EPISODE259:シャドースライサー
――また、何も教えてもらえなかった。葛城邸で楽しいひとときを過ごした健とアルヴィーは、屋敷を出て帰ることにした。
「何も聞けなかった……」
「まあ、いざとなったら私に聞いてくれ。そのときは腹をくくってすべて話そうぞ」
帰りもじいやこと、川越が運転するリムジンに乗って適当な場所で降ろしてもらう。だがその前に二人にはやらなければならないことがある。それは――この前帰ってしまったときの埋め合わせだ。ファンタスマゴリアからアルヴィーを救い出したとき、葛城から喫茶店にでも行って遊ぼうかと誘われたことがあるのだが、残念ながら誘いには乗れなかった。
なぜならそのときアルヴィーは一週間も囚われの身になっていて体が弱っていたからだ。仕方がないことだった。今はちょうど葛城がリムジンにいる。二人を見送ろうとついてきたのだ。埋め合わせをするなら今しかない。
「確かに気になりますよね。けど、今は終焉の使徒ではなくヴァニティ・フェアとの戦いに専念しましょう」
「そうだね、一点集中! ……ところでさ、この前の埋め合わせがしたいんだけどいいかな?」
一瞬首を傾げた葛城だったが、すぐに思い出した表情で「この前の件ですよね? わかりました!」
「じいや、そろそろ停めて。わたくし、お二方と別れる前に少し遊びたいの」
「はいお嬢様!」
じいやこと川越は葛城の言うことに従い、リムジンを停める。リムジンから降りた三人は車で送ってくれた川越に礼を告げると、なにか面白そうなものを求めて街中を歩き出す。並び立つ街灯に、品物を展示するショーウィンドウ。アーケード街の地面にきめこまやかに敷き詰められたタイル。おしゃれな雰囲気がそこかしこから漂っていた。
「そういや僕たち、この辺でゆっくりしたことないなあ」
「わたくしが知っている範囲でならいくつかオススメのスポットがありますが、いかがでしょうか?」
「いいね、紹介して!」「私からも頼む!」
と、二人は葛城に頭を下げて頼み込む。それを承諾し、葛城は「そうですね。いろいろありますけど個人的には二丁目のアーリースタイルという喫茶店がオススメです」と二人に教える。そして喫茶店のある二丁目に向かう途中――彼らの眼前を黒い影が横切る。
「なんだ!?」
「あーららん、幸せそーでいいねえん」
卑屈で気だるそうな、陰気な口調の少年の声がこだまする。声の主はどこにいるのだ? キョロキョロしている一同をからかうようにすばやい身のこなしで横切って、何度も繰り返した末にその声の主は姿を現した、
「うきょきょきょきょきょ!!」
声の主である少年はギョロ目で瞳は鈍い黄色に光っている。隈が出来ているため、元々の不気味さを更に引き立てている。忍び装束らしき服を着ており、腕には籠手を、足にはわらじを。――容易に「コスプレ」だとは言えないような異様さがそこにあった。
「東條健と、葛城あずみだなァん?」
「に……忍者!?」
「おいらは、長船高校の二年生ん。忍者研究会、略して忍研の部長……影山栗丸だん」
忍者を気取った奇抜な格好の少年・影山栗丸は無駄にかっこつけたポーズを取りながら名乗りを上げる。忍法・かっこいいポーズ……というものらしい。
この影山、ふざけた態度だがその狂気的な眼光からは殺気を放っている。――こいつは敵だ。近づけてはならない! 影山を敵だと認識した健たちは、身構えて相手を睨み付ける。
「うっわ、そうキレんなってん。あんまり怒ると体に毒だよん、眉間にシワが出来るよん」
睨み付けてきた健たちをなだめる……と見せかけ、挑発して神経を逆なでする影山。
