EPISODE271:たとえ外が寒くても
スパの内部にある大型の温水プール。そこは単なる温水プールではなく目玉のウォータースライダーは付いているは南国をテーマにした内装のためヤシの木が植えてあるは、プールも大から小まで幅広い種類があるはと充実した場所となっていた。冬場特有の寒い風も天井とアクリル製の防犯ガラスのおかげでしのげるし、外からの眺めも一級品だ。
「でへへっ。大から小までよりどりみどりだスなぁ」
「やめろ、そういうこと言ってたらまたのぞき仙人が来るぞ……」
プールサイドでは、すでに着替えていた男三人が水に浸かったり泳いでいたり、ビキニ姿の女の子たちを眺めてにやけていたりと、思い思いのままに過ごしながら女性陣を待っていた。健は『BLAZING LION』と書かれたグレーの海パン(トランクス型)を穿いており、不破は燃え上がる炎の柄がプリントされた海パン(トランクス型)を、市村は稲妻がプリントされた海パン(トランクス型)を穿いて髪にサングラスを乗せていた。
「のぞき仙人? 誰やねんそれ?」
「かつて南来栖島でオレたちを痛い目に遭わせた変質者……。自分をのぞきの神様かなんかだと思ってるクソみたいなじじいだよ」
「なんやて!? そういうヤツはクソにまみれて地獄に落ちたらええのにな!」
「まったくだぜッ」
健が水に浸かってリラックスしている傍ら、他の二人はかののぞき仙人の話題で盛り上がっていた。そのときのことを思い出して恥ずかしくなったか、話題を変えようと思った健はやや挙動不審になりながらも、「そ、それより葛城さんたち遅いですね」
「ん、オレたち適当に服脱いで海パン穿くだけだからな」
「わしらは気楽でええけど、女子は大変かもわからんな」
のぞき仙人に対して辛辣なコメントを寄せていた二人だが実は心の底では着替え中のところをのぞき見するつもりではなかったのだろうか……? と、健は思った。
そうして、首を長くして待っているうちに――水着に着替えた女性陣がやってきた。薄紫のビキニの上にスイムウェアを羽織った姿がかっこいい白峯に、髪を束ね緑色のビキニを身に付けたいつもより元気三割増しのアズサ、髪型はそのままにかわいらしいオレンジのワンピース水着でキメたみゆき。葛城は抜群のスタイルの上に競泳水着を着たスポーティー且つスマートな姿が印象的だ。
そして、黒ビキニでクールにキメるはアルヴィー。大きな胸に対して布の面積がやや足りていないように思えるがそれがいい。現に周囲の男性は虜になり、女性客もあまりのプロポーションの良さに痺れているぐらいだ。だが、何よりすごいのはまり子だ。パレオとセットになったデザインのビキニを着て、ありえないほど長くて豊かな髪の毛をまとめて、くびれた腰に出るところが出た妖しげな魅力を放つ美しい容姿に誰もが釘付けとなった。アルヴィーとまり子の二人が顕著だが、六人ともまるで国外・国内を問わない人気モデルのようだった。
「……あっ! 来たッ! 来よったでぇ、美女軍団が!」
「おおおおおおッ! こいつはすごいぜっ!! まさに、花のくノ一組だッ!!」
「すげえぞ! 全員オレたちの想像を遥かに超えている!!」
男たちは胸躍り、血を騒がせて水着姿の女性陣へ駆け寄る。
「アズサ〜〜っ! お前、ええ匂いすんな〜〜!!」
「ちょ、やめてよイッチー。恥ずかしいやん」
「恥ずかしがることあらへん! お前の髪の毛ホンマええ香りや! ディープフレグランスやぁ〜〜!!」
「もおっ……♪」
気分が高揚したあまり、市村はガールフレンドであるアズサが束ねた髪をさわってにおいを嗅ぐという奇行に走った。本人によれば、「あの夏に見た、どえらい美しい花の香りがした」……そうだ。
「みゆき、それこの前も着てきたヤツだよね? すっげえかわいいじゃん!!」
「ありがとー♪ これ、あたしなりに考えた最高のコーディネートなんだ」
「まさしく最高だよ!」
満面の笑みでみゆきの水着姿を高く評価した健は笑顔のまま白峯に近寄って、彼女の姿態をじっくりと眺める。
「白峯さんもすごいですよっ! 大人っぽさと明るさが両立している!」
「えっ、そりゃどうも♪」
「たとえるならッ! まるで翼を失い、地上に降り立った女神様だ!」
「それ、言いすぎー」
白峯のビキニ姿をやや過剰に持ち上げて歓喜する健。思わず、条件反射で白峯は彼にツッコミを入れた。
