EPISODE265:Χ(カイ)とΔ(デルタ)
――その頃不破は、いつまで経っても健が来ないことに疑問を抱き始めていた。もしや、奴の身に何かが?
「結構待ったが、あいつは来てくれないみたいだな……」
どうやら自分ひとりでやらなくてはならないようだ。こうしてる場合じゃない。あいつを待っている間に自分の代わりに戦ってくれている奴らがやられているかもしれない。時は一刻を争う。行かなくては――。不破は揺るがぬ決意を固め、バイクに乗ってシェイド対策課の大型トレーラーを目指して走った。
そして、トレーラーがとある工場の付近に停まっているのを発見した。不破はトレーラーの後方――コンテナのすぐ近くにバイクを停める。
「オレだ。中に入れてくれ」
「不破さん?」
「不破、お前また病院から抜け出してきたのか!?」
「そんなのどうでもいい。早く入れてくれ」
トレーラー内のモニターに、後部のカメラが捉えた不破の姿が映る。宍戸や村上たちは彼がまたも病院から脱走してきたことに驚きを隠せないでいた。
「あのねえ、病み上がりに用はないと言ったばかりじゃないですか。さっさとお帰りください」
「不破、少し待っててくれ。いまロックを解除する」
「しかし主任!」
「命令だッ!! ……宍戸ちゃん。ドアを開けてくれ」
抗議してきた斬夜を一喝して黙らせた村上は、宍戸にドアを開けるように指示を下す。「はいっ」と、はっきりと返事をした宍戸はドアを開けて不破と彼のバイクを中に入れた。それが気に入らない斬夜は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「やれやれ、誰も君を止めることはできないらしい」
「うるせえよ! それでスーツはどうなってる?」
不破専用のバトルスーツの状態について、「不破さんが寝ている間に白峯博士に直してもらいました」と、女性オペレーターの落合が不破に告げる。「そうか、なら大丈夫だな」と不破は胸を撫で下ろした。
「もう出るんですか?」
「ああ、あの三つ首のバケモノが我が物顔で暴れてんのは察しがついてる。オレが止めに行かなくてどうすんだ?」
「……では不破さん、バトルスーツの前に」
「よし来たッ!!」
宍戸やオペレーターたちと会話をした後、不破は自分専用の紺色のバトルスーツを装着。「じゃ……行ってくるぜ!!」と、バイクにまたがって出撃した。
「不破さん、ご武運を」
(いい気になるな、政府の飼い犬が……!)
トレーラー内の全員が不破が勝利する事を願っている中、斬夜はひとりだけ歯ぎしりしていた。
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不破が戦場に赴いたのと同時刻。ΧゴーレムとΔゴーレム――突如として現れた二体のメカ生命体は健とワイズファルコン、両者に攻撃をしかけていた。Χゴーレムは右腕のレールガンから電撃光線を放って周囲を焼き尽くし、Δゴーレムは得物の銃から鉄鋼弾を何発も撃ち出す。
「でぇぇぇぇぇぇぇい!!」
「ハァッ!」
健は剣を振り上げてΧゴーレムに斬りかかる。Χゴーレムは左手に持ったランスを巧みに振り回して健の斬撃を弾き返した。その精巧さはまるで――不破のようだ。いや、不破そのものと言うべきか? とにかく目を見張るものがあった。
「読みやすいんだよ、貴様の動きは!」
「うわっ!?」
Χゴーレムはランスで健を切り上げて転ばせた。そこへΔゴーレムが銃を乱射して追撃をかける。怯んで体が動かしにくかったものの、健は気合いで左手に備えた盾を構え降りかかる鉄の雨をやり過ごす。この荒々しくも正確な射撃は市村を髣髴させる――。声どころか、西部劇のように大型銃を回すしぐさまでそっくりだ。
「縮こまっちゃってぇ。ビビってないで盾降ろせよ!」
