EPISODE25:危険が危ない
「ふぅ、今日も一日お疲れ様でしたっと。さて、帰るか!」
市役所をあとにし、健はバス停へと向かう。この頃、日光が照る時間が長くなってきた。17時前でも結構明るい。
バス停でベンチに腰かけながら、バスが来るのを待つ健。健と同じ労働者……かどうかはわからないが、自然と人々が集まってきた。
「いつもそうだけど、この待ってる時間が長いんだよなぁ〜。いざ乗ると早いし……うーん」
独りでにつぶやいていたが、そこへバスがやってきた。疲れが出て頭が吹っ切れたか、健はバスに大はしゃぎしながら乗り込んだ。
そしていつものように電車とバスとを乗り継いでゆき、駅前のアパートへ。
「やっと着いたぜ。さあ、おうちへレッツゴー!」
スキップしながら駐輪場へ向かう健。だが、そこへシェイドが物陰から現れる。
「こいつら! こんなときに!」
相手は例のゾンビのような最下級シェイドだ。だが、今は武器を何も持っていない。
「あわわわ」
よって素手で戦うしかない。とりあえず拳を前に構える健だったが、その物腰はぷるぷると震えており、足に至ってはすぐに根本からポキッと折れて倒れそうだ。
「くっそー! これでもか!」
ヤケになって頭突きを相手にかます。彼は石頭だ、時にはその頭蓋骨も武器と――
「あいてて」
ならなかった。一応相手は倒れたが、健の頭にもダメージが入ってしまった。
「頭突きは武器にならないのね……」
頭を抱え健がうずくまる。とはいえ、すぐに立ち直って自転車にまたがろうとしたが。
「げっ! また出やがった!」
再びシェイドが沸いてきた。今度は一匹だけではなく、少なくとも3、4匹はいた。
「頭突きは通じない、ってことは殴っても意味はない……」
ノロノロと、ゾンビのような最下級シェイドが近寄ってくる。健は、慌てて自転車へ乗り込む。
「逃げろーッ!」
マッハで自転車を飛ばし、その場を去っていった。もちろん動きのにぶい最下級シェイドは追い付けない。
「ここまで来れば……」
なんとかアパートまで逃げ切った健。武器を持たずに外出したことを反省し、アルヴィーへ連絡を入れる。
「もしもし、健だよ!」
「おお、健か。さっきシェイドに襲われて、慌てて逃げてきたろう?」
「えっ、そうだけど。なんで知ってるの?」
「私もシェイドの端くれだからな、陰や隙間に潜れる。お主が私ぬきでどう立ち回るか、陰から様子を見ていたのだ」
というところで、会話が切れる。健が背後に振り返ると、携帯を手にしたアルヴィーがそこにいた。
「びっくりした〜。僕のうしろにいたなんて」
「リベンジしに行くか? まあ、無理に行かせようとは思っとらんが……」
「えっ、リベンジ? いいよ。行く行く!」
健は、ヤル気満々。アルヴィーにいつもの大型剣を出してもらうよう、頼み込むが――
「意気込むのはよいが……お主、頭を見よ」
「へ? 頭が?」
アルヴィーが黙って手鏡を渡す。鏡をのぞきこむと、健の頭から真っ赤な噴水が。
「ぎゃあああああ〜! ち、血が出てるうううぅ〜!」
右往左往した挙句、うつ伏せで倒れ 「もうダメだ。死のう」
「まったく、無茶しおってからに。ほれ、起きられよ。病院に行くぞ」
「へ〜い……」
応急措置で頭に包帯を巻き、二人は夜のシェイド退治へ出発。
◆◆◆◆
静寂な夜道を歩いている通行人たち。老人から子ども、お兄さんからお姉さんまで何でも揃っている。だが、そんな彼らを隙間から虎視眈々と狙う〝奴ら〟がいた。
「ギシャアアアアアアアアアアァ!!」
「ば、バケモノだあああああ!」
「逃げろぉぉぉぉー!」
「い、嫌ァァァァ!!」
ゾンビのような下級シェイド・クリーパーが、群れを成して現れた。群れの中には二足歩行のジャガーのような、人型もいた。ジャガー的な怪人はその手に剣を構え、赤いなめし皮のマントを羽織っていた。
「きゃあああああっ!」
緩慢なクリーパーの群れを猛スピードで駆け抜け、OLの女性にジャガー怪人が襲いかかる。
「……えっ?」
しかし、OLへ剣が振り下ろされる寸前でジャガー怪人の攻撃が阻まれた。OLの眼前には、大型剣と盾を持った青年の姿が。
