニがまるごと一匹くっついたようなプロテクターがついており、がっしりとした両手の手甲にはアノマロカリスの目玉のような装飾と巨大なキバを彷彿させるツメが。下半身と脚部にはイセエビの甲羅の意匠が。背中にはこれまたカブトガニ一匹がまるごと貼り付いたような外観の装甲が。そして四股にはアノマロカリスの『羽根』を思わせる突起が。
メタリックブルーと黒を基調とした重厚なボディは、イセエビ、カブトガニ、アノマロカリス……三種の甲殻類を合成したキメラのような外見だ。
「我が名はクロノス! 帝王クロノス!!」
禍々しい声で名乗りを上げる、甲斐崎ことカイザークロノス――。
彼の鋭く青い眼はこれから自分に殺される愚かな若者と、その若者に味方している黄金龍の姿を捉えていた。
「こ、これが……甲斐崎の……!?」
――健とアルヴィーに襲いかかるプレッシャー。果たして、戦いに勝つのは健か。それとも――凶悪な正体を現したクロノスなのか?