EPISODE23:こいつらがいる
健が意識を取り戻した時、そこは公園ではなかった。
見慣れた光景……自分の部屋が目の前に広がっていた。
デジャヴだ。この前も同じように気付いたら部屋に運ばれていた事があった。
あの時は不破に助けられたが、今回は違う。
気でも狂ったかのように突然襲いかかってきた不破に叩きのめされ、気を失った。
もしかして夢だったのかな、と、健はのん気にも大きなあくびをした。
「気がついた?」
と、目の前にみゆきが顔を近づけた。
驚いた健が慌てて後ろへ座ったまま下がる。
「お、脅かすなよぅ、みゆきぃ。よいしょ、って痛ッてぇ!」
「あ、まだ動いちゃダメ!」
立とうとするが全身に痛みが伝わった。
みゆきに止められたので、仕方なく座る。
自分の体をよく見てみると、そこかしこに湿布なり包帯なりが巻いてあった。
いや、湿布は貼るものだが……。
脇腹はまだ痛むらしく血の滲んだあとがあった、こういう傷痕は思わず見るのをためらってしまう。
自分がシェイドにやってることもよくよく考えれば、残酷なのではないか?
相手が人ではなく、怪物というだけで……。
いや、今はそんな小難しいことを考えている場合ではない。
それよりも、アルヴィーはどこへ行ったのだろうか。
みゆきはここにいるのに、彼女はどこにもいない。
「ねー、アルヴィーどこ行ったか知らない?」
「えっ? アルヴィーさんなら、健が寝てる間に外に出かけたよ」
――なるほど、そういうことか。と、健はひとり勝手に納得した。
彼の予想が正しければ、アルヴィーは不破をひっ捕らえに行ったのだろう。
そして不破を入れた4人で話し合いをするのだろう、と。
「おぉ、健。目が覚めたか。食料を買ってきたぞ」
アルヴィーが帰ってきた。左手には自分も愛用しているエコバッグ、
右手には……びしょ濡れになって縮こまっている、不破。
シュールな光景だった、188cmもある長身の男性が170cmを超えた長身の女性に服のすそを掴まれていたのだから。ゴミ袋を持つときの持ち方で。
「余計なものまで拾ってきてしまったがの……」
「余計なモノっていうなぁ!」
「しかし、人間とは不思議だの。こやつ、さっきまでは凶暴なノラ犬だったのに今はおとなしい子犬のようだ」
「人間扱いしてくれ……」
不破に服を貸してやり、代わりに不破が着ていた服を乾かすことにする。
不破を含めた4人はテーブルに座った。
「そういえば、どこで不破さんを拾ったの?」
早速、健は一番疑問に思っていた事を訊ねた。器に盛られたビスケットをかじりながら。
「よくぞ聞いてくれた。私が買い出しの帰りに商店街を歩いていたら、不破殿が傘も差さずかっぱも着ずに道中に傷だらけで倒れていての。先ほどそなたを酷い目に遭わせたとはいえ、さすがに可哀想だと思って手を差し伸べたのだ」
なるほど、と、健とみゆきは納得。
しかし上半身にサラシを巻いた姿の不破は二人には目もくれず、
アルヴィーの胸をことあるごとにチラ見していた。
「よく考えればオレもどうかしてたよなぁ……。あんなこと言ってすまねえ、さっきは頭に血がのぼってたんだ。許してくれる……か?」
「やだ」
しかし、健は非情にも首を横に振る。
不破は目を丸くしてショックを受けていた。
「健くん、そんなこと言わないで。不破さんだって反省してるんだし……イイでしょ?」
「まあ、みゆきが言うんならいいか……僕も不破さんに迷惑かけてしまいました、本当にごめんなさい」
ぺこり、と、健が頭を下げる。不破も頭を下げ、お互いに謝ることが出来た。
そのあとはしばらく、おやつを食べながらの何気ない世間話が続いた。
「そういえば、どうして不破さんはエスパーになったんですか?」
一通り落ち着いたところで、みゆきが不破へそう訊ねる。
「それは……」
緊迫した空気が一同に漂う。
「わすれた!」
一同が揃ってその場にコケた。
「あんたね、期待させといて忘れたじゃないだろ!」
「すまんすまん、冗談だ」
不機嫌そうに健やアルヴィーがため息をつく。
みゆきに至っては半べそで今にも泣き出しそうだった。
「わ、悪かった。じゃあ、ホントのことを言うぞ。一回しか言わないから耳かっぽじてよーく聞くんだぞ? あと、目はむやみに閉じるな。それから姿勢はキッチリ……」
「能書きはどうでもいいから、早くはじめんか!」
アルヴィーの鉄拳が不破の脳天へ炸裂。ご丁寧にもばんそうこう付きの巨大なたんこぶが、焼かれた餅のごとく膨れ上がっていた。
不破はしばらく、頭を押さえていた。タフな彼でも上級シェイドに殴られては、痛いなんてレベルではすまない。
「あいてて……じゃあ言うぞ。オレがエスパーになったのは、恋人の復讐のためだ」
「復讐……ですか?」
立ち直った不破が語りだした。一同、みな真剣な目つきで彼の話を聞こうとしている。
「2年前のことだ。オレは東京で警視庁の捜査一課に所属している警官だった。その時にアクセサリーショップの店員だった美枝さんと知り合ったんだ」
「美枝さんって?」
「オレの恋人さ。倉田美枝さん、な。オレと美枝さんは愛しあっていた。けど――死んじまった。連続発火事件に巻き込まれて……」
不破の脳裏に、思い出したくもないあの日の出来事がよぎる。あんなことがなければ、今頃は二人で幸せな日々を過ごせていた。
■■■
「美枝さん、はいこれっ!」
「やだ、もしかしてこれ……婚約指輪かしら?」
「給料3ヶ月分さ。なるだけ、いいものを買いたかったんだ。お粗末なものはあげられないからさ」
「きれい……」
「君の方がもっときれいさ……ところで、結婚式いつだっけ」
「来月の15日よー」
二人は結ばれるはずだった。だが――二人を待っていたのは残酷な運命。
「美枝さん! 美枝さん! 美枝さぁんッ! しっかりしてくれぇ! オレたち、結婚するんだろ……二人で幸せになるんだろ? お願いだ、死なないでくれ!!」
「……ごめん、あたし……もうダメみたい」
「そんなこと言わないでくれよ! まだ助かる見込みは……」
「……あなただけでも……生きて……。ライ、愛してる……」
「美枝さぁぁぁぁ――――んッ!!」
■■■
「……そう言って、美枝さんは死んじまった。あの日の事は忘れられねえ……」
語り終えた不破がいつになく、深刻かつ悲しそうな顔をしていた。
「美枝さん、かわいそう……」
「いったい誰が美枝さんを殺したんだ……許せない!」
こうしちゃいられない、と、健は立ち上がった。
みゆきもいつの間にか手にした片手鍋を構えていた。
「もしかして、協力してくれるのか?」
「ひとりじゃ心細いでしょ。だから、僕もお手伝い致します!」
「あ、あたし応援ぐらいしかできませんけど混ぜてくれませんか?」
「断る理由がどこにあるというんだ? それに、味方はひとりでも多くつけておいた方がそなたも安心できるはずだぞ」
そうだ。俺はひとりじゃない。こいつらがついているんだ……。
あんなくだらない事で怒って、意地張るんじゃなかったな。
仲間が出来た喜びを、不破はそっと噛みしめた。
「ありがとう、みんなッ!」