「ここは危険です、今のうちに逃げて!」
「わ、わかりました。ありがとう……」
OLを逃がし、健はジャガー怪人を睨みつける。斬りかかり、敵の斬撃を弾き返す。ジャガー怪人は後ろへ飛びのき、その俊足で戦場を逃げ回る。
「どこに行った……はっ! あいつばっかり気にしてる場合じゃない。このままじゃ、他の人たちも危ない……」
逃げたジャガー怪人をいったんあきらめ、健は他のシェイドを殲滅しに向かう。サラリーマンの男性を襲うクリーパーを回転斬りで蹴散らし、サラリーマンを逃す。次に老人を襲っているクリーパーたちを炎の剣で焼却し、老人をこの場から逃がす。一通り救助を終えた後、いっせいに群がり近寄ってきたクリーパーを炎を纏った回転斬りで粉砕。これで、ザコは片付いた。あとは本丸を叩くだけだ。
「出たな……」
「バオオオオオオオオオオ!!」
逃走していたジャガーが剣を突き立て、一直線に突っ走ってきた。健は盾で巧みに剣撃を弾き、反撃。ジャガーは距離を置き、再び走りだす。飛びかかってきたジャガーの攻撃を押し返し、つばぜり合いへと持ち込んだ。
「ノ~ロ~マ~……」
「確かに僕はのろまさ……。けどね!」
「グググッ!」
ジャガー怪人とのつばぜり合いに打ち勝ち、なで斬りを浴びせる。炎の剣を縦に構え、叫びながら飛び上がる。
「パワーならお前なんかより僕の方が上だ! 行くよ、アルヴィー!」
「うむ!」
「グギギ……!」
赤と青の炎をまとい、呼び出されたアルヴィーの炎による後押しを受けジャガー怪人めがけてファングブレイザーを放つ。ジャガーはよろめきつつも逃げようとしたが、炎を纏った突進はジャガーの足よりも速く……。
「ファングブレイザぁぁぁぁッ!」
「グボアアアアアアァ!!」
断末魔の叫びを上げてジャガー怪人ことアクセルジャガーは盛大に爆死。地面へ降り立った健は、赤々とした爆炎をバックに剣を斜め上へと掲げていた。剣からオーブを外し、盾と一緒に背中にかけるとアルヴィーと一緒にその場を去る。自転車を停めた場所まで戻り、それに乗って道路の歩道を駆ける。
「健、またひとつ強くなったな。だいぶ慣れてきたのではないか?」
「うん、まあね」
「だがここで慢心してはいかん。強くなる過程で力に溺れたエスパーを、私はお主と会うまでに何人も見てきた。お主もそうならないと良いのだが……」
「大丈夫! そうならないようにがんばるさ」
「よく言った! それでこそ明雄の息子だ」
アルヴィーと話ををしながら、健は自転車を漕いでいた。しかし、そこへ針のようなエネルギー弾が飛んできた。健は慌てて自転車から飛び降りるが、着地に失敗しズッコケてしまう。健にこんなことをしたのは、以前戦った銀行強盗の片割れである青髪の男性・青山だった。
「おやおや、これは失礼」
「お前は、この前の強盗!」
「フン、口の聞き方も知らないらしいね。これだから素人は困るんだよ」
針状のエネルギー弾を指と指の間から飛ばす。健はこれを盾で防ぎ反撃とばかりに踏み込むが、青山はすばやく後ろへ飛び退いてしまう。
「君たち倒さなきゃ、僕もやばいんだよねェ。大人しくしてもらうよ!」
青山は健を嘲るように、縦横無尽に動き回り針状のエネルギー弾を飛ばす。盾を前に構えて弾くが、脇にそれた針が袖をかすった。
「いつまでガードし続けるつもりかな? それはちょっとつまらなくないのかなあ!」
そう言うとメリケンサックを左手にはめ、急接近して健に左フックを浴びせた。よろめく健を、青山はチャンスとばかりに何度も殴り続ける。
「ハッハッハ! た~のしいねェ~!」
「くっ!」
盾を弾き飛ばされ、守りが弱くなってしまった。両手で剣を持ち、青山に斬りかかる。しかし、何度やっても寸前で避けられてしまう。
「ノーコンめ、いったいどこを狙っているのかなぁ? 僕はここだよ! アッハッハッハッハ!!」
空高く跳躍した青山は、次々に針状のエネルギー弾を投げつける。健はそれを剣の腹で防ぐが、しだいに体がボロボロになっていく。
「く、くそ……こいつ……!」