「……お主、私たちに何の用だ?」
「そんなの決まってんじゃん。お命ちょうだいしにきたのん」
自分を睨むアルヴィーに対しても怯まず、おちょくった態度で影山は目的を告げる。自身の得物である巨大手裏剣を構え目を見開き、振り回すと同時に忍者のような格好をしたサルのシェイドが一度に大量に現れた。放課後の学校を襲ったシェイドと同じ種類だ。ということはまさか!? 気付いた葛城は眉をひそめて深刻そうにしていた。
「あれ、もしかして気付いたん? そうさん、おいらがそいつらに命令して襲わせたんだぜん」
「! 一度に契約できるのは一体だけのはずでは?」
「けっけっけっ」と、影山は嫌味ったらしく笑った。
「君らバカん? 群れのボスと契約したら他のサルもセットでついてきたんだぜん。そんなこともわかんなかったのか〜ん? 幼稚園からやり直せばァ~ん?」
「ッ!」
影山は挑発的な言動で健たちの神経を逆なでし、ついには怒らせた。
「……答えなさい。なぜおサルさんたちを使ってわたくしたちの学校を襲ったりなんかしたのか、答えなさい!」
「うきょきょきょきょきょ! そりゃあ君を××してから抹殺するためだよーん」
「わたくしの友達や先生たちまで巻き添えにするつもりだったの!?」
「いい子ちゃんぶっちゃってん。幸せそーにしてるやつ不幸にして何が悪いのさん!」
義憤をぶつける葛城を下品に嘲笑い、影山は葛城にクナイを投げる。しかし葛城はひらりと身をかわした。
「貴様ぁ!!」
「あらよっとん!」
健は長剣を掲げ影山へ突進。懐に踏み込んで斬りかかろうとするが巨大手裏剣で弾き返され、怯んだところに巨大手裏剣による物理的なカウンターを受けた。
「ひょおッ!」
「ッ!?」
立て続けに影山は軽快な動きから鋭い蹴りを繰り出し、奇声を上げながら巨大手裏剣を健の脇腹に叩きつけて血を噴出させた。
「健さん!」
「ウキッ!」
叫ぶ葛城に忍者のような格好をしたサルのシェイド――シノビエイプが刀や鉄砲を持って襲いかかる。荒々しく斬りかかってきたサルを軽く返り討ちにすると、葛城は巧みな剣さばきで他のサルもなで斬りにしていった。
「けっ、役に立たねーなん!!」
「だあっ!」
影山は舌打ちすると健を蹴っ飛ばし段ボールやドラム缶が積み上げられた山に衝突させる。更に巨大手裏剣をぶん投げ、自在に操って葛城を切り裂いた。葛城の悲痛な叫びが、耳をつんざく勢いで響き渡る。血が付着した巨大手裏剣はまるでブーメランのように影山の手元へ戻った。
「か、葛城さん……貴様ァ!!」
怒った健は手を叩いて大喜びしている影山に斬りかかる。だが斬りつけた瞬間に影山の姿は、ドロン! と、丸太に変わった。
「なにっ……」
相手を見失い戸惑う健にアルヴィーが、「健、上だ!」
「ッ!?」
「フォォォォッ、シャアアアアアオッ!!」
見上げれば、刀を抜いた影山が奇声を上げながら急降下してきた。盾で弾いて、剣を前に突き出したが影山はなんと剣の上に乗った。
「バーカ!!」
「うわああああ゛ぁぁぁぁ――――ッ」
健の顔を蹴っ飛ばし、影山は刀で健を切り刻む。更に、健の影にクナイを投げつけた。反撃に出ようとした健だったが――身動きがとれない! 急に金縛りにあったかのように。
「ふっふっふん……これで君は動けないん」
影山は、刀やクナイなどの刃物に力をこめて相手の影を切ったり刃物を突き刺したりすることで相手の自由を奪い身動きを封じることが出来る。切り裂いた場合は、十二時間ほど経てば相手の存在はこの世から消えてしまう。つまり……死ぬのだ。現に健の顔からは生気が失われ、死人のように青白くなっていた。
