EPISODE278:争奪戦のはじまり PART1
神威島行きのフェリー・あかつき丸の甲板から聞こえた悲鳴。駆けつけた二人が目にしたのは、突如として姿を現したシェイドの群れが人々に詰め寄り脅かしている光景。眉をしかめ、健はエーテルセイバーを握って走る。アルヴィーもまた両手を武骨な龍の爪へ変えて走り出す。
「ふっふっふ。さあ、泣き叫べ! お前は今絶望の淵にいるのだ!」
「ひえええええええッ……!」
目をゴーグル状の器官で保護した、三つの首を持ったウミヘビの上級シェイドが切れ味鋭い魔剣を腰を抜かした乗客のひとりにあてがっている。他の乗客にもシェイドが襲いかかり、震撼させていた。
「うふふふ……」
「こ、このおっ!」
もう一体の、ハヤブサを彷彿させる姿をした女性の上級シェイドも乗客たちに迫る。ひとりの乗客が角材を手に勇気を振り絞って立ち向かうも女シェイドに手首を掴まれ、身動きを封じられてから首筋に手刀を浴びせられ気絶。呆れ気味に乗客たちに振り向いたハヤブサの女シェイドは、羽根を一枚手にとってそれを鳥の翼をかたどった弓へと変化させる。次に女シェイドは乗客たちに弓を向けた。
「ひっ……!?」
「そのままおとなしくしていなさい。そうすれば何もしません」
――警告しただけ。弓矢で射抜いたり、爪を研ぎ澄ませて八つ裂きにするようなことは彼女のポリシーに反する。
「やめろ!!」
「む?」
健が叫び、罪無き乗客に凶刃を振り下ろさんとするヒュドラワインダーに斬りかかって牽制。起きようとしていた悲劇を間一髪で阻止した。
「……来たな。お前たち、その辺にしておけ」
「グラッ」
ヒュドラワインダーの指示に従い、配下の雑兵タイプとゾンビのような姿をしたタイプの群れがが乗客たちから手を引く。ワイズファルコンも構えていた弓を下ろしてヒュドラワインダーの隣へ速やかに移動した。
「これはこれは。スパ以来ですね」
「ヒュドラにワイズファルコン、目的はなんだ!!」
「大地の石を確実に手に入れるための障害の排除。つまり、お前たちの邪魔をしに来たってことだ」
「なぬ? ……そのために何の関係もない人々をいたぶったというのか!?」
二体の上級シェイドの目的、それは邪魔者の足止め及び排除。やられてたまるか、と、二人は眉をしかめた。
「ふ、安心したまえ。命までは奪っていない。ターゲットはお前たちだけなんだから」
「ますます許せない!!」
敵の手段を選ばないやり方に憤った健は薄ら笑いするヒュドラワインダーに突っ込む。が、魔剣で斬撃を相殺されやがてはつばぜり合いへ持ち込む。互いに剣と剣をぶつけあい火花を散らす。
「わかったわかった、そう怒るなよ。そんなに神威島に行きたいなら行かせてやるさ」
「なに!」
「ただし! その頃にはこの船はお前らの死体を運ぶ巨大な棺桶になっているがな!!」
「!?」
つばぜり合いに打ち勝ったのはヒュドラワインダーだ。怯んで動けない健を右肩から腰にかけて不敵に笑いながら切り裂く。火花とともに鮮血が吹き出し飛び散った。
「くッ……」
「ざあああああッ!」
斬撃からの回し蹴りをお見舞いされ、健は転倒して柵まで転がされた。
「えええぇぇい!」
戦っているのは健だけではない。アルヴィーもワイズファルコンとぶつかり合い、激闘を繰り広げていた。龍爪を叩きつけようとするも避けられ、ハヤブサの爪による反撃を手甲で受け止める。さすがのアルヴィーでもこれが精一杯だ、なにせワイズファルコンは動きが速すぎる。回避も速ければ攻撃も速い。一瞬でも判断が遅れたら命取りとなる。
「くっ、なんて速さ!」
「驚くのは速いですよ。――バルバリティレイヴ!!」
類希なスピードでアルヴィーを翻弄するワイズファルコンは、大きな翼を広げて高速で飛び回る。すれちがいざまに何度もアルヴィーを、切って裂いて切って裂いて切って裂いて切って裂いて――。反撃する隙はほとんどなく、アルヴィーは身を守ることしか出来なかった。
「動けないでしょう?」
「はあああああッ」
「うわあああぁっ」
攻撃は止んだ。アルヴィーはしなやかな肢体からキレのあるパンチやキックを繰り出し反撃に出る。ワイズファルコンも負けじと、両手両足の爪で切り裂いたりアルヴィーが繰り出した攻撃を翼で防御したりした。
「てやっ!」
「むぅんッ」
女同士が戦う一方でこちらもぶつかり合っている。いまの健なら相手がヒュドラワインダーのような幹部クラスであっても互角に戦える。しかしだからといって手を抜けば終わりだ。
「少しは腕を上げたようだな」
「ああ、いつまでも負けっぱなしじゃいられないからねッ!」
「だがそれまでだ!!」
