EPISODE267:敵の方針
――ここは? 目を覚ますと、そこは見慣れた部屋。ヴァニティ・フェア社長、甲斐崎が経営している会社の社長室だ。そのソファーの上に彼女――ワイズファルコンこと鷹梨は寝かされていた。先程まで戦っていたはずなのになぜここに? 疑問に思う鷹梨だったが、すぐそばに立っていた黒尽くめの男性・甲斐崎の姿を見て納得した。
「気が付いたようだな」
「社長!」
「まだ安静にしていろ。その間俺の補佐は別の奴がしてくれる」
戦いで受けた傷の影響か鷹梨は人間の姿へといつの間にか戻っていた。寝ている間に甲斐崎が傷を治してやったのか、手鏡で自分を見ると包帯が頭に巻いてあった。
「先程は申し訳ございませんでした。」
「あの状況なら仕方あるまい。俺も同じことをしていただろう。敵は多すぎると厄介だからな。連中にとっても我々にとっても邪魔になる敵が現れた際に一時休戦して手を組める柔軟さは持っていた方がいい。人間とはできれば手を組みたくないがな……」
甲斐崎は、ゴーレムが乱入してきた際に鷹梨が取った行動を責めるどころか逆に評価していた。それだけ彼女に厚い信頼を置いている証だ。この甲斐崎という男はときには仲間を切り捨てることも厭わないほどに冷酷非情だが、明らかに自分の意に反する相手でも能力が高ければ評価する度量の大きさと鋭い観察眼も持ち合わせている。
「ありがとうございます! ……ところで社長、私の前に現れたヤツらですが恐らく『終焉の使徒』のもの――以前徘徊していたサイボーグの同種かと思われます」
「やはりか――」
指を顎に当て意味深な思考顔をする甲斐崎。
「我々は人類を隷属させてこの地上を、ヤツらは世界に終わりを――。目的からして手を取り合うことは不可能だ。今後はヤツらとも戦わなくてはならないだろうな。できれば避けたいところだ」
「敵は二人以上もいらない……そうですよね?」
「アタリだ。まずは東條から帝王の剣を奪い『光の矢』の残党とそれに味方するエスパーどもを全力で叩き潰す。終焉の使徒の相手をするのはそのあとだ」
はい、と鷹梨は甲斐崎の言葉に頷いた。次に彼女は、心配そうな顔で「辰巳さんの作戦のほうはどうなっているでしょうか?」
「順調だそうだ。きっと我々が見ていないところでも地上に破壊と混乱をもたらしてくれているはずだ」
「よかった。加勢に行かなくても大丈夫そうですね!」
「あまりそうは思えんがな」
「え?」
「今までの戦いぶりを見ればわかるがあいつは腕は確かだがどうも詰めが甘い。そこがあいつの唯一の欠点だ。今後も失敗が続くようなら捨てることを考えなくては……」
――やはり、彼は非情だ。彼なりに仲間のことを思ってはいるはずなのだが。甲斐崎がこういうことを口にしたり考えていたりするのは日常茶飯事とはいえ、鷹梨は言葉を失った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、終焉の使徒の本拠であるとある研究所にて――。ゴーレム二体とその主である初老の男性が研究室の中にいた。更にそこへ叫ぶ仮面をつけた若い男性『砂の王子』と、泣き顔の仮面をつけた妙齢の女性『蒼海の魔女』が入ってきた。
「砂の王子様、蒼海の魔女様、お待ちしておりました。不破ライの細胞とシェイドの細胞から生み出された、Χゴーレムです」
「同じく、市村正史の細胞とシェイドの細胞から生まれた、Δゴーレムです」
自身が仕える終焉の使徒の構成員二人を前に自己紹介をするゴーレム二体。真面目そうなカイとは対照的にデルタは少しばかりふざけた様子で名乗りを上げていた。
「これがΧとΔか。……主よ、ついに完成なされたようですね」
「影山を切り捨ててしまったのは残念だったが、忠実な尖兵が二人できたのだ。これで良しとしよう」
「ええ。彼は我らの仲間に引き入れるにはあまりにも浅はかで、矮小でしたから」
「なに、彼奴の代わりはいくらでも効く」
冷淡に微笑む砂の王子たち。仮面の下で真剣な顔をしながら『砂の皇子』は、「それで今後はどう致しましょう?」
「現状維持だ。エスパーどもの抹殺は、カイとデルタに任せる」
「はっ! ありがたき幸せ! このデルタ、われらに仇なす虫ケラどもを片っ端から排除してご覧に入れましょう」
「お任せを……!」
「期待しておるぞ」
創造主である初老の男性から期待のまなざしを向けられ敬礼する二体のゴーレム。椅子を回して自分のパソコンに触ると、初老の男性はスクリーンに映像を映し出した。福岡県近海に浮かぶ神威島と、そこにある岩亀神社のホームページだ。
「……主よ、これは?」
「神威島のとある神社だ。ここに眠っている『大地の石』とはおそらく土の力を宿したオーブ……エスパーどももヴァニティ・フェアも狙ってくるに違いない」
「なるほど。では、我々が向かっても?」
「ならぬ。カイとデルタに任せ、お前たちは力をたくわえておけ。私は引き続き錬金術の解明と次なるゴーレムの開発に取りかかる」
先程伝えたとおり現状を維持せよ、と、初老の男性は仮面の男女に指示を下す。その鈍った輝きを宿した瞳からは底知れぬ威圧感と老獪さ、力強さを感じられた。
「……はい」
「「すべては、終焉のために」」
そして男女は膝を突いて組織の合言葉を呟き、部屋から去っていった。