健が防御体勢に入っていようがお構い無く、Δゴーレムは銃撃を続ける。しかし空から羽根のスコールが降り注ぎΔゴーレムに命中。銃撃はそこで中断された。
「おいおい! 邪魔すんなよ嬢ちゃん、そこのゴミ虫より先に抹殺されたいのか?」
「……はッ」
羽根のスコールを降らせたのは他でもないワイズファルコンだ。Δゴーレムのショルダーキャノンから放たれたエネルギー弾をかわして上空からすばやく滑空すると、目にも留まらぬスピードでΧゴーレムとΔゴーレムを連続で立て続けに攻撃する。やがてとどめの一撃を受けて二体のゴーレムは吹っ飛び壁や地面に叩きつけられた。
「傍迷惑な人たちですね……」
ワイズファルコンは身構えている健とアルヴィーの前に着地。起き上がったゴーレム二体を鋭い目で威圧する。獰猛な鳥の仮面の下に隠された鈍い金色に輝く瞳は獲物を捉えて決して逃がさず、並の相手ならばひと睨みしただけで全身の血を凍らせて死に追いやるほどの力を秘めている。それでいて本人は冷静沈着で理知的なのだからなお恐ろしい。
「……ワイズファルコンとやら、ここは一時休戦といかぬか?」
「そうするしかなさそうですね。相手は、あなた方と私の両方を狙っているようですし」
「ちょ、アルヴィー……なに考えてんだよ! こいつも敵なんだぞ!」
メカ生命体だけではなく、眼前にいるワイズファルコンもまた敵だ。なのに手など組めるわけがない、と、健はアルヴィーに抗議する。
「正直不本意ではありますが、今はやむを得ません。手をお貸しください」
「いきなり善人のふりしたって騙されないからね!!」
「お黙りなさいッ! 今はそうせざるを得ないんです。他にどんな方法があるというんですか? この状況で共通の敵を前にして争う方がどうかと思いますが」
――仮面の下に隠れた鋭い眼光。ワイズファルコンに威圧された健は言葉を失い、アルヴィーもまたきょとんとした顔で沈黙した。
「ふん! ウジ虫がウジ虫同士で結託か? 笑い話にもならんぜ」
「うるさい! そもそも、貴様ら何者なんだ!?」
Χゴーレムが健たちを冷たく嘲笑う。自分が何者なのかを問われた二体のメカ生命体の片割れであるΔゴーレムは、「自己紹介がまだだったなあ……」
「オレたちはゴーレム。我らの崇高なる主の手によって生み出された人造生命体――いわば神の使いみたいなものだ」
「なにっ!」
「そうだ。我らが主の障害となるエスパーとシェイド、そして愚かな虫ケラどもを排除するために俺たちはこの世に生まれたのだ!!」
「以前貴様に破壊されたΦゴーレムはオレたちの兄弟だ……。あいつがいなければオレたちは生まれなかった」
「やはりか。道理であのポンコツと雰囲気が似ておったわけだ!」
「俺たちがポンコツだと? 失礼千万!」
二体のメカ生命体の口から次々と事実が明かされる。やはり彼らは人工的に作られた怪物であった。ではいったい誰が彼らを創造したのだろうか? 疑問を抱いた健はメカ生命体に、「お前たちを作った主っていうのは、どこの誰なんだ!」
「……ふはははははははッ!!」
「ひゃははははははは!!」
「何がおかしい!?」
「バカめ、教えるわけなかろうが!!」
「無知なウジ虫どもに教えてやることなど何もないわ! 邪魔するものは皆殺しにしてやるまでよ!!」
無機質で心を持たず、ただ冷徹に与えられた使命を果たさんとしていたΦゴーレム――。その『兄弟』とは思えぬほど、ΧゴーレムとΔゴーレムは高度な電子頭脳と自律性を持ち、感情も人間並みに豊かだ。それだけΦゴーレムのときと比べて創造者の技術力が進化を遂げたということだ。
「……来ますよ」
「不本意なのはこっちも同じだ! こうなったらとことん付き合ってやる!!」
「かかってこい鉄クズ。貴様らのネジの一本もこの世に残さぬ!」
――かくして、ハヤブサの上級シェイドとの奇妙な共闘が幕を開けた。