EPISODE275:これぞ温泉の醍醐味
大浴場から上がり、浴衣姿になった健たちはしばしの休息を取っていた。あの騒動のあとだ。不破は顔をしかめていて疲れが出ており、健と市村は深く反省しているのが表情から見えている……ように、見えたが。
「あんなに鼻血出したの久しぶりだよ……これはもう、心眼をマスターするしか。そうすれば、あっ、あの子のスカートの中も……」
「下着は縞パンとガーターベルトが至高やんな。ちゅうか、なんで男女混浴にしてくれへんかったんや……」
「お前らホントに反省してんのかよ……?」
バカの世界チャンピオン二人と良識ある国家公務員一人がソファーに座ってくつろいでいると、女性陣も浴衣姿でやってきた。
「おっ、皆さんおそろいで。浴衣がよぉ似合ってまっせ」
「ホントだ、美人だらけ!」
鼻の下を伸ばす市村の近くで、健は活気付き目を輝かせる。みゆきもアルヴィーもまり子も、白峯もアズサも葛城も、男たちが骨抜きになるのも無理はないほど浴衣が似合っている。不破も見とれて、「こりゃ上玉だな!」と呟いていた。
「っていうかさ、まりちゃんちっちゃくならないのかい? 子供用の浴衣ならあったと思うけど……」
「つれないなぁ。これが目に入らぬか」
大人の姿のままでいるまり子に近付いてそう指摘した健だが、まり子は腰が砕けたような淫蕩な顔をして胸をはだけて誘惑。健と市村はそれを見せられて胸が高鳴り目を見張って、何も言えなくなった。不破も平常心を装いながら、目をチラチラと二人を誘惑するまり子に寄せていた。
「……おほん! 全員揃いましたし、アレをやりましょう」
咳き込んだ葛城が全員にそう呼びかけると舞台は卓球台へと移る。
「おっ! 温泉卓球だね」
「これぞ温泉の醍醐味!」
「とくにルールはありませんわ。皆さん、交代しながらお好きなように遊んでくださいな♪」
温泉に入ってスッキリしたあとは、やはりこれ……卓球だ。気持ちよく汗をかいてもう一度温泉を楽しむのもまた一興。しかし全員が卓球をやるわけではないようで、くつろいで観戦する側に回ったものもいた。
「とりゃっ! えいっ!」
「あらよっとー!」
まずは白峯と不破から。先程尻拭いをさせられた鬱憤を晴らさんばかりに不破は白峯を軽くあしらう。しかし巻き返され、顔面にピンポン玉が命中。鼻血が出るほどのダメージを受けて倒れた。
「卓球には割と自信あるんだよね。負けないぞー?」
「どうだかの!」
次は、健とアルヴィーが対決。健は体育の授業でやったときにコツを教わったらしく手首でスナップを利かせてから攻め、アルヴィーはそれをことごとく弾き返す。実力的にははっきり言って素人の域を出ないが、両者ともに一歩も譲らない戦いが繰り広げられた。
「そぉりゃっさぁーー!!」
「なッ!?」
「!?」
しかしトラブルが発生した。健が勢いよく飛ばした玉がアルヴィーの胸元へ飛び込み、トランポリンで遊ぶ子どものごとく跳ね出したのだ。興奮するあまり健は顔を真っ赤にし、アルヴィーの胸元で跳ねていたボールはどういうわけか健のほうに跳ね返ってアルヴィーに一点入った。
「あんな形で勝ってものう……」
胸元をはだけてラケットを団扇がわりにあおぎながら、アルヴィーが呟く。先程の勝負は一応アルヴィーの勝ちということになるも、彼女の心境はやや複雑だった。一方健は負けたのに嬉しそうだ。
「フェンシングの仮入部のときは負けたけど……卓球なら!」
「そういえばそんなこともありましたわね。でも勝てるなんて思わないことね」
休憩を挟んだ健は続けて、葛城との勝負に挑む。かつて健たちが風のオーブを求め天宮学園高校に潜入したときのことだ。葛城に学園の中を案内された際に健は葛城が部長を務めるフェンシング部に仮入部し勝負を挑んだのだが、惨敗した。だが卓球では負けない。勝てるかどうかではない。絶対に勝つのだ。絶対に!
「たぁー!」
「えぇいッ」
サーブを打つも葛城は打ち返し、スナップを利かせて反撃に出るも葛城が打ち返した玉が速すぎて対応しきれず――。その後も健は粘ったが、結局彼は負けた。
「これでもスポーツマンですから」
「おのれぐやじい〜〜!!」
高飛車に笑う葛城に対して健は歯を食い縛って悔し涙を流す。
「珍しい組み合わせやね。でも加減はしまへんよ」
「直球勝負、いや卓球勝負だ!」
悔しさを噛み締める健をどかして、続いてのカードは市村とまり子。両者ともに余裕綽々だ。先が読めない。
「武蔵二刀流!!」
「ちょろいちょろい、かかってきなよ!」
打ちづらそうだが、それを承知で市村は両手にラケットを握る。目を見開いたまり子は髪を広げてうねらせると、髪の毛を巨大なな蜘蛛の爪に変えてラケットをそれぞれの爪に握らせた。――異様な光景を前に観戦者一同には戦慄が走った。
「そぉい!」
「フフッ、それっ!」
それはもう激しい打ち合いになる――はずだったが、実際はどちらもラケットを余計に持ってしまったためにろくに玉を打てず、肩透かしもいいところであった。これでは勝負にならないと二人は普通に卓球をやることにする。
「どないやぁーーーー!!」
「やるぅ♪」
いい汗をかきながらラリーを繰り広げる市村とまり子。――下手にかっこつけて両手にラケットを持って遊ぶより、普通に玉を打ったほうが白熱した勝負になることを覚えておいてほしい。
「フフッ……」
「な、なんや!?」
そのうち、まり子の瞳が紫色に輝き玉の軌道を変則的なものへと変えて市村を翻弄。突然の出来事だったためか観戦者一同は騒然とした雰囲気に。
「ちょ、タンマタンマ! 今のなし、反則や!」
「え?」
「今の念力かなんか使うたやろ、反則やがな!」
「……」
まり子に抗議する市村。しかし何が気に入らなかったのかまり子は不機嫌そうにして市村に詰め寄り、踏みつけて腰に手を当て挑発的な姿勢をとる。彼女の姿を見上げて市村は、「ひっ」と怯え冷や汗をかく。
「文句あんの……?」
目を見開いて、冷たい眼差しとドスの利いた声を浴びせるまり子。「まあまあまあまあ……」「まり子ちゃん、それやりすぎ……」と、健とアズサはまり子が市村をしばくのをやめさせようと呼びかけた。
「やりすぎか。そりゃそうよね、フフッ」
そう言ってまり子は市村から離れ市村はホッと安堵の息を吐いた。なお、このあとはとくに何も問題は起きなかったようである。
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一方その頃――警視庁の資料室。右目に片眼鏡をつけ、ダークな色合いのスーツを着た若い男性捜査官――斬夜燿司が何か探していた。
棚に並んだ資料の背表紙に書いてある文字を見て手に取り、それがお目当てのものでなければ戻す。それを繰り返して、彼はようやく目当てのものを見つけられた。『最高機密Yに関する記録』と書かれた紫色のフラットファイルだ――。いざ表紙を開いて読んでみれば、彼が知りたかった情報が頭の中に入ってきた。
「これだ……!」
――とても人前では見せられない下卑た笑いを浮かべて、斬夜は読み終わったファイルを仕舞う。
「最高機密Yか……。でも、これだけでは情報不足だ。もっとサーチをかけないと」




