EPISODE257:葛城邸へ
葛城が学園で必死に戦っていたその頃、健はというと――家で携帯ゲームを遊んでいた。画面が上下についていて、しかも映像が3Dに出来るという画期的な仕組みだ。グラフィックもそれまで出ていた同型の機種より遥かに綺麗で家庭用のゲーム機にも匹敵するほどだ。
当然このゲーム機は飛ぶように売れて、本体だけではなくソフトも売れ行きが好調のようだ。こんなに売れていいのか!? ――と、ニュースキャスターからも心配されたほどである。
「よし、スカウト率4%! まだまだ上がるぞ!」
「5.5、6.2、7.5……いや12.3%! でもここで打ち止めみたい……」
「大丈夫だ、このシリーズは本編だとこれよりもっと低い確率でしか仲間にならないモンスターだっているんだ。そのことを考えたらこんなのはまだまだ高いほうだあああぁぁぁぁ!!」
「仲間になれえええぇぇぇ!!」
このゲームは、モンスターマスターとなってモンスターを仲間にしてライバルと競い合い腕を磨くという内容だ。健が仲間にしようとしているのは、弓をいくつも備えたケンタウロスのような姿をしたロボットのモンスター。
このモンスターは非常にレアでなおかつかなり強い。そして入手する条件も厳しい。モンスター同士を配合して作るのは手間がかかるし苦労することにもなるので、健としてはこの場で捕まえてあとを楽にしておきたいのだ。現に健は、先ほどからスカウトに失敗したらリセット、失敗したらリセット……を、繰り返している。
「今度こそ、今度こそ……!」
確率はわずか15%前後と極めて低い。しかしそれは、十回繰り返せばいつかは成功するということでもある。その結果は――。
「いよっしゃあああああああああああああああッ!! スカウト成功おおおおォォォ!!」
「ついに念願叶ったわね! おめでとうッ」
トライ&エラーを繰り返すこと何十回――ようやく彼の念願は叶った。ケンタウロスのようなロボットを仲間にできたのだ。当然のように彼はデータをセーブしておく。そこに洗濯物を干し終わったアルヴィーが入ってきて、「健、ずいぶん嬉しそうだの」
「嬉しいわけあるだろ! あの配合がめんどくさくて入手しづらい超レアモンスターがついにスカウトできたんだからさ!」
「そうか、おめでとう!」
三人そろってそのときは大いにはしゃぎ喜んだ。少し落ち着いてから健が申し訳なさそうに、「でもホントはゲームやるより特訓したほうがいいんだよね、ごめん」
「いや、別に構わんぞ。たまには息抜きもしたくなるだろうしな」
「アルヴィー……」
気さくに笑いながらアルヴィーが健にやさしい声をかける。
「それにお主は日頃から無茶ばかりしおるからの! ははははははッ!!」
「むぅ、言ったなあ!」
「無茶は禁物だもんよ。ねー、シロちゃん♪」
「まり子の言う通りだの」
「は、はははははは……」
談笑がしばらく続く。盛り上がっていた最中それに水を差すかのように、健の携帯電話から着信音が鳴り響く。誰からだろう、と、カバーを開くと――。相手はかつて高天原の天宮学園高校に潜入したさいに知り合った葛城だった。
「もしもし、東條です。……え、葛城さん!? わ、わかった。今すぐ行きます!」
葛城は手短に用件を伝えて電話を切った。健は携帯電話を懐に仕舞って、何かを強いられたような深刻な表情で額から汗を流す。
「あずみ殿からか。なんと申されていた?」
「葛城さんってあのピンク髪の人よね?」
「そ、そうだよ。葛城さん言ってた、自分のお母さんが僕と会って話がしたいんだって」
「……なぬ?」
「「お母さんッ!?」」
「わあっ」
そう、葛城は母から伝言を預かっていたのだ。東條明雄の息子である健と会って話がしたいと。あの美人でかわいらしい葛城の母とはいったいどのような人物なのか、妄想が尽きない。健はもちろん、アルヴィーとまり子も驚きを隠しきれないでいた。
「それじゃ悪いけどお留守番頼むね!」
「ちぇー。まっ、ごゆっくり楽しんできてちょうだいな」
まり子に留守番を任せ、健はよそ行きの服装に着替えるとアルヴィーと一緒に高天原を目指して風のオーブの力でワープした。
「あ、ひとりぼっちだ……」
ニコッと笑いつつも、まり子は内心では寂しかった。健もアルヴィーもいない中でひとりだけ留守番である。退屈だし、とくにすることもない。ただ、彼女はシェイドである。鍵をかけたまま、適当な隙間を通って異次元空間に入れば好きなところへ行ける。
「まっ、いいか。適当に録画したやつかゲームでもやろー」
留守中でも楽しいことはある。まり子はそれをやりながら二人が帰ってくるのを待つことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
高天原にワープして市内の商店街に着くと、健の携帯電話に葛城から電話がかかってきた。葛城は電話をかけながら健のもとまで駆け寄った。白黒のワンピース姿だ。どうやらそれが気に入っているらしい。
「ぼ、ボンジュール……」
全速力で突っ走ってきた疲れから、呼吸を乱しながら挨拶をする葛城。きょとんとした様子で、二人は心配そうな顔をする。
「大丈夫かい?」
「いえ、わたくしなら。ときにお二方、母は屋敷にいます」
「や、屋敷ィ!?」
「ご存知ありませんでしたか? わたくし、こう見えても葛城コンツェルン会長の娘ですのよ」
少し高飛車な態度で語る葛城は、「車を呼びますから、もうしばらくお待ちください」と驚いている二人に告げて電話をかける。すると間もなくして黒いリムジンがやってきた。リムジンが停まると運転席から、タキシード姿の初老の男性が降りた。葛城家に仕える執事だ。
「お待たせいたしました、お嬢様」
「じいや、来てくれたわね。この方たちがわたくしの友人よ」
じいやと呼ばれた執事に二人は軽く自己紹介をする。じいやと呼ばれた男性は、「じいやこと執事の川越でございます」と自身も名乗りを上げた。
「さあさ、お嬢様。ご友人の方もどうぞお乗りください」
「はーい、そんじゃお言葉に甘えてー!」
健とアルヴィーは葛城とともにリムジンに乗せてもらい、後部座席に座った。二人ともリムジンに乗るのははじめてだ。テレビドラマなどで何度か見たことはあるが、実際に見てみてもやはり大きい。さすがは葛城コンツェルンだ、と、二人は感銘を受けた。
「こういうのははじめて?」
「は、はい!」
「まさか実際に乗せてもらえるとは思ってもいなかった!」
「うふふ。家に着くまでしばらくかかりますので、もし良ければ寝てくださっても構いませんよ」
「いやいや、私はけっこうだ。一週間分じっくり寝ておったからの」
「それは失礼しました〜」
にっこりしながら三人が語らう。その後は茶をたしなんだり、じいやこと川越がどのような人物なのかを教えてもらったり、それぞれ家では何をしているのかを話したりした。
健が料理を作ったり、アニメや特撮番組を観てはしゃいだりゲームを遊んだりしているのに対して、葛城は部屋でピアノを弾いたり中庭のグラウンドでテニスを楽しんだり、戦いの練習も兼ねてフェンシングをたしなんだりとなかなか高尚な趣味を持っていた。
さらに時折みどりをはじめとする友人たち(おもにフェンシング部のメンバー)を誘って別荘で遊んだり、勉強会を開いたりもしているそうだ。――やはり金持ちはレベルが違う! 自分たちでは到底かなわない! 健とアルヴィーは少しカルチャーショックを受けた。
「みなさま、着きましたよー」
「おおっ!」
やがて、三人を乗せたリムジンは――葛城邸に到着した。晴れた日のひまわりを彷彿させるスカッとした笑顔でリムジンから飛び出すと、三人の眼前には夢のような光景が広がっていた。侵入者を阻む立派な門の向こうには広々とした緑豊かな敷地、その中には色とりどりの花壇や大きな噴水、サッカーやテニスなどスポーツを楽しむにはもってこいのグラウンド、植物園となっているビニールハウスなどなど――素晴らしいものばかりだ。道に立てられた石像もたくましい天馬や美しい女神、誇り高き騎士などどれも芸術的で立派だ。今にも動き出しそうなほどに。――本当にここは日本なのか? そう錯覚するほど健とアルヴィーは驚いていた。
「ただいまー」
「ごめんくださーい」
じいやと葛城の引率のもと、二人は中庭からいよいよ屋敷の中へ。エントランスは、目を見張るほどきらびやかで豪華絢爛な内装となっていた。更にお嬢様の帰りを待っていたメイドや料理人、警備員といった葛城家に仕えるものたちが「お帰りなさいませ、お嬢様! ようこそいらっしゃいました、ご友人様!」といっせいに頭を下げる。
「あずみ、それからお友達のみなさま。本日はようこそお越しくださいました」
「!」
階段のほうから穏やかで気品のある女性の声が聴こえてきた。声を発した女性は、階段を降りて健たちのもとへゆっくり歩み寄る。
「う……美しい……」
「まさか、あなたが!?」
葛城が照れ臭く笑っている傍らで、二人は降りてきた女性のあまりの美しさに見とれて打ち震えていた。――健はそうでも、アルヴィーは少し違うようにも見えたが。
赤みが強いバラ色の髪を束ね、青い瞳に透き通るような肌。垢抜けた大人の雰囲気。葛城と似たデザインのワンピースを着たその女性は、まるで、葛城をそのまま成長させたような――。
「お母様……」
「私は、葛城エリーゼ。あずみの母です」
――それもそのはず、彼女は葛城あずみの母だった。




