EPISODE251:シロちゃん爆睡中
囚われのアルヴィーを取り返してから数日が経過――。すっかり立ち直った健はバイト先に復帰し、いつも通りに働いていた。
「You、久々にキタと思ッタら妙に元気よさソーネ。ナニかウレシいコトあッタ?」
「はい! いなくなってた同居人の白石さんが無事帰ってきたんです!」
「Oh、それホントー? ヨカッタネ、ヨカッタネ!」
同居人の白石――もといアルヴィーが帰ってきたことが嬉しいあまり、仕事も捗っていたようで健はサクサクと与えられた仕事をこなしていった。いつも厳しい係長もどこか嬉しげだ。
「マァ実のトコロ、アのまま仕事にコなカッたラYouをクビにするツモりしテマシた」
「えーっ、そんな! 僕のライフラインを断たないでっ!」
「ソのとキはソのとキね、Youはワタシとチガってユーノーだからドコ行っテモきット雇ってもらえます。ケェーッ!」
「わーっ」
僻むようなことを言って係長が健を追い返す。「まずいことしちゃったかな……」と、気まずい雰囲気の健に茶髪を上げてまとめた浅田と金髪碧眼のジェシーが、「気にしない気にしない。係長、素直になれないだけだから」「東條さんが顔を見せてくれてホントはすごく嬉しいのよ」と、フォローを入れた。
「つまり係長はツンデレってことですかそれ!? おもしろー!」
「まったくいつになったらデレてくれるのかしら!」
「気長に待ちましょ〜」
「でも男にデレられてもなー! はははっ!」
盛り上がる三人だったが、係長は青筋を立てて「コラーッ! Youたち、仕事しロォ!!」と怒鳴り付けて一発で仕事に戻らせた。――何気ない出来事だが、欠けていた健が戻ってきたことでいつもの風景も戻ってきたのである。
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久々の仕事を終えて健は帰路についた。歩いている途中に夜空を見上げれば、そこには輝く星々が散りばめられていた、夏はもちろんだが、いよいよ迫る冬の星空もなかなかのものだ。ダッフルコートのポケットに手を突っ込んで空を見上げていた健だが、手袋を出すとそれをはめて歩き出した。まだ冬ではない。といっても、吐いた息は真っ白だ。そして住んでいるアパートにたどり着き、二階へ上がって自分の部屋のドアを開けて中に入る。
「ただいまー。アルヴィーまだ寝てる?」
「おかえりーっ! シロちゃんならずっと寝てるよ〜」
家に帰った健を出迎えたのは、爆睡しているアルヴィーと彼女に付き添っているまり子だった。なぜアルヴィーがずっと眠っているのかというと――上級クラスのシェイドであるファンタスマゴリアに捕らわれ、それから一週間以上も虐げられて深く傷ついたからだ。
「そっか。一週間もの間捕まってたんだ、ゆっくり寝かせてあげようよ」
「そうねー」
「どんな夢見てるんだろうな〜」
「きっと、楽しい夢だと思うわ!」
布団にくるまって、一週間分たっぷり寝ているアルヴィーをそっとしといてやり、健は手洗いを済ませると夕飯の支度を始める。野菜を切り、肉と一緒に炒め、大皿に盛り付けて焼き肉のタレをかけ――これで肉野菜炒めが出来た。更に冷蔵庫に入っていた鯖を出して、これを焼いて鯖味噌を二人分作る。インスタントだが味噌汁も用意して、これで今夜のメニューは完成だ。なお鯖味噌は、母であるさとみから作り方とコツを教わったらしい。ひそかに稲妻の形に隠し包丁を入れるのが東條流の調理法だそうだ。
「おまちどおさま! 今夜は鯖味噌と肉野菜炒め定食だ」
「うわ、おいしそう! いただきまーす♪」
久々のバイトを終えて気分が良かったのか、健は腹を空かして待っていたまり子にとびきりウマいごちそうを振る舞った。アルヴィーが目を覚ましたら今夜の倍以上は腕を振るうだろう。
「ここだよここ、ここがいいんだよね。生身でここまですごいアクションが出来るのはもちろんだけど、表情もいい!」
「うん、必死さが伝わってくるよね! 応援したくなるなる!」
「スタッグ役の俳優さんはすごいのはアクションだけじゃないぞ。ちっちゃい頃からヒーローに憧れてて、そのためならもう何でもやったらしいんだ。学生時代は頑張って空手やってたそうだよ」
「それで変身前から……努力の賜物ねっ!」
「やっぱろくに鍛えもしないで急に強くなっちゃいけないよね! 僕ももっと鍛えなきゃ……そう、ヒビキさんのように!」
「鍛えちゃえ鍛えちゃえー!」
いつもより少し豪華な夕食を取りながら、健とまり子は兜ライダーMAXを観賞していた。兜ライダーMAXとは――勇気と愛とそれぞれが抱く正義の名のもとに戦う若者たちの姿を描いた特撮ヒーロー番組である。今回の話は、いわゆる二号ライダーである兜ライダースタッグ・大文字ケントがメインのこれまた熱い内容で、二人ともすっかり夢中になっていた。家族を悪の軍団インゼクトルによって殺され、怒りと憎しみをたぎらせて復讐のために戦っていたケントがMAXと共に戦っていく中で真の正義に目覚め、人としての優しさを取り戻していく姿には感慨深いものがあった。
邪悪な怪人の攻撃の前に苦戦を強いられているMAXとスタッグの前にハチがモチーフの兜ライダーハニーこと――蜂須賀麗華が姿を現すと、二人は更に盛り上がった。高貴でエレガントな女戦士である彼女は二人に勝るとも劣らないほどの高い戦闘能力と洗練されたセンスの持ち主で、二人にとっては非常に頼もしい存在だ。美しく、スタイリッシュに戦うその姿も魅力的だ。二人が熱狂している一方でアルヴィーはまだまだ眠っていた。観賞を終えてしばらくすると二人は順番に風呂に入り、やがて就寝。健の隣でまり子が陣取った。
「アルヴィーが起きたら、なに作ってあげようかなー……」
「あんまり贅沢にしないほうがいいかもよ? あの人ね、割と庶民派だから」
「そうなのかい? でもやっぱり豪華にしたほうがいいかなぁ」
「ダメよ、貧乏にならないようにしないとー」
小声で話し合う二人。二人ともアルヴィーが起きるのが楽しみなのである。起きるのはもう一週間先だろうか、それとももうすぐだろうか。
「あ、そうだ……フフッ」
「なに、なになに?」
まり子が無邪気に、というより妖しく微笑む。気になった健だが、次の瞬間にはまり子は青紫のオーラに包まれ、大きくなった彼女に抱き付かれた。外見が中身に追い付いた……と言うべきだろうか。
「ビックリしたでしょ」
「お……おうふ」
無邪気に、だが色っぽい口調でまり子は健を抱き締める。胸は大きく腰はくびれていて、まさにナイスバディ。髪の毛はより豊かになり、足元に着きそうだ。
「シロちゃんが起きるまではわたしがおねーさんってことで♪」
「や、優しくしてね」
「やだ」
「そこをなんとかぁ〜」
――そんなこんなで二人は一夜を過ごした。これから更なる波乱が起きようとしていることなど知る由もなく。