EPISODE272:決着はお早めに
――時は昨夜にさかのぼる。健たちが和歌山県内のとあるスパまで遊びに行くことを嗅ぎ付けた鷹梨は、あるビルの屋上でペンギンを彷彿させる姿をした配下のものと打ち合わせをしていた。スパに行った健たちを倒す作戦、その打ち合わせを。
「いいこと? 明日、東條健たちが和歌山のスパまで行って遊ぶそうです。遊んでいる最中は油断して必ず隙を見せるはず。そのときが狙い目です」
「ペンッ!」
「ただし、東條たち以外には手を出さないでください。ターゲット以外を手にかけることは私のポリシーに反しますから」
「ペンペン! ワカリマシタッ!!」
鷹梨はヴァニティ・フェアの社長にしてシェイドたちのリーダー格・甲斐崎の秘書である。そういう立場にいながらも彼女はターゲット以外の人間、つまり無関係のものを手にかけるような非道さは持ち合わせていなかった。真面目で誠実な女でありながら物怖じしない気丈さと機転を利かせる柔軟さを見込んで、甲斐崎も彼女を秘書にしたのかもしれない。
「うまくやってくれるといいけど……」
そして、今。鷹梨は配下のペンギン型シェイドに期待を寄せながらくつろいでいた。いつもの彼女とは一味違うセクシーな水着を身に付けビーチチェアで寝そべる姿がまぶしい。
それから健ら男性陣は何事もなかったかのように立ち直り、女性陣とともに温水プール――ならびにスパで楽しむことにした。
「イィィィヤッフウウウウウゥ!!」
大型の温水プールといえばやはりこれ、ウォータースライダー。健もみゆきも、不破も市村も、皆思い切り滑ってプールに飛び込んだ。まり子に至っては「ひとりで滑るのはちょっとコワイ」と、嘘を吐いて、葛城を前に座らせて一緒に滑る始末だ。たいそう気持ち良かったに違いない。
「よーし、どっちが先に向こうまで着けるか競争だ!」
「負けませんよー!!」
ときには男性陣が水泳で競争したり、
「行くでー、えーい!」
「よっと。葛城さん!」
「きゃっ。それ、まり子さん!」
「わっ! やったなー、シロちゃんにシューッ!!」
「うわっ! やられた……次、とばり殿」
「うふふ。誰にしようかしら――」
女性陣が魂(と、胸)を揺さぶりあってビーチバレーならぬプールバレーを楽しんだり、
「あー……あったかい」
「不思議よね、冬なのに〜」
日が当たるところで肌を焼いたり、
「でへへ〜、それにしてもかわいこちゃんばっかり……あっ、いまグラマーな人通ったぞ!!」
「そこのおにーさんっ♪」
「はーい……っ!?」
「浮気する気? みゆきさんがいるのに……?」
「ち、違います違いますちが、ちが、ちが……」
「調子に乗るなよ……」
「ひえええぇ〜〜ッ」
羽目を外しすぎて調子に乗っていた健にまり子が冷たい視線を浴びせ、声にドスを利かせて威圧したり――。とにかく、皆思い思いのままにプールを楽しんだ。
「みなさん泳ぎ疲れたでしょう。次は温泉めぐりでもいかがですか?」
「「「「「「「「さんせーい!!」」」」」」」」
プールはもう十分に堪能できた。次は温泉に浸かりに行こう。そう決めた次の瞬間――、どこかでガラスが割れた音と、悲鳴が聞こえた。
「シェイドか!? くそッ、こんなときに!」
健を先頭に悲鳴がした方角へと走っていく。そこにいたのは冷気を吐き散らして暴れているペンギンに似た外見的特徴を持つシェイドと、逃げ惑う人々の姿があった。
みゆきやアズサら、戦えないものたちは人々に避難を促してなるべくシェイドから遠ざけ、健や不破ら戦えるもの――エスパーは身構えてシェイドに立ち向かわんとする。
「グワッグワッグワッ! キタナ、エスパードモ!!」
「健、受け取れ!」
「うっし!」
アルヴィーは長剣――エーテルセイバーと盾――ヘッダーシールドを健に投げて渡し、更にビー玉からピンポン玉ほどの大きさの宝珠を投げる。当然健はそれをキャッチ。そのうちの一個、赤い炎のオーブを長剣の柄にセットした。エーテルセイバーに灼熱の炎の力が宿り、シルバーグレイを基調としたエーテルセイバーの色が真紅へと変わっていく。――ちなみにエーテルセイバーとヘッダーシールドの二つは、粒子化することでアルヴィーの両腕に収納することが可能だ。
「みんなの楽しみを邪魔しやがって。許さねえ!」
「そのツラ蜂の巣にしたる!」
「覚悟なさい!」
「ダマレグワッ!」