「おわああああァ!?」
ヒュドラワインダーの猛攻の前に防御を崩され、健の脇腹に鋭い蹴りが炸裂。乗客のすぐ近くまで吹っ飛ばされた。起き上がった健は目を瞑り歯を食い縛りながら乗客に、「みんな、早く逃げろ! 安全なところに、早く!」と避難を促す。
「食らえ!」
「うくッ!」
乗客たちが全力で避難する中、アルヴィーの龍の爪がワイズファルコンの右肩の装甲を切り裂く。鳥の翼をかたどった大弓――アクィラを取り出し、ワイズファルコンはそれを引き絞って反撃。
矢の雨を降らせ、火花を上げる。アルヴィーはその中を疾走してドロップキックで反撃。しかしワイズファルコンは翼でキックを弾いた。
「……かかれ!」
「グラララァーーッ!!」
ワイズファルコンの指示に従って、雑兵タイプのシェイド――グラスケルトンの群れが骨を模した剣や斧に、槍や銃を持って襲いかかる。それもかなりの数だ。
ワイズファルコンは高速でヒュドラワインダーのもとへ駆け付け羽根を手裏剣のように飛ばして援護する。これが狙いだ。手下を呼び出してアルヴィーの相手を任せ、自身はその間にヒュドラワインダーと協力して健を倒す。そうすれば一石二鳥だ。
「ザコがぁっ!!」
アルヴィーは息を吸い込んで口から青白い超高温の炎を吐き出し、グラスケルトンの群れの半数を焼き尽くす。
「グラッ!」
「少し借りるぞッ」
爆死させると残ったグラスケルトンたちに真っ向から突っ込んで武器を奪い、豪快に振り回して殲滅する。アルヴィーに斬られたグラスケルトンたちは次々に爆発四散した。
「それぇえええええい!!」
「うわぁああああああーーーーッ」
「たぁ――ッ!!」
「ぐはああああぁあああっ」
魔剣が健を切り裂き、振り下ろされた爪が健に炸裂し、最後は蹴り上げられてとどめを刺される。ただでさえ強い相手なのに、二体同時にかかってこられては厳しい戦いとなる。果たして、健とアルヴィーの運命は――。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲
同時刻、神威島のとある山中にある雑木林。ヴォルフガングとバサルタスは岩亀神社を目指して移動している最中だ。
「旦那、いつまで山ん中歩くんで? いったん街に出たほうが見つけやすいと思うんですが……」
「焦んなよ亀夫。神社ってのはたいてい山や森の中に建ってるもんだ。人間が通ったあとの匂いを辿ればそのうち着くだろ」
面倒くさがって適当なことを言っているように見えるが、ヴォルフガングはオオカミのシェイドであるため嗅覚が非常に優れている。よって彼がバサルタスに対して語った言葉は正しいといえる。
そのうち二体は、採石場の跡地に躍り出た。岩肌がむき出しで、草もぼうぼう。ほとんど人の手がつけられていない状態だ。見晴らしはそれなり。周囲を見渡すヴォルフガングと亀夫を崖の上から誰かが見下ろしている。
機械的かつスマートな外見だ。片方は藍色を基調としたボディで赤い四つの目を持ち、Χの意匠がところどころに見られる。もう片方はシルバーと緑を基調としたボディでバイザーをや両肩のパーツをはじめ、Δの意匠が各部に見られる。どちらも表情は無いが感情はあるようで、ヴォルフガングらの存在を感知して嬉々としていた。
「むッ!?」
そのとき、ヴォルフガングと亀夫を狙って機銃が掃射される。「誰だ!」と二体が思った瞬間に銃撃主であるメカ生命体二人組が姿を現す。足音には金属音が混じっており、目を不気味に光らせていた。
「生体エネルギー反応アリ……抹殺! 減殺! 虐殺!」
右肩にキャノン砲、左手の指は機銃――。全身が武器ともいえるデルタゴーレムは決め台詞を吐いてから、右手に握った大型銃を二体のシェイドに向ける。
「貴様ら終焉の使徒だな!」
「そうだと言ったら?」
「目的はなんだ!」
威嚇するヴォルフガングを、デルタゴーレムは銃を向けたまま挑発。傍らでは背中に電極を備えたカイゴーレムがランスを振り回して気合いを入れている。
「大地の石だよ。まさかお前らも石を探しに来たっていうのか?」
「邪魔はさせんぞ。大地の石は俺たちがいただく」
「ふん。目的は同じかぁ。だったら話は早い」
「我らの邪魔立てをするものは排除だ! 排除だ! 排除だぁ!!」
目的を問われてカイゴーレムがそれに答え、バサルタスを挑発。……一触即発だ。ヴォルフガングは黒い霧に包まれてその姿を白銀の毛皮を生やした大柄なオオカミのシェイド――キングウルフェンとなり、亀夫は体を岩石に変えて砕くようにして黒いカメのシェイド――バサルタスに変身。こちらでも激闘が始まろうとしていた。