EPISODE276:神威島へかける思い
三日後、水曜日の都内、とあるボーリング場にて――。甲斐崎ら、ヴァニティ・フェアの面々がレクリエーションでボール投げに取り組んでいた。辰巳から順番に投げ、次は鷹梨、トリは甲斐崎だ。金の力でレーンのうちひとつを貸切状態にしたため部外者は誰も介入できない。
「行け!」
甲斐崎は十五ポンドのボールを全力で投げた。狙いはもちろんストライクだ。そのボールは並び立っていたピンをすべてなぎ倒し――狙い通りストライクを勝ち取ることが出来た。
「社長、お見事!」
「フッ。人間どもの考える遊びは単純すぎてつまらん」
鷹梨から賞賛する声を聞いた甲斐崎は汗をかいて曇ったサングラスをハンカチで拭いて、椅子に座る。ドリンクを淹れに行っていた辰巳も戻ってきて、「お疲れ様です。ドリンクお持ちしました」
「コーラだ。コーラを飲ませろ」
「では、私めはグレープで」
「私はいりません」
甲斐崎は辰巳が淹れてきたドリンクのうちコーラを取って、辰巳は甲斐崎が取らなかったグレープを飲んだ。鷹梨はまだレモンティーを飲み干していないため、いらないと答えた次第だ。
「しかし社長、スコア高いですな〜……」
「当たり前だ。こんなのは玉を転がすだけのゲーム、ストライクを取るためのコツなどすぐにわかる。……む?」
そのとき甲斐崎が懐に仕舞っていたiphoneらしきデバイスから音が鳴った。デバイスを取り出すと送信してきたのは――斬夜だ。なにか重要な話でもあるのか? 無論彼は電話に応対する。
「甲斐崎だ」
「甲斐崎様、先日警察の最高機密に関する資料を発見しました!」
「最高機密?」
「その名も『Y』です。しかし最高クラスの機密事項ゆえにまだまだ情報は不足しております。詳細が分かり次第再び連絡いたします」
警察が隠している最高機密――。斬夜はそれの存在について甲斐崎に報告し、電話を切った。
「……斬夜から報告があった。警察が必死になってまで何かを隠しているそうだ。だがそれより、辰巳、鷹梨」
甲斐崎から名を呼ばれ、真摯な目をして振り向く幹部二人。すると甲斐崎は眼光鋭く、「東條たちがいつ神威島へ行くのかわかったのか?」
「明日、博多港まで行ってフェリーに乗るそうです」
「連中が昨日京都駅前の喫茶店でその話をしておりました。我々が近くで聞いているとも知らずに、ね」
先見の明だ。辰巳の予想通り健たちはフェリーに乗って神威島まで行くようだ。鷹梨と辰巳は変装して健たちのあとをつけて駅前の喫茶店へ入った。鷹梨はいつもとほとんど変わらないが、辰巳は包帯をはずしてあの異様なまでの厚着もオミットしてブルゾンを着て行ったためほとんど別人のようであった。
「では、奴らを妨害しに行くのだな?」
「はい。絶対に大地の石を取らせなどしません」
「……右に同じです、社長」
「よろしい」
辰巳と鷹梨に確認を取った甲斐崎はほくそ笑み、再びボールを手にとって転がした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ところ変わり、京都市役所。そこは健のバイト先だ。バイトだが公務員として健はそこで働いているのだ。栄誉あることである。
「ふんふんふんふんふんふーん♪」
「東條サン、鼻唄なンカ歌っチャッてルけどちゃント仕事シテんノ?」
鼻歌混じりに仕事を進める健を片言で注意したのは、彼の上司で係長のケニー藤野だ。芸名っぽい名前だがどうやら日系らしい。
「実は明日神威島行くんですよ〜。朝も言いませんでしたっけ?」
「神威島ッテ、福岡の? アー、確カニそンナこト言ッテたネぇ」
健は朝来たときにケニー係長に神威島に行くことを伝えたのだが、当のケニーはうろ覚えだったようだ。
「だからって、手を抜いちゃダメですよ〜」
「すみません、真面目にやりまーす!」
OLのひとりで金髪碧眼のジェシーからも咎められ、健は気持ちを切り替えて仕事に励む。「ジェシーさんが係長に便乗するなんて珍しい……」と、思いつつ。通りすぎるかに見えたジェシーだが、なにを思い返したか健の耳元に顔を近付ける。
「……無理とは言いませんけど、出来れば向こうでおみやげ買ってきてくださいな〜♪」
「わかりましたーん」
耳打ちの内容は、出来たらでいいのでおみやげを買ってきて欲しいとのことだ。頼まれたら嫌とは言えない。健はそれを承諾して今度こそ仕事に集中しはじめた。
(神威島……行くぞー!!)