他の三人もそれぞれの武器を携え、ペンギンのシェイドに立ち向かう――寸前に、健は葛城に「ちょい待ち!」と声をかけて彼女を止めた。不破と市村も思わず立ち止まり、きょとんとした顔で二人を見る。これにはペンギン型シェイドも驚き、戸惑っていた。
「急になんですか?」
「あいつは僕たちのほうでなんとかする。葛城さんたちは続きを楽しんで」
「……わかりました、あとはお願いしますね」
「オッケー!」
葛城は装備していた武器を外して、戦うつもりをしていたアルヴィーとまり子、ならびに避難の催促を終えたみゆきらに「あとのことは健さんたちに任せて、わたくしどもは遊びましょう」と声をかけてそのまま去っていった。それを確認した健ら三人はペンギン型シェイドに振り向き、「……行くぞ!」「行くでぇ!」と啖呵を切った。
「ペンペン……逃ゲルガ、勝チィ」
「待てッ」
ペンギン型シェイドは何を思ったか、よちよち歩きで逃走。プールサイドの溝の隙間に飛び込んでいった。
「あと追うで!」
「はいっ!」
「おうよ!」
三人は同じように隙間へ飛び込み、その先にある異次元空間を通ってペンギン型シェイドのあとを追う。市村が呼んだ彼のパートナー・機械仕掛けの青いイセエビのようなブルークラスターの背に乗って。
「多分この辺にいるはず……」
「手元にサーチャー無いから気を付けろよ。敵さんはどっから襲ってくるかわからねえからな」
そして異次元空間を抜けると、そこは地下の機械室のようだった。周りは薄暗く、コンクリートの床や壁に、複雑に入り組んだ配管や操作盤など、様々な機械が見られる。
「しかしここ、えらい寒ないか?」
「早めにあのペンギン野郎やっつけて温泉入らねーと……」
寒いも何も、今の彼らの格好は上半身裸に海パンが一枚と各々の武器や防具だ。肌寒いのは致し方ないし、早く敵を倒して戻らなければ風邪を引いてしまう。それどころかこの冬場の気温の低さなら、凍え死ぬ可能性もあるのだ。
「グワ〜〜ッ!!」
「げっ! 来よった!!」
――と、そこに三人の視界の範囲外からペンギン型シェイド――ペンスライダンが地面を腹で滑りながら突撃してきた。三人をいっぺんにどつき飛ばして入り組んだ配管の影に突っ込ませると、自身も影に飛び込んで異次元空間に移動。その中でも滑って宙に浮かび上がっていた三人を突き飛ばし、異次元空間の外に――和歌山県内の海岸に出た。
「グワッグワッグワッグワッグワッ! オレサマノ名ハ、ペンスライダン!! オマエラヲ倒シテ、ヴァニティ・フェアノ一員ニ シテモラウノダ!!」
「グワグワグワグワ……やかましいぞっ!!」
名乗りを上げたペンスライダンに、起き上がった健は炎の長剣で斬りかかる。あとの二人もランスで突いたり、銃からビームを撃ったりして応戦する。しかしペンスライダンはステップを踏むように鮮やかな動きで回避し、翼と一体化した腕を光らせて回転。凍てつく冷気の刃を放って三人をぶっ飛ばす。
「ペーンペンペンペン!!」
「このぉーーッ!!」
健は立ち上がり、ペンスライダンの吐く冷気や氷の弾丸をかわしながら突き進む。背後からは不破の放った電撃や市村が撃ったビームにより援護攻撃が放たれていた。それはことごとくペンスライダンに命中し、火花と紫色の血液を散らす。
「イカン……チョット、ヤバイカモ」
健が斬りかかろうとしたその寸前、上空から羽根がスコールの如く降り注ぎ行く手を阻む。刹那、背中に一対の翼を持ったセクシーな水着姿の――鷹梨が着地した。
「お前は鷹梨っ!」
「ごきげんよう、東條健様。はじめまして、不破ライ様、市村正史様」
翼を仕舞いサングラスのブリッジを持ち上げて、鷹梨はにんまり笑う。
「鷹梨とか言ったな! 格好がきわどすぎるぞ!」
「せや! いろいろ気になって戦いに集中できひんやんか!!」
「失礼しちゃいますね。嫌なら降伏なさってもいいんですよ」
「誰がするかー! ハイレグ鳥女ー!」
寒さは平気なのか、鷹梨は水着のままだ。市村や不破、そして以前交戦した健からいちゃもんを付けられようが動じない。
「鷹梨サマ、ココハオレニオマカセヲ!」
「頼もしいですね。では私はあなたの活躍ぶりを見守らせていただきます、頑張って!」
「グワッ!」
鷹梨は背後に引き下がり、意気揚々とペンスライダンはよちよち歩きで健ら三人に接近。両者はにらみ合い、火花を散らす。果たして、勝つのはどちらなのか。健にあとを託して遊びに行った葛城たち女性陣の運命は?
「来いよペンスライダンッ!」
「返リ討チニシテヤル、グワーッ!!」