EPISODE258:エリーゼ
葛城あずみの母、エリーゼは娘とその友人を応接室に招いてそこで話をすることにした。健の部屋の何倍も大きい、この応接室の壁にはエベレストの雄大な大自然を描いた肖像画が架けられていて、花瓶やシャンデリアといった飾り付けも充実している。広い大きな窓からは屋敷の庭園やその周囲に広がる風景を一望することができた。居心地がよくて心が落ち着く。ここはゆっくり話をするにはもってこいの場所だといえるだろう。
「こっ、光栄です! お、お会いできてとてもっ!?」
「まあまあ、そう緊張なさらないで」
ついテンションが上がって興奮ぎみの健をなだめて、エリーゼはアルヴィーに「あなたと会うのも、お久しぶりね」
「ええ、エリーゼ殿。まさかあなたがあずみ殿の母とは思わなかった」
「私も、あなたが健さんのパートナーになっていたなんて思っていなかったわ」
驚いたのはお互い様だった。エリーゼとアルヴィーには面識があったのだ。それもそのはず、どちらもかつて健の父である東條明雄とともに戦った仲間なのだから。
「もう『白いの』なんてひどい名前ではない。健からちゃんとした名前をいただいたからの」
「どんな名前かしら? ぜひ聞かせて!」
「呼びやすいように……って思って、アルヴィーってつけたんです」
「うふふ、いい名前ね。アルヴィーさん♪」
穏やかな笑みをたたえるエリーゼ。
「……そ、それで僕に話っていうのは!?」
「以前、あずみを助けていただいたでしょう。そのことでお礼が言いたかったの」
「いえいえ、お礼だなんてそんな!」
「そのときは、本当にありがとうございました」
優雅に微笑みながら、エリーゼが健に礼を言う。以前、葛城は教師に化けて風のオーブを手に入れようと企んでいた烏丸から風のオーブを守っていた。竹馬の友である妃みどりにさえオーブの存在を明かさず、たったひとりで。そのときに健たちと知り合いともに烏丸の野望を打ち砕いたのだ。
「お母様、お礼ならもう十分よ。健さんだって迷惑してるわ」
「ごめんなさいね、でも娘を助けてもらえたのが嬉しくって……」
エリーゼが健とアルヴィーに謝る。「大丈夫です、それに迷惑だなんて思ってませんし」とフォローを入れて、健はこの場を乗り切る。
「あれ、そういえばお父様は?」
「あいにくだけど、今日は忙しくて来れなかったのよ」
「葛城さんのお父さん、か……さぞかし立派な人なんだろうなあ」
「ええ、あなたが思っている通りよ」
エリーゼが言うには、あずみの父であり葛城コンツェルン会長である葛城剛三は真面目で実直かつ紳士的な人物らしい。エリーゼはかつて外国でシェイドと戦っていた際、剛三がシェイドに襲われて窮地に陥っていたところを救いだした。そのとき互いに惹かれあったそうだ。
「え、戦ってたってことはまさか……」
「そうよ、母はかつてエスパーでしたの。八年前の戦いで負傷して、引退しました。わたくしがそのあとを引き継ぎましたのよ」
「でも、この通り普段の生活には支障はきたしていないわ」
――それはまさしく不幸中の幸いというものだった。あずみとエリーゼは健に事情を説明する。なお、二人ともパートナーはクリスタローズだ。戦いで傷付いたところをエリーゼに救われたクリスタローズは心から彼女に感謝し、エリーゼならびに彼女の家系を守ることを誓ったのだそうだ。
その上、エリーゼの話によればクリスタローズは人間を襲うようなこともしていなかったという。話の途中でクリスタローズ本人が姿を現し、シェイドの世界は争いばかりで無益な殺生を好まない自分にとっては肩身が狭かったこと、多少はトラブルを起こしているとはいえ平穏に暮らす人間に興味を持っていたこと、そしてそんな人間に憧れていたということを明かした。
「そんな事情が……」
「うふふ。他に聞きたいことがあれば、遠慮せずにどうぞ」
葛城家にまつわるエピソードを聞いてほっこりとしていた中、健は息を呑んであることをエリーゼに訊ねようとする。それは――。
「あの、神田ニシキって人知ってますか?」
「ニシキさん? 忘れるはずないわ。明雄さんや私たちとともに戦ってくださった仲間だもの」
「やっぱり……八年前に戦っていたってことは、戦ってた相手は終焉の使徒だったんですよね?」
「……その様子だと、ニシキさんからある程度聞いたみたいね」
「教えてください。終焉の使徒っていうのは何者なのか、そいつらは何を企んでいるのか」
「ごめんなさい。それについては、私からは何も言えないわ」
――健がそう訊いたとき、エリーゼは表情を曇らせた。もしかして訊いてはいけないことを訊いてしまったのか? だとしたら非常に気まずいことをしてしまった……。健は、悪気はなかったとはいえ自分が軽率な行動に出てしまったことを深く後悔した。
「……す、すみません、変なこと訊いてしまって」
「いいのよ、気にしないで」
表情を曇らせたということは、八年前の終焉の使徒との戦いはそれだけエリーゼにとって辛い出来事だったということだ。――誰にも、触れられたくないことがある。気まずさを感じながらも、健たちはここは気を取り直してエリーゼとの楽しいひとときを過ごすことにした。