「アマちゃんぼうやに用はないんだよねェ。さっさと死んじまいな!」
ゆっくりとボロボロになった健へ近寄る青山。今度は右手にメリケンサックをはめ、渾身の右ストレートを思い切り浴びせようとする。
「……(シールドは遠いところに弾き飛ばされた。あの距離じゃとても取りにいけない……。立ち上がってガチンコ勝負するしかないか? でも今は、それが出来るほど体力に余裕はないし……くそっ!)も、もうダメだ……」
剣を眼前に掲げる健。そこへすかさず青山が右ストレートを浴びせ――ようとした、そのとき。
「あぐぇ!?」
横から乱入した何者かによって、青山は吹き飛ばされた。更に、向こうへと飛ばされたはずのシールドも拾ってきてくれた。乱入したその男は、ランスとバックラーを装備しており――。
「不破さん!」
「ヘヘッ、待たせたな。さ、もう大丈夫だぜ? あのメガネマンにリベンジと行こうや。東條!」
満身創痍ながらも盾と元気を取り戻し、立ち上がった健。そんな彼に流し目で微笑む、不破。すぐに不破は目つきを険しくし、カッと青山を睨んだ。健もそれに剣を構えた。
「な、なにをバカな! 二人になったところで僕に勝てるとでも思っているのかい!?」
「ああ、勝てるさ。お前のへなへなレーザーにゃ、絶対負けねえ」
「さあ、かかってこい!」
「ほざけええええええええええぇっ!!」
二人そろって武器を目と鼻の先の青山に突き立てる。青山は怒り狂い、錯乱気味に針状のエネルギー弾を何発も飛ばした。しかし不破は弾幕の中を駆け抜け、すれ違いざまに青山を健の方へと突き飛ばす。
「てやっ!」
横なぎで青山を吹っ飛ばし、不破にパス。不破は激しくランスを振り回し、地べたへ強く叩きつける。おびえる青山を、不破は「覚悟しな」とでも言いたげに笑って見下ろしていた。
「よし、とどめはオレが刺す!」
「ひいいいいいいっ! や、やめろ。やめろおおおおおッ!」
不破がランスの穂先へエネルギーを充填。チャージに時間がかかると見抜いた青山は、隙を突いて逃げようとするが――。
「あ、足がぁ!」
足をくじいてしまい動けない。こうなってしまえば、どうあがこうと無駄なこと。どうやっても逃げることはできない。そもそも動けやしない。だが、手は動かせないこともない。最後のあがきだろうか、様々な悪知恵を働かせる青山だったが。
「食らえぇぇぇぇぇぇっ!」
時、既に遅し。電撃オーラをまとった不破が、すぐそこへと迫っていた。突進の途中だ。
「バカなアアアアアアアアア!」
消し飛ぶ青山。しばらく宙を舞っていたが、すぐに地べたへ落とされた。それなりに整っていた顔立ちはひどく歪み、目は白目を剥いており、頬に押されるような形で歯茎が飛び出ていた。これでは入院と整形外科のどちらに優先していけばいいのか、分からない。
「よし。これで奴ももう、悪さは出来ないだろう」
「まさにその通り、ですね」
「うむ、終わったようだの。では帰るとしよう」
「じゃ、不破さんお元気で。さようなら」
「おう、またな。後輩!」
不破は西へ。健は東へ。別れを告げた二人は、それぞれの帰路へと着く。自転車をせっせと漕ぎ、健はアパートへと急ぐ。このままでは、夜が明けてしまいそうだ。大急ぎでペダルを漕いで、何とか駅前へ辿り着く。駐輪場に自転車を止め、アルヴィーと共にアパートへ向かう。
もう真っ暗だ。早く寝ないと――。健は速やかに手洗いとうがいを済ますと、すぐにふとんをひいて寝息を立てた。風呂に入り忘れたが、1日ぐらいどうということはない。明日に昨日の分も洗えばそれでいい。アルヴィーの分もひいている余裕はない。二人は同じ布団のなかで仲良く眠った。
翌日。アルヴィーが目を覚ますと、外の方から健のものと思われるかけ声が。気になったアルヴィーが上着を羽織りアパートの外に出ると、近くの空き地に健がいた。
「こんなに朝早くから何をやっておるんだ?」
「朝練さ。運動部にゃ入ってなかったけどね!」
健はワラを相手に、木の棒で素振りをしていた。ご丁寧にもワラには、『しぇいど』とひらがなで書かれた貼り紙がしてあった。