「そして葛城さん! いいじゃん、すげえじゃんそのスタイル!! スポーツマンシップと美貌を兼ね備えた感じが、グーッ!!」
「そんな。買い被りすぎじゃないですか?」
「買い被りだなんてとんでもない。僕は、思ったことをそのまま申し付けたまでです!」
「でもそう言っていただけて、わたくし、嬉しかったです♪」
大げさな身振りで、健は葛城のビキニ姿にも評価を付けた。そのままクルクル回って次はアズサに狙いをつけ、大げさな振り付けとともに指差す。
「アズサさんッ!!」
――などと大声を出したため、市村といちゃついていたアズサは驚いて動きを止める。次に市村は驚くあまり勢いよくスッ転んだ。
「な、なんなん? どうしたん?」
「元気いっぱいでかわいらしくて、セクシーだと僕は思いますッ」
「ほ、ホンマに〜? ええ匂いがするとかやなくて?」
「イエスッ!!」
市村が転んでのびている横で健はアズサの水着にも高い評価を下し、ただでさえハイになっていたテンションが更に上がった。が、それを見かねたアルヴィーが「静かにせいッ」と殴り込み健を黙らせ、近くのプールに勢いよく放り投げた。
「ふーっ。これで少しは頭も冷やせるだろう」
ひとまず暴走特急を停車させた。安堵の息を吐くアルヴィーだったが――。
(っべー、マジっべーわ。アルヴィーも糸居まり子も、なんなんだあのプロポーションは。抜群ってレベルじゃねーぞ。て、てかあいつあのちんちくりんであってるよな?)
これも男のサガか。不破もまた、ビキニ姿の美女軍団に心奪われていた。煩悩を押さえているように振る舞っているが、内面はご覧の有様。
(だ、だが待て……耐えろ、耐えるんだ……)
自分にそう言い聞かせて不破は、アルヴィーとまり子に近付く。
「あ、あ"ー……ちょっといいかお二人さん」
「なんだ?」
「東條がこういう場所でハッスルしちまう一番の原因はあんたらにあると、オレはそう思うんだが」
「……そうか? そうでもないと思うんだが」
「ちょっと、勝手に決め付けないでよ〜」
不破から急に詰め寄られて何を訊かれるかと思ったら、そんなしょうもないことだったとは。二人とも眉をしかめ不破を見つめる。
「だいたいあのバカは自分の欲望に忠実すぎるんだよ。市村のアホだってそうだ、あいつも女に弱すぎるぜ。ちょうどあんたらみたいなエロすぎる女の子にな」
「ふーん」
「しかしオレはあいつらとは違う。簡単にゃなびかねえし色仕掛けにも引っ掛からねえ」
あまり興味の無さそうな顔で二人は不破の愚痴を聞いてやる。
「核弾頭並みに危ないのが二人もいるんだ。このままじゃバカどものためにならない。そういうことだしこの核弾頭はオレが預かっておこう」
二人に手を当てると踏ん張り、不破は「どいたどいた! あっち行け! はい行った行った!!」と、無理矢理押し出す。
(……)
押し出されている途中、まり子はふと何を思ったか不破の手首を掴んで胸元へと持っていく。
「ちょ、おま何を!?」
「いいから。ほら、貸してみ」
ぐいぐい引っ張り、まり子は自分の胸元に不破の左手を突っ込んだ。更にアルヴィーも便乗して、不破の右手を引っ張って胸元へインさせる。
「や、やめ……! ほおおおおおッ!?」
――持ち出そうとした核弾頭に手を掴まれ無理矢理突っ込まれたそのとき、不破が必死に押さえ込んでいた煩悩が爆発し理性が弾け飛んだ。
(おごおっ!! ぜ、全国の男子に神々の聖域にも等しいおなごの谷間に手を入れてしまうとはッ……た、耐えろ。耐えろオレ、耐えろ、た、たっ、たえッ)「ぶふぉぉぉぉおおおおおおおおおッ」
吹っ切れた。吹っ切れたあまり、白眼をむき鼻血を吹き出して不破は気絶した。ずいぶんと気持ち良さそうな顔だ。
「……あー……あいつ、チャレンジ精神あるなぁ……」
「みんな、泳ご……そのうち治らはると思うし」
「そう、しましょうか」
市村とアズサの一言を合図に、他のメンバーは気にせず泳ぐことにした。先程水の中に放り込まれた健は縁側へ這い上がり、「み、水着ィイイイイィ……び、ビキニィイイイイィ」とうめきながら倒れた。
その光景を、一人の女が鋭い目を光らせて見ていた。サングラスをかけダークブラウンの髪をキャバクラで働いていそうな髪型にしていて、スマートな体型だが出るところは出ている。普段は真面目だが羽を伸ばしているのか、露出度が高めの危ない水着を身に付けていた。
「――見つけた」
サングラスを外して眼光鋭く、その女は妖しく笑う。――ヴァニティ・フェアの鷹梨だ。