「き……、貴様……! なにが、忍者研究会だ! 人に隠れて悪を斬るのが、忍者じゃないのか!!」
「うるせーよ。君みたいなくっせえヤロウに興味はねえん。おとなしくしてろいん!!」
養豚場の豚を見るような目でドスを利かせ、影山は健の顔面を蹴りを入れる。更に武器を巨大手裏剣に持ち換えて執拗に顔面を打撲した。
「うきょきょ! 残るは女の子がふたりん……ひゃっほおおおおん!!」
下品に大きい声を出して、影山は口笛を吹きシノビエイプの群れを呼び寄せる。
「ぬうっ!」
「くっ」
身構えるアルヴィーと葛城を、シノビエイプの群れが襲う。とはいえ二人にとっては大した相手ではなく瞬く間に露払いにしたが、影山は「待ってましたん!」とばかりに巨大手裏剣を投げて二人の影を切り裂く。健に続いて二人の体も身動きを封じられ、肌から生気が消え目が虚ろになった。
「うきょきょきょきょきょ! ど・ち・らに・し・よ・う・か・なーん、か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・りーん」
余裕綽々でふざけた態度を取りながら、影山はどちらから先に襲ってやろうか選択していた。白い髪で、バインバインのお姉さんから××したいがいきなりそうしては面白味がない。となれば、ここはやはり自分と同年代の葛城あずみからヤるしかないだろう。――淫らな笑いをしながら影山はそう判断を下した。
「や、やめろ……お主」
這いつくばりながらも、アルヴィーは影山を止めようと足にしがみつく。が、影山は「ダメダメ、お姉さんはあとん! お楽しみは最後まで残しておかなくちゃん」といとも容易くアルヴィーを振りほどいて葛城に急接近。顔をつかみあげるとひっぱたき、倒れたところに巨大手裏剣を叩きつけた。更に刀に持ち替え彼女の柔肌を切り裂いた。
「うきょきょきょきょきょきょきょきょきょおおおおん!!」
葛城をいたぶっている最中影山は狂喜しながら、どこにしまっているのかわからないほど長い舌で刀についた血を舐めとる。――この男、いろいろと狂気じみている。
「うきょきょきょきょきょ、そぉれいん!」
「あああああっ!!」
葛城の顔を執拗に殴り、蹴り、はたき、傷をクナイでえぐり、その行為はもはや正気とは思えない。サディスティックなその表情を見ればよくわかる。
「ひ、ひひひ……。おいらねぇ、好きな子ほどいじめたくなっちゃうタイプなんだん」
「な……なにが言いたいの?」
「葛城ちゃぁ〜〜ん。おいら、君が好きになっちゃったーん! だからもっと泣けやァァァァん!! うきょきょきょきょきょきょきょきょきょォォォ!!」
ま さ か の 告 白、そして続く暴行。ひたすら辱しめを受けた葛城の顔は、まるでのザクロのように腫れ上がっていた。見るも無惨、語るも無惨……。
「あーららん! 急にブッサイクになっちゃってん!! 血でお化粧してあげようかぁ〜〜ん!?」
狂気じみた笑い声とともに、影山はクナイで葛城の首筋を引き裂いて大量の血を噴出させる。それで化粧を行った挙句に葛城を押し倒して胸ぐらをつかんだ。彼女の豊満な胸をもてあそぼうとしているのだ。
「たぁぁああああぁぁのしいねええええぇぇぇええん!! かわいい女の子に悲鳴を上げさせるのはァァァァん!! 幸せの絶頂から不幸のどん底に突き落とすのはああああああああああん!! ギャーッハッハッハッハァァァァ!!」
「や、やめろ……やめろおおおおお!!」
影を切り裂かれたために誰も身動きが自由にとれない。果たして影山を止めることはできないのか?