「ワラをシェイドに見立ててさ、それでこーやって素振りしてるんだ」
「そうは言うが、お主……これについてはどう説明してくれるんだ?」
アルヴィーは、健のその発言が引っかかっていた。何故ならば、明らかに『しぇいど』でない貼り紙が貼られたものもあったからだ。
「今までにひどい目に合わされてきたとはいえども。いくらなんでもこの扱いは可哀想ではないかの?」
「いいのいいの。本人もサンドバッグか何かを僕に見立ててタコ殴りしてるだろうし」
「本当にそれでよいのか? せっかく生まれた友情が壊れても、私は知らんぞ……」
アルヴィーが眉をひそめながら見つめているワラ。それに貼られた紙には、こう記されていた。
『不破さん』、と。
*************
歩道橋を渡る健。彼は今、近くのスーパーへ行っている最中だ。車がよく通っており、安全に気を配らねば轢かれて死んでしまうことは十分にありうる。この頃は交通事故も増えており、自分も他人事だと思ってうかうかしている場合ではない。気を抜けばあの世だ。ある意味、シェイドが現れて襲ってくるのよりタチが悪いことかもしれない。歩道橋を西から東へと渡り、交差点を渡って川沿いの道路を歩いていると声をかけられた。
「強くなりたいとは思わないか?」
「だ、誰だ? 不審者っぽいし、ここは無視しようか……」
無視しようとするが、声をかけてきた男は一瞬で先回りして道を阻む。
「待て……私を無視するんじゃない。せっかくの好機をふいにしようというのかね?」
「あの、すみません。通してください。僕はこの先のスーパーに行きたいんですけど」
「そうはいかない。私は君に用があるのだ」
怪しい男は金髪で、サングラスに黒いロングコート、黒い長ズボンに手袋やブーツと黒ずくめの格好をしていた。怪しいという第一印象を抱かれても誰も異議を唱えない。むしろ余裕で満場一致だ。
「君がハッキリと答えるまで通すつもりはない。さあ、私からの質問に答えてもらうぞ。君はエスパーだな?」
「知りません。何のことですか? 僕はただの一般市民です」
眉をしかめる健を前にしても、黒ずくめの男は何も動じない。それどころか不敵に笑っていた。
「ウソだな。君はエスパーではないのか? それもその辺のクズどもとはわけが違う、上級シェイドと契約できたエスパーだ。違うかね?」
「違います!」
「いつまでもごまかしが通じると思うな!」
いい加減うんざりしてきた健は、男を無理矢理どかして前へ進もうとする。しかし、どかしても男はすぐに健の前へ立ち塞がる。
「貴様のことはとっくに調べてあるんだぞ、東條健」
「なんで僕の名前を……もういいですからどいてください。スーパーで買い物がしたいんです」
「そんなくだらないことなど後回しだ。我々は、君のエスパーとしての素質に注目していてね。今は荒削りだが、将来きっと強いエスパーになれる。その為の力が欲しくはないか?」
「そんなのいりませんからどいてください!」
黒ずくめの男は軽く舌打ちすると、健を裏拳で殴り飛ばした。
「興醒めだな。貴様のようなクズなどに用はない。虫ケラどものマーケットで買い物するなり何なり好きにしろ……」
「そんなのこっちから願い下げですよ!」
「しかし、貴様が逸材というのも事実だからな。そう簡単に捨てるわけにもいかない」
黒ずくめの男は少し眉をしかめると、懐から何かを取り出した。何かの名刺だ。健はそれを受け取ると、目を丸めて驚愕した。言葉も出ないほどに。
「もし力を欲するなら、いつでも私の元へ来い。待っているぞ」
黒ずくめの男はそう告げると、炎に包まれながら姿を消した。
「……これって……」
健が懐にしまった名刺。それは、例のヘビが剣にS字を描くように巻き付いたマークを持つ、エネルギー研究機関『センチネルズ』のものだった――。
【シェイド図鑑】
◆アクセルジャガー
◇ヒョウのシェイド。赤いマントを羽織り、剣を持った怪人。15秒間に150mを12周出来るほどの俊足を誇り、走りながら繰り出す高速の剣技は鋭い切れ味を持つ。しかし攻撃面・防御面では平均以下であり、パワーのある相手との戦いは苦手。