EPISODE283:地鳴山と清めの滝
「ところで旦那、大地の石ゲットしたのはいいですけど……これ、ホントに土のオーブなんですかい? どう見てもただの漬け物石にしか」
「表面上はそうだが、中に土のオーブが入ってるってパターンじゃないのか。おまけ入りのチョコレートみたいによ」
卑劣な手段を使って大地の石を見事に奪い取ったバサルタスとキングウルフェンは、原っぱで早速手に入れた大地の石を割って中身を見ようと試みた。
「おりゃ! かってえええェ!?」
まず、キングウルフェンがツメで叩き割ろうとする。ガンッ! と重々しい音を立ててツメは弾かれ、キングウルフェンの腕から全身に激痛が伝わった。
「旦那、ここは俺が。ハァンッ!!」
キングウルフェンに代わって、バサルタスが自慢のトゲ鉄球で硬い石を粉砕しようとする。が、跳ね返ってバサルタスの顔面にぶつかっただけだった。
「硬ッ! こりゃダイヤモンド並かそれ以上だな。だがこれなら、エイッ!」
瓦割りの要領でチョップを放ったり甲羅に入って回転しながらの体当たりをかましたりと、バサルタスは大地の石を割ろうと努力した。
キングウルフェンも出来る限りの助力をした。そして――。
「割れたァ!」
奮闘の末についに大地の石が割れて中から土のオーブが……出てこなかった。
「……え? なにこれ、なんにも入ってないじゃん」
「おいおいマジかよ。イカサマまでやって手に入れたっていうのに」
バサルタスはショックで開いた口がふさがらなず、キングウルフェンは手で顔を覆って「やっちまった」と落胆する。
――刹那、草葉の影より青みがかった黒いオーラをまとった黒ずくめの男性が姿を現す。
男から見たら長く、女性から見たら短めの髪。黄色いサングラスをかけたその男は冷徹な目付きをしている。無駄な贅肉ひとつ無く、すらりと引き締まった肉体。
――ヴァニティ・フェア社長の甲斐崎だ。彼は野獣のような獰猛さと冷静沈着かつ冷酷な知性を持ち合わせ、底知れぬ威圧感を漂わせていた。杖を持っているのは知性をアピールするためか、それとも単なるおしゃれか。
「見事、大地の石を手に入れて戻ってくるかと思えば……こんなところで何をしている?」
「「社長!!」」
甲斐崎は部下二人を叱責し、割れた大地の石を拾う。あまり表情が読み取れないが眉をひそめていることから少なくとも怒っていることは確かだ。
「中にオーブが入っていないということは、お前たちは神社の連中に騙されたのだ。なぜ神主をもっと問い詰めなかった?」
「ハッ、楽に手に入ったと思って我々、慢心しておりました……。申し訳ありません」
「その慢心が原因で今までに何度敗北を喫してきたというのだ! この愚か者めが!」
ひざまずいて失敗を詫びるキングウルフェンとバサルタスに、甲斐崎は手から放った電撃を容赦なく浴びせる。
「うがああああああああああああああァァァァァッッッッッ!?」
「がめええええええええええええええええええええええええええッ!!」
全身が体のうちから焼かれるような激痛を味わい、キングウルフェンとバサルタスは悲鳴を上げて悶絶する。
「……まあいい。ヤツらはこの島のどこかに大地の石を隠しているはずだ。俺も同行する」
「社長……」
「いつまでも目下の者にばかり任せてはおけんからな」
「ありがとうごぜぇます!」
自らも同行するという甲斐崎の言葉にキングウルフェンとバサルタスは感銘を受けて喜ぶ。
そのとき甲斐崎は口の端を吊り上げ不敵に笑っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、岩亀神社では。健たちはキングウルフェンが放ったファングウルフェンの群れを全滅させ、戦いで受けた傷の手当てを受けていた。
不破とも合流し、健とアルヴィーは彼の口からバサルタスの完璧な防御の前に攻撃をほとんどはねのけられたこと、そして戦闘能力も非常に高く手も足も出なかったことを聞いた。
――この前のライフライン断絶作戦のときといい、ヤツらは本気だ。本気で殺しにかかってきている。健たちは改めてそれを痛感した。
「ここをシュッシュして、包帯巻いて……と。これでもう大丈夫です」
手当ては終わった。健の頭や腕の傷、胸や腹には包帯が巻かれ、頬や足の傷にはガーゼが貼られた。不破も同様だ。
アルヴィーは不老不死であるまり子ほどではないが傷の回復が早く、ガーゼやばんそうこうを貼る必要も包帯を巻く必要もなかった。
「すみません。大地の石を守れなくて」
「いいんです。あれは偽物でしたから」
――命懸けでシェイドから守ろうとしたあの石が偽物? 神主が発した言葉を聞いた健たちは眉をしかめる。
「偽物とはどういう意味かの? 神主殿」
「というのも、奪われた石はあのような方々が襲って来たときのために用意しておいたものでして。本物は『清めの滝』の裏にあります」
「その滝はどこに?」
「地鳴山の中に流れていますな。地鳴山とは、この島の海辺のほうにある山です。地図をお持ちならそれを参考になさってください」
アルヴィーの問いに、渋川は至って冷静かつ丁寧な口調で答える。本物の大地の石――土のオーブのありかは、海辺に面した山に流れる『清めの滝』の裏。
「ありがとうございます。でもそれって……」
「先程の戦いを見ていて、決心がつきました。身を挺してでも人々を守るあなたたちになら、渡してもいいって」
申し訳なく思う健に巫女の文がにっこり笑って語りかけ、励ます。この辛い状況の中で彼女や神主は笑っている。
先程の戦いでシェイドの魔の手から二人を守り抜き、希望を与えたからだ。なのに希望を与えた自分が笑顔にならなくてどうする? そう思って健はほがらかな笑顔を作った。
「決まりだな。神主さん、巫女さん、道案内お願いしますね」
「よろこんで!」
かくして渋川と文を案内人として、一同は地鳴山へと旅立った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
海辺に面した山である地鳴山。徒歩では遠いが、風のオーブの力を借りればひとっとびだ。
渋川と文はその神秘的な力を目にして驚きを隠せずにいた。山に到着してからすぐ、一同は神主と文が率先するもとで清めの滝を目指す。
道のりは険しく、凸凹した岩場や道を踏み外せば奈落の底に繋がる切り立った崖もあったが、土のオーブのためなら何のその。一同は危険の数々を勇気を出して乗り越えた。
「着きました。ここが清めの滝です」
「わぁ〜……」
そして辿り着いた。地鳴山の滝壺より流れる、清らかで大いなる滝。清めの滝だ。その下にもまた、滝壺がある。
この滝の水は人間の心にあるやましいものを洗い流す作用があるそうだが、足を踏み外して落ちてしまえば最後、滝壺に沈んで命を失うとも言われている。
「大地の石はこの裏の洞穴にあります。着いてきてください」
神主とともに水先案内を務める文に導かれ、健たちは洞穴の中へ足を進めていく。
ひんやりと暗い道の中では天井から雫が滴り落ち、コウモリが飛び交う。健が赤い炎のオーブをエーテルセイバーの柄にセットして火を灯せば、そんな暗がりの中でも安心だ。
「こういうのってなんかドキドキしない?」
「うむ。滝の裏にはたいてい洞窟があってその中には何か隠されている。お約束だの」
「へへっ」
「おいおいお二人さん、オレたち遊びに来たんじゃないんだぜ……」
そんな風にやり取りを交わしながら洞穴の最奥部――。清らかな水をたたえた空洞に辿り着いた。
「すっげ〜……。絶景だ」
滝の裏にある洞穴の中にも滝が流れていた、というわけだ。そして奥には褐色の輝きを放つ宝珠が祭壇に祀られていた。
健は祭壇に近寄り、褐色の宝珠を手に取る。サイズはビー玉〜ピンポン玉程度。――これが大地の石こと土のオーブであることは間違いない。神主や文もそう言っていたのだから。
「神主さん、ひょっとしてこれが?」
「ええ、大地の石です。かつて不毛の地だったこの島に恵みをもたらしてくれた」
感慨深そうに渋川が語り出したそのとき、健たちが通ってきた方角から、「なるほど。それが本当の大地の石か」と、低音の男性の声がした。
「誰だッ!?」
「はじめまして、というべきかな? 君らにはいつも苦労させられるよ」
健たちが振り向けばそこには、威圧感を放つ黒ずくめの男性が立っていた。傍らには軍服姿のヴォルフガングと、ギャンブラー風の様相をした亀夫がいる。
誰もがその姿に驚いたが、その中でもとくにアルヴィーは顕著だ。いつもどっしりと構えていて余裕を崩さない彼女が瞳孔を閉じ、冷や汗をかいているのだ。よほど危険な存在なのだろう――。
「……あやつは……」
「アルヴィー、あいつが誰か知ってるの!?」
「ああ、間違いない。あやつが、あやつこそがヴァニティ・フェアの社長にして現存するシェイドの中でも最強を誇る男……」
――アルヴィーが黒ずくめの名を口にしたそのとき、一同に更なる戦慄が走った。
「甲斐崎ッ!!」
己の名をアルヴィーが叫んだとき、甲斐崎は目を見開き凶悪な笑いを浮かべた。