EPISODE277:あかつき丸の船出
翌日木曜日の朝、福岡の博多港――。健はアルヴィーとともに、風のオーブを使ってそこまで来ていた。
「うひょー! 福岡だよ、僕たち福岡に来ちゃったよ! 高校の修学旅行以来だ!」
「私ははじめてだぞ!」
博多港を歩く二人。そこは大勢の人々で賑わい、人々の口からは福岡弁が飛び出ている。治安が悪いためか場所によっては喧騒な雰囲気も。
「おーい、東條!」
「あ!」
港の中を歩いていたそのとき、不破の声が聴こえた。不破も早朝からバイクを飛ばして福岡まで来ており、彼らと同行しようとしていたのだ。
「はしゃぐのは結構だけどな、オレたちゃ遊びに行くんじゃないんだぞ。シェイドより先に大地の石をだな……」
「わかってますって。さ、フェリー乗ろう!」
荒っぽい不破に説教されに来た気はない健は、アルヴィーを連れてさっさとフェリー乗り場へ向かう。無視されて怒った不破は青筋を立て、怒鳴りながら後をつける。
「おい、コラぁ〜〜!!」
その様子を背後から、サングラスをかけ薄茶色のコートを着た女が見ていた。――鷹梨だ。iPadらしきデバイスを取り出し、同僚の辰巳とコンタクトを取る。
「辰巳さん、東條たちがフェリー乗り場に向かいました」
「そうか、やはり来たな……。待ち伏せしてた甲斐があった」
「……それでフェリーの乗客はどうします?」
「なに、殺しやしないさ。君のやり方に合わせよう」
「ありがとうございます。では、あとから行きます」
先に健たちが乗るフェリーに乗り込んでいた辰巳は鷹梨と事務的な連絡を取り合い、通話を切る。顔に巻いていた包帯を外し極端な厚着もせず、素顔をさらけ出している。ただし水色のスーツに濃いピンクのシャツ、緑色のネクタイと目立つ服装ではあった。髪型は黄土色で七三分けをおしゃれにアレンジしたものだ。どことなくビジュアル系を彷彿させる。
「……ヴォルフガング、私だ」
「辰巳か、どうした?」
続けて辰巳は、神威島に向かったヴォルフガングに連絡を入れる。ヴォルフガングは、金髪で軍服を着ている大柄な男性だ。しかしその正体は好戦的なシベリアオオカミのシェイドである。しかも、強い。
「お前、いま神威島か?」
「ああ、島で一服してるところよ」
「東條たちがフェリーに乗る。私は鷹梨と一緒にあいつらを食い止めておくから、お前は大地の石を探せ」
「ちょろいもんだぜ。連中、俺たちが神威島を狙うことも知らずにこの前まで遊び呆けてたんだろう? だったらのんびりしながらでも間に合うってもんだ」
「確かにゆとりを持って動けるが……いいか、絶対に奴らより先に手に入れろよ」
「わかってるさ」
辰巳は、余裕綽々な様子のヴォルフガングの声を聞いて逆に不安になり通信を切るとため息を吐く。そしてタバコを吸い気分を転換させた。
「ま、ヤツらが島まで来たところで返り討ちに遭うのがオチだがな。……バサルタス!」
場所は神威島の雑木林の中へ変わる。通信を切ったヴォルフガングは配下として従えているオオカミ型シェイドとともに歩き出し、しばらくしたところで手下の名を呼ぶ。
すると空から高速で回転する――黒いカメの甲羅のようなものが飛来した。カメの甲羅は回転して木々の間をピンボールの玉の如くぶつかっては跳び跳ね、最終的に着地。土煙と落ち葉を豪快に吹き上げた。その煽りを食らってヴォルフガングは土を被った。
「旦那、お待たせェ! バサルタスただいま参りましたッ」
「おいおい、ずいぶんと派手にやってくれたな」
顔や体にかかった土を払って、ヴォルフガングは苦笑いする。
――ヴォルフガングに呼び出されたバサルタスは、黒い大きなリクガメが直立して鎧を着込んだような重量感のある外見のシェイドだ。身体中に青黒い血管が浮かび上がっており、不気味で威圧感もある。
注目すべきは甲羅に備え付けられた、一門のバズーカ砲だ。元々これは水を打ち出して獲物を威嚇するための器官だったが、進化する過程で獲物を確実に仕留めるための強力無比なバズーカ砲へと生まれ変わったのだ。無論、その威力は計り知れない。
「まあいい、目的はわかっているよな?」
「岩亀神社まで行って大地の石とやらを奪うんでしょう? 任せといてくださいよ、久々に腕が鳴るぜぃ」
ヴォルフガングから任務の内容の確認を取られ、低音のいい声でバサルタスは即答。腕を上げて唸る。
「待て待て、その前に交渉だ」
「交渉するんですか? 回りくどいねぇー」
「成立したら大地の石は俺たちのもんだ。もし決裂したら、神社ブッ壊してからいただいていこうや」
「おーおー、いいアイデアですなぁ。でも神社だけじゃ物足りない。どうせならこの島全部破壊してやりましょうよ」
「ふへへへ、それもそうだな!」
笑い合うヴォルフガングとバサルタス。落ち着いてから、バサルタスは石になってその姿をいかついカメの怪人から、ギャンブラー風の格好をしたスマートな男性に変えた。つまり、いったん体を岩石に変えてから岩石を割る形で中から人間態が出てきたということ。
「ぼちぼち行きましょうぜ、ヴォルフの旦那。のんびりしてたら頭ん中に蜘蛛の巣が張っちまう!」
「おうよ!」
神威島に忍び寄るシェイドの魔の手――。大地の石こと土のオーブは彼らのものとなってしまうのだろうか。
▽▲▽▲▽▲▽▲
辰巳らヴァニティ・フェアの企みなど知る由もない健たちは、フェリー『あかつき丸』に乗船して甲板で目の前に広がる海を一望していた。不破は壁に腰かけ、健は柵から身を乗り出している。アルヴィーは胸を寄せるようにして腕組みしていた。
「きれいだなー」
「うむ、青い海とはいいものだ。心を洗い流してくれる……」
「ところでさ、みゆきちゃんはどうした? 糸居のクモ子もいねえぞ」
「あーっと……」と、健はしばし考えてから咳払いする。アルヴィーも真剣な顔になって不破のほうに目を向けた。
「みゆきは危ないから置いてきました。あまり戦いに巻き込みたくなくて」
「そうか、確かにな。で、クモ子は?」
「まり子は留守番だ。家を空けておくのは危険だからの」
「それはちょっとかわいそうじゃねえかそれ……? なあ、白峯さんは?」
「大学でルームメイトだった人と遊びに行ったそうです」
「ルームメイトととか!? いいなー! で、市村は?」
「商売に打ち込みたいとか言っておったなあ。あと気が向かんとも言っておった」
「うそくせー。アズサちゃんとイチャイチャしたいだけなんじゃねえか……?」
なぜ他のものは来なかったのか? 不破の疑問に、健とアルヴィーは次々答えていく。ちなみに葛城が来なかったのは学業と部活に打ち込みたいからだそうだ。
「寂しいですけど、とにかくそういうことなんで」
「そっか。まぁいいや……オレ、船ん中ブラブラするわ。またあとで合流な」
「じゃ、僕たちも」
二人は不破と別れ、船の中を探索する。このフェリーは意外と広いし、神威島に着くまでは時間もある。着く頃にはもう昼だ。
「いてっ」
「あたっ!」
その途中、水色のスーツを着た男性にぶつかった。くわえていたタバコを落としてしまい、スーツの男はしかめっ面で「ちょっと、気を付けろよー」と怒る。
「す、すみません」
「ったく……」
仕方なく新しいタバコをくわえ、男は落ちたタバコを灰皿に持っていく形で二人の前から去る。そして誰もいない物陰へ。
「……飛んで火に入る夏の虫とはこのことか。さて……」
水色スーツの男――辰巳は指をパチンと鳴らし、配下のシェイドたちを呼び寄せた。骸骨を模した鎧をまとった雑兵タイプと、体表がドロドロとしたゾンビのような人型――。それらで構成されている。
「ぎゃあああああああああああああああぁっ!?」
「しぇ、シェイド!? うわぁああああああ〜〜〜〜ッ」
ほどなくして、フェリー全体に悲鳴が響き渡った。甲板のほうからだ。廊下にいた健とアルヴィーは悲鳴を聞きつけると真剣な顔になり、甲板